第17話 執事さん、スカウトされる
「行ってらっしゃいませ……」
執事たるもの、
今の私には到底無理な話だ。
たった今、超仏頂面で、お嬢様を送り出したばかりなのだ。
「今日はセルジュさんは来なくて良いから!」
そう、お嬢様にきっぱりと拒絶されてしまった……。
膝から力がすーーっと抜けていくようだった。しっかり立てていたのが不思議な位の、脱力感だった。
「あの……。しかしですね、お荷物持ったり……」
「ううん、いらない! 今日は3人で遊ぶの! セルジュさんがいたら、ガールズトークが出来ない!」
とにかく待ち合わせ場所まではご一緒致します!と、ゴリ押しして、渋るお嬢様を半ば抱えるようにして、ついて行ったのだけれど……。
待ち合わせは、お義兄さんのビルの隣のカフェだった。
既に都子さんも香澄さんもいらっしゃっていて、おふたりに無言の微笑みで訴えかけた。
お嬢様を手に入れるには、親友のこのお2人には認めてもらわないと……と思い、昨日はしっかり気合を入れてエスコートしたのだ。
だからきっと今日だって、同席を認めてくださるはず……と思い、一歩前に出ると……。
「じゃあね、セルジュさん!」
「今日は3人だけで出かけるから。みはるはちゃんとお返ししますから、ご心配なく」
おふたりは、お嬢様の両脇をガッチリ固め、私からお嬢様をさっさと奪い取ってしまった。
そんな時に、笑顔でいられるはずなどなく、最初のセリフになるわけだ……。
ガールズトークに負けてしまった……。
「はぁ……。今日はひとりで時間を潰すか……」
相変わらず両脇を、おふたりにガッチリ固められたまま、段々遠ざかっていくお嬢様の背中を見つめながら、そっとため息をつきた。
「さて。何をしよう」
ふむ、とカフェ前で考えていると、何やら人目を集めてしまった。
いけないいけない。
微笑みを浮かべ一瞥すると、近寄ろうとしていた一部の人もはっと足を止めた。
一人で出歩くと色々と厄介かな……。
とりあえず、大使館に連絡し、車と人を一人手配することにした。
しばらくすると、指定したカフェの前に、1台の車が到着した。
中から栗色の髪の若い男が、慌てたように出てくる。
その男は、カフェの入り口から私を見つけると、その口が「殿下」と紡ぐ前に、私は自らの口に指を当てて、黙るように示した。
男ははっと口を噤むと、無言ですばやくそばにやって来た。
「で、殿下。お初にお目にかかります。ヴィレッドと申します」
そばに来て、ようやく声を潜めて話し出すその男の名前に、聞き覚えがあった。
「今春から赴任している外交官捕かい?」
ルヴィエ王国は、小国ながら日本との関わりが強いため、大使館もそこそこの大国規模の人数が派遣されていた。彼は確か、日本に来たばかりの外交官捕だったと記憶している。すると、ヴィレッドがその明るいブラウンの目を輝かせた。どうやら当たっていたらしい。
「申し訳ないが、今日1日の予定が空いてしまってね。ちょっと付き合ってくれないか」
「勿論でございます! どちらに参りましょう?」
「そうだな……まず車に行こうか」
またもや、ひと目を集めてしまったようだ。じりじりとこちらに近寄ろうとする気配も感じたことだし、長居は無用だ。
ヴィレッドも、ルヴィエ王国出身。なかなかの良い男だったしね。
「まず……わが国の宝石で作ったアクセサリーを扱っている店を見ようかな。銀座にお願いできるかい?」
「抜き打ちでの視察ですか?」
「うーん。まあね」
頭の中にはちょっとした計画があった。私はそれを思い出して、クスクスと笑った。
バックミラーでそれを見たヴィレッドが、不思議そうな顔をしていた。
結局、午前中いっぱいをルヴィエ王国関連の企業や、店舗を回るのに費やしてしまった。
「午後は少し買い物がしたいな。数店回りたい店があるんだが、どれも近いから徒歩で行くよ。3時間ほどしたら、また車を回してくれないか」
「畏まりました。それでは、わたくしは一旦大使館に戻りますので」
うむ、と頷くと、贔屓にしているブランドのショップに足を踏み入れた。が、すぐにひとりになった事を後悔した。
「俳優に興味はありませんか?」
「どこ出身? お洒落だね~。モデルに興味ない?」
丁寧な口調の紳士から、お洒落を履き違えているようなチャラチャラした男まで、ひっきりなしに声をかけられ、集中して買い物も出来やしない!
ヴィレッドが居たら、追い払ってもらえただろうが、自分で追い払いつつ買い物を
しなければいけないので、なかなか買い物が進まない。
なんとか彼らを追い払い、ホッとした時、ビリりと痺れるような異臭がした。
あまりの衝撃的な匂いに振り返ると、営業スマイルを貼り付けた小柄な男が近づいてくる。
これは……まさか、香水の香りか!? どう使ったらこんな刺激的で殺人的な匂いになるんだ!?
「ボク、モデル事務所を経営してる者なんだけど、君、すっごく良いね! 遠目でもすっごく目立ってたよ! きっと、すっごく良いモデルになると思うんだよね。君のような人に出会えて、ボクもすっごくラッキーだなぁ!」
すっごくすっごくを連発して、男は近づいてくる。
私としては、すっごく近寄らないで欲しいものだが!
早く立ち去って欲しい一心で、差し出された名刺を受け取ってしまった。
「あ。受け取ってくれるんだ? 君、さっき何人かのスカウトに声かけられるの見てたけど、彼らからは、全然受け取らなかったよねぇ?」
断言しよう。
男が語尾を延ばすのは、気持ち悪い以外のなにものでもない!!
「ボクのとこさぁ~。すっごく有名なモデルがすっごく沢山いるんだよぉ~。ね、ボクの事務所知ってるでしょお?」
知るか! 早く離れてくれ! と、思ったが……確かにそのモデル事務所は知っていた。
いや、厳密に言えば、モデル事務所を知っていたのではない。モデル事務所の、住所を知っていたのだ。
それは、今お嬢様と滞在している、お姉さんのお宅だったのだから。
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