第14話 執事さん都会の街を行く

 ガラガラガラガラガラ――

 どこからか、鼻歌が聞こえてくるような気がする……。

 ちらりと左上に視線を上げると、満面の笑みのセルジュさんと目が合った。

 すぐ隣を歩いているのに、確実にふたりの間に温度差を感じるんですが!


「あの。ごめんね、荷物持ってもらっちゃって」


 そう、さっきからガラガラ聞こえているのは、ふたりの1週間分の荷物が詰め込まれたキャリーケースの音だ。


「いいえ。これ位なんでもありませんよ。でも残念ですね。お姉さまのお宅には

3泊しか出来ないなんて」


 そう。本当は1週間お姉ちゃんの家に泊まらせてもらおうと思っていたから、最初

荷物は送る予定にしていたんだ。


「うん……仕方ないよ。お義兄さんは、お仕事が忙しい人だから」


 義兄のことを思い出して、ちょっと眉を顰めて身体を少し引いた瞬間。セルジュさんが空いた右手で、隣を歩くあたしの右肩を抱えるように引き寄せた。


 「え!? 何?」


 突然のことに、私の心臓はバクバクと力強く打ち始める。

 自分の右半身で、私に覆いかぶさるようにするセルジュさん。それでも歩みを止めないので、私は足を必死に動かして、ついて行くのがやっとだった。


「ね、ねぇ!歩きにくいんですけど!どうしたの?」

「さっき、ぶつかりそうでしたよ。東京は人が多いんですから。気をつけないと」


 あ。そっか。地元感覚でのんびり歩いてた。

 いや、それにしてもくっつきすぎ! くっつきすぎですから!

 肩にがっしりとかかっているセルジュさんの右手を、べしべしと叩いてみても、びくともしないし!

 すると、周りがザワザワ騒がしくなった。


「何? なんかの撮影?」

「え? 誰? 芸能人じゃないの?」

「見たことないなぁ。あんなカッコいい人ならすぐチェックするのに!」

「背、高~い。あの女の子羨ましいね」


 うぅ……。・なんで芸能人とかモデルとか、ゴージャス美形がいっぱいいるはずの東京でも目立つんだよーーー!

 思わず身体をきゅっと縮こまらせる。すると、何を勘違いしたのか、セルジュさんもふっと顔を下げ「私が守って差し上げますから」と、甘く囁いた。

 ちがーーーう! 私ひとりだったら注目を集めることなく、悠々と移動出来てるから! 原因はセルジュさんだからーーー!


「お嬢様、この辺ではないですか?」


 一瞬身体が自由になって、周りを見渡す。


「あ、うん。ちょっと待ってね。えっと、次の路地を右に入るの」

「では参りましょう」


 また右手をこちらに差し出した。

 えっ! またあの密着ですか! 確かに週末のこのお洒落な街は人で混むけど……! 守るもなにも、ここは日本。私は庶民! 命の危険なんてないんですけど!

 それは勘弁して!と、とっさにこちらに伸ばされたセルジュさんの手を掴んだら――。


「嬉しいですね。お嬢様の方から手を繋いでくださるなんて……」


セルジュさんは輝くような笑顔を向けると、サッと手を反転させ、私の手のひらをぎゅっと抱き込んだ。

 え? ち、違うでしょ! 手を繋ぐって、こんなワシッと掴まないでしょう! 抵抗してつもりなんですけど!

 そんな私の気持ちなんて届くはずもなく。相変わらず鼻歌歌いそうな上機嫌のセルジュさんは、右手に私、左手にキャリーケースを引き、軽やかに路地に入った。


先ほどまでの大通りの騒ぎはどこへやら。一気に静寂に包まれる。

路地を入ったそこからは、オフィスや高級マンションが並ぶ。ここから奥は、オフィス関係者やマンションの住人しか通らないため、一気に人通りが少なくなるのだ。


「もう少し奥ですか?」

「うん。そうなんだけど……待って。あのね、お姉ちゃんの家に行く前に話があるの」

「? 何でしょう?」


 セルジュさんは不思議そうに首を傾げると、優しく私の手を撫でると、正面に立った。

 本当は新幹線の中で話そうと思ってたんだ。でも、お弁当やらデザートのバタバタで気がついたら到着してて、それどころじゃなかったんだよね……。食べることに夢中になってて、すっかり忘れてたっていうのもあるけどさ。

 でも着く前に話さなきゃ。


「あのね、お姉ちゃんやお義兄さんが何を言っても、何も反応しないで欲しいの」

「……それはどういうことですか?」

「私、お義兄さんに嫌われてるから……。でもお義兄さんは忙しい人だから、あまり会わないと思う。だから、きっと何もないと思うけど……」


 セルジュさんは、なんだか納得がいかないようだったけれども、それでも渋々頷いた。


「……わかりました。お嬢様がそうおっしゃるなら……」


 それを聞いて、あたしは「よし!行くぞ!」と気合を入れて、歩き出した。


 そして少し坂になっている小道を登りきった場所に立つ、街並みに負けないお洒落なビルの前に立ち止まった。


「こちらですか?」


 私の緊張が伝染したのか、セルジュさんの声色も少し硬い。


「うん」

「では、参りましょう」


 先を行こうとするセルジュさんを、繋いだ手に力を入れて、慌てて制止する。


「そっちじゃないよ! 私たちは裏口から!」


 だって私は、お義兄さんに正面からの出入りを禁止されていたから。

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