集えよ同志。我らは誓いの旗の下

2050年 1月27日 アメリカ合衆国 某所


 ロッジと呼ばれる集会所にはたくさんの白人男性で溢れかえっていた。

 彼らの姿に統一性は見られない。ビジネスマン然としたスーツ姿の男やTシャツにジーンズを履いたラフな姿の男。作業着を着た男など、職種は様々な男達が異様な熱気の中、ステージを見つめていた。


「同胞よ、兄弟達よ。今日はよく集まってくれた」

 彼らの視線の先、ステージの上に立つ男、ダナルズ・ジャックがそう切り出すと、男達は喝采を上げた。手を叩く男達に囲まれた男達は困惑しながらも周りにつられるように手を叩く。


「そして、今日この日から誇りを自覚した新たな弟達よ。我々は君達の参入を嬉しく思う」

 ダナルズが一文を読み終えると、男達は揃って手を叩く。半拍遅れて弱々しい拍手が続いた。拍手の音はクレッシェンドするようにだんだんと大きくなっていった。


「自己紹介をしようじゃないか。私はダナルズ・ジャック。この集いでは司会を務めさせてもらっている。だが、私が偉いというわけではない。同志は皆、神によって平等を認められているのだからね。それじゃあ、新たな同志の名を教えて貰えるかな?」

 優しげに微笑むダナルズが合図をすると、新たな同志達がステージに上げられる。身近な男にダナルズはマイクを手渡すと自己紹介するよう促した。


「わ、私は…アルバートと言います。職業はエレメンタリー・スクールの教師です」

 アルバートがそう言うと割れんばかりの喝采が会場に鳴り響いた。その響きがアルバートの自尊心を強く揺さぶった。


「教師、あぁ素晴らしいよ同志アルバート。子供達に真実と学問を教える君はきっと素晴らしい人間なんだろう。我々は君を歓迎する」

「あ、ありがとうございます! 同志ダナルズ!」

 アルバートが隣の男にマイクを手渡した。彼の目にはさきほどまでの弱々しさは無く、同志と呼ばれた誇りに感じ入って涙を流していた。ダナルズと固く握手を結ぶとステージから降りていく。


「バーナードです。アリゾナで農場を経営しています」

「ほぉ! 同志バーナードははるばるアリゾナからロッジにやって来たのか。君の気持はよく分かった。今日は来てくれてありがとう!」

 ダナルズはバーナードと肩を組み、興奮した様子でそう言った。始めは冷めた様子だったバーナードもダナルズとステージ下の男達の熱狂ぶりを見て少しずつ興奮してきていた。


「ここまでの交通費だが、良かったら私に払わせてくれ同志バーナード。見た所、かなり無理をしてきてくれたのだろう?」

「そ、そんな…」

 ダナルズはバーナードを見るなり、その恰好からある程度の経済状況を察していた。

 バーナードは一応礼服を着て来てくれているが、裾は解れ生地もかなり傷んでいる。革靴も傷が目立つ。一張羅と呼ぶには彼の姿はあまりにみすぼらしかった。


「良いんだ同志バーナード。我々は平等なのだ。だから、余裕のある者はそうでは無い者に施しを与えるのだ。だが、与えられた者もこの事を忘れずに他の者に施しを与えるんだ。それこそ、神が求めた人間のあるべき姿なんだよ」

「ありがとうございます! 私もこの御恩に報いれる人間になります!」

「良く言った! それでこそアメリカ人だ!」

 そしてダナルズはバーナードを抱きしめた。バーナードの頬を感涙が伝って落ちた。


 次の男にマイクが渡される。


「セドリック・ニミッツです。ドールでエンジニアをしています」

「ドール…? ほぉ‥‥」

 セドリック・ニミッツの自己紹介の途中、ダナルズは考え込む素振を見せた。そして神のお告げを聞いた信者のような恍惚の笑みを浮かべた。涙さえ見せたのだ。


「どうかしましたか? 同志ダナルズ?」

「いや、ドールと言えばアーマーギア業界で合衆国ステイツを不動の玉座に導いた素晴らしい企業だからな。そこでエンジニアをするとは、君が、我らが旗の下に参じてくれたのは神の思し召しかと思っただけだよ。同志セドリック、我々は君を心から歓迎する。ありがとう」

 あぁ素晴らしい、とダナルズは繰り返す。神は自らの行いを見てくださっているのだ。これほどまでに喜ばしいことはあるだろうか、いや無い。







 集いが終わり、組織の中枢と呼べるメンバーだけがこのロッジに残っていた。


「同志ダナルズ、各ロッジでも新たな同志が参加してくれた。これは計画を第2段階に移す時もそう遠く無いのではないか?」

「そうだな、同志ネイサン。いや、本当に喜ばしい事だ。いずれは全ての開拓民達は誇りホワイト・プライドを取り戻すだろう。私もそれが待ち遠しいよ」

 ダナルズは葉巻に火を付ける。煙を吸い込むたびに希望が身体に染み込むようだった。


「同志ダナルズ、マジョリティから電文がありました。計画に賛同し、協力を約束してくれると」

「ふん極左が偉そうにしおって。だが、利用できるものはすべて利用させて貰おう。全ては理想の実現の為だ。奴らにも一時の夢を見させてやらねばな」

 マジョリティ。マルクス・レーニン主義を掲げる合衆国最大の共産系反政府組織だ。ちょうど15年ほど昔の、北朝鮮の工作員に煽てられて馬鹿な夢に取り憑かれたコミュニスト。ダナルズを含めた同志の全てが嫌うアカの手先であるが、目的の為の手段を選ぶ余地は残されていない。

 いずれはレッドパージを発動せねばならないな、とダナルズは考えている。未来の反乱分子は芽が出る前に刈り取らねばならない。


 銃が必要だ。正義の為の鉄槌が必要だ。惰弱で愚昧なアメリカ政府を打倒する力が必要なのだ。


「作戦の経過はどうなっているんだ?」

「はい。同志バリー、同志クライヴらはすでにグリーンバレーに潜入し行動を開始しています。まだ報告はありませんが、順調かと」

「便りがないのが良い便り、か」

 同志バリーと同志クライヴと二人の部下達。彼らの参入によって作戦もかなり展開しやすくなった。政府を打倒するのに必要不可欠な物を手に入れる為の役割を彼らは担ってくれている。


「あぁ、そうだ。先日のハイウェイでの軍事物資を輸送中のトレーラーの奪取は惜しかった。だが、気に病むなと同志フィリップに伝えてくれるか。新たな同志の中で使えそうな男がいたからな。彼の動きが上手く運べば、充分失敗は取り返せる。同志フィリップには彼の手伝いをしろ、と伝えてくれるか」

「分かりました。同志フィリップにはその通り」


 ダナルズは灰皿の上に葉巻を置くと、円形のテーブルに座る同志達を見渡す。


「我々は第4のKKKクー・クラックス・クラン。我々は連邦政府が誇りを失った今の時代に甦ったファスケス。悪を為す誇り無き人間に搾取される全てのアメリカ人の怒りを体現する者。結束した我らに個人を示す名など必要は無い」

 ダナルズの言葉に同志達はその通りだ、と同調した。彼らも以前は国内に散らばって活動していた。だが、ダナルズの呼びかけに応え、ダナルズの掲げた旗印の下にはせ参じてくれた。最初期のメンバーはもはや肉親と言っても冗談には聞こえないほどの絆がある。


「強きアメリカを取り戻す。斧はすでに頭頂高く振り上げられた。ならば、振り下ろすしかあるまいよ」

 それこそ彼らが結束したただ一つの理由だ。生まれも育ちも違う同志達だが、彼らには等しく白人の血が流れているのだ。開拓民の血が。自ら斧を取り、銃を持ち、合衆国を切り開いた優秀な血が。

 奴隷の血も不法移民の血も混じっていない、人種の坩堝の中で最も優良なる白人種なのだ。

 白き肌と美しい碧の瞳が優等人種の証。有色人種など見るも悍ましい。ダナルズからすれば彼らなど奴隷と猿にしか見えない。


「「強き祖国を取り返す! 白き祖国を取り戻す! 誓いの白き旗を掲げろ! 我らは常にそこにあり!」」




「いやはや、茶番もここまで来れば喜劇だな」

 ロッジの中では今時流行りもしない人種差別を根拠の無い理想で正当化しようとする同志殿達が血気盛んに叫んでいる。

 その喧騒から避けるようにフレスヴェルグはロッジの外で安い煙草に火を灯した。

 ニコチンが身体中を駆け巡り、身体に火を付ける感覚。フレスヴェルグは常に飢え、乾いている。


「あぁ喜劇だ。いっとう身体が熱くなるような、腹が捩れるみたいな喜劇だ。中にいる肥大した自意識に飲み込まれた老人方と俺達の忠誠を踏み躙った間抜けな政府の官僚ども。どっちが転けても愉快よ愉快」

 鼻に焦げ付いた臭いがまとわりつく。だが、秘密結社の集会所の近くでバーベキューしようなんて肝の座った人間はそうそういない。

 この臭いは己の内から沸き立っているのだ。肉が焼けて血が蒸発する臭いは。髪が燃えて脂肪が肌の表面から溶けた臭いは。

 フレスヴェルグは笑う。死体を啄むコンドルとまで言われるくらいに邪悪に。喉から漏れるしわがれた息漏れの音がフレスヴェルグの笑い声だ。


「同志フレスヴェルグ、お前も話を聞け」

「これはこれはダナルズの旦那。ちょいと一服中でありまして。しばしお待ちを」

 フレスヴェルグは足元に煙草を押し付けると靴底で踏み潰した。踏み躙った。安っぽい煙の匂いにダナルズはクシャミをした。


「……名前の前には同志と付けろ、と何度も言わせるな」

「これはどうも申し訳ない同志ダナルズ殿。さて、中ではどんな話をされていたので?」

 ダナルズに連れ戻されてロッジの中に入る。中には肩書きばかり、口先だけのインテリの匂いが充満している。フレスヴェルグは吐きそうになる。


「グリーンバレーの物とは別の襲撃計画についてだ。同志フレスヴェルグ、お前には同志フィリップともう一人と共にこっちに出てもらう」

「へぇ……銀行強盗でもするんですかい?」

「……違う。予備策ではあったが、あるに越した事は無いと思ってな。ちょうどツテも出来た」

「それは、また。それで?具体的な目標は」

 フレスヴェルグはダナルズに金で雇われているのだ。そうでなければこんな茶番のピエロなど誰がするものか。


「ドールだ。そこで生産されているアーマーギアを強奪して貰う。段取りは同志フィリップと同志セドリックとしておけ。必要な物があればこちらで用意する」

「大企業を襲撃とは、いよいよ実行の日が近付いてきているって訳ですか」

「そうだ。しくじるなよ部下殺しスカベンジャー。払った金の分は働いてもらうぞ」

 部下殺しと言われた瞬間の破壊衝動を心の底に押さえ付け、フレスヴェルグはピエロらしく仰々しく礼をして見せる。


「おまかせアレ同志ダナルズ。ドールの襲撃、必ず成功させてご覧にいれよう」


 禿鷹は目を愉快そうに歪めた。


(えっと、何だったか……そう、これだ)


「強き祖国を取り返す。白き祖国を取り戻す。誓いの白き旗を掲げろ。我らは常にそこにあり、ってね」


 フレスヴェルグは笑う。自分を裏切ったこの世の全てを嘲って。

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