グレート・レイクス・パニック
2050年 2月6日 13:00 ドール・デトロイト支社所有の工場内
「ほぉ…。アーマーギアってのはこうやって作られていたんですなァ……」
フレズヴェルグは生産ラインを流れていく、作りかけのアーマーギアを眺めてはのんきにそう呟いた。
「えぇ。デトロイトの他にもロチェスター、バッファロー、トレドにもアーマーギアの製造工場があります。もともと国内有数の工業地帯でしたから、アーマーギア産業の隆興に合わせて多くの工場がドールやAOSなんかに買収されて、一大アーマーギア生産地帯と呼べるほどになりました」
「そいつは良い。ところで、アレは一体何を作っているので?」
フレズヴェルグは窓ガラスの向こうを指して尋ねる。工場案内を担当している係員は待っていたとばかりに口を開く。
「ここではユンボルを生産しています」
「あれがユンボルですか! なるほど、なるほど。すみませんなぁ、最近の機械には疎くて…。 他には無いんですか? 例えば、軍事用アーマーギアとか」
フレズヴェルグに馴染みがあるアーマーギアと言えば戦車に手足を生やしたバトルマンだ。先行配備型の稼働率の低さと言ったら、今思い出しただけで反吐が出る。
「よく聞かれる質問ですね。ドールとしては笑い話ではありませんが、このアーマーギア産業には先にも出たAOSコーポレーションと我がドールがシェアを占めてはいますが、軍事用と民間用で住み分け、としているのですよ。
「なるほど……。我が社としても良いモノを
「それはまぁ…、武装が付いているか、否かでしょうか。アーマーギアの動力に用いられるのはディーゼル・エンジンや燃料電池です。ユンボルはディーゼル、ストライダーは燃料電池を搭載していますから、軍用のモノと比べても出力には大差はありませんよ」
「なるほど…。いやぁ…
フレズヴェルグは親指と人差し指で円を作った。そして担当の男の顔を見て、伺いを立てるように目を瞬かせた。
「ドゥ・ドゥ建設様。今日中に購入されるとお決めになられるのでしたら、私から営業の方に掛け合って精一杯の努力をさせてもらいますよ。具体的にはこのくらい…」
男は今時珍しい電卓で数字を表示させた。
「これは! そんなにやっちゃってよろしいので?」
「これも、すべてはお互いのより良いビジネスの為です! 如何ですか…?」
と、ここでフレズヴェルグの上着ポケットに入れられた携帯電話が振動し出した。
「ちょいと失礼……。おう、社長だ。はい、はい。分かった」
同志フィリップからの電話。ようやく準備が終わったらしい。フレズヴェルグの暇つぶしも終わりだ。
「話の腰を折ってしまって申し訳ない。アーマーギアの件ですが、これから幹部連中と話をつけてきます」
「良い返事を期待してもよろしいので?」
フレズヴェルグは笑みを浮かべて親指を立てた。担当の男も真似して親指を立てた。
フレズヴェルグは笑い過ぎに注意して顔の筋肉を緊張させていた。この哀れなビジネスマンが自らの運命を知るのはちょうど一時間後のことである。
2050年 2月6日 13:45 デトロイト・ロッジ
「さて、親愛なる同志諸君。準備はいいかね」
「「「「おう!!!」」」」
ドゥ・ドゥ建設と刺繍入りの作業着を着た男達が返事、というにはあまりにも気迫が入り過ぎた声を上げた。
ロッジいっぱいに血の気の多い男達が勢ぞろいと来た。フレズヴェルグはその汗っぽい匂いにうんざりとしてくる。
(なんで、同志なんて呼び合う連中には可愛いネーチャンはいないんだか……。ガキとアホのお守りほど怠いものは無いんだが)
「あ~…いや、血気盛んなのはいいが、くれぐれも自分の指示を忘れないでくれよ。しっかりやれば、どうとでもなる作戦だ。指揮官を拝命してはいるが、私が君達に言う事はただ一つ。奪って、逃げる。それだけだ。それじゃあ、楽しいショッピングにしようか」
そう言って示し、壇上から降りようとするフレズヴェルグだが、男達があの言葉を待っているであろうことが察せられて、嫌々ながらもマイクスタンドの位置に戻った。
(言わなきゃダメかねぇ……)
そう思いつつ、戻ってしまったのだからもうどうしようもない。フレズヴェルグはため息を吐いて、そして息を吸い込んだ。
「強き祖国を取り返す。白き祖国を取り戻す。誓いの白き旗を掲げろ。我らは常にそこにあり、…はい」
「「「「強き祖国を取り返す。白き祖国を取り戻す。誓いの白き旗を掲げろ。我らは常にそこにありッ!!!!」」」」
ロッジが揺れるかと思うほどの雄たけびが轟いて、フレズヴェルグはさっと耳を塞ぎ、収まったタイミングで大仰に腕を突き出した。
「よし。作戦開始」
「「「「おおおおおお!!!!」」」」
(一回一回叫ぶなよ………)
フレズヴェルグが壇上から飛び降りるなか、男達が次々とロッジの外に用意したコンテナトレーラーに乗り込んでいく。
「同志フレズヴェルグ! 此方に!」
「煙草吸いたいんだけど……」
コイツら苦手だな、と今更ながら再認識し、用意されていたシートにフレズヴェルグは乗り込んだ。
コンテナトレーラーのエンジンが一斉に唸りを上げた。トレーラーが動き始めると、フレズヴェルグは煙草に火を付ける。
今から起きることも知らずにラジオでは100年近く昔のポップ・ミュージックが掛かっていた。
「戦闘の前の煙草ってのは、どうしてこうも旨いのかねぇ……」
降ろされたフロントガラスの向こうに煙を吐き出して、フレズヴェルグは独り言をこぼした。
「待っていましたよミスター。契約書はこちらに」
「お待たせして申し訳ない。さぁ、
フレズヴェルグは用意された席に座る。対面には営業を任されているらしい若い男。隣には案内をしてくれた男が座る。
「今回は当社の製品をご購入いただきありがとうございます。それで、何台ほどのご購入を考えておられるのでしょうか、当社としましても出来るだけの値引きをさせていただきます」
「あぁ~、それね。えっと……あっ、あったあった」
フレズヴェルグは上着の下に手を入れる。そして目当てのモノを引き抜いた。
「お、お客様…?」
「ここら一帯にあるの、持てるだけ持ってくからさ。ほら、お代」
銀メッキの、ところどころ塗装が剥げた自動拳銃の銃口を営業の男の額に付きつける。
フレズヴェルグはこれ以上無いってくらいの笑みを浮かべてトリガーを引いた。
「ひ、ひいいいいぃぃぃっ!?」
弾丸の通り抜けた軌跡をたどるように血しぶきと
死体が床に着いたのと同時に空薬莢が跳ねたピィン…という甲高い音が室内に響いた。
「お、ほら。見なよ。ちょうど1時間だ」
「た、助けてっ…」
フレズヴェルグは古傷だらけの腕に巻き付けた機械式の腕時計を見せる。
しかし、男は何がなんだか分からないと言った顔で、命乞いを続ける。
「おたく、分かんない? 1時間前に話してたでしょ? よかった。秒針が頂点に止まったら殺そうと思ってたんだよ」
「ま、まってくっ……」
悲鳴と銃声が一瞬の二重奏を奏じた。
デスクと椅子しかない殺風景な部屋が一転、紅色に染まった暖色に満ちた部屋に早変わりだ。フレズヴェルグは達成感に満ち満ちていた。
息を吸い込むたびに15年前のあの日に戻っていくようだ。充満する殺意と死の匂い。肺いっぱいにそれを詰め込むと、振動したまま放置していた携帯電話をポケットから取り出した。
「やぁフィリップ。首尾はどうかな?」
「同志フレズヴェルグ。今、アルファーがアーマーギアを積んでいるところだ。それに、ブラボーとデルタが州警を吹き飛ばした。ロチェスター、バッファロー、トレドもそうだ」
さすがに手際が良いな、とフレズヴェルグは素直に評価する。もともと単独で爆弾テロを起こすような男だ。爆破に関していえば任せてもいい、とフレズヴェルグは判断していた。
「49年ぶりの同時多発テロだ。盛大に花火を上げてやれ。偉ぶった自称平和家が飛び跳ねて泣き喚くくらいのがいい。ははは! 楽しくなってきやがった!」
「………。アーマーギアを一通りトレーラーに積んだら、北に向かう。他の分隊にもそう伝えるが、いいんだな?」
若干の間の後にフィリップの言葉が続く。
「あぁ。その通りだ。分かっているじゃないか。お上はこんがらがった状況を更に複雑にしたくはないだろうからな。あぁ、追手が撃ってきても絶対に撃ち返すな。やるだけ弾の無駄だ。スモーク吐いて逃げろよ?」
「分かっている。ここまでは同志フレズヴェルグの作戦で上手くいっているからな。少しは我々を信用してくれないか」
不満げにそう喚くが、フレズヴェルグはさしてどうとも考えずにスピーカーに向かって話す。
「俺の仕事はガキのお守りだからな。それじゃ、何かあったら電話くれ」
一方的に電話を切ると、足元に転がる憧憬を称えようとして、しくじりに気付く。
死体が一つ足りない。だが、血の跡が風前の灯である生者の足跡を残してしまっていた。
「15年のブランクか…。歳は取りたくねぇなァ……」
フレズヴェルグは必死になって生にしがみ付こうとする肉塊を追い始めた。
「ま、いっか。どうせ俺もかっぱらって逃げるだけだからな。追いかけっこに付き合うぜミスター?」
フレズヴェルグは口笛を鳴らした。血の跡はずっと地下にまで進んでいるからだ。
デトロイト支社の地下にこんな空間があるとはセドリックは言っていなかった。つまりは、ドール秘密の実験場という訳だ。
「兎ちゃ~ん、俺をお宝の下まで連れてっておくれよ~」
フレズヴェルグは鼻唄まで歌いながら、地下に繋がる階段を下る。
死に行く身体でここまで移動できるとは、なかなかどうして気力とは侮れないな、とフレズヴェルグは関心した。彼を突き動かすものとは何なのか。殺してでも聞き出したくなった。
やがて、階段の最後の段を降りてしまう。そして、兎の死体が扉にもたれ掛かった状態で倒れていた。
死体の手元には1枚のカードがある。
「うん?」
フレズヴェルグはそのカードを取り上げて、そして裏表を確認して、何をするものなのかの見当を付ける。
フレズヴェルグはカードを扉の脇に付けられたパネルに押し付けた。
「大当たり~」
扉が横にスライドした。フレズヴェルグはその先の空間に足を踏み入れる。
四方200m弱ほどの空間には壁掛けの固定ハンガーがあり、そこにアーマーギアが1機だけ存在していた。
「これは………」
謎の実験場に謎のアーマーギア。察するに極秘開発していたアーマーギアだろう。
フレズヴェルグはこの空間に誰かいないのか、細心の注意を払いながらアーマーギアまでの距離を詰める。
開発途中なのか、装甲は付けているが塗装はされていない。灰色の巨人は外の狂騒から隔絶されていたのだ。
フレズヴェルグは固定ハンガーのリフトに飛び乗り、そしてコックピットの位置まで上げると、訝し気にコックピットを物色し始める。
適当にスイッチ類を押して、反応を確かめている。どこかのスイッチを押した途端、機体の電源が入った。
「シメた。コイツ動けるじゃないか」
フレズヴェルグはコックピットのシートにしっかりと座り込むと、ハッチを閉めた。
ギアインターフェースの体内を覗かれる感覚を堪えながら、同時に各種セットアップを始める。
『
「マクベスねぇ…。意訳が過ぎるんじゃないか? だがまぁ、そのセンス嫌いじゃない」
AOSコーポレーションを玉座から引きずり下ろして、頂点に立とうとするドールが極秘開発していたアーマーギア『マクベス』。
マクベスには30mmマシンキャノンやバトルナイフが腰に2本、脚部に2本にマウントされていた。ハンガーの脇には60mmガトリングガンが用意されていた。
これを工業用と呼ぶのは黒を白と呼ぶのに等しいだろう。だが、思わぬ僥倖だ。鉱業用でクーデターと軍用でクーデターなら誰だって軍用を選びたくなるだろう。
その程度の認識で、フレズヴェルグはマクベスを起動させる。
「こっから出るには……お?」
アーマーギア用の搬出口を見つけると足早に機体をそこに収めた。
搬出用リフトの操作は外部からでも出来るらしく、フレズヴェルグは迷わず、地上を目指す。
「さぁ、全合衆国民を巻き込んだ、俺達の復讐劇を始めようか……!」
全ては愚かな民衆を粛清する為。報われぬ奉仕など隷属に他ならない。フレズヴェルグにはそれが我慢ならない。
「ジョナス、マシュー、トラヴィス、シリル、タバサ。地獄で俺の活躍を見ていろよ。俺も最後の仕事を終わらせて
復讐者はマクベスを駆り、そして最後の戦場に臨む。
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