第27話 執事さんの賄賂
復活しました。
ええ。もう体調も万全です!
あの寝込んでる間に、身体を拭かれて着替えさせられてました事件で精神的にも大打撃だったんだけど、見事復活しました!
それは翌日シーツを取替えに現れた、メイドさんたちのお陰!
部屋にやって来たメイドさん達に目をぱちくりさせていると、セルジュさんが私を軽々と抱き上げ(メイドさんに集中していた為、抵抗らしい抵抗もできなかった)カウチソファーに移動する。
すると、メイドさん達はお布団を上げ、糊の利いた真っ白なシーツをパァーン!と良い音をさせてシュパパパッと、手際よくシーツを取り替えたのだ。
それはそれは見事な連係プレーで。
「セルジュ様。お嬢様のお着替えでございますから、少し外してくださいませ」
ん?
すると、セルジュさんは、さも残念そうにあたしをベッドに戻すと部屋を出て行った。
入れ替わりに、温かなお湯が入ったタライを持って、また別のメイドさんが入って来た。
その様子をまたぼんやり見詰めていると……。
するっ。
え?
は?
「あああああああああ! ぱ、ぱんつ!!」
いつの間にか、先に居たメイドさんが、またもや素敵連携プレーでパジャマを脱がしにかかっていた。
かかっていた、というか、その時点ではもうほぼ裸でした……。
いつのまに前のボタンを外されてたんでしょう……これもプロの技ですか?
慌てて抵抗して色んな体勢になるのに合わせ、最後に入って来たメイドさんが温かいタオルで丁寧に拭いていく。
な、何なんだこの素晴らしいチームワーク!
ものの数分で全身が綺麗に拭かれ、新しいパジャマを着せられておりました。
ハイ、勿論パンツも新しくなりました。
つまり! 着替えも身体を拭いてくれてたのも、メイドさんトリオなわけで、恥ずかしいのは恥ずかしいんだけど、それでも相手がセルジュさんじゃなかったってだけで心底ホッとした。
それが分かると、一気に気持ちが軽くなって翌日には完治です!
病は気からって、本当だね!
やっと都子と香澄に会える!
そうしていそいそと連絡をしたら、私が東京に来たお祝いをしてくれることになった。
なぜかドレスコードがあり、普段よりもドレッシーな格好をすることになり、それに合わせてヒールの高い華奢な靴を履く。
こんな格好、親戚のお姉ちゃんの結婚式以来かもしれない。でもたまにはいいな。なんだか背筋がピンと伸びて、気持ちいい。
すると細身のブラックスーツを優雅に着こなしたセルジュさんが現れ、軽くお辞儀をすると右手を差し出した。
手の平は上を向いている。
いつもなら恥ずかしくて絶対そんなことはできないんだけど、今日は可愛いワンピースを着てるから雰囲気に乗っちゃいたい気分。
そっと手を乗せると、目の前でセルジュさんが困ったように微笑んだ。
「お嬢様、右手ではなく左手を……そうです。お車から降りられる時も、左手を預けてくださいね」
あ、つい癖で利き手の右手を乗せてしまった。
握手じゃあるまいし、右手と右手じゃ歩きにくいか。
「セルジュさんが送ってくれるの?」
「ええ。運転はジェラールが致しますが、わたくしも会場までご一緒致します」
「ええー? わざわざいいよ!」
近くまで送ってくれるなら、お店まで歩くって主張したんだけど、セルジュさんは取り合ってくれなかった。
「普段お履きにならないヒールでは、足に負担がかかりますので」
……そう言われると弱い。確かに不安なので、それ以上は反対しなかったんだけど……。
なに? なんでこんなことになってんの?
香澄からのメールで、カジュアルフレンチレストランって聞いてたんだけど……。
セルジュさんに連れられて入ったお店には、懐かしい顔が溢れていた。
「え? え? 山ちゃん? ナオくんも! わぁ! 吉田だ!」
「うわ! お前、なにイケメン連れてんの?」
「えー! 久しぶり! なにこれ?」
「東京近辺にいる連中でさ、時々集まってんだ。ミニ同窓会みたいなもんだな」
「へー。楽しそうだね」
「今回はみはるちゃんが引っ越してきたって聞いたから、急遽計画したのよ?」
「わー! ありがとう!」
入り口で懐かしい面々と話しているその最中も、店の奥から沢山の視線を感じる。
勿論、その視線は私をスルーして、後ろにいるセルジュさんに向けられている。
「じゃあ、みはる。俺はこれで……終わったらすぐ連絡しろよ? 迎えにくるからね」
あ、スイッチが入った。
沢山の視線に気付いてるはずなのに、そちらには目もくれずに甘い微笑みを浮かべる。
「やーん! イケメン! しかも優しいー!」
きゃーきゃー喜ぶ山ちゃんに、その横で面白そうにニヤニヤ笑う吉田。
「お前、面白いことしてくれるな。正直、三宅が幹事って時点でつまんねーなって思ってたけど、これで今日は楽しめそうだ」
三宅――その名を聞いて、私は固まった。
高校時代のクラスメイト、三宅小百合。
性格がキツいけど、学校一の美人で、1年からずっと学園祭でミスに択ばれていた。夢が玉の輿って子で、犬猿の中だったんだよねぇ……そっかー。あいつも東京だったのかー。
「幹事は持ち回りなんだ、いつもは大体居酒屋でワイワイやるって感じなんだけどさ。アイツ、この店に出資してる金持ちと婚約したんだと」
「要は見せびらかしたかったのよ。そこにみはるがあーんなイケメン連れてくるから……あー、あたし今日来て良かったー!」
「は、あは、あはははー……」
もう帰りたいんですけど……。
「来た来たー! みはる待ってたわよー!」
「セルジュさん、連れてきてくれてありがとー! あっ、その時計素敵ー! F社のでしょう? 素敵ー! さすがセルジュさん!」
み、都子? 香澄? なんだかやけに、声が大きくない?
そのまま2人に両脇を固められ、店の奥に連れて行かれると、そこには般若のような形相の三宅が居た。
「あらぁ? みはるじゃない。久しぶりね。なーんかずっと田舎に残ってるようなタイプだったのに、こっち出てきたの?」
「最近引っ越してきたんだよねー?住所まだ聞いてなかったわ。どこ?」
「あ、S区の少し高台なんだけど……」
「すごーい! あの辺りって高級マンションが並んでるとこよー! みはるもマンション? 何階?」
「ええっと、30階って言ってた」
「言ってたって、セルジュさんー?」
「う、うん」
「さーすーがー!」
ちょ……なんか2人いちいち大げさだし! しかも三宅の顔、今にもチロチロとヘビの舌が出そうになってるよ!?
「先ほどの方? どんな方で、みはるとどういう関係?」
あー……オデコの青筋がこえーよー。
「セルジュさんは、今社長さんだよね? みはる」
「うん。ホラ、あのLe Cielの専属モデルの事務所の……」
「えー! モデル事務所の社長さーん!?」
ちょ、ちょっと! 事件の顛末知ってるくせに!
そう耳打ちすると、「そこ、バラしていいわけ?」と、驚く程低く冷静な声で切り替えされた。
ごめんなさい、香澄さん。それは勘弁してください。
「で? ど・ん・な! ご関係!?」
「どんな……どんな!?」
答え、考えてなかったー!!
実家では、留学生でうちにホームステイしてるって答えてたけど、今の状況でそれはあり得ないし!
ええと、ええと……。
「一緒に住んでるのよねー?」
「ど、同棲してるってこと?」
「そうそう!」
ちょ、ちょっと待てふたり!
両脇を抱えられたまま、力技でふたりを引きずって化粧室に行くと、私はふたりを問い詰めた。
「ちょっと! 何で同棲とか行ってるの!」
「えー。だってそうでないと、あの三宅だもん。色々突っ込まれるよ?」
「でも、だからって……」
「それにさ、前から思ってたんだけど、みはるはセルジュさんをどう思ってるの?」
急に真面目な顔をした都子が、問いかけてきた。
「どう、って?」
「あのさ、みはるが執事だとかそーゆーの、隠したい気持ちもわかるよ? でもさ、セルジュさんは全てを捨てて、みはるのところに来たんでしょう? それなのに、恥ずかしいとか自分には勿体無いー!とか、そんなのばっかりでセルジュさんに悪いと思わないの?」
「え!? どういうこと?」
「みはるがそう言うってことは、セルジュさんを全否定してることになるってことよ」
「……そんなつもりはなかったけど……でも、仕えてもらう身分じゃないもん」
「だから、私たちだって彼を、みはるの執事だとは説明しなかったじゃない」
「あ、あり……がとう?」
「あのさ、執事とか、王子とかそんな立場とか身分じゃなくって、ちゃんとセルジュさん自身を見て受け入れなさい。今、一緒にいる。この事実は変わらないんだから。ちゃんと受け止めなきゃ人として失礼よ!」
キメ台詞のように、私をビシッと指差して言う都子の姿に、なんだか目から鱗な気分だった。
* * *
その日の夜遅く、なにやら考え込んで帰宅したお嬢様をお部屋にお送りすると、自室に戻った私はスマートフォンを手にした。
「首尾は」
『バッチリです!』
「ありがとうございます。おふたりの誕生石は、ガーネットとトパーズでしたね」
『やったあ! あ。でも協力できるのはここまでですからね!』
「充分ですよ。ありがとうございます」
短い会話を終えると、報酬を手配するべくパソコンに向かった。
おふたりには奮発してさしあげねば。明日、お嬢様と顔を合わせるのが楽しみだ。
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