第30話 執事さんのご学友
「おおう、出来たー!」
その声を聞いてアリーさんがやって来た。
「まぁ、素敵ですわ。お嬢様! まだ初めて間もないといいますのに、やはりとても器用でいらっしゃいますのね」
いやぁ、そんなに褒めないでください。お世辞とは分かりつつも照れちゃいます。
だって、実はコレ、自分でも力作だと思ってますからね!
私の手元には、今編みあがったばかりのポンチョがある。
グラデーションの毛足の長い毛糸で作ったポンチョは、モコモコのぬくぬくだ。
暖房の効いているこの豪邸では、膝に広がったポンチョは暑いくらいだ。
「そんなことないですよ! アリーさんが丁寧に教えてくれたから……それに、時間はたっぷりありますしね。針金細工の道具、持って来れなかったしアリーさんに指編み教えてもらえて良かったですよー」
最後の仕上げにと緊張していた指を、ぐぐっと握ってゆっくり指を広げる。
もうすぐ出来そうだったので根をつめてしまったみたいで、全身に気持ちの良い疲れが広がった。
そのまま両手の指を絡ませ、ぐーんと腕を伸ばすと高い天井に向けて思いっきり伸びをした。
今、私はルヴィエ王国のセルジュさんの私邸に居る。
ここに来て、もう三週間になろうとしていた。
ちなみに、セルジュさんは今このお邸にはいない。日本でも忙しくしていたが、こちらに来てからというもの、輪をかけて忙しくしているようだ。
でも起床時……例の“おはようのチュー”をしないと気が済まないらしい……。忙しいならもっと寝ていたらいいのに! 疲れた顔をして枕元に立たれるこちらの身にもなって欲しいってモンだ! 今朝なんて、頬に唇が触れたのを感じて目を覚ましたら、目の前にいたのが顔面蒼白のセルジュさんだったから、危うく叫び声をあげそうになったんだからね!
そしてこのところ、私は放置されている。
最近は、自分の用事のついでに、王国に連れて来られた気がしてならない。
オカシイ。オカシイぞ? 確かセルジュさんのこと、私は何も知らない……でしたら教えてさしあげますーうんぬんかんぬん……が、なぜ
病み上がりで体力落ちておりますから、療養がてら――とかナントカ言われたけども、そりゃ人間なんだし、風邪のひとつやふたつ、年に何回かはひくでしょうよ。その度に療養だのなんだのって理由をつけて、遠出してダラリとしてんのかい? セレブって怖いわー。
それに――この国はセルジュさんの母国とはいえ、彼は微妙な立場と言っていたハズ。
それで、宮殿には今回滞在できないということで、私邸に居るわけなんだけれども……セルジュさん、いつも特に変装も仮装もすることなく、その美貌を際立たせるように身なりを整えると、ジェラールさんを従えて颯爽と出かけるのだ。
あぁ、そうそう……ドイツ経由でドイツに二日滞在してから王国入りした時には、なんとジェラールさんとアリーさんが先回りしていて、二人に出迎えられた。
ジェラールさんは、お孫さんと久しぶりの再会だとかで上機嫌だった――のに、ちゃんとお孫さんと会えてるんだろうか……と心配してしまうほど、セルジュさんにこき使われている。
セルジュさんのお祖父さんとは無事再会できた。宮殿奥の離宮で隠居生活を送っているお祖父さんのところに、アリーさんが連れて行ってくれたのだ。
その時、お兄さん達も訪ねてきてくれて、お茶を楽しんだ。もしかして、これが“セルジュさんを知る機会”ってヤツか!? と思い、ご家族に色々尋ねてみたものの、返って来るのは『とびきり美しい子だったよ』とか『周囲に気遣いの出来る優秀な少年だった』とか……怖いくらいに異口同音なんだよねぇ……。その場に居なかった人に時間を置いて聞いても、だよ? つまりは新情報は得られず。却って日本でのセルジュさんの話をしたら、それはそれは面白がって聞いてくれたっけ。
特に、わが家に来た最初の日は、お布団のサイズが合わずに足がはみ出て寝てた、とか、自転車の構造がよく分からず壊した、と言ったら涙を浮かべて笑ってたっけ。
あ、でもスマホも壊されて、セルジュさん自らがお店に機種変更に行ってくれたって話した時はなぜか皆、顔色悪くして黙っちゃったけど、なんでだろう?
けど、結局わいわい賑やかに過ごせたのは最初の一週間だけだった。実際病み上がりで私が疲れやすかったっていうのもあるけど、年末だったこともあって、皆忙しくなってしまったのだ。
なんでも王国では12月から2月という長期間、雪と氷の祭典があるんだって。
首都の北よりにある国一番の大きな湖には分厚い氷が張り、巨大な雪像や氷像があちこちに作られる。これは国民参加の雪像・氷像コンテストで、周囲の木々に取り付けられた青い電飾に照らされた光景はまるで夢の国だ。
期間中、湖を中心に様々な場所でバザーや、夜通しの仮装ダンスパーティーなどが行われ、王族は皆あちこちに顔を出すため、忙しいのだ。勿論、私もセルジュさんやアリーさんに連れられて、湖に行ったりとお祭りを楽しんだけど、一日の殆どはお邸で過ごしている。
そうして時間を持て余してしまった私に、アリーさんが指編みを教えてくれたのだ。
針が無くても結構凝った物も作れると聞いて、俄然張り切った私は、とうとう今日、目標だったポンチョを作り上げたのだ。はー、素晴らしい! この達成感!
ポンチョに取り掛かるまでには、サイズ感や色の出方を見るためにスヌードやマフラーを作った。結構沢山になってしまったので、これは今年の皆へのクリスマスプレゼントにしようと思う。渡すのは遅れちゃうけど、仕方ないよね。
セルジュさんにはやっぱりブルーでしょう。淡い青の毛糸に所々白いファーが付いている毛糸で、かなり見栄え良く出来たと思う。
後はジェラールさんに、アリーさん、日本に居るケリーさんとモリーさんの分も……パパとママ、お姉ちゃんと悠馬――悠馬にはシンプルなのがいいかなー。香澄と都子には色違いにしようかな。
それぞれのイメージで色やデザインを考えるのはとても楽しい。それに毛糸の種類でだいぶ印象も変わるから色々試したくなってしまう。
あたしは最近暇だったこともあって、かなり指編みにのめりこんでいた。
突然の訪問者は、そんな午後の日だった。
「あの……お嬢さま。実は……」
困ったように眉を下げるアリーさんが、言いにくそうに切り出した。
「何かあったんですか?」
「あの……セルジュ様のご友人が訪ねていらして……お留守だと申し上げたのですが、お帰りになるまで待つと……」
「えっと……でも私、セルジュさんのお友達は知らないですし……困りましたね。アリーさんの知ってる方なんですか?」
「え? え、ええ……存じてはおりますが……」
「だったら待って頂いても良いんじゃないですか? 今日は遅くならないようなことを言ってましたし――あ、もうすぐお茶の時間ですから、一緒にお茶でもしましょうか。一人でお待たせするのは失礼ですよね」
するとアリーさんは何とも言えない複雑な表情をして、「よろしいのですか?」と言った。
「勿論! じゃあ、サロンの方に行きましょう。あ、沢山あるからスヌードかマフラーをもらってくれないかなー?」
と、いくつか手に持ちサロンに行ったものの、早速後悔しましたよ、ええ。
目の前には白金とも言えるようなキラッキラの髪を白く柔らかそうな頬の周りにふんわりさせていて、明るい大きなグリーンの瞳を持つ、まるで生きるお人形さんのような女性が座っている。そしてこのお人形さんは……驚くべき巨乳の持ち主だった。
何でしょう。これはギャップ萌えを狙っているのでしょうか。
そして雪と氷の祭典真っ最中のこの極寒の王国で、肩がむき出しの露出度の高いドレスを着ていらっしゃる。驚くべき巨乳は辛うじて布が引っかかっているけれど、今にも零れ落ちんばかりで、胸の生地は窮屈そうにピンと張り詰めている。
いやはや眼福眼福。と、世のおじ様達がデレデレになりそうなボンキュッボンのお人形なのだけれども、なぜか彼女は私を頭の先から爪の先まで観察し、フン、と鼻を鳴らした。そしてプイと視線を外し、アリーさんに「セルジュ様がいつ頃お戻りになりますの?」と問いかけた。
お人形が鼻でフンってやったよ! 鼻でフンって! 何ですかね、人形はフンってやっても、うっかり鼻水が飛んだりしないんですね。そんなに寒そうな格好をしているのにね! っていうか、まぁつまり、私はこの場にいない者とされたわけだ。
このお邸に正式に招待されているのは、私なんですけどね、何でしょうね、この居心地の悪さって!
「アリー、聞いてるの?」
お。お人形さんもアリーさんを知ってるのか、そりゃそうだよね。押しかけて来る位の人だもんね。
「間もなく戻られるそうですわ。お嬢さま、こちらのお方はマリアンヌ・モレー様でございまず。セルジュ様のご学友で――」
「婚約者よ!」
出たー。出ましたか。自称婚約者……なんとなくそんな空気でしたよね。
「あなたは何ですの? セルジュ様の私邸に滞在しているなど――!」
「こちら――」
「わたくしのご主人様ですよ、マリアンヌ。だが君とは王立学園の先輩と後輩というだけの、間柄なはずだけれどね」
ノックもなくドアが開けられると、セルジュさんが入ってきて、私が座る椅子の後ろに立った。
「遅くなりまして申し訳ありません、お嬢様。今日は何をしてお過ごしでしたか?」
「えっとね……あ! ポンチョが出来たんですよ! 後で見せるね」
「そうでしたか。それは楽しみです。今すぐにでも見たいのですが……」
チロリと向けられた視線にもめげず、マリアンヌがセルジュさん目掛けて突進して来てその豊満な胸を、彼の腕に押し付けた。
「セルジュ様! お会いしたかったですわ!」
わぁー、ぐいぐい来ますねマリアンヌさん! む、胸がうにゅうにゅ形変えてますよ! どんだけ押し付けてるんですか! 大丈夫ですか? ポロリしちゃいますよ!
そんな体当たりのアピールにも、セルジュさんはチラリとマリアンヌの顔を見るだけで、むき出しの肩にそっと手を添えると彼女を自分から引き離した。
「あっ……」
「マリアンヌ……肩が冷えてますね」
そりゃそうだろう。そんだけ露出してたらいくら暖房が効いてるこの部屋でも――あ。
「良ければおひとつどうですか?」
隣の椅子に置いていた手作りのスヌードをいくつか手に取ると、セルジュさんに差し出した。
「お嬢さまの手作りを、マリアンヌごとき……ごほん。マリアンヌにですか?」
ん? 今一瞬、“ごとき”って聞こえたような……? き、気のせいですよね?
「うん! 沢山あるし! あ、もっと色々あるよ? 全部持ってくるね!」
* * *
「――何なんですの、あの娘。わたくしがこのような安っぽい物、見につける筈がありませんわ。ねぇ、セルジュ様……あら? 何ですの? ふふ。セルジュ様がつけてくださるのなら……わたくしこのような安っぽいスヌードでさえ、宝物ですわ……」
何を勘違いしているのか、頬を赤くし目を潤ませ見上げてくるマリアンヌに、私はお嬢さま手作りの真っ赤なスヌードをかぶせると、そのままグイっと胸元まで押し下げた。
「せ、セルジュ様? これは下げすぎでは……」
マリアンヌの戸惑い気味に見上げて来るが、それに対して私はニッコリと心からの微笑みを返した。
「肉がはみ出しているよ、マリアンヌ。―― み ぐ る し い」
その瞬間、マリアンヌの身体が硬直する。
すると良いタイミングでお嬢さまがサロンに戻っていらっしゃった。
「お待たせ! こんなのもあるんだけど……あれ? 赤いのにしたの?」
「ええ。この真っ赤なスヌードが気に入ったようですよ。さすがはお嬢さま、とてもお上手ですね」
「華やかな赤だもの。マリアンヌさんに似合うよ! でも、少し位置が下だけど……」
「少し寒気がするそうですよ」
「今日は特別寒いもんね。それ、特に暖かい毛糸だから、そういう使い方もいいかも。でも、少し顔色も悪いような……」
「ええ。ですから今日はもう帰るそうですよ。ね? マリアンヌ」
有無を言わさずアリーに引き渡すと、お嬢さまは心配そうに「お大事にね」とお声をかけられた。
本当にお嬢さまはお優しい。
お嬢さまのお優しい心に免じて、二人の時間を邪魔した事は赦してあげるよマリアンヌ。
でも、もう二度と現れないでおくれね?
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