第13話 執事さんと珍道中

「ママ、連休使って東京に行ってくるね」

「あら。じゃあみさきの所に泊まるの?」

「う……ん。セルジュさんも一緒だし、そうさせてもらおうかな」

「……そう」


 ママの反応が少し悪い。でもそれは私も一緒だ。

 家族はおねえちゃんは大好きなんだけど……問題はお義兄さんなんだ。



 * * *



 つ……疲れた……。


 東京まで来るだけで、こんなに疲れるとは……。

 セルジュさんが「わたくしにおまかせてください」と言うので、おまかせしてた私がバカだった……。


 まず、新幹線は初のグリーン席だった。

 それでもまだセルジュさんは「個室が無いなんて……」と言っていた。


 途中の、長めの停車時間のある駅ではなんと、特製駅弁が届いた。

 品の良さそうな着物姿のおばさまが、若いスーツ姿の男性を連れて、恭しく運んできた。

 中はおせち料理もビックリのゴージャスさ! なんでも、高級料亭の特注品だそうだ。

 ポットにお茶まで入ってて、それもすごく高級なお茶なのだろう。ふくよかな香りが漂う。

 そして、いそいそと準備を始めるセルジュさん。私は呆気に取られていた。


「お嬢様との、初めての旅行ですから」


 これまた甘ったるい表情で、はにかむセルジュさんではあったけども……。

 え?

 なんか旅行の意味が、激しく違うと思うんですけど!

 反論しかけて大きく開けた口に、味がしっかり染込んだ一口サイズの煮物を放り込まれ、余りの美味しさに言葉も吹っ飛んだんだった。


 お、美味しぃぃぃ!


 ゴホン。


 と、とにかく。とにかく!

 作ってくださった方に、申し訳がないものね。

 ここは食べることに集中しよう。うん。


 食事も終わり、かなりの量があった特製弁当は、すっかりおなかにおさまった。

 そこでまた、お弁当を持ってきてくれた2人が登場! なんと、一緒に乗車していたみたい。

 さささっと片付けると、一礼して丁度停車した駅に降りてゆく。

 入れ替わるようにやってきたのは……なんとデザートだ。

 ふりふりメイドスタイルの女性と、これぞ執事という感じの格好をした壮年の

男性が、静かにやって来た。

 そして、フルーティーな香りの紅茶と、フルーツたっぷりのタルトが目の前に

置かれた。

 目の前のフルーツタルトは、ナパージュで色とりどりのフルーツがキラキラしていて、おなか一杯の私を誘惑した。

 ま、まぁね! これも……わざわざ持ってきてくださったお2人に……悪いし? デザートは別腹とも言うし。ええ、勿論ペロリと食べちゃったけど。

 あ~、フルーツタルト美味しかった!! ほぅっとと満足のため息をつくと、セルジュさんがこちらを見ていた。


「ナパージュが」

「え?」

「ついてますよ」


 セルジュさんの長い指が、すっと私に近づき、そのままゆっくりと下唇をなでる。

 そして、そのまま手を引き……ペロリ、とその指をゆっくり舐めてから、そのまま

口に含んだ。

 その間、目はずっと……ずっと私を見つめていた。

 その眼差しは、唇についてたナパージュよりも、更に甘かった。


 そのままどれ位、見つめ合っていたか分からない。とは言っても、私は見蕩れてたとかじゃなく! 断じてそうじゃなくて! 何をしてるんだ、このヒトは!と、口をあんぐり開け、固まってしまったのだ。


 傍でコホン。と咳払いが聞こえ、はっと我に帰ると、タルトを持ってきてくれた執事風の男性が、恐縮した面持ちで口を開いた。


「お邪魔いたしまして、申し訳ございません。そろそろ東京に到着致します。ではこちらは片付けさせて頂きますので……」


 はっ!! ここは新幹線!

 こんな場所で私ってばなんてことをー!!

 急いで周囲を見渡すと、視界に入った人が、さっと数人こちらから目を逸らした。

 ただでさえ、金髪碧眼の長身美青年と一緒なのに、途中途中で特製弁当は来るわ、特製デザートは来るわ、めっちゃ目立ってたに違いないのに!!

 そんな中、あんな……あんなバカップルみたいなことまで……。

 カーーーーッと、顔に熱が集中するのが分かった。


 セルジュさんは平然と、「あぁ、岡田さん、帰りもよろしく」なんて言っている。

 帰りも!?

 帰りもあるの!? そして執事風のおじさん、岡田さんって言うの!?

 断りたい気持ちでイッパイだったけど、これ以上人目を集めたくないので、じっと、じっと耐えていた。


 東京駅に到着するなり、誰よりも早く席を立ちたかったけど、通路方にセルジュさんが座っていたので、出るに出れず……。

 通路を通る沢山の人に覗きこまれたし……。本当、疲れた……。はぁ。


「セルジュさんだって、そんなことしなくていいのに」

「え?なにがですか?」


 急がないのですから最後でもいいではないですか。と、駅に着いたにも関わらず、いまだゆったりと腰掛けているセルジュさんが、こちらに顔を向ける。

 その余裕っぷりに、益々一言物申したい気持ちが募った。


「セルジュさんが指でぬぐわなくても、言ってくれたら自分で取ったよ! だってそしたらさ、セルジュさんの指だって汚れなかったわけだし」


 すると、綺麗なセルジュさんの顔に、ふっ。と艶やかな微笑みが乗った。

 そして、ナイショ話をするかのように、そっと顔を寄せ、耳元に囁く。


「本当はね、指を汚さずに取るつもりでしたよ」

「え?なら、なんで――」


 一層、密やかな囁き声が低く、艶を帯びた。


「私の舌で、舐め取って差し上げたかったのです。ですが、ここは人目がありますからね」

「な、なに?」


 のけ反るけれど、背もたれに阻まれ、これ以上私から離れることはできない。


「もしかして――」


 セルジュさんが更に近づく。

 セルジュさんの息遣いが、髪を震わす位に。そして囁きは更に小さく秘められたものになった。


「そちらの方が、ご希望でしたか?」


 と、とんでもないことを言うと、なんと……! 私の耳たぶをペロリ、と舐めた。

 だから! ただでさえ人目引いてますからーーーー!!

 それに、耳にはナパージュついてないでしょうが!

 慌てて耳を手のひらで覆うけれど、時すでに遅し。唇が離れてからも、その感触はいつまでの残っていた。


 この旅行、先が思いやられるんですけど……。


 目的地に着くまでの移動時間だけで、私はもう疲れ果てていた。

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