第8話 執事さんは破壊王
「ふっふふ~ん」
思わず鼻歌うたっても仕方ないと思う。キラッキラだ。これは女の子の夢なのだ。
今、私はセルジュさんが取り寄せてくれた宝石の欠片入りガラス玉を、ハート型に型どった針金細工の中に入れる作業をしていた。その、作業をしてるガラス玉の中の宝石が、キラッキラ輝くダイヤモンドなのだ。
欠片の大きさはまちまちだ。蛍光灯の灯りに、だからなのかな。キラキラと色んな方向に光を反射させている。
「売れたらいいなぁ~。お店の存続は、君にかかっているんだよ~」
まだ、彼に会いたいもの……。
* * *
『同じショッピングモールに働く、ヨコイ』
それしか、情報はない。
勿論、私はすぐに側近に連絡を取り、専門家に調べさせた。
お嬢様には話していないが、私の周りには常に数人の側近が控えている。彼らはプロだから、その気配を悟られることはない。彼らもまた、すんなりとこの街に溶け込んだ。
その結果、今手元には、3名の写真とデータがある。
同じショッピングモールで働く、『ヨコイ』という名の男性は3名いるらしい。これでも減ったのだ。ショッピングモールは結構規模が大きいらしく、店舗数にして111店舗あった。その中に、ヨコイ姓は8名。まず、女性は排除した。それに、既婚者も。そして、残ったのが3名。
そうだ。たしか旦那さまが、「彼はもてるらしい」とおっしゃっていた。
改めて、3人の写真を眺める。
…………どれももてそうには無いが…………。
私の方が数倍カッコイイじゃないか!
コイツなんて、目が細い。こっちは眉を整えすぎてる。
こっちは、日焼けしすぎだろう! こんがり焼けたトーストのようになっていた。
胸に苦いものがこみあげる。
ヨコイ、か……。お嬢様の職場復帰は明日から。
もう少し、情報が欲しいな。
それには少し、お嬢様に協力していただかなければ。
* * *
コンコン。
控えめなノックの後、これまた控えめに問いかける声が聞こえてきた。
「お嬢様、今よろしいですか?」
セルジュさんだ。
「はいはーい。どうぞー」
私が答えると、カチャリとドアが開いて、セルジュさんが入ってきて……。
バキッ
変な音がした。
視線はずっと手元の針金に集中させていたんだけど、音の出どころが気になって視線をそちらに向けると……。
「申し訳ありません。お嬢様…………」
「のあああああああああ!!」
セルジュさんの手には、たった今息を引き取った、私のスマホがあった。
スマホは、セルジュさんが新しいものに変えてくると言って聞かなかった。
確かに踏み潰された時はショックだったけど、ドアの近くの床に置いてた私も悪いし、明日仕事帰りにショップに行くからいいよーと断ったんだけど……。「その仕事の連絡がスマホにきたらどうします?」と言われた。
それでも躊躇していると、「ちょうど今から買い物に行こうと思っていたのです。それに、わたくしもプライベート用にスマートフォンを契約しなくてはなりませんし」というセルジュさんに、ショップに行くなら、じゃあ……と頷いた。
買ってそんなに間もないし、確か何かの保障サービスに加入してたはず。あれ? でも、契約者じゃなくても手続きできるんだったっけ? そんなことを考えていると、セルジュさんから一枚の紙を渡された。
「? なにこれ」
「委任状でございます。これで、わたくしが代理人として手続きに行くことができますので」
「あ、なるほど~。そうなのね」
受け取り、必要事項を記入する。
……それにしても、準備が良すぎないかい?
2時間ほどたっただろうか、晩御飯のためリビングに降りると、ちょうどセルジュさんが帰宅した。
手には、私と同じ機種のスマホを持っている。
「お嬢様のスマートフォンに、わたくしの番号はもう登録してありますからね」
私のスマホ手続きもいくらか料金がかかっただろうに、それにも関わらず、なぜかセルジュさんは上機嫌だった。
「あ、ありがとう?」
なんだろう、なんか……胸騒ぎがするんですけど!?
翌日、はりきって、バイトに出かけようとしたところで、セルジュさんが話しかけてきた。
「お嬢様、送りますよ」
「え? いいよー。チャリで行くしー。それに車はママが乗って行っちゃったよ?」
「ああ……、まだ申し上げていませんでしたね。実は、お嬢様の自転車、昨日壊してしまったんです。どうも私は自転車というものに乗ったことがなくて……。申し訳ございません」
!! こ、この人は朝っぱらから、爽やかな顔でなんてことを言うんだ!
「こ、壊した!?」
「ええ。申し訳ありません」
嘘だよね。申し訳ないって思ってないよね? すっごく笑顔だよね?
どうしよう……歩いて行くには時間がかかるし、電車で行くにもうちの最寄り駅は、モールと正反対の方向に歩いて15分のところにある。
行きたい方向と逆方向に15分も歩くなんて、なんか腑に落ちない。
「それで、昨日私が車を買いましたので、それでお送りします」
「は!? 車!?」
「ええ……だって私が自転車を壊してしまったら、お嬢様がこれから通勤時に困りますでしょう?」
困りますけど……なら、自転車を直すとか、自転車を買うとかの方が、断然出費は
少なかったと思うんですが……。
セルジュさんは、いつの間にか家の近くの月極駐車場まで契約してたようで、「車をまわしてまいりますね」と軽やかな足取りで出て行った。
わからん……どうにも、セレブ王子の考えてることはわからん。
こんな様子だと、運転してくる車だってきっと――。
ヤッパリ。
ピカピカの車には、予想通り、これまたピカピカの有名なエンブレムが。
セルジュさん……やっぱり自転車、直した方が全然安いじゃん……。
でも知らなかった。外車って、大きくてゴツいイメージがあったんだけど、目の前にスッと静かに止まった車は、流線型が美しく、形もコンパクトで可愛らしい。それに……セルジュさんの瞳と同じ、明るいルーだ。
私は一瞬で、この子が好きになってしまった。
だからって、こんな高価なものに慣れてない私は、すぐに近づくことはできない。
ドアを開けようとして、うっかり時計をぶつけてしまったらどーすんだ! あぁーこれだから貧乏性は……。
戸惑ってると、セルジュさんが降りてきて、わざわざ助手席のドアを開けてくれる。
あ、そっか。いつもと反対なんだ。
セルジュさんの運転する車は、夢のような乗り心地で、モールまではあっという間だった。
入り口でいいと言ったのだが、セルジュさんはそれを無視して、地下の駐車場に入って行く。……私、一応立場上は主人じゃなかったっけ……。そして、車をエレベーター近くに止めると、セルジュさんも降りてきた。
「どうしたんですか? モールはまだ開店してませんよ? 今日からオープンまでは、お店の開店準備だけだから、入れませんよ?」
「ええ。それは奥様から聞いています。でも、準備だからこそ、男手が必要でしょう?」
手伝うのだと言って聞かないセルジュさんに押し切られる形で、結局は一緒にエレベーターに乗り込んだ。
この執事、物は壊すわ人の言うこと聞かないわで、困るんですけど……。はぁ。
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