別たれた道

2050年 6月9日 未明 ネバダ基地


 ウィリス・オルセン大佐は基地内の士官用の自室で仮眠を取ろうとしていた。


 2045年から、アメリカの放射性物質への対策は目覚しい発展を遂げている。特にここ、ネバダ基地はそれが顕著だった。

 しかし、それがまさか核弾頭の開発プラント用に設計されているとはウィリスは考えもしなかったが。


 基地内に張り巡らされたあらゆる防御システムは一五年前からこの地に漂う有害物質への対策だと、信じ切っていたのだ。


 どういった経路で、内部の人間すら知り得なかった情報を、よりにもよってテロリストが知っていたのかはついぞ分からずじまいのまま、連日のマスコミの取材への対応にウィリスまでもが駆り出されてしまっている。


「全く………本当なら今頃は我が家に帰ってる予定の筈だったんだぞ………」

 ベッドに腰を掛け、ウィリスはそう零した。


 休暇は全て事後処理に費やされている。戦闘報告に、死傷者の確認、放射線測定、それにマスコミの応対まで。


 機密上の問題から彼らに明かせない事情というのも多くある。彼らはそれを探り当てる天才なのだろうか、余計なものばかり見て、質問して、少しでもこちらの態度が気に入らなければやれ、脅しただの国民を騙していただのと。


 ウィリスだって騙されていた立場だ。しかし、そんな事情など彼らが知っている筈も、歯牙にかけることもないだろう。


 ウィリスはそのまま体を倒した。疲れが急に溢れてきて、眠気はすぐにやって来た。

 朝にはまた、マスコミがわんさかやって来るのだろうが、それまでの間だけでも休息を………と、ウィリスが眠ろうとしたまさにその瞬間に通信機が電子音を鳴らした。


「クソッ!」

 ウィリスは毒ずいて通信を繋げた。


「オルセン大佐、ドールのアベリィ・モレッツという方から至急大佐に繋いでくれと………」

「分かった」

 苛立ちを押さえて、短く答える。通信が内線から外線に切り替わった。


「サー・オルセン。こんな時間に失礼します」

「構いませんよ。それで? 私に何か御用が?」

 そうは言いつつも一刻も早く仮眠を取りたいウィリスは少しだけ早口になる。


「基地を襲撃したテロリストの次の標的を私達は知っています」

 モレッツ女史の発言はウィリスの眠気を容易く打ち砕いた。


「貴方と、貴方の部隊の力をお借りしたい」

「なぜ、そんな事をドクターが? まさかペンタゴンやらCIAにお友達が?」

 一般企業の一社員であるはずのアベリィが知っている筈の無い情報だ。ウィリスは慎重になって声のトーンを低くする。


「冗談を言っている暇はありませんオルセン大佐。大隊規模で不安なら、弊社からタイラントを向かわせることだって出来ます」

 アベリィは話を急いでいるようだった。


「………私だけでは答えかねますな。それで、テロリストは一体次はどこに向かうと言うんですかドクター」

「ワシントン、とフレズヴェルグ………テロリストの一人が言っていました」


 ワシントン、コロンビア特別区。政治の中心、白亜の城。大統領の御座すホワイトハウスがあそこにはある。

 彼らの目的が政治的なものだとすれば、狙う可能性はありそうだった。


「直接それを聞いたのですか?」

「それは………えぇ」

 若干の間があった。

 何か訳ありな情報だということを察した。

 ウィリスは情報の真偽についてどうしたものか、と迷ってしまった。


「ふむ………ワシントンか」

 アベリィはウィリスを頼って、この情報を齎してくれたのだ。

 ウィリスは応えたいと思っていた。幸いにしてアテが無いわけではなかった。

 自分の理性と正義感は行動すべきと声高に叫ぶ。


「二時間。時間を頂きたい」

「分かりました。ありがとう………」

 そう言うとウィリスは返事を最後まで聞かずに通話を切った。そして、新しく通話先を呼び出した。


 二時間、頼って来たアベリィの為に出来るだけのことはやろうとウィリスは決めた。寝る暇などない。疲れはどこかに消えていた。


「オルセン大佐、何方に?」

「外線だ。コロンビア特別区の第71司令部へ。大至急だ!」








 ウィリスの眠れぬ一日が始まろうとしていた。2050年 6月9日 メイポート海軍基地 黎明


 フロリダ沿岸から、メキシコ湾を睨み付けるこのメイポートに一隻の艦が停泊していた。

 ユナイテッド・ステーツ級航空母艦一番艦ユナイテッド・ステーツ。全長350m。排水量121,600 t以上という世界で最も巨大な原子力航空母艦。

 一五年前、第三次朝鮮戦争に参加し水雷を掻い潜り、多大な被害を出しつつ接岸する陸上部隊に果敢に航空支援を送り続けた。朝鮮半島上陸後は朝鮮人民軍のミサイル基地の爆撃任務に従事するも、人民海軍所属のミサイル艇の自爆特攻により左舷が破損。第二次朝鮮戦争終戦後にアメリカ海軍と日本防衛海軍によってアメリカ合衆国へ曳航され、ニューポート・ニューズ造船所に入渠することになる。




 ユナイテッド・ステーツの甲板上に無数のアーマーギアが立つ。それらはユンボルと呼ばれる作業用の、普通ならば兵器よりかは重機と呼んだ方が正確な人型のロボットだ。

 しかし、ユナイテッド・ステーツに屹立するユンボル達は二本のマニュピレーターに改造された自走砲の砲身とその根元に自動で次弾を装填する給弾帯が取り付けられ、工業用だった面影は無いに等しい。

 武装化されたユンボル達の眼前。ユナイテッド・ステーツの艦首、メキシコ湾に差し込んだ朝日を忌々しげにマクベスが仁王立ちしている。

 日の光を吸い込んで歪める漆黒の巨人は軍用アーマーギアの主兵装であるソードライフルと元々マクベス専用に用意されていた60mmガトリングガンの砲身を取り換えて多連装ロケット砲に改造している。脚部にはミサイルポッドも追加で搭載していた。


 まるで、ユナイテッド・ステーツはこれから戦争でもしに行くかのような火力の積み込み具合だ。

 実際、ユナイテッド・ステーツに乗艦している全ての男達が戦争をするという意識を明確に共有していた。


「艦長、艦載機全機積み込み終わりました」

「うむ」

 水兵の報告をアメリカ海軍大佐オーウェン・フリードマンは短く、そして首肯した。

 艦橋から甲板を見つめるオーウェンもまた一五年前に大事だった何かを失ってしまった一人だ。

 だからこそ、この提案は天の啓示のようだった。

 艦内連絡用の電信無線のマイクを掴みあげると、オーウェンは無線を繋げるように指示した。

「乗艦している同志の諸君。ユナイテッド・ステーツの乗り心地は如何だろうか。艦長のオーウェン・フリードマンだ。本艦はこれより北上する航路を取りチェサピーク湾を目指す。安全な船旅になるとは一切保証は出来ないが君達を必ずワシントンD.C.まで送り届けることは約束する。プラン『トワイライト』が成功することを水先案内人として願っている」

 オーウェンは目を閉じる。

 プラン『トワイライト』こそが帰還兵を真なる故郷に帰すことが出来る最後の手段。

 自分の信じたモノの為の小さな戦争。遥かなる闘争だ。


「この日を、この瞬間を、全てをアメリカに刻む。大衆の国で、大衆に虐げられた我々という存在が、確かに存在していたという証をだ。我々を理解しうるのは我々のみだ。我々を肯定するのもまた我々だけだ。ここは、終わることのない戦場の只中。終わらせよう、同志諸君。私達の航海を」

 オーウェンの後悔はようやく終わる。それが一体どんな結果を迎えようと、それが彼という人間が綴った人生の最後の一行になる。悔恨を締めくくる言葉は復讐の完遂か、それとも――――。




「フリードマン大佐。協力していただき、本当に感謝の念に堪えません」

 フレズヴェルグはアメリカ陸軍の制服に袖を通し、今までは生やすがままにしていた無精ひげをすっぱりと剃り落としていた。その顔はどこか、テレビショーに出るタレントのような、整った目鼻立ちをしている。

 フレズヴェルグは機体の進発準備を終えて、艦橋まで上がって来たのだった。

「あぁ中尉。存外、二枚目だな」

 オーウェンがそう静かに笑んだ。

「今日は晴れ舞台でありますから。………ユナイテッド・ステーツ。この艦にまた乗れる日が来るとは、夢にも思いませんでした。大佐もご壮健であったようで」

「ふん、虚勢は晴れてもな。もう大声で叫ぶことも叶わない。これが最後の作戦だと老体に鞭を打っているというわけだ」

 オーウェンはフレズヴェルグに向かって手を差し出す。フレズヴェルグはそれを握った。

 枯れ木の太い枝を握っているようだと、フレズヴェルグは感じる。細胞の一つ一つはもう限界を迎えていて、今にも手折れてしまいそうだ。


「頼んだぞ同志フレズヴェルグ。君に何もかもを託す。死ぬ時は一緒に地獄行きだ。この老いぼれに代わって、一矢報いてほしい」

「せめて、地獄の大門までの道のりにはレッドカーペットを敷いておきますよ」

「バリアフリー工事まで頼むよ」

 オーウェンがそう言うと、艦橋にいたクルー全員が笑った。

 普通ならば絶対に和やかな雰囲気ではいられないはずなのだが、それでも彼らは、いや、だからこそ、彼らは笑っているのだ。

 最後は笑って、先に逝った戦友達のもとに向かいたいと。


「さて………、他の艦が動き出す前に出航するとしよう。クルーの諸君、準備は出来ているな」

「いつでも行けます艦長!」

 副長が威勢良く答えた。オーウェンは今一度、その制帽を被り直す。フレズヴェルグは自身の襟を正す。


「ユナイテッド・ステーツ出航。沖合まで出た後、本艦は第一戦速でチェサピーク湾を目指す。艦載哨戒機発進。僅かな異常も見逃すな」

「「了解ッ!!」」

 機関から送られたエネルギーがスクリューの回転を速める。次第に回転は艦体を動かすほどの運動エネルギーへと変換されて、ユナイテッド・ステーツは緩やかな足取りでウェルドッグから出航する。


 ユナイテッド・ステーツに乗艦する全ての人間がそれぞれの場所から大西洋の彼方から昇った太陽を見上げていた。

 これが最後の陽の目になることを全員が覚悟していた。

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