塵砂のネバダ
2050年 5月28日
「ハローギーク! 全国1000万のアーマーギアマニアども、ウィークリー・アーマーズの時間よ!? 私が今どこにいるかって? 今日はダナルズ・エレクトロニクスにきているの! 理由はこの番組の視聴者なら分かるでしょ!? そう、この間発表されたあのアーマーギアについて! 今回はなんとダナルズ・エレクトロニクスのミスター・ジャックにインタビュー出来ることになってるの! 早速行きましょ!」
スピーカーから漏れるテンション高めの登場人物の声が政姫の頭にキンキンと響いてくる。
暇潰しにかけたネットラジオ、ウィークリー・アーマーズと言うらしいが、ともかくこんな番組がアメリカにはあったんだなぁと政姫は零す。
「政姫さん、あと少しでネバダですよ…あ、ウィークリー・アーマーズ聴いてたんですね。この番組凄いですよね。グレート・レイクス・パニック以来、メディアがアーマーギア関連の話題を自粛してる中、全く変わらずに放送してるんですから」
「まぁ、こんな尖りまくった番組ですしね………」
片耳に突っ込んだインカムのスピーカーから祐香子の声が聞こえた。
「アーマーギアを取っぱらったら何が残るんでしょうねこの番組。インタビュアーの金切り声だけじゃないですかね」
「違いない」
そうやって政姫と祐香子が笑いあっていると、
「仕事中よ。私語は慎みなさい」
「すいません…、それじゃ、あと20分でネバダ基地に着くから」
「うん、分かった」
アベリィに怒られて祐香子は通信を切った。政姫のいるタイラントのコックピットの中は再び番組パーソナリティの頭に響く声で満ちていく。
「ミスター。今回発表されたスレイヴなんですがなんでも民間、一般用のアーマーギアとの事ですが?」
「えぇ。スレイヴはその通り、専門的な技術を必要としない、皆さまにも扱えるアーマーギアなのですよ。スレイヴには操作を補助するコンピューターを搭載していますからね。それに家庭で使用されることを考えて、大きさは4mほどです。何か重いものや大きなものを持つ時に必ず役立つでしょう」
「しかし、そのサイズだとアーマーギアと呼ぶには小さ過ぎるような気もしますが」
「それですか。社内でも呼称にはかなり物議を醸しました。パワードスーツには少し大きいですから、パワードスーツなのかアーマーギアなのかとね。最近、アーマーギアで世間が騒いでいるでしょう。私が子供の頃はああ言った巨大ロボットには夢がありました。いつかロボットと暮らしていく時代が来るのだと。ようやく叶う時が来たのに、あのような悲しい事件がありました。だからこそ、私はアーマーギアは恐ろしいものではない、と皆さまにアピールしたいのですよ。その為のミニサイズのアーマーギア、スレイヴなのです」
「なるほど! それでこの番組のインタビューを引き受けてくださったんですね! 確かにこの番組のリスナーの中にもミスターと同じ思いを持っている人は少なくないでしょうからね! ミスター・ジャック、貴重なお時間をありがとうございました。素晴らしい放送になりました!」
「いえ、私にとっても有意義な時間でした」
「今回はダナルズ・エレクトロニクスからミスター・ダナルズ・ジャックと私パティ・スイーツがお送りしたわ! また来週、この時間に合いましょう!」
そして、コマーシャルが挟まれ次の番組が始まる。
だが、政姫はウェブラジオを開いていたタブを閉じてしまう。ラジオを聴いているうちに目的地に着いてしまったからだ。
(民間用のアーマーギアねぇ………)
政姫がイメージしたのは日本防衛軍の機械化擲弾装甲兵という歩兵部隊が装備する兵器で、ラジオで言っていた夢のようなものではなくて泥と煤、硝煙の香りがしそうなものだった。
軍事技術から生活のアレコレになったものは沢山ある、なんてよく聞くがこれもその一例なのか、と政姫はお気楽にそう考えていた。
2050年 5月28日 ネバダ基地
ネバダ基地。アメリカ陸軍の地方拠点。特筆する点は余りない。政姫にとっては見慣れたものばかりだけだったからだ。
ハンガーからは整備兵が慌ただしく動き回り、遠くからは訓練中の部隊のものだろう発砲音が聞こえてくる。
キョロキョロとしているのはこういったものを見慣れていないドールのスタッフだけだ。
「ご足労いただき感謝します。ドクター・アベリィ」
「見晴らしの良い素晴らしいドライブでしたよオルセン大佐」
アベリィは差し出された無骨な色黒の手を握った。その手の主の名をウィリス・オルセンと言う。アメリカ陸軍大佐。ネバダ基地に駐屯しているアーマーギア運用部隊の指揮官だ。
「我々も気に入っていますよ。それではどうぞ屋内に。15年前とはいえ、まだまだ汚染レベルは下がっていませんからな」
ウィリスは人当たりの良さそうな社交的な笑みを浮かべ、第6研究セクションの面々をネバダ基地の応接室に案内した。
「では、今日は貴社のところのタイラントの性能試験という事で。試験官は我々第51アーマーギア大隊が務めさせていただきます。よろしいですな」
「えぇ。全て、承知しました。当社としても威信をかけた、と言わざるを得ない状況にあります。正確な判定で当社のプライドを取り戻したいです。よろしくお願いします」
アベリィが大柄なウィリスを相手に物怖じもせず話を進める様子はなんだかおかしな光景だった。
置いてきぼりの政姫は談義の最中にある二人から目線を外して窓の向こうを見る。
青空の下、基地のコンクリートから少し行けばすぐさま茶色の大地が広がっている。
「あなたは日本人、でしたね。何か思う所がありますかな?」
「まぁ…。ですが、私自身は静岡の生まれで、学校の歴史の授業の一環で広島に行ったことはありますが、ここまででは………」
ウィリスは「なるほど」と呟くと日本人から言えば彫りの深い顔を一層深めて、言葉を続けた。
「こんな時代、世界にしてしまった我が国の罪の証なのですよ。ネバダは。傷を受けてようやく我々はあなた方の傷の深さを知り得た」
「15年前、私は本土空襲が行われた時は小学生でした。家の縁側から、太平洋に伸びる数本の飛行機雲を見ました」
本土空襲。2035年、朝鮮民主主義人民共和国、アメリカ合衆国とその同盟国間で行われた21世紀最大の戦争の末期に発動された朝鮮人民共和国軍の最後の足掻きの事だ。
集中的な大陸間弾道ミサイルと通常ミサイルの併用によってアメリカに向かうミサイルを防いでいた日本は本土防衛の為に防空網を使わざるをえなくさせられ、採集的に、取り逃がしてしまった核弾頭を積んだミサイルはアメリカ合衆国のネバダ州に直撃した。
その後、直接乗り込んだ特殊部隊が朝鮮人民共和国の指導者を殺害し、そのまま降伏、講和が結ばれる。
結果としてネバダ州に暮らしていた50万人の人間の命が失われる結果となった。
「あれ以来、日本がもっと対空を重要視していたらなんて話がよく上がるようになったが、一軍人として言わせてもらうならば、本土防衛に胡座をかき、同盟国に任せてしまっていた我々に非があるのです。ネバダに落ちたミサイルは我々の防空網を食い破って爆発したのですからな。だが、それを理解しない者の中には外国人に不信感を抱き、排斥しようとする人間が増えてしまった。そんな彼らを見るたびに私は口惜しさを覚えてならない………」
「心中お察しします」
政姫にはそうとしか言えなかった。日本に核の光が炸裂したのはもう100年以上も昔なのだ。しかし、彼らにとっては15年前。傷は未だ癒えていない。
「湿っぽい話をしてしまった。本題に戻るとしよう」
ウィリスはスイッチで切り替えたかのように感情を切替えて見せた。軍人に求められる技術の一つだろう。
もし、辞めずにいたら自分もウィリスのような厳格な軍人になれていたのだろうか。
政姫はそう思ってしまった。
コックピットのリニアシートに座り、メインカメラの映像を映し出すモニターを眺める。
耳からはオペレーターの陸軍士官の声が聞こえて、政姫の体をタイラントのメインジェネレーターが稼働している際に発生する振動が揺らしている。
それは正しく防衛軍時代のようで懐かしさを政姫は感じていた。
「タイラント。準備はいいだろうか」
「はい。各部異常無し。いつでも始めてください」
試験官であるウィリスの最終確認だ。政姫はすぐにでも始められると伝える。
「目標は無人戦車と戦闘ドローンの撃墜だ。時間内に撃墜出来たスコアで判定する。いいな」
メインカメラが遠くに捕捉するのは無人戦車M-51だ。
「はい!」
「いい返事だ。部下にも見習わせたいくらいだ。それでは始めるとしよう。カウント、5、4、3、2、1。始め!」
ウィリスの号令一下、自動操縦の目標がバラバラに移動を始める。
「行くよ、
タイラント―刹牙の双眸が蒼く煌めいた。
背面双発型ブースターから放たれた大推力は刹牙の重量をものともせず加速させる。数秒も掛からずに霊牙と同じように50マイルに達した。
「なんて推進力だ…。あれほどの図体であそこまでの速度を出せるのか………」
感嘆の声が聞こえた。ウィリスの驚いたような顔が目に浮かぶようだった。
ロックオンサイトが無数に表示される。モニターの隙間を埋めるほどの照準が同時に赤く染まった。
「バインデッド・ミサイル全弾発射」
刹牙は両肩のバインダーシールドを回転させ、小型ミサイルを放つ。
ミサイルはそれぞれ指定された標的に向かって猛進し、命中して爆ぜた。
「命中率85%………。クロー・ミサイル!」
バインデッド・ミサイルで撃ち損じた目標の方向に刹牙は爪を向ける。
開かれた五本の指から爪が飛び立つ。
バインデッド・ミサイルよりも小型のクロー・ミサイルはしっかりと目標に突き刺さり、小規模爆発を起こして目標を無力化させた。
「開始してすぐに75%をクリアするだと…? 正しくモンスターじゃないか!」
刹牙の背部装甲の中央に線状のユニットが展開される。排熱ユニットだ。その姿から政姫は背ビレと呼んでいる。霊牙には無かったものだ。これによってオーバーヒートを防ぐのだ。
「バルカン砲斉射!」
最後まで残っていたのはミサイルの射程にギリギリ入らなかった無人戦車のみ。横隊陣で傍観していた戦車達に、刹牙は胸部ハッチを開くと、その下の凶悪な45mmバルカン砲を覗かせる。
バルカン砲の内部機関が作動し複数銃身が回転を始め、そして45mm砲弾を秒間100発の弾丸が無人戦車を、穴あきのチーズへリメイクさせてしまった。
「ぜ、全機撃墜…計測、試験終了………」
ウィリスの唖然とした声がしっかりと聞こえた。
第6研究セクションのスタッフは一様に当然、データ通りという表情で刹牙を見、第51アーマーギア大隊と野次馬のアメリカ陸軍の軍人達はあんぐりと口を開き信じられないといった目で刹牙に注目していた。
「お疲れ様、刹牙」
それを知ってか知らずか、政姫は優しい手つきで刹牙のコンソールを撫でていた。
「よ、よし…。タイラント、戻って来てくれ」
鋼の軍人ウィリス大佐の、その指示だけは確かに上擦っていた。
(オルセン大佐も驚くことってあるんだなぁ…)
政姫はそんな風に呑気に思っていたが、ウィリスはインカムを外して、「なんてものを作ってるんだドールは!?」と叫び散らした怒号がネバダの荒野に響き渡る。
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