セレブな執事と庶民な主
雪夏 ミエル
第1話 贈り物は執事さん
初めての海外旅行!
しかも、行き先はパリだ!! 花の都パリ! 芸術の都パリ! 美食の都パリ! こんなにそそるキャッチコピーがたくさんついている都市って、他にあるだろうか?
この旅のため、私は一年も前から準備していた。一緒に旅をする友達と較べても、お給料が安い私は、少しずつお金を貯め、やっと目標額に届いた。
そこで、ピアノ留学し、そのままパリに暮らしている友人を訪ねようということになった。昔から仲のよかった四人が集まるのは何年振りだろう。一緒に行く香澄と都子との旅行も久しぶりで、私はボロボロになるまでガイドブックを読んだ。
* * *
パリは街中どこもかしこも絵になる街で、私たちは浮き足立っていた。
パンもチーズも美味しいし、ケーキなんて宝石のような煌びやかなものが、ずらりとショーケースに並んでいる。
滞在三日目は、友人がお世話になっているマダムに会える約束だったのだけれど、
その日の朝、マダムが熱を出してしまった。どうやら流行りのインフルエンザの疑いが濃厚ということで結局会えなくなり、私たちは老舗のデパートに向かった。香澄たちの目的は、ブランドバッグだ。香澄と都子は、旅行の一番の楽しみがこれだったと言っても過言ではない。彼女たちは建物に入るなり、それぞれ目的のお店に散った。
私は……正直、あまり興味がない。
バッグやお財布を、良い物を使いたいという気持ちは分かる。でも、その中に入れるものが器に伴っていないような気がして、まだ早いなぁ~と感じるわけだ。憧れがないわけではないけれど、いかもの感っていうのも、なんだか癪だったんだ。
「どうしようかなぁ……」
吹き抜けを見上げると、上の階にベンチが見えた。
パリを楽しんではいたものの、連日の早起きで少し疲れていたこともあり、私は少しベンチで休憩することにした。
二人とも別々の店に行っていることだし、合流できる頃にはスマホに連絡が入るようになっている。このフロアを離れても問題ないだろうと思った。
座って休んでいると、お上品な感じの老夫婦が現れ、おばあさんが私の隣に腰掛けた。
おじいさんは……空席がなく、立ったままだ。
ヨーロッパでのマナーはよくわからないけれど、もう充分休んだし……と思って、私は席を譲ろうと立ち上がろうとした。
ええっと、ここはフランスだ。何て言えばいいんだろ?
とりあえず「プリーズ」でも通じるかな? なんて考えながら腰を上げると、隣のおばあさんに「non!」と腕を押さえられた。
どうやら、立たなくていい、ということらしい。
思った以上に強い力で掴まれ、私はそのまままた座りこんでしまう。すると、腕をつかんだまま、マダムは私に笑顔で話しかけてきた。
(えぇっと……なんて言ってるんだろ?)
きっと、ちょっと困ったのが顔に出てしまったんだろう。「ニホンジン?」と、カタコトだが日本語で話しかけてくれた。
「あ、ハイ。え~と、ウィ」
それくらいは分かるけれど、勿論その後は続かない。でも、無言になり表情が固まった私に、おばあさんはニッコリと笑いかけた。ちょうどその時、空席ができて、おじいさんも座って会話が進む。
「パリは初めて?」
「どうして来たの?」
「ひとりなの?」
なんだか質問攻めにあってしまった。
一生懸命、なるべく簡単な日本語を使って話していると、スマホが鳴った。
都子だ。きっと、買い物が済んだんだろう。
もう行かなければいけないことを、なんとかジェスチャーも交えて伝えると、私は二人を残して立ち上がった。
その時、ふとバッグの中に入っている物を思い出した。
(そうだ……マダムに会えたらと思って、日本からお土産を買ってたんだった)
「プレゼントです」
隣に居たおばあさんに渡そう。そう思いついて、棒状の物を渡す。
おばあさんは少し驚いたようだった。それもそうだろう。彼女には、きっとこれがなにがわからないだろうし、私とも初対面なのだから。
私がまた身振り手振りで、これは日本の扇子だと説明し、開いて見せた。上質な和紙を使ったそれに、シュッと手持ちのコロンを吹きかける。高価なパルファムの方が効果はあるだろうけれど、これでもちゃんと香ってくれるはずだ。和紙の上に散った小さな水玉は、瞬く間に和紙に吸い込まれていった。扇ぐとほのかに瑞々しい花の香りが漂う。すると、おばあさんはまるで少女のように、瞳を輝かせた。
無駄になるはずだったものが、喜ばれて良かった。そう思いながら老夫婦とは別れ、都子のもとへ向かった。
* * *
帰国して3ヶ月も経ったある日。
わが家に似つかわしくない人がやってきた。
テレビでよく見る、国際弁護士とかいう人だ。
根がミーハーな両親は、かなり浮き足立っている。後でサインもらおうか? なんて話してるけど、いやいや、その前に何しに来たのか聞こうよ!
すると、とある外国の富豪の依頼で、私を探していたんだと言う。
ママは「みはる、出生の秘密!実は富豪の娘だったとか?」なんて言い出す始末だ。
だけど、あなたが私を産んだって、自分でわかってるでしょーが!
そんなコントのような家族のやり取りに、テレビではタレントのようにノリの良い
国際弁護士は、へらっと営業用スマイルを見せただけだった。案外ノリが悪いらしい。
「こちらのご夫婦……ご存知ですか?」
出された写真を見ると、そこには品の良さそうな老夫婦が写っていた。
「あ」
勿論、その二人には見覚えがあった。そう、パリのデパートで出会った老夫婦だったのだ。
「旅行で行ったパリで……会いました」
「こちらの方々が、あなたを探していました」
「え? でも……どうして?」
「実は……こちらのご婦人が亡くなられまして。あなたに遺産を残されました」
「え!?」
「え!?」
「え!?」
パパとママと見事にハモった。
今度は営業用スマイルさえも見せず、弁護士は難しい顔をして、分厚い書類を出す。
「遺言書によると、日野みはるさんに遺された遺産は以下の物です。婦人が所有していたアパルトマン。所有していた航空会社の生涯無料搭乗権利。……これは後ほどみはるさん名義のIDカードを作成します。このカードがあれば、その航空会社の飛行機はどこでも無料で乗れますよ」
「えええええ! そんなにお金持ちだったんだ? まぁ……品の良さそうなおばあちゃんだったけど……」
でも、だからといってアパルトマンとか搭乗権利とか、想像を絶しすぎて、現実味がない。パパとママもそれは一緒のようで、口をポカンと開けている。すると、弁護士はコホンとひとつ咳払いをした。
「それと、もうひとつ」
「え、まだあるんですか!?」
「はい。一番重要なものです。専属執事が一名」
は? しつじ?
「それってアレですか? よくテレビや本で見るような『お帰りなさいませお嬢様』とかやる人のことですか?」
そう言うと、返ってきたのは苦笑いだ。
すいませんねー。だってさ、弁護士さんの言うことは全部、庶民の域を超えすぎちゃってて、想像も出来ないって。
「それで……」
口を開いたのは、一番最初に正気に戻ったパパだ。
私とママは、まだ口をあんぐる開けてる。
「アパルトマンだとか言われてもですね、それは一体どこの話で……」
「そりゃ、パリで会ったおばあちゃんだもの。パリなんじゃない? そんなの、もらっても困るっていうか……」
そうだよ。いくら遺産相続って言っても、私は日本に居るんだもの。
無料搭乗権利だとか、アパルトマンだとか……執事だとか、全部パリなら相続はないも同然だ。
あまりの話の規模の大きさに、圧倒されてパニック起こしそうだったけど、どうやら今までと変わらず過ごせるらしい。あーびっくりした。ちょっとホッとした。
「いえ。こちらのご夫妻の国籍は、フランスではございません。」
「え?」
「ルヴィエ王国です」
はい? それってドコデスカ?
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