第16話 フェミニストな執事さん
どれ位、時間が経っただろう。
力強く抱き込んでいた手が、緩められる。
ふんわりと柔らかく包まれ、なだめるように肩を後ろから丸く撫でられると、高ぶっていた感情も段々と落ち着いてきた。
そうすると、さっき一瞬唇に触れたモノに意識がいって。
あれは……もしかして……ど、どうしよう!?
それにこの状況!!
この前のお姫様抱っこなんか、まだカワイイって位の密着ですが!
で、さっきのはもしかして。
どうしよう。
いや、まさか!
疑問と否定とが目まぐるしく、ぐるぐると頭の中を駆け巡る。
そんな時、救いの手は突然差し伸べられた。
静かだった室内に、突然明るいメロディーが流れた。
「で、電話だ!」
不自然な程に大きな声を出すと、柔らかく温かい、心地よかった腕の中から脱出した。
ん? 心地、良かった?
いやいや、なに考えてんの、私ってば。
大きく頭を振って、今の言葉を外に追いやる。心地良かっただなんて……。違うもの。
連絡は都子からで、10分位遅れそうという内容だった。
遅れる? なにが? 一瞬考えて、私の頭はやっと現実に戻った。
「あ! いけない! 待ち合わせ!」
「お嬢様、お着替えはいかがなさいます?」
「う、ううん。このままで……行こうかと」
「でしたら、とりあえず荷物は寝室に持って行きますね」
柔らかな笑顔で、よどみなく話すセルジュさんの様子は、あまりにも普段通りで。
やっぱりさっきのは、気のせいだったんじゃないかな、と思えた。
でも、まだ自分じゃない熱が唇に残っているようで。
そっと唇に指を当てたけれど、勿論答えなんて見つからなかった。
* * *
「きゃー! みはる、久しぶり!」
「香澄、都子~~~!」
2人に抱きつき、私は久しぶりの再会を喜んだ。
「2人とも仕事帰りにごめんね~~!」
「いいよー。大丈夫。それより……さ」
「そうそう! 紹介してよ!」
都子が、視線をチラリと私の頭上に飛ばす。あ、早速ですか。
「セルジュ・ロマーニです。今はみはるさんのお家でお世話になっております」
「キャーーー!」
ふたりに指定されたのは、この辺りでは待ち合わせ場所として有名だという、前衛的なオブジェの前。
同じように待ち合わせの人でごった返してる中でも、きっと一番目立っている人――セルジュさんが話すと、都子や香澄だけじゃなく、周りで様子を窺ってた女性までが歓声を上げた。
「すごい! 想像以上にカッコイイ!」
普段クールな香澄までが、はしゃいだ声をあげた。
ちょ、ちょっと騒ぎが大きくなっている気がするんですけど!
彼氏を放り出してこちらを向いてる子だっているし、なんか……なんかこの空気、怖いんですけどーー!
あわあわして周りを見渡すと、ここを収めたのは、騒ぎの元凶、セルジュさんだった。
「お話は座ってからに致しましょう」
セルジュさんが微笑んで、またひとしきり歓声があがると、彼は都子と香澄の背にそっと手を添え、移動を促した。それを見てちょっとだけ、胸になんだかモヤモヤしたものが出来た気がした。3人はそのまま歩き出す。
私は……胸のモヤモヤに気を取られて、歩き出すのが遅くなってしまい、後ろから
ついて行く形になった。
時々人に押されて、人ごみに慣れていない私は、3人との間に距離が出来ることがあって、その都度小走りで追いかけた。
東京に到着した時は、セルジュさんが上手に手を引き、人ごみに巻き込まれないようにうまく誘導してくれてたんだ……。
香澄が予約していたという、隠れ家風創作スペイン料理のお店までの移動の間、そのセルジュさんが振り向くことはなくて……。なんだか、遠くに感じた。そう思うと、また胸のモヤモヤは大きくなった。
食事の間も、もっぱら3人で会話は進んでいく。
セルジュさんは聞き上手でもあって、2人の会話を上手に盛り上げていた。
香澄も都子も、今回の一番の目的はセルジュさんだったから、話の矛先は自然とセルジュさんに向く。
際どい質問もあったみたいだけど、セルジュさんはそれも上手にかわしてるようだった。
本当のところ、あたしは皆の会話が耳に入ってこなくて、あんまりよく覚えていない。時々へらっと笑って見せて、あとは食事してたんだけど……正直、あんまり味も感じなかった。やっぱりモヤモヤは増えた。
都子がお手洗いに立った時、戻って来た都子を立ち上がって迎え、椅子を引いてあげたセルジュさん。
モヤモヤは、もう胸いっぱいに広がって、喉にまで苦味を感じていた。
思えば、セルジュさんがウチに来てからというもの、ママやまゆさん以外に、セルジュさんが女性と親しげに接しているのを見たことがなかった。
これが本来のセルジュさんなのかな。だとしたら、私は全然、彼の特別じゃない。
セルジュさんは誰にでも優しいんだ……。
それに気付くと、食欲までもなくなっていた。
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