第12話 執事さんと休暇計画

 改装したばかりなのに、また改装……?


 まゆさんに、モールの管理会社に持っていくように言われた書類を持って、社員用エレベーターに乗り込んだ。

 管理会社は2階……。2階、ということは……。

 仕事中にも関わらず、ちょっとだけ……ちょっとだけ。と、私は遠回りして横井さんのいる時計店前にやって来た。

 けれど、お店は営業しているものの、売場の一部を囲い込んで、中でなにやらゴトンバタンとやっているではないか。

 今までそこに並べられていたと思われる時計たちは、今売場に出ているショーケースに窮屈そうに並べられていた。


「あら。日野さんじゃない」


 時計店の、女性の店員さんがやって来た。

 えっと……だ、誰だっけ。話しかけてくるということは、きっとこの人もあの飲み会の場にいたはずだ。それなのに、いくら記憶を探っても出てこない。


「あの……また改装なんですか?」


 こうなったら名前を出さずに会話を続けてみよう。


「そうよー。今度ね、国内でも取り扱い店舗の少ない、高級時計ブランドの時計を

扱えるようになったの! そのための特別なショーケースをね、用意してるのよ」


 彼女は、ふふふっと得意げに笑った。


 私は……あまり時計に詳しくない。というか、ブランド全般詳しくない。だからイマイチ、ピンとこなかった。


「はぁ……。特別のショーケース用意するような、すごい時計なんですか?」

「そうよ! 他の時計と、桁がふたつ違うものもザラよ」


 ふ、ふたつ!? え? だって、このショーケースの中の時計、70万円だよ!? ふたつって、つまり0がもうふたつ付くってことでしょう? え? 1,000万円以上するってこと!? ええー!? そ、そんなモノを腕につけて、誰が出歩くというのだ!

 想像できない世界だ。


「今、横井くんはその件で研修に行ってるの」


 え……。なんだ……いないんだ……。


 ちょうど、女性店員さんはお客さんに呼ばれたので、私も寄り道を切り上げて管理会社に向かった。

 会えるかも?とちょっと期待してただけに、その後の足取りは重かった。


「まゆさんー、2階の時計店、また改装してました。なんかすごい有名なブランドの時計を扱うみたい」

「――寄り道したの?」


 はっ!! ついついお使い中の寄り道を、自ら暴露してしまった!


「え~と……ちょ、ちょっとだけ」


 へへへ。と笑うと、まゆさんは「横井くん、いなかったでしょ~」と言った。


「はい……。なんで知ってるんですか?」

「みはるちゃん、連休取りなさい。最近働きすぎだわ。すごく有難いけれど、頑張りすぎたらパンクしちゃう。在庫結構あるし、たまにはゆっくり休みなさい」


 突然、まゆさんから連休を言い渡された。

 な、なんで~~?

 不思議そうにしていると、11時45分の男がキラキラ笑顔でやって来た。

 今日は平日なので、周りでキャーキャー騒ぐのは暇を持て余している女子大生と、主婦のみだ。中にはスマホをかざしている女の子もいる。え、なんか写真撮られてるけど!


「あっ、セルジュさん。ちょっと待って!」


 売場の整理が途中だったんだ。お昼休みの前に片付けておかなきゃなー。

 私はセルジュさんをカウンターに残して、売場に向かった。



 * * *



「あなたでしょう」

「何がです?」

「横井くんに、時計ブランドを紹介したの」


 店長がチラリと私の腕時計に目をやる。


「長年愛用しているブランドですからね。近くにあったら助かるのに。と言ったまでですよ」


 そう。

 それを、「こちらも扱えるよう努力している」と、前向きな発言をしたのは向こうだ。


「横井くん、お手柄だって社長直々にお言葉があったらしいわ。今、そのブランドの方に研修に行ってるんですって」

「取り扱いが難しい時計ですからね。知識がない人間には売らせない厳しいブランドです」

「分かってて紹介したくせに」


「横井くん、本店に呼ばれたわよ。そのブランドの責任者ですって。東京本店に在籍して、各店舗をまわるらしいわ」

「すごい出世ですね。喜ばしいことではないですか」

「みはるちゃんは、かなり落ち込むと思うわ」

「…………すぐに忘れますよ」

「ああ、もう! 仕掛けたあなたに頼むのはとーーーーってもムカつくけれど、仕方ない。みはるちゃんに連休をあげることにしたの。リフレッシュ休暇よ。確かに最近

頑張りすぎてたし」

「……つまり?」

「この件は、横井くんみたいに野心のある子には大きなチャンスだわ。みはるちゃんのことは気にかけてると思ったんだけど……。でも今の彼なら容赦なく切り捨てて行くでしょうね。研修が終わったら簡単な引継ぎをして、すぐに異動みたいだし、少しここから、みはるちゃんを引き離そうと思って」

「なるほど。休暇が終わった頃、彼はもう急な異動でここには居ない。と言うことですね」

「そうよ。彼はきっと本店に行くと決まったら、みはるちゃんに冷たくすると思うの。そういうところ、彼は切り替え早いみたいなのよね。向こうの店長の評価だけどね。でも、そんな風に扱われるみはるちゃんを、見てられないから」


 なんてことしてくれたのよ!と、店長は悔し気に言うけれど、そんな男に関わるなど、短い方がいいに決まっている。お嬢様は、私が宝物のように大切に大切にするのだから。そんな男は早いうちに排除すべきだ。だが、お嬢様が少しでも悲しむ可能性があるのなら、店長の提案はありがたい。私とて、お嬢様の悲しむ姿など見たくないのだから。


「良いでしょう。この話、乗りましょう」



 * * *



「急に1週間もお休みって……何したらいいんだろー?……あ、そうだ」

「家でアクセサリー作りは、ダメですよ、リフレッシュ休暇になりません」


 むー。作り貯めておこうと思ったのに……。


「お友達に会うとか、どこかに泊りがけで出かけるとか……色々あるではないですか」

「あ!そうだね!」


 親友の香澄と都子には、一緒にパリに行ってから会っていない。

 ふたりは東京でOLをしてるから、なかなか会えないのだ。

 ルヴィエから帰って来て、なぜかセルジュさんもついて来たと言ったら、会わせろってずーっと言われてるしなぁ。


「セルジュさん! 一緒に東京に行きませんか?」

「東京、ですか?」

「だめ、かな?」

「勿論、お供致しますよ」


 願ってもない申し出だった。

 ただ、横井の居場所を確認して、そこには近寄らないようにしなければ。


 セルジュさんはキラキラ笑顔の下に、こんな黒い考えを綺麗に隠していたのだった。

 勿論、私はそんなことに全然気付くこともなく、いそいそと2人に送るメッセージを作成してたのだった。

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