第3話 迷子の執事さん

 王子が執事。


 王子が執事。


 王子が……


 その衝撃に、口をあんぐりしていると、そんな私のあほ面にも王子様だっていう

執事さんは、それはそれは素敵な微笑みを見せた。


「早速で申し訳ないのですが、おじいさまの部屋に参りましょう」


 おじい――?


 あ! あぁ! そうだった! あの時のおじいちゃんに会って、お悔やみを直接言いたい。

 それに、今回はおじいちゃんにも日本から贈り物を持ってきたのだった。

 そして……そして、このとんでもない遺産相続を断る。

 そう、私はそのために、ここに来たんだった。



 * * *



 遠い……遠いんだけど…………。

 家の中なのにこんなに広くて、目的の部屋に行くまでに何十分もかかるなんて、そんなデカイ家なんて嫌だ!!

 バイト先の店長が、最近リフォームしたって言っていて、その三階建ての自宅を羨ましく思ってたけど……。今、私はこじんまりした二階建てのわが家が、とてつもなく懐かしくなった。

 左隣には、長い足を持て余し気味に、私の歩幅に合わせて歩いてくれてる、王子様で執事さんがいる。

 王子様で執事さんは……あぁ~、めんどくさい。もうセルジュさんでいいや。


「セルジュさんは、どうして王子様なのに、私なんかの執事になることになったんですか?」

「わたくしは王子とは言っても7番目です。念のため、3番目までは王となるための教育を受けますが、健康上問題がなければ、1番上の兄が時期国王になり、2番目、3番目は補佐をします。更に下の王子たちは、他に仕事をすることになっています。大体は城の中で……ですがね。私は、将来の王子……兄の子供ですが、その方の教育係をするはずでしたので、執事のようなものですよ。お仕えする主人が変わっただけです」


 はぁ……。でも将来の王子と私とじゃ、大きな違いが……。

 そう言いかけたけど、私は言葉を飲み込んだ。

 まぁ、断るんだし……セルジュさんともこれきりなんだから。


「ご兄弟、多いんですね。うちは2人だから羨ましいです。皆さん仲が良いんですか?」

「……ええ……そうですね」

 

 あれ? なんだか……セルジュさんの言葉が、急に歯切れ悪くなったような……。


「着きましたよ。こちらです」


 王室のことを更に聞こうとしていたけれど、セルジュさんの目的地に着いたという言葉で、私の思考は止められてしまった。



 * * *



「わが国へ、ようこそ」


 パリで見た時と、そんなに変わらずおじいさんは元気に私を迎えてくれた。

 でもやっぱり少し表情が暗い。

 立ち上がったソファの近くのテーブルに、おばあちゃんの写真が置いてあった。やっぱり……寂しいんだ……。


「セルジュ、こちらのお嬢さんと思い出話をするから、少し席をはずしなさい」


 セルジュさんが、一瞬迷いを見せたけれど、礼をするとそのまま部屋を出る。

 パタリと扉が閉められ、少しの沈黙の後、おじいさんが徐に口を開いた。


「突然のことで……驚いたであろう?」

「はい。そりゃもう。あの……おじいさんは、日本語がとてもお上手なんですね」


 おばあちゃんは、かなりカタコトだったし……そう思い出しながら言うと、おじいさんは楽しそうに笑った。


「あれは、演技だよ」

「演技!?」

「そう。カタコトの日本語で話しかける変な外国人のばあさんの相手を根気強く

してくれたのは君だけだったよ。だから、君なんだ」

「へ???」

「君なら、変えてくれると思ってね」

「かえる?」


 頭の中では、帰る・買える・変える、と色んな「かえる」がぐるぐると回ってた。


「いや、こっちの話だ。話は、受けてくれるのだろう?」

「え? あっ、……いいえ。申し訳ないですが……私なんかじゃ、ダメですよ」

「――君だから、受け取って欲しいんだが」

「ええと……私には必要のないものばかりだし。なにより、世界が違いますし……」

「そうか……残念だな。せっかくマンションも近代的にリフォームしたのに……全部、断るのかい?」


 どうしよう……。正直、そんなに寂しそうにされるとは思わなかった。

 うーーーーん……と考えてはみるものの、やっぱり私には荷が重すぎる。


「あの!! ここに時々遊びに来ていいですか? その時の搭乗券だけタダっていうのは、正直すご~~~く嬉しいですけど」


 そう言ったら、おじいちゃんはすごく嬉しそうにしてくれた。

 あぁ~、良かった。少し話しただけの私を、こんなにも気にかけてくれたんだもの。

 この縁は大切にしたい。おじいさんさえ良ければ、こうして時々来たいもんね。


「では、そのように書類を書き換えよう。あとでセルジュから説明を聞いてサインをしておくれ――と。セルジュも……断るのか?」

「……はい。私、ほんとにほんとに庶民なんです。どちらかと言えば……一番必要ないと言いますか……」


 相手が人なだけに、語尾がもにょもにょ小さくなってしまう。

 そう言うと、おじいちゃんは私には理解できない言葉で何かをつぶやいた。

 そうして、にっこり笑うと、「ではこの話は終わりだな。日本の話を聞かせておくれ」と言った。

 小一時間位話しただろうか。

 控えめなノックが響き、「お薬の時間ですが」と、メイドさんらしき人が申し訳なさそうに入ってきた。


「おぉ、もうそんな時間か。すまん、もう年でな、薬を飲んで休まなくてはいかん」

「いえ。私こそ、長くご無理させてしまってごめんなさい。あの、これ日本から持ってきたんです。日本の、徳利とお猪口です。お酒は召し上がりますか?」

「あぁ、この年になっても酒は飲むよ」

「日本では晩酌って言って1日の終わりに1杯お酒を飲んで奥さんと話をするんですよ。えっと……おばあちゃんの分もお猪口ありますから、1日の最後をおばあちゃんとゆっくり過ごせるかなぁと思いまして……」


 おじいさんは、にっこり笑って「それは良い考えだ。1日の終わりの話し相手は、

やはりエレンが良いからね。ありがとう」と言った。


 喜んでくれたみたい。良かったー! 余計悲しませたらどうしようかと思ったけど、パパとママの意見を聞いて選んで良かった!!


「やっぱり――君が変えてくれると思うんだが……」


 ホッとし、部屋を出て行こうとした私には、おじいさんのつぶやいた言葉が聞こえなかった。



 * * *



 あらためて書類を作りなおすというので、次の日はお城から行けるルヴィエ王国の名所をセルジュさんが案内してくれた。

 執事は断ったんだけど、一人だと暇だし、地理もわからないからそのままお願いしてしまったんだけど――町に出てすぐ後悔した。

 セルジュ王子はとんでもない人気者らしい。

 様々な人が話しかけ、写真を撮り、どこぞのアイドルだ!?って騒ぎだ。

 ナントカ大聖堂とか、ナントカ城とか、ナントカ公園とか色々説明されたけど、さっっぱり覚えていない。

 夕方疲れて城に戻り、クリスティンさんにこのことを話すと、クリスティンさんですらうっとりした表情で「セルジュ様は特別お美しいですから……」と言った。

 『特別』の意味が分かったのは、ディナーの時だった。

 ディナーの席には、セルジュさんの兄弟が全て揃った。確かに話の通り、全員驚くほど美形だ。

 でもそんな中で、セルジュさんだけが確かに特別だった。

 どんなに美形でも、彼の美しさの前では色褪せてしまう。

 そしてゲストは私だけという、家族団らんの中でもセルジュさんの、完璧に紳士な態度は変わらなかった。家族に対してさえも、だ。

 他の家族――第1王子ですら、少しくだけた様子で寛いでいたのに、彼だけが仮面を被ったように、張り付いた微笑みで少し距離を置いて接していた。


 なんか……なんか、すごくもやもやする。他の方々はセルジュさんに対してもとても親しげに接しているのに。

 明るく仲の良いうちの家族を思い出して、セルジュさんの態度がとても悲しく思えたのだった。


 ま。断るからいいけど……。もう、会わない人だし……。


 …………


 でも気になるじゃないか!!



 * * *



 翌日、新しい書類を、これまた完璧な微笑みで説明するセルジュさん。


 むかむか


 むかむか


 昨日のムカムカが、おさまらない。


「セルジュさんは、お兄さん達と仲が良くないんですか?」


 説明の途中、突然発した私の言葉に、書類の文字をなぞっていた美しい指が、ピタリと止まった。


「……いいえ? どうしてですか?」

「セルジュさんだけが、違って見えたから」

「どう、違って見えました?」

「キレイすぎた」


 そう言うと、キレイな顔が、少し歪んだ。ほんの少しだけ。でも、それはまるで真っ白な仮面に黒く小さなヒビが入ったように、歪に見えた。


「あなたも、わたくしが特別だと思うのですか? 私が第1王子よりも特別だと?」


 え。そんなこと言ってないし。

 ん? あれ? なんか……スイッチ入れちゃった?


「わたくしも、そう思いますよ。私が、王にふさわしいとね」


 ……いえ、そこまで言ってませんが。


 そしたら、美しさがどーの、王立学院の成績がどーの。スポーツが。国の大臣だってそう言って……と、どんどん出てきたよ、鬱憤が!

 え?こんなキャラだったんですか?

 なんか別な意味でムカついてきたんですけど! 愚痴王子かい! 執事拒否して良かったよ!


 綺麗な唇を歪に歪め、そこからどんどん毒が吐き出される。なのにセルジュさんの表情は反対に、悲しげに、なんだか泣いてしまいそうに見えた。


 なんなんだ!?


「あの!!」


 大声を出してセルジュさんの言葉を止める。

 驚いて私を見たセルジュさんの顔は、気持ちが高ぶっていたのか、少し赤くなっていて、大きな見開いた瞳は揺れていた。

 なんで……なんで、お兄さんより自分がふさわしいって言っときながら、そんな

捨てられた子犬のような目をするの!

 本当は、お兄さんたちが好きなんじゃん!

 大きく深呼吸をする。ここは私が落ち着いてなくちゃ。


「セルジュさん、この国を出たことは?」

「……大学の頃、留学しておりましたが」


 セルジュさんは、いきなり話が逸れて驚いているようだ。戸惑いながらも答える。


「どんな大学?」

「イギリスの、全寮制の大学ですが……」

「そこから外出は?」

「時々は致しましたが、基本的には寮にショッピングモールやレストランもついておりましたので、あまり出かける必要はありませんでした」

「てことは、ほとんど外を知らないんじゃない」

「……っ」


 私の言いたいことがわかったのか、セルジュさんの言葉が詰まる。


「この国で王になるってことは、お兄さんを王の座から追うってことでしょう? でもさ、この世界ってもっともっと広いよ? 他の世界を知らないのに、家族を傷つけてまでこの国の王に執着するって、それって意味があるの?」

「…………」

「王様より、セルジュさんには、もっとふさわしい世界があるかもしれないじゃない!」

「……例えば? 例えば、なんです?」


 ぐっ。そうきたか。


「ええっと……医者になれるかもしれないし、教師とか、俳優とか……こ、コメディアンとか!」

「コメディアンはちょっと……ご勘弁いただきたいですけれど」


 段々感情的になる私とは対照的に、セルジュさんの方は徐々に落ち着きを取り戻していた。 

 勢いとはいえ、この完璧キラキラ王子にコメディアンと言ったことが急に恥ずかしくなり、「ううううるさいっ!」と、書類にさっさとサインをして、私は部屋を飛び出した。

 でも、一番言いたかった言葉を言うのは忘れなかった。


「国王だけが職業じゃないんだよっ!」


 ん? 国王って、職業なのか?

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