沈み逝くピークォド
2050年 6月9日 バージニア州 ワシントン・ダレス国際空港
巨大貨物機、アベリィがどこから調達したのかは政姫の知る限りではないが、現代に於いても世界最大の名を欲しいままにする貨物機An-124-350C。民間に払い下げられたロシアの元輸送機で、どんな因果か今は北アメリカ大陸を横断してワシントン・ダレス国際空港にその黒輪の焦げ跡を記す。
「カミーユって貨物機の操縦も出来たんだね」
快適なフライトに、タイラントのコックピットの中で待機していた政姫が感心したように言った。
「まぁね。取れる資格は取っておけ、って。役に立ったでしょ?」
「前は空挺部隊にでもいたのかな………」
陸上部隊出身と聞いていたはずだったが、航空機の操縦免許なんて取る必要あったんだろうか、と政姫は苦笑した。
カミーユは、やはりというか確実におかしな人の部類に入っているのだった。
「政姫にミサキ。機体はそのまま運搬車両に乗り換えよ」
「分かってる。バージニア支社で待ち合わせ、でしょ?」
アベリィがこれからの段取りを説明するのを政姫は遮った。
何度も聞かされて、耳にタコが出来そうだ。
「国際空港に着いたら、第71司令部の方と合流して博士とカミーユさんは司令部に、私達はドール・バージニア支社へ。ですよね、博士」
ミサキは律儀に説明を反芻する。
「覚えてるならいいわ。向こうの役員にはパスを見せて、後は機密事項の一点張りで。何を聞かれてもそう答えること。もし、サンフランシスコの方にバレたら全部がパァになるから、よろしく」
アベリィは全く綿密なのやら豪快なのやら。
政姫達は第6研究セクションにも本社にも無断で二機のアーマーローグを持ち出したのだ。
見つかるのだって時間の問題だろうが、その前にフレズヴェルグ達が攻撃を開始してしまえば、タイラントは治安維持作戦に参加する義務が生じる。アベリィはそれに賭けていた。
「ほんとお姫様の行動力には呆れるわ」
「褒め言葉として受け取っておくわ」
やれやれ、とカミーユが肩を竦めたのが通信機越しでも分かった気がした政姫。
「さっさと二人は車庫出しなさい。バージニア名物でも食べて支社で留守番よ」
データ・リンクで外の様子は確認出来る。迎えの車がようやく登場したらしい。
陸軍の制服を着た兵士達を引き連れて、背広を着た一人の男性が政姫達の乗る貨物機を見上げている。
「バージニア名物って?」
「そんなの私が知るわけないでしょ」
ミサキの質問を政姫はそう一蹴した。この知識欲が服を着て歩いている生物は何にだって興味を持つのだ。一々構っているとこちらの体力を持っていかれることをフライトの間に嫌なほど理解していた。
「あんたらの漫談にも正直飽きたから、さっさと行けっての」
「了解」
貨物機のカーゴドアが開かれた。それと同時に二機のアーマーローグもジェネレーターが唸りを上げて、起動準備に入った。
ここまで来た。後は行動するだけでいい。
同日 バージニア州 ワシントンD.C 車内移動中
「こちら、今朝方メキシコ湾を出ようとする不審な艦艇の衛星写真です。細かく照合したところ、アメリカ海軍が保有する原子力航空母艦ユナイテッド・ステーツと判明しました。海軍省に問い合わせましたがユナイテッド・ステーツには現在、なんの出航予定もありません。これは明確な違反行動だ。そして、こちらがユナイテッド・ステーツ甲板上。この、黒いアーマーギアがグレート・レイクス・パニック、ネバダと目撃された御社のマクベス、でしょう?」
第71司令部のハンター・フォスター大佐が次々とアベリィとカミーユの前に差し出した二枚の写真には超巨大空母の俯瞰写真だ。甲板上には黒いアーマーギアが確かに映り込んでいた。
「えぇ。確かに。我が社の試作軍事用アーマーギアです。少しだけフォルムが違う気もしますが。と、言いますかこの写真に映る殆どのアーマーギアは我が社から強奪された物で間違いありません」
ハンターはそうですか、とだけ答えた。
車は第71司令部に向かう。
「これでようやくこの情報が事実だと証明されました。オルセン大佐にいきなりこの話をされた時は随分と困惑してしまいました。………ユナイテッド・ステーツはこのままならば本日一三時にはチェサピーク湾に辿り着くでしょう。そこから艦載機がここまで到着するのにもう半時間と言ったところでしょう。今から市長にこのことを報告し、さらにそこから大統領閣下へ出動要請をしていただかねばなりません。ユナイテッド・ステーツの到着までに市民を安全に避難させられるかは、大変厳しいものがあると言わざるを得ません」
「構いませんわ」
「は?」とハンターが聞き返した。アベリィの言ったことに対して。
「我が社の二機のアーマー
ハンターの視線が途端に厳しいものになる。それは自分の言い草がハンター自身の正義感に反していたからだろう、とアベリィは判断する。
だが、アベリィは決して正義感によってこの場に降り立ったのではない。
「我々の協力が無くてもいいとは、これまた頼もしい限りです。しかし、我々にも有事の際の切り札としての自負があります。それだけは承知していただく」
「えぇ、勿論です」
アベリィは微笑んだ。見た者を錯覚させるようなズレた表情を浮かべていた。
ハンターの表情はかえって厳かなものになる。
この場に於いて相互理解など時間の無駄だ。書類上の保障をしてくれるだけでいいのだ。
「万が一にもテロリストの上陸に部隊の展開が間に合わず、そして偶然に直近まで接近したテロリスト集団に対する自衛的発砲、及び人為的な暴発は仕方のないこととこの場で頷いてくだされば私共にはこれ以上言う事はありませんわフォスター大佐」
ハンターは渋面のせいで刻まれた皺を更に深めて、そして最後には無言のまま頷いた。
「致し方のないこと、でしょう。ですが、市民の安全は最大限考慮していただく。治安維持というお題目なのですから」
「勿論です。我が社が国益に反することをしたことがありましたか?」
アベリィがハンターに向かって握手を求めた。交渉成立の印だ。ハンターも左手を出す。
結ばれた握手は固く、そして酷く薄っぺらい。
2050年 6月9日 ノーフォーク
政姫は運搬車に乗せられた刹牙の、コックピットを開いてハッチに足を掛けて外に身を出した。
チェサピーク湾を目前にして轡を並べた様々な船舶は、まるで船の博覧会にでも来ているかのように錯覚させる。
「カメラでも持ってくればよかったかな」
大小様々な船が今か今かと出航の時を待っている姿はそう見られるものではない。政姫は時を忘れて見入っていた。
すでに正午を過ぎた。高く昇った日は海面にキラキラと光を振り撒いている。
『政姫、ミサキ。もう支社には着いた? 私とカミーユは今第71司令部にいるわ。こんな日に抗議デモだのなんだので道路が塞がってて連絡が遅くなったの。いい、テ………、…を、……した…母がもう、………こま、で………るら、………い、の。…………ね? …、き』
「アベリィ、聞き取れない。アベリィ、無線の調子が悪い………切れた」
刹牙の通信装備が突然ノイズとエラーを吐き出し始めた。
通信の後半の内容は殆ど掴めていない。何かを伝えようとしていたのは分かったのだが、一体なんだったのだろうか。
「ミサキ、聞こえる? 聞こえたら返事をして」
『………は、い』
通信機は相変わらずノイズが混ざっているが確かにミサキの声が聞こえた。しかし、たかが車間距離程度でこれほどの通信障害は、とても普通とは思えない。そして第71司令部から通信していたであろうアベリィとの長距離通信は完全に
となれば、何が起こっているか。政姫がようやく事態に気付いた瞬間、ノーフォークの一角が火焔が舞い上がり、遅れて爆音が政姫の体を震わせた。
「テロリストがもうチェサピーク湾まで来てる………!」
政姫が不意に上を見上げる。太陽の中に航空機の影が浮かび上がっていた。
「ミサキ! 戦闘準備! 運転手さんへ、ここまででいいです。安全な所まで退避してください!」
政姫の指示で二台の運搬車が車道の端に停車する。
政姫はコックピットのシートに体を放ると、コンソールを操作して横倒し状態だった運搬車後部ハンガーを立動させた。
「REI、アクティベート。………メイン・ジェネレーター始動。
眼前にVRウィンドウが表示される。そこには簡易版周域マップとターゲットサイト、機体ステータスが映し出されている。
「ギア・インターフェース、アイ・リンク確認」
政姫が首を二、三度横に振る。すると、刹牙の視点も同じように左右に動く。
「固定アーム開放。刹牙、行くよっ!」
刹牙の双眸に鈍い光が宿る。妖しく、怒りの紫紅が灯される。
復讐の輪環に囚われた人々にあるべき指標を示さんと、暴龍は大地に立った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます