第31話 執事さんの願い事

 もういくつ寝るとお正月……。


 やっぱり新年はコタツにみかんで紅白を見ながら、迎えたいもんですね。

 いや、裏番組のバラエティも気にはなるんですけどね。わが家は毎年家族でコタツみかんで紅白派。なんとなく親世代と一緒だと、紅白って無難じゃないですか。

 今年はどっちが勝つかなーなんて、パパと予想しあって、紅白が終わったらママがお蕎麦を用意してくれて三人でズズズッと豪快にすするわけですよ。その頃にはテレビの中ではどこぞの有名なお寺なんかで除夜の鐘が鳴っていてね。風情がありますよね。これぞ日本のお正月ってなもんですよ。


「ああ……お蕎麦食べたい……後乗せサクサク」

「オソバ?」


 不思議なイントネーションで聞き返され、私の意識は現在地、ルヴィエ王国の宮殿のサロンに戻った。

 おおっと。今日はセルジュさんのおじいさまにご招待いただいて、ランチに来たんだった。

 目の前にはナントカのナントカ風ナントカ……ああ、何一つ覚えてない。とにかく大きな白い綺麗なお皿の中央にちまっと綺麗な食べ物がある。ええと……なんだっけコレ。


 そう、もうすぐ新年だというのに、私はまだルヴィエ王国にいる。

 なんでも重要な仕事があるらしく、セルジュさんが帰ろうとしないのだ。なら私だけ帰してくれたっていいのにさー。


「ああ、お蕎麦ですか。なるほど、日本では新年を迎える深夜に食べるのだとか……面白い趣向ですね。では用意させましょう」


 セルジュさんのお兄さんの言葉に、思わず苦笑した。ってことは、ここで新年迎えるの確定じゃん。でもここ除夜の鐘ないじゃん。ザ・お正月のお琴の曲もないじゃん! そもそもコタツみかんできないじゃん!

 でもそれを言ったら、それすらある程度聞き入れられそうなので、それはグッとこらえた。

 そぐわない。この宮殿に、さすがにコタツはそぐわない……。


「それも面白い。来年は新しい家族を迎える記念すべき年。ならばその国の風習も取り入れてみるべきじゃろう」

「あらあら。おじいさまったら少し気が早いですわよ」


 おじいさんの言葉に、セルジュさんのお姉さんがコロコロと上品に笑う。

 だけど私は笑ってなどいられなかった。何か気になる言葉がありましたよね?


「あのぅ……来年から家族って、何のことですか? どなたか、ご結婚されるんですか?」


 すると、全員の顔がこちらに向けられた。

 美男美女の視線が集中する。ヤメテ。なんだか居心地が悪い。


「えっ……もしかして、断るの?」

「何のことですか?」

「セルジュとの本契約よ。私はてっきり……ねぇ?」

「そうそう。今試用期間じゃない?」


 うん? 試用期間? 本契約? 一体何のことでしょう。

 本気で意味が分からないということが、やっと皆に伝わったらしい。


「おばあさまの遺言のことは、知っているね?」

「はぁ……ええと、最大株主である航空会社のフリー搭乗権と、パリのアパートメント、それと……セルジュさんを専属の執事にすること、ですよね?」

「なんだ。知ってるじゃない。そのセルジュの執事試用期間がもうすぐ終わるから、どうするのって話よ。てっきり、本契約を結ぶんだと……」

「えっ!? 今試用期間なんですか!?」

「そうよ。だってフリーの搭乗権利やアパートメントはともかく、専属執事ともなると人間対人間だもの。主従関係にあるとは言っても性格が合わなかったら一緒にいるのも辛いでしょう」

「――知らなかったの? だって書類にちゃんと……ねえ、ちゃんと読んだ?」

「読みましたよ! ちゃんと一文一文セルジュさんが説明してくれて……して、くれて……」


 ん? おかしい。記憶が途切れて……。あれ?

 私は必死に思い出した。

 そうそう、ちゃんと説明してくれて……優しそうに見えるんだけど冷たくて、家族の皆にも一歩引いたところから接してる気がして、家族仲がいい私にはそれが気になって……。


 ……うわの空じゃん!


「……聞いて、なかったかも……」


 ランチの空気が一気に重くなる。

 皆が顔を曇らせ、お互い顔を見合わせる。わー! いたたまれないよう! ごめんなさい!


「それは……断る可能性がある、ということかの?」


 静かに聞くおじいさんの声が響き、皆がシンと静まり返った。

 だから……全員で私の顔見るの止めてくださいよ……セルジュさんで美形にある程度耐性がついたとはいえ、これだけの数はさすがに緊張するんですよ!

 今の話に驚きはしたけれど、でも答えは決まっている。

 確かに私は、まだまだセルジュさんのことは知らない。でも、知ってることもある。それは、もう私の中では、セルジュさんの存在ってとても大きいってこと。

 実際、執事として考えると、どうしていいのか分からないのは変わらないけど、だからといって、あんな決意をして国を出た人を放ってなんておけない。


「セルジュさんさえ構わなければ、私はセルジュさんと一緒にいたいって思います。まだ執事がどうのとか分からないけど……ええと……でも、セルジュさんはどう思ってるのか分からないので……」


 すると皆表情が明るくなった。わかりやすっ!


「セルジュは喜ぶわ! ええ、それは勿論!」

「そうだね。君に会ってからセルジュはとても人間らしくなった。我々はそれがとても嬉しい。君がそう答えてくれてとても嬉しいよ」


 そ、そうか。それは良かった。なんだか恥ずかしいな。

 そうだ。話題を変えてみよう。


「あの。皆さんにクリスマスプレゼントがあるんです」


 私がそう言うと、部屋の隅で控えていたアリーさんが、大きな紙袋を持ってきてくれた。

 まったく、この食事中に人が傍に控えているっていうシステムには、まだ慣れない。食事に集中出来ないんだよね。


「おお! 何だね?」


 セルジュさんは兄弟が多いからちょっと大変かなって思ったんだけど、驚く程の放置っぷりにしっかり全員分作ってしまいましたよ!


「ひざ掛けなんです。皆さんのお名前の宝石にちなんで、色を分けたんですよー」

「まあ! 素敵!」


 男性陣はシンプルに。女性陣はレース編みの花をあしらって少しずつデザインを変えてみた。

 皆それに気付いてお互い見せ合っている。ああ、皆さんに喜んでもらえて良かった!


「本当に器用なのね! セルジュにも同じ物を?」

「いえ。セルジュさんには、スヌードをプレゼントしたんですよ。でもアリーさんが皆さんにはスヌードではない方がいいんじゃないかって……確かに服の好みなんかでまた変わりますし――ん? どうしたんですか?」


 なぜか皆さん固まってらっしゃる。

 そして次の瞬間一斉にニッコリと笑って、アリーさんに親指を立てて見せた。「グッジョブ!」という声も聞こえた気がするけど……。――なに? 今のはなに?


「うふふふふー。来年早々から忙しくなりそうですわね!」

「本当に!」

「これは、アリーにはボーナスを与えねばな!」

「まあ、それはセルジュが致しますわよ」

「それもそうだな!」


 分からん。セレブの思考は分からん。

 まあ、喜んでもらったんで良しとしよう。デザートも出てきたことだしね!

 さっさと思考を目の前のデザートに移したことを後で後悔したんだけど、その時はシャーベットが溶けてしまうことの方が、私には大事だったんだ。

 だからね、聞き逃しちゃいけない言葉も、きれいにスルーしちゃったんだよね……。


 不思議な盛り上がりを見せ、謎のランチ会の意味が分かったのは、氷と雪の祭典のメインイベント、カウントダウンの時だった。

 メイン会場の凍った湖では、一晩中周りの木々がライトアップされ露店も賑わっている。氷と雪の彫刻のコンクール発表と、その後は中央の広場でダンスをするのだそうだ。

 新年のカウントダウンが始まると、空を飛ぶヘリコプターから金色の包みが小さなパラシュートをつけて広場に落とされる。中身は宝石だったり、コインだったり、ただの飴玉だったり様々だ。

 中身は何でも構わない。取った者は一年幸せに過ごせるという言い伝えと、中に入った物にもそれぞれ意味があるのだそうで、皆が楽しみにしているイベントだ。昔は何と周辺の木の上から投げていたのだという。


「ええっ! 私も欲しい! 行きたい!」

「残念ながら、王族は参加できないのです。お嬢さまは王族の招待客ですから、参加できないのですよ」

「えー!」


 思わず口を尖らせる私を、セルジュさんが笑った。

 だってせっかくのお祭りなら参加したい! 出来なくても見たいじゃないか!


「勿論、見る事は出来ますよ。一緒に参りましょう。よい場所があるのです。わたくしがプレゼントしたブローチをつけてくださいね」

「じゃあ、セルジュさんは、私がプレゼントしたスヌードしてね」

「勿論でございます」


 私がプレゼントしたスヌードに対して、セルジュさんからもらったのは私の誕生石のアクアマリンがついた、イニシャルのブローチだった。一見しただけで高価だって分かる代物だったけど、セルジュさんの顔が真剣で、ついつい受け取ってしまった。


「左胸につけてくださいね」

「ん? ブローチってつける場所決まってたっけ?」

「ええ。この国では決まっているのですよ」


 なるほど。郷に入れば郷に従えって言うもんね。

 準備をして向かったのは、湖の会場を一望できる高台だった。


「わー! 綺麗! すごい良い景色!」

「この景色、気に入りましたか?」

「勿論! わー。誰もいないのが不思議なくらいの絶景だね!」

「ええ。私有地ですから。気に入ってくださって嬉しいですよ」


 眼下では木々に装飾されたイルミネーションがキラキラ輝き、それに照らし出される人々の表情も明るい。

 気温は氷点下なんだけど、踊ったり露店で食べ物を買ったりと、皆が思い思いに楽しい時間を送っている。でもその殆どがチラチラと空を見上ていた。

 間もなく0時となり、空には金の贈り物をばら撒くヘリがやってくるのだ。

 ちなみに、金の包みを巡って小競り合いが起こった場合は周囲を警戒している警官に包みを取り上げられてしまい、さらに一晩留置場に入れられるので喧嘩にはならないそうだ。

 もう少しで手に出来るはずだった金の包みを取り上げられた上に、新年早々留置場というのは皆避けたいもんね。一年の始まりが悪すぎるってことで、争いは起こらないらしい。

 そんなことを考えていると、上空からパラパラとヘリの音が聞こえてきた。空からはいつの間にか雪が降っている。見上げる空は、落ちてくる雪で視界が真っ白。音は聞こえるけれどヘリは見えない。このお天気でちゃんと広場に金の包みを落とせるんだろうか……そんな心配をしていると、空から金色に輝く光がひとつ、またひとつと落ちてきた。

 風に揺られふわり、ふわりと方向を変えると、広場のイルミネーションに照らされた金色の包みはキラリキラリと光る。広場全体にキラキラ光る金色の包みが降り注ぐ光景は圧巻だった。


「キレイ! キレイ!」


 人々は皆、空を見上げて包みに向けて手を上げている。

 その中に金色の光が降り注ぐ。

 その景色に見蕩れていた私の頭に、何かがコツンと当たった。


「イタッ」


 何事かと振り返った先で、セルジュさんが何かを摘み上げていた。


「あっ!」

「風に飛ばされて、こちらに流れて来たようです」


 セルジュさんが摘まんでいるのは、青いパラシュートだ。その先には金色の包みがぶら下がっている。


「はい。どうぞ」

「えっ? いいの?」

「ええ、勿論です。どうぞ」


 いそいそと包みを開くと、中には薄紙の包みが入っている。それを更にカサカサと開くと、小さなコインが金と銀二枚入っていた。


「おおっ! コインだ! 金と銀二枚って、何か意味があるの?」

「ええ。金のコインは大切な人に渡すとその人の願いが叶う。そして、銀のコインは持っている人の願いを叶えると言われております」

「なら決まりだよ。これはセルジュさんに。セルジュさん、いっぱい大切な物を捨てて私のところに来たんでしょ? 諦めたことも、いっぱいあるはず」


 金のコインはセルジュさんに差し出す。

 それをセルジュさんは驚いたように見ていた。


「銀を私が持ってることで、おまじないの効果は二倍じゃない? 私もセルジュさんの願いが叶うように祈るよ」


 その時、突然セルジュさんの腕が動いて、気がついたら強い力で抱き締められていた。


「えっ!」


 驚いて見上げると、降り続く雪が目に入って、思わず目を閉じる。

 すると唇にあたたかくて柔らかいものが触れた。


「……!!」


 驚いたけれど、嫌悪感は無い。むしろ嬉しさがあって、私は目を閉じたまま、セルジュさんの背中に腕を回した。

 すると、セルジュさんがほんの少し、唇を離して囁く。


「わたくしの願いは、決まっております。お嬢様と、ずっと一緒にいることです。ひとりの、男として……。それを貴女は、許してくださいますか?」


 セルジュさんの声が震えている。

 きっと寒さからだと思うけれど、その揺れた声が、なんだか心細く聞こえて、私は背中に回した腕に、ぎゅうっと力を入れた。


「勿論だよ。私だって、一緒にいたいよ。離れてた時、寂しかったもん」


 これが、単なる情ではないことに気が付いたのは、つい最近だけれど、それでもこの気持ちは本物だ。


「それは、ひとりの女性として……ですか?」

「――そうだよ」


 勇気を出してそう言うと、その唇はすぐにセルジュさんのそれに塞がれた。

 さっきよりも強く、まるで食べられてしまいそうな程、角度を変えてそれは続く。鼻で息をしたらいいんだって、頭では分かってる。でも、私の低い鼻は、セルジュさんの頬にほぼ塞がれていて、浅い呼吸しかできない。

 苦しいけど、でもいつも完璧なセルジュさんが、こんな風に気持ちをぶつけてくれるのが嬉しい。そしてなによりも、私が離れたくなくなかったんだ。



 

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