白の灰、灰燼の黒

2050年 バージニア州 特殊犯罪者収容刑務所


「我々はこの国に黄昏を齎そうとした。終わりだよ、分かるかね。使い物にならないくらいに壊そうとしたのさ」

 オーウェン・フリードマン死刑囚はどこか不遜な態度を以て尋問官に語る。それは死を宣告され開き直っているようだった。


「プラン『トワイライト』。奪取した核弾頭を使いアメリカを殺す。アンクルサムを嫌う存在は個人、団体を問わず多い。それなりの支持も得ていた。気になる話かな? もう海の藻屑となった話だよ。世界の官憲を自称していた国が一時でもその権能を失ったとしたら………。ふふ、なんて事の無い話だ。だから、失敗したのかもしれないな」

 老翁は自嘲を含んだ笑いをした。だが、尋問官やその背後の存在を嘲っていたのは言うまでもない。


「あの日、甲板に降りてきたの悪魔だったと思っているよ。我々が行くより先に地獄の方から迎えが来たんだ。来るならもっとゆっくりしていてもよかった」

 「すまない、脱線してしまった」とフリードマン死刑囚は咳払いをした。


「我々は『同志』と白い旗を後生大事に抱えていた連中をそう呼んでいた。彼らの世直し計画であるプラン『デイブレイク』が下敷きになってプラン『トワイライト』は存在している。共生ではなくて寄生さ。乗っ取って利用していた。だがな、頭は潰されたが末端はまだ生きているかもしれんぞ。この国に不満を持つのは外国人やイデオロギーを崇拝するカルトだけではないことを覚えておくといい。君達が見なかった、目を背けた存在が君達を恨んでいないとどうして確信できた? 我々は尖兵に過ぎないだろう」

 尋問官は、老将が語る言葉の裏を読もうとして、そして取り込まれていた。ジワリとした汗が若い尋問官のシャツを濡らす。


「若い君にはよく分からないかね? まぁ、君にはまだ時間が残されているようだから、ゆっくりと審判の日が来るまで考えるといい」

 オーウェン・フリードマン死刑囚はそう言って一口だけ水を飲んだ。こんなに暑い夏日だと言うのにフリードマン死刑囚は汗を一滴ともかいていない。


「ふむ、怖がらせてしまったようだ。なら、少し話題を変えよう。船乗りをしていると度々、不思議なモノを見ることがある。………巨大な身体をしていて白濁した皮膚をした、目の赤い生物の名前を君は知っているだろうか?」

 今度は穏やかな話口調となって、フリードマン死刑囚は語り掛けた。尋問官は「No」の意味を込めて首を横に振る。




 この一ヶ月後に、オーウェン・フリードマン死刑囚は国家反逆罪によって、電気椅子に縛り付けられることとなった。

 最後の言葉は「仲間にようやく会える」であったという。









2051年 サンフランシスコ ドール


 都市伝説としてまことしやかに囁かれた二つ目の太陽が昇って、消失した日以降、GZX-11M1は二つ目の太陽が消滅したのと同時にロストした。

 二号機であるGZX-11M2はテロリストによって占領、そして、利用された航空母艦甲板上にて大破。事件収束から八時間後にドール・バージニア支社によって回収される。

 そして―――、


 秘匿研究機関第6研究セクションの所長エメリン・ワイズは疲労の溜まった顔をしてぼんやりと紅茶の赤い水面に浮かんだ自分を見つめていた。

 理由としては懲戒解雇をした元同僚の片手間で書かれた論文が権威ある学術誌で紹介されたのを見たでも、元部下が起こした会社の営業を本社で見たでもなく、それは精神的な、彼女の携わる計画の目処が立った事が原因なのだった。


 白き嵐の王ワイルドハント、灰色の暴風タイラント。そして、完成形。到達点である黒き暴虐。

 完成したコレを使うのはこの計画を発起させた張本人の娘なのだと聞く。


 人類に結果として仇を成した神塚喬彦教授とエメリンとは面識があった。エメリンが専攻する生物工学と彼の研究分野は重なる部分も多く、学会の場で顔を合わせることもあった。


 ここに招聘されて以来、彼の影を何度も夢に見た。その度にエメリンは恨みと辛みを呪詛にして神塚喬彦を呪った。

 神塚喬彦の悪魔の研究が無ければあんなおぞましい存在と向き合わなくてよかったのだから。


 エメリンの恐怖はアーマーローグという自衛的暴力装置を作り出した。私情が使命と同じ方向を指し示したおかげで、より良い仕事ができたと自負している。

 なにより、アーマーローグがイジンを踏み潰す様は非常に心地が良い。神塚喬彦の亡霊を蹴散らしているようで………。

 神塚喬彦を恨んでいた、呪っていた。そして、尊敬していた。彼の研究の後継者として推し進めた計画はいつしか彼女にとって誇りになっていた。


 明日、神塚喬彦の娘、神塚美央がやってくる。

 人類の敵を産み落とした男の愛娘に人類の命運を託すのだ。事実とはどれほど、フィクションを超えれば気が済むのだろう。乾いた笑みが浮かんでくる。


「霊長を守ると言った白の牙。進むべき未来を示すと言った灰の牙。なら、三本目の黒の牙を神塚美央はどう使うのかしらね」


 エメリンは立ち上がる。もうすべきこともない。だが、最高傑作の威容を、他人のモノになる前に見納めておこうと思った。

 このGZ-11は彼女の中から神塚喬彦の亡霊を粉砕してくれるだろうか。それは、まだ。神のみぞ知る物語である。

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悪逆の機獣無法者《アーマーローグ》/ The Seeker 漂白済 @gomatatsu0205

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