第2話 執事さんは王子様

 ルヴィエ王国。


 なにそれ?

 言葉の響きから、なんとなく浦安にいる、超有名なキャラクターが頭に浮かんでも仕方ないと思う。


「どっかのテーマパークとか?」


 その言葉に、目の前のタレント弁護士は呆れたような表情になった。

 むぅ、何よ。



 * * *



 そして私は今、機上の人だったりする。

 今度はひとりきりだ。いや、嘘だ。ひとりきりではない。横にはあの弁護士が座ってる。隣とは言っても、仕切りの向こう。そう、今乗っているのは、ファーストクラスってやつだ!! 一席ずつ仕切られているボックスの中は、座席がフラットになるのだ。すごい! 以前乗ったエコノミーとは天と地ほどの差もある。あの時、帰国時の席は一番後ろで、座席を倒すことができなかったんだ。全身がパンパンにむくんで、ものすごく辛かった。あれ以来、長時間のフライトはトラウマになっていたんだけど、そんなものは一瞬で吹っ飛んでしまった。

 聞けば、無料搭乗権は、ファーストクラスで座席が用意されるのだと言う。――一瞬、気持ちが揺らいだ。

 いやいや、ダメダメ。今私が飛行機に乗っているのは、このお話を断るためなのだ。

 あの後、タレント弁護士が言った内容は、そりゃもう衝撃的だった。

 私がパリで会ったあの老夫婦は、そのルヴィエ王国とかいう、ヨーロッパの小国の

先代の国王ご夫妻だったんだそうだ。

 道理でお上品に見えたわけだ……なんて妙に納得してしまったんだけど、だからといって、なんとなく扇子を渡しただけで遺産相続って、そんなのは納得できない! しかも、その遺産の中には「執事さん」も、もれなくついてくるのだ。イキモノだよ! しかも外国人だよ! 困るっつーの!


 長い長いフライトの間、弁護士さんは無知な私にルヴィエ王国の話をしてくれた。まあ、他に話すことないものね。


 ルヴィエ王国とは、ヨーロッパの大国と大国の間に、ちんまりと存在する小国らしい。

 周りを高く硬い岩山で囲まれ、更にその岩山の頂上付近は常に霧が濃く、厚い雲がかかっている。それが城壁のような役割を担い、戦争に巻き込まれなかったのだそうだ。

 硬い岩山は、現代の技術をもってしても陸路を造ることが出来ず、隣国であっても

基本空路のみ。そんなある意味半鎖国のような国で、良くも悪くも他国の影響を受けず、ひっそりと長く続いてきた国なのだという。

 なんか神秘的!!

 ルヴィエ王国は日本のように四季がはっきりした気候で、自然豊か。特に水がきれいで美容に良いらしく、温泉も湧いているそうだ。しかも、硬い岩山からは、しばしば宝石が発掘される。

 ルヴィエ王国の国民はというと、そんな豊かな自然と綺麗な水のおかげか、全員と言っても過言ではないくらい美形揃いなのだそうだ。

 宝石が採れ、宝石のような人々がすむ美しい国。それがルヴィエ王国なのだ。

 最近では、欧米のセレブの間でルヴィエ王国のリゾートエステが人気で、自然と

美容と美食(水が良けりゃ食べ物も美味しいってね~)で裕福な国になったのだと

言う。

 あぁ、そういえばかなりのお年に見えたけれど、確かにおじーちゃんもおばーちゃんも気品があって、凛とした雰囲気で若い頃はさぞかし美しかったのだろう……って

面影がありまくりだったわ。

 けど、なぜ私に遺産を、と思うほど、私が印象に残ったのだろう?



 * * *



「霧が濃くなってきた。もうすぐ着きますよ」


 言われて窓から外を見たら、本当だ。何にも見えない!! 真っ白だ!

 この霧を抜けたら……その神秘の国があるのか……。

 白い濃い霧が段々薄くなり、視界が開けたと思ったら、目の前には中世のお城や大聖堂のような大きな威厳のある建物が目に入った。その周りには暖かなオレンジ色に

統一された屋根の、可愛いお家が並んでいた。

 至るところにそのような集落があり、その周りは濃い緑の芝、そして森だった。

 現代的な道路や車も小さく見えるけれど、馬や馬車が走っているのが当然とも思えるような、そんな景色だった。

 飛行機を降りたら、マントを羽織った従者みたいな人が来て、馬車に案内されるんじゃないの? なんて、そんなちょっと漫画みたいな展開をを考えていたけれど、迎えに来たのはスーツをきちんと着たお兄さんで、車も日本の狭い道じゃ走れないね~って位車体の長い、所謂リムジンってやつだった。

 でも真っ白なリムジンが現れた時もびっくりだったけど、車から降りたお兄さんを見たらリムジンの驚きなんか吹っ飛んだ。

 だって、運転手してるのが不思議なくらいの、凛々しいイケメンだったんだ。


 そういえば、空港でもちらほら美形の人は居た。

 けど、まぁ至って普通の容姿の人もいたので、気にならなかったし、さっき弁護士さんから聞いた「国民全員が奇跡の美形」っていうのは大げさな賛辞だな、って思ってた。けど、空港に居た人全員が、この国の人ではないのも当たり前だよね。

 呆気に取られていると、イケメン運転手と共にやってきたスーパーモデル並みの女性にクスクス笑われた。

 女性はクリスティンと言って、滞在中に私のお世話をしてくれるらしい。

 それはありがたい! だって今回は友人もいなくてひとり。言葉もわからない初めての国で……


 ……


 …………


 ん?


 言葉、通じてるんですけど?

 つか、運転手さんもクリスティンさんも、めっちゃ流暢に日本語話してるんですけど?

 そういえば、亡くなったおばーちゃんも、ちょっとつたなかったけど、日本語話してた……。

 質問すると、なんとこの国には、突然どこからともなく現れ、この国に住み着いた日本人家族の伝説があるのだという。

 もう二百年位前と言っていたから、どうやってこの国にたどり着いたかは謎。

 最初は肌の色も髪も目の色も、言葉さえも違う彼らを避けていた住民も、真面目に

よく働く日本人家族に段々心を許した。

 その噂を聞きつけ、その時代の王子が馬に乗って日本人家族に会いに来たのだという。

 その時、王子が娘に一目惚れ。

 その想いを貫き、めでたく結婚。

 一途に娘を想った王子は、自分が王になったら一夫多妻制を廃止。同時に、第二言語を日本語に指定。熱心に日本語を広めたのだという。

 そんな伝説もあって、おばあちゃんは異国で会って扇子をくれた私のことが、心に残ったらしい。

 へー、こんな遠くにある、小さな綺麗な国で、日本語が使われているなんて……。


「更に伝説があります。日本人と結婚してからというもの、王族の皆さまは、更に美しくなったそうですわ」

「はぁ……でもクリスティンさんもとーっても美しいですよ?」

「ありがとうございます。でも王族の皆様に較べたら全然……。王族の皆さまは、守護石を持つことを許された方々です。それほどに美しいんですよ」

「はぁ~。それは凄いですねぇ」


 守護石、なに? 誕生石みたいなもん?

 想像もつかないや。クリスティンさんより全然美しいって、レベルがもうわかんないよ。

 一生懸命想像しようとしてるうちに、リムジンが大きな大きな門を通った。キリンも通れるんじゃないかって位の巨大さの門だ。

 遠くに、日本だったら絶対「ドーム○個分」って表現されるぞってくらい、桁違いの大きさのお城が見えた。


 これ……人の住居ですか?



 * * *



 通された部屋は、靴を履いているのが申し訳なくなるくらい、ふわふわのつやつやの柔らかい絨毯が敷き詰められた、高~い天井から吊り下げられた豪華なシャンデリアがまぶしい部屋だった。

 座って待つように言われ、これまたやけにふかふかの座り心地の良いソファに身を沈める。


 ……落ち着かない!!!


 飛行機、疲れるだろうなーと思って、エコノミー体質な私はゆるめのジーンズを履いていた。

 今、ものすごく後悔している。この場にそぐわなさすぎる……。

 思わず隣のソファに座る弁護士さんを恨めしげに見てしまう。

 こんなお城だって知ってたなら言ってよ!

 知ってたら、こんなイチキュッパのジーンズなんて履いてこなかったよ! せめて……そう、せめてナナキュッパのワンピ? あー。むなしい。


 少しすると、控えめなノックが響き、一人の長身の男の人が入ってきた。

 その瞬間、運転手さんで少しは美形に免疫がついたと思った私を衝撃が襲った。


 な、なんですかこのヒトーーー!!


 窓から降り注ぐ陽の光に、美しい金髪はキラキラと輝き、後光を差してるみたいに

見える。

 透き通るような白い肌は、それでも健康的に見えるし不思議だ。

 そして、少し明るいブルーの瞳を、まっすぐあたしに向けている。


 ま、まさか。まさか……ね。


「お初にお目にかかります。お嬢様。わたくしが執事のセルジュ=クロード・ルヴィエでございます。守護石は、アクアマリンでございます」


 耳に心地よい低音で話す、きれいな日本語。

 こんな綺麗な執事ってあり得るの!? もっと綺麗っていう王族ってどんなんよ!

 と、ここまで思ってふと気付く。


 セルジュ=クロード・ルヴィエ……。守護石が、アクアマリン……?


「あ、アクアマリン???」


 さっきクリスティンさんが、「王族は守護石を持つ」って……。


 疑問を思わず声に出すと、それにセルジュさんの綺麗な明るいブラウンの眉がピクリと上がった。


「あぁ、もう聞いておいででしたか。私はこの国の第七王子です」


 な、

 

 なんで王子が執事!!

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