触れた心をレンズに透かして

2050年 6月7日 ドール 第6研究セクション 実験棟


「窮屈な感じがします」

「感覚系は共有されているって事かしら?」

「まぁ、見た感じそうですもんね」

 政姫がスッと目線を上げる。その先には白い獣の威容が立ち尽くしていた。


「GZ-X11-M1-A2霊牙はあまり人目に付いていいものではないのよ。装甲は中のイジンの肉体を隠す為と万が一の時のリミッターになってる。ワイルドハントに取り付けられていた武装の殆どがイジン体に飲み込まれて使えなくなってるから、武装は両腕部の電磁投射パイルバンカーだけね。使わないと思ってたオプション装備にまさか日の目が当たるとはね………」

 ワイルドハントから正式に名称が霊牙として登録されているGZ-X-M1-A2はしなやかな印象だった痩身をゴテゴテとした装甲によってスリムだった機体は見る影もなくなっていた。活躍の場が与えられたことは政姫にとっても喜ばしいことだが、やはり複雑ではあった。


「アーマーローグ計画に於けるワイルドハントはその任務をタイラントに引き継いで、そのまま解体されるはずだった。でも、今回起きた特殊な事象を勘案して、霊牙には新しい任務が割り当てられた。アルファ鉱石とイジンとの関係性の調査って名目でね。霊牙に起こった変異がどのように行われたのかを調べるの」


 体表を覆い隠す装甲を取り付けられて一回り程大きくなってしまった霊牙の前でアベリィはくるりとターンした。白衣がたなびいて、アベリィの金髪がふわりと浮いた。


「W、あなたにはウチの新しい試験機の専属パイロットという設定にしてあるわ。ほら、社員証。無くさないようにね」

 白衣のポケットからアベリィは一枚のカードを取り出してWに手渡した。


「ミサキ・イイ………、これって………」

「Wなんてあからさまに何か隠してるって分かるじゃない。だから名前を付けてあげたわ。今日からはミサキと名乗りなさいな」

「ちょ、ちょっと!?」

 ちなみに政姫の生き別れた双子の妹って裏設定もあるのよ、なんてアベリィがいたずらっぽく笑った。


「なんで、そんな事を私に説明もなく決めちゃうんですか!?」

「どうせ認めやしないもの。こんな風に文句付けるでしょ?」

 アベリィはウィンクをして小悪魔のような笑みを浮かべた。

 当たり前です! と実験場に響くほど大きな声を上げる後ろでWは目をぱちくりとさせて、社員証を見つめている。


「ミサキ………イイ・ミサキ。私の名前」

 政姫にはWがそれを気に入っているようにしか見えない。小さく溜め息を吐いて、Wもといミサキに向き直る。

「よろしくね、ミサキ」

 ミサキの赤い瞳が人間が感動した時のようにキラキラと輝いていた。

「凄いです。ただの文字の羅列なのに、私の事って思うと特別になるんです」

 それはプレゼントを貰った子供のような、無邪気な笑顔だった。それが彼女の特異性というのはこの場の共通認識ではあるが、イジンがどれもこうだったらと誰もが思わずにはいられない。


「記念写真でも撮りましょうかお二人さん? そうね…アーマーローグチーム結成記念で」

「なんですか、アーマーローグチームって」

 政姫が言うと撮りたいです、とミサキが頷いた。

「固い事言ってんじゃないわよ」

 そう言ってポケットに手を突っ込むとアベリィは携帯用デバイスを取り出して横に構えた。

「ほら、なんかポーズ取りなさい。その仏頂面を後世の資料にまで残したいかしら?」

「急にポーズって言われたって出来ませんよ!」

 写真など最後に撮ったのは履歴書の証明写真である政姫が慌てていると、横から誰かが飛び掛ってきた。

「なんか賑やかじゃないのさ? 私も混ぜてちょうだいな!」

「カミーユ!?」

 飛び掛ってきたのはカミーユ・ブランシャール。第6研究セクションに所属するパイロットだ。

「はい、パシャリ」

「ちょっ!」

 慌てふためく丁度その瞬間を撮られた政姫がカメラのフラッシュに気付いた時にはもう遅かった。

 アベリィは意地の悪い笑みを浮かべるし、ミサキは隣で楽しそうにしているし、カミーユは政姫に抱きついたまま離れないしで、とても手が回らない。

「少しぐらい落ち着きなさいよ、もう!」

 束の間の休息を政姫は知らず知らずのうちに享受しているのだった。

 三人寄らば何とやら。姦しい笑い声は、それはきっと平穏な時間の確かな証左だろう。




「アクト2に私が乗るとどうなるんですか? 一応乗れるんですよね?」

 ミサキが乗る事になった試験機アクト2霊牙を見上げて政姫はアベリィに尋ねた。

 するとアベリィは何かの仕様書に顔を向けたまま「死ぬわよ」と簡潔に答える。


「死ぬって………。ミサキの支配下にあるんですよね? なら別に………」

 イジンの肉体に置換されたとは言え、ミサキの言葉を信じるならば勝手に搭乗者を食うなんてこと起こり得るだろうか。あり得ないとは政姫だって言わないが………。


「じゃあ、塩酸で満たされた水槽になんでもない食べ物を放り込んで、入れる前と後でその状態のまま残っていると本気で思える?」

「それは………」

「電子レンジの方が正確ね。外部からの起動実験じゃ胸部付近は謎の電磁波が発生してるわ。コックピットが電子レンジってこと。乗ったらパイロットスーツを着ててもグツグツのシチューよ。どうしても乗りたいっていうならアルファ細胞を取り込んで自分もイジンになれば、乗れるんじゃないかしら?」

 なんでもないように恐ろしいことを言うだけ言ってアベリィは仕事に集中し始めた。


 政姫はすっかり手持無沙汰になってしまった。何故ならば、歩く武器庫のような刹牙は定期メンテナンス中でしなければならないような仕事は予め終わらせてしまっていたからだ。


 ミサキは早速霊牙の方に掛かりっきりであるし、カミーユは写真を撮るとすぐにどこだりへ消えてしまった。


 どうしようかと考えつつ実験場を去ろうとして、エメリンとすれ違った。

「エメリン所長?」

「あぁ、政姫さん。久しぶりね」

 どこか急いでいる雰囲気のエメリンはそれだけ言うと実験場のアベリィのもとに向かって歩いていった。


「そういえば、イギリスにいたんだっけ」

 向こうで霊牙を受け取ろうとして、あの事件が起こった。エメリンは責任者として方々を歩いて周っていたはずだ。それで数週間ぶりの再会になった。


 誰しもが自分の出来ることを精一杯やっているというのに、自分はと政姫は焦燥感に駆られる。だが、刹牙を動かすことは出来ないし、動かせるだけの理由も政姫には持っていない。





 休憩室まで階段で上がった。エレベーターもあったのだが、階段を選んだのは気分だ。休憩室に着くとコーヒーを淹れてテレビの電源を付けた。

 ニュース番組が映った。テロップにはネバダ基地の核爆発事件で持ち切りだ。もう一週間は経っているが、一五年前のトラウマは未だ根深いことがうかがい知れる。

『ネバダ基地にあった地下核実験場ではアメリカ陸軍が核弾頭を保有していたんですよね?』

 ニュースキャスターと有識者と紹介された複数人の男性の顔がアップになった。


『えぇ。それが何かしらのヒューマンエラーによって起爆されたのです。一五年前の核ミサイル落着があった位置で再びこのような………。嘆かわしいばかりです』


『我が国は一五年前からかつての日本の…非核三原則をリスペクトし、実践していた筈でした。その中でも、軍は核弾頭を国民には周知させずに秘密実験を繰り返していたのです』


『昨今の国際情勢は安定路線を取っていました。彼の国の崩壊を以て対称戦争は行われていませんからね。核など使わなくとも良いはずでした。未だ…一〇〇年以上、軍部はあの破滅の光に魅入られ続けているのでしょう。それはとても恐ろしいことだ。良識ある人々が止めなくてはならない。このままならば、地球上のどこかでまた、我々が一五年前に負った傷を抉ることになるでしょう』


「あんたらが作ったくせに」

 政姫は一言。そして紙コップに注がれたコーヒーを口に含んだ。


『では、そのヒューマンエラーと言うのは?』


『おそらくですが…実験をしていた核弾頭W38を別に場所に移送しようとしたその時に事故は起こったのです』


『簡単に核弾頭というのは爆発するものなのでしょうか?』


『きっと強い衝撃が加えられたのです。それが起爆に繋がった』


 憶測ばかりだが、当たらずしも遠からずだ。

 第6研究セクションだけが、この事件の真相を把握している。最高機密として部外者には絶対に真実は知らされないが。


 イジンに変異中だった霊牙が事の一部始終を記録していたのだ。

 ネバダ基地から離脱行動を取っていたスレイヴという試作機群を補足した霊牙はそれらを襲撃した。

 直後、記録映像はフラッシュアウトした。映像が復活すると霊牙は逃げ惑うアーマーギアを追跡している。それらを一つずつ捕食行為のような事をしていた。第6研究セクションが捕獲した霊牙を検査すると体内にW38と思わしき物体が存在していることも確認している。


「ん…? そういえばどうしてスレイヴの中に核弾頭が………? あれってあの日、私と同じように軍のテストに来てたんだよね………?」

 唐突に、ジグソーパズルのピースが偶然はまってしまったような感覚がした。

 複数のスレイヴの内部にネバダ地下核実験場にて保管されていた核弾頭W38が収納されていた。だが、スレイヴはダナルズ・エレクトロニクスという企業が販売しようとしている試作アーマーギアのはずだ。

 同日ネバダ基地を襲撃していた、奪われたはずのアーマーギア・マクベスの出現も、核弾頭を何故か移送していたスレイヴと関係ないと言い切れない。

 オルセン大佐は核弾頭の事を知っているようにも思えなかった。

 それにマクベスのパイロットが零した『あ〜…あれもお宅の仲間なのかなお嬢さん。だとしたら、おじさんまんまと食わされたわけなんだが』という言葉。それが霊牙のスレイヴ襲撃に対して言ったのだとしたら。


「そういうことって………」

 全身からスー、と体温が抜けていくようだった。


 それはつまり、グレート・レイクス・パニックを引き起こしたテログループとスレイヴ、その送り元であるダナルズ・エレクトロニクスが繋がっているということではないだろうか。


 こんな話をしたらアベリィなんかに陰謀論なんて推理小説だけにしなさい、と言われてしまいそうだが、

 言うべきだ。この政姫の推理を。既に沢山の人がこのテログループによって殺害されている。これ以上の人命を失わせてはいけないのは当然だ。今さらメンツを気にしている場面じゃない。ミサキ―――Wというイジンを見て、その気持ちは確信に変わった。

 将来、ミサキのような自我を持つ特異個体が発生してなお同族同士で足を引っ張り合っていたなら、人類は一人の例外もなく殺される。


「言わなきゃ駄目よ」

 冷えてしまったコーヒーを飲み干して紙コップをゴミ箱に投げ捨てる。

 政姫は決意を秘めて立ち上がる。

 もう時間は残されていないのかもしれない。政姫は自分勝手に、自己満足の為に時間を食い潰した。その怠惰のツケを払えるのは井伊政姫を除いて誰がいるだろうか。

 いいや、いるわけがない。贖罪すら拒んでは、そんな生き方は野性の獣以下だ。


「なんの為の力なのよ………!」

 軍人としてあった四年間を、今こそ大勢の人のために役立てる。自分のために力を使うのではなく顔も知らない誰かのために。それが、政姫が殺してしまった中村ゆう二尉に対する政姫の贖罪だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る