叛逆の時は来た

2050年 5月28日


「さて、モグラちゃん共はしっかり巣穴に潜れているかね」

「問題ありませんでしょう。隊長殿。彼らは同志の中でも屈指の使命感を持っています。彼らならば!」

 フレズヴェルグは荒野に取り残された戦争の惨禍の遺物、ミサイル落着地点の人工クレーターの内側にドールよりせしめたマクベスを伏せ、稜線から顔を出して双眼鏡を覗いている。


「あぁ、はいはい。いや別にさ、結果が出るんならどうだっていいから。やることやってくれんなら赤ん坊だろうと爺さんだろうとな」

 フレズヴェルグの視線の先にはネバダ基地とその付随の施設がある。

 何やら賑やかにドンパチとやっていて見ているだけでもかなり楽しめた。何度混ざってやろうかと思ったか。

 だが、三ヶ月近く子守りをしていれば自制心も芽生えるというもの。だからこそ、小一時間ほど双眼鏡を握りっぱなしで匍匐姿勢を取っていた。


「天下のアメリカ陸軍様の配備状況は? 頼んでおいたやつ」

「はっ。ネバダ州全域に治安維持任務に従事する部隊が散在しており、現在ネバダ基地本陣に残っているのはアーマーギア第51大隊。そのうちの十二機程度と。ですが、ドールの新型アーマーギアというのが………」

「それなら見たな。ありゃ良い。パイロットも腕は悪くない。スレイヴ部隊には注意しろって言っておけ。遭遇しちまったら、まぁ俺が出るしかないだろうな。スレイヴ部隊は己の任務を全うすべし、と厳命しておけ。特攻だカミカゼだ、なんてのはお前らの大嫌いな日本人がやることだ」

 副長…とフレズヴェルグが勝手に任命した青年はフレズヴェルグの話を、今度はクレーターの少し深い位置に待機している仲間達の下に伝えに下り坂を降りていく。


 フレズヴェルグは副長を目で追う。その先にはデトロイトで拝借した工業用アーマーギアで運搬させた大量の迫撃砲が設置されている。ちょっとした砲撃陣地だ。他にもアーマーギアによる運用を想定された面制圧用の大口径機関銃やらロケット弾をダナルズに用意させた。

 同志の悲願成就の為と、一言添えてやるとダナルズは渋い顔をしつつもきっちりと要望通りの物を用意してくれた。


「持つべき者はお金持ちのスポンサーだな………」

 しみじみ思う。

 何も知らない連中は、知らないままに勝手をほざく。一体誰がお前達の糞して寝るルーチンワークを確約させていたのかすら知らない。

 戦争状態が平和の延長であると妄信する愚かな自称知識人共に、本当の戦争を味合わせてやれる。

 舞台は整った。観客はアメリカの皆々様。最後の壇上には誰も残らないこの世で最も下らない最高の喜劇だ。


「諸君聴け」

 フレズヴェルグは声を上げる。

 副長は同志の象徴である白の旗を突き立てた。

 苦労して躾けた馬鹿な若者達がフレズヴェルグに傾聴の姿勢を示す。


「今宵の任務の成否によって、諸君らの悲願が果たされるかが決まる。諸君らはよくやった。だが、努力など結果に結びつかなければ意味など一切無い。全ては今宵決まるのだ。己のミッションを果たせ。俺は全員が有効に機能するように作戦を練った。ここから先は諸君らの敢闘、不屈の精神が運命を左右する。己のロールを為せ。後世に語られるのは勝者の歴史だ。敗者には同情も憐憫も無く、忘却されるのみ。諸君らの崇高なる共通理念がネバダに、アメリカに具現することを切に期待する」


「「強き祖国を取り返す! 白き祖国を取り戻す! 誓いの白き旗を掲げろ! 我らは常にそこにあり!」」

 怒れる若者達は拳を日の沈みゆく茜の空へ掲げる。

 それはアメリカという国が滅ぶ前兆としては充分過ぎた。







 ダナルズ・エレクトロニクス社製新アーマーギア・スレイヴが起動する。

 同志フィリップは次いで僚機の起動プログラムを立ち上げた。

 フィリップの乗る一号機の隣に並ぶ無人の二号機、三号機、四号機も順にメインセンサーに光を灯す。


「同志フィリップだな」

「あぁ」

 フィリップの装着したインカムから男の声がした。ネバダ基地の付随施設に長い間潜伏していた同志バリーの声だ。


「ルートを送る。コードは解除した。同志フィリップはルート通りに進んで物を運んでほしい。君に任務の全てが掛かっている。任せたぞ同志よ」

 バリーが端末からネバダ基地が隠す・・ようにしている付随施設の詳細なマップと効率的に最奥に辿り着けるルートをフィリップの乗る一号機に転送した。

「無論だ! 感謝するぞ同志バリー!」

 フィリップはルートを確認する。

 兵士の巡回ルートを躱すように、綿密に練られたルートだ。フィリップにも同志バリーと同志クライヴの長い任務の終幕に対する熱意を感じられた。


「急げよフィリップ。囮の砲撃が始まる前にサイロに侵入するんだ。いいな」

「分かっている。隊長殿にも釘を刺されているからな」

 隊長殿は人格を別として、完成された戦術家だ。曲がりなりにも素人の集団であるフィリップ達が三ヶ月も逃げおおせたのは隊長殿のおかげなのは明確だ。


「隊長殿?」

「指揮を執ってくださった同志フレズヴェルグのことだ。本人が隊長殿と呼べと仰ったので敬意を込めてそう呼んでいるんだ」

「なるほど。それでは幸運を」

「あぁ!」


 同志バリーが機体から離れた。

 フィリップはスレイヴを直立させる。それに続いて二号機以下も直立した。

「マスター・アーム・オン! この任務の為に開発されたスレイヴだ。やってやるさ! 我らの悲願の為なのだから、やってみせなければな!」

 このルートの先に同志の悲願を叶えられる力があるのだ。それは、戦争を忘れられず、次の戦争に怯える政府の一大スキャンダルの種火だ。

 それもまぁ、こうやって同志に有効活用されるのだ。それだけで生まれてきた価値があるというもの。


「行こうか。奴隷剣闘士スレイヴ達よ。もうじき、ここは瓦礫の下だ」

 スレイヴ一号機がルートをなぞって移動する。無人機達も一号機を追って歩き回り始める。







「景気良く号砲を上げろ。この日、この場所からこの国は変わる。撃ち方用意…撃て」

 フレズヴェルグは手を振り下ろし火蓋を切った。

 迫撃砲の一斉射が荒野を迅雷となって駆け抜ける。

 青天の霹靂とはきっとこの事のはずだ。

 フレズヴェルグはマクベスのコックピットの中からネバダ基地を見下ろす。

 復讐の雷霆がネバダ基地の建物に直撃し爆炎を噴き上げた。


「馬鹿共、俺に続け! 地獄の渡り方をレクチャーしてやらァ!」

「「了解!」」

 黒に塗装されたマクベスの、頭部メインセンサー・アイが真紅の輝きを灯す。

 マクベスがクレーターから飛び出すと続いて武装化されたアーマーギア達がクレーターから顔を出して来る。


「迫撃砲! 砲身が焼き付いても砲撃を止めるな! 派手に花火をぶっぱなせ!」

 マクベスの脚部無限軌道転輪を地面に押し付ける。

 戦車のキャタピラーに近似したソレが回転を始めると、マクベスは急加速し目標であるネバダ基地に迫っていく。


「馬鹿野郎共、手持ち花火にも火を付けろ!」

「「了解!」」

 部隊の先頭を突っ切るマクベスの後方からネバダ基地に向けて数多のロケット弾が放たれる。

 それらは無歓迎に基地へと吸い込まれ、随所に火の花を咲かせる。


 その灼熱地獄の奥から猛然と巨人達が迫ってきた。

 アメリカ軍正式採用軍用アーマーギア『AA-78Y スターファイア』。そのモノアイがマクベスを視認したのをフレズヴェルグはその身の高揚を以て知覚した。


「ヒャッハァァァア!」

 見事な横隊列を組み、機体間距離を正確に維持しつつ行軍するスターファイア隊に、マクベスの60mmガトリングガンを横薙ぎに斉射する。

 マクベスの60mm弾の弾幕を、スターファイア隊はホバー機構を瞬間的に爆発させて跳ね上がることで弾幕を飛び越えた。

 その練度たるやまさに軍事の世界を牽引するに相応しい。

 だが、

「そらターキーシュートだ!」

 腕部に仕込まれた30mmマシンキャノンの無慈悲な精密射撃が手近なスターファイア一機のコックピットを貫いた。

 胸部を貫かれたスターファイアが地面に落着したことでネバダの荒野に光が煌めく。それはマクベスの姿をスターファイア隊から覆い隠してしまう。

 フレズヴェルグは腰のマウント状態だったバトルナイフをマニピュレーターに握らせ、マクベスを急発進させる。


「止まった的ならガキでも当たるぜェ!」

 目を潰され、無防備な状態で地面に足を付けたスターファイア達を同志の部隊が火線を集中させて一つ、また一つと撃破させていく。

 敵部隊がそうやって混乱状態の中で一機だけ後ろに下がった機体があった。恐らく指揮官機だろう。

 戦況を俯瞰しようとする指揮官機にマクベスが肉薄する。

 30mmで意識を部隊からマクベスに向けさせ、バトルナイフを腕部が打ち込んだ。

『グゥッ…!』

「刃先を掴みやがった!」

 指揮官機はマクベスが突き出したバトルナイフの刃先を掴んで致命傷を防いで見せた。その技量は常人のものを遥かに超越している。


「さっさと死ねよォ!」

 マクベスは掴まれたバトルナイフから手を離すと30mmマシンキャノンを至近距離で発射させる。

 それを予知でもしていたようにスターファイアは機体を捩じらせ射線を躱し、脚部でマクベスに回し蹴りを決めてくる。


「なかなかやるじゃねぇか…!」

『アンノウンに告げる。装備の状況から見るとそれは三ヵ月前のグレート・レイクス・パニック時に強奪された工業用アーマーギアに酷似している。我々第51大隊はアンノウンをグレート・レイクス・パニックの首謀者と断定し、アンノウンを対処即ち射殺するが、即時武装解除、投降するのならば身柄を拘束した後、連邦警察に引き渡す』

 テロリスト相手にそんな甘っちょろい事を言う指揮官に少し現滅してしまう。テロリストとは犯罪者である。射殺されたとして、誰が意見申し立てをするものか。

 フレズヴェルグには、その指揮官の声に聞き覚えがあった。

(確か…)

 煤けた脳髄が答えを引き当てる。


「アンタ、ウィリス・オルセンじゃないか?」

『…ッ! 貴様は…貴様が何故………十五年前に退役したと聞いたはずだぞ…?』

 この反応からいくと正解だったらしい。

 ウェストポイントの陸軍士官学校の同期、ウィリス・オルセンだ。


「懐かしいなオルセン。十五年ぶりだ。元気にしていたか、おい?」

『何故だ。何故貴様がテロリストに加担している…ッ!』

「確か、娘がいるんだったよな。名前は………中国系みたいな感じで…そうフェイだフェイ。懐かしいな、何度か誕生パーティーに出た記憶がある」

『質問に答えろ! 退役してから貴様、この日まで一体何をしていた!』

 スターファイアが突進する。マクベスは容易く避けると、スターファイアの背部ユニットに蹴りを入れた。


「そりゃ復讐だ。決まってるだろ?」

『復讐だと…? どうして今更になって!』

 今更。そう今更だ。誰も彼もが十五年前と割り切り始めている。だからこそだ。

 勝者ばかりが未来を夢見、敗者は泥濘を這いつくばる。


「優等生のオルセン君には分からんだろうさ。俺達コリア帰還兵が戦後に受けた仕打ちなんてな!」

『確かに、アレは行き過ぎていた…だが、彼らだって心に傷を負っていた!』

「部下は全員が祖国の地で死んだ! いや、殺された! ファッキン・コリアンじゃあないぞ。我らアメリカ人にだ! PTSDなんて生優しいもんじゃない。アルコール、ドラッグ、凡そ人を二、三度辞めたとて傷は忘れられず、社会的破滅を迎えて惨めに死んだ! 恩知らずのマザーファッカー共が! 誰のお陰で安全な祖国で飯が食えた惰眠を貪れた! 奴らはただ侮蔑を寄越した。我らが名誉も、誇りも、全ては祖国の地で失墜した!」

 フレズヴェルグの憤怒は自身を焼き焦がし、それでも治められない熱がマクベスを通じてウィリスの乗るスターファイアを苛む。


「だから復讐するんだよ………。こんな国なんて守る価値が無い。愚者で溢れ返ったこの国をぶっ壊すのさ!」

『それで何になる!』

「何もならない。ならないさ。全部が壊れて、はいお終いだ」

『そんな身勝手を許してなるものか!』

 スターファイアが抵抗しようとするが、マクベスが足蹴にして押さえ付ける。


「許すも許さないもさァ…俺が決めることだよオルセン君」

 マクベスは徐にバトルナイフを振りかぶり、ゆっくりとコックピットブロックのある辺りに狙いを付ける。

『フェイ………!』


 マクベスのコックピット内にアラートが鳴り響く。

「何だ。ミサイル!?」

 マクベスはスターファイアから急速に離れる。ミサイルはまだ追ってくる。


「鬱陶しいなァおい!」

 マクベスの30mmマシンキャノンが追尾してくるミサイルを撃ち落とす。その光の影に異様な風貌のアーマーギアが立っていた。

「アイツは………」


『大丈夫ですかオルセン大佐!?』

『あ、あぁ…。すまない。助かった』

 そのアーマーギアはスターファイアを助け起こすと、傷付いたスターファイアを庇うように一歩前に出た。


『試作軍用アーマーギア・マクベス…。アベリィが言ってたデトロイトで奪われた機体…!』

 マクベスを知っているということはあのアーマーギアもドールの開発した機体ということらしい。


「良いねぇ、良いねぇ! 戦闘ってのは予想外が起こるもんだ! これくらいのハプニングは大歓迎だ!」

 フレズヴェルグの身体が歓喜に打ち震える。この身を削る、命を削る感覚は今のフレズヴェルグにとっての唯一の快感だ。

『タイラント、気を付けろ…。奴のパイロットとしての技量は尋常ではない…!』

 タイラント、タイラントと言うらしい目の前の極上の獲物は。更に乗っているのは声からするに女だ。それも若い。

 同志の連中というのは男ばかりでいけない。

「お初にお目にかかる。歳若きお嬢さん。今宵の、少しばかりのお時間を、俺と踊っては頂けないかッ!」

『刹牙、人類を導く指標の牙。行くよ!』

 マクベスとタイラントという二機のアーマーギアは図ったように同時に踏み込んだ。

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