後日談
明日の前に灰は散る
見舞いのいない、清潔感だけが居残った病室に、一人の東洋人が寝かされていた。
彼女のベッド脇の小さな机には『懲戒解雇』の事実を通知した書類が一枚、置かれているだけだった。
この病室の主である彼女が長い微睡みから目を覚ました時、一番に駆け付けたのはチームメンバーでも共犯仲間でもなく、この病院に勤めるナースだったという。
仲間がどうなったのか、あの最後に見た白い獣は。
ナースは答えられず、彼女は酷く取り乱していた。
後にやって来た主治医からは生きていたのが不思議な状態だったと語ったらしい。
海面から救出された時点で心肺は停止していたのだが、どういう訳か救助した人間が彼女に触れた瞬間に心臓が動き出したとか。
でも、彼女が知りたかったのはそんな自分の事じゃなかった。
ワシントンD.C.や、多くの人間を守った英雄はただ、あの日集った彼女の仲間の事を聞きたかった。
それから数日がして、テレビでは連日テロの不安を煽るような報道がされていた。
彼女が思い出したのは
そしてどういう偶然か、その日の午後にアメリカ国防総省ペンタゴンから、テロリズム対策委員会と名乗った黒服が彼女に詰め寄ったらしい。
彼女は知りうる、そして話せるだけを彼らに語ったそうな。
だからこそ、アメリカ合衆国にその存在が知れ渡った。
極右系過激派武装組織。通称『同志』が。
しかし、同志はこの2050年から数年の間、地下に潜らざるを得ないだろうと嘯かれる。頭領の暗殺、実行部隊とその隊長、フレズヴェルグと名乗ったアメリカ陸軍中尉の損失は同志に深い痛手を負わせたと見なされたからだ。
そしてあの日、白い太陽が大西洋に現れた日。その時にクーデターを起こしたオーウェン・フリードマン大佐以下その部下達の殆どが逮捕された。空母ユナイテッド・ステーツは翌日6月10日沈む夕陽と共に自沈した。原因は甲板上から深く機関室に突き刺さった集束拡散針弾である事が後の調査で明らかになる。
このクーデターに使われた集束拡散針弾はその非人道的な性質が合衆国民や、世界中の平和主義者からのバッシングに遭い禁止兵器リストの一覧に名前を刻むことと相成った。
でも、彼女は語るばかりで自分が知りたいことは、何一つ分からなかった。退院まではですが。
2052年 4月1日 日本 東富士演習場
日本防衛軍正式採用軍用アーマーギア・戦陣とアメリカ軍の試作アーマーギアであるスターファイアーを更に改修した白塗りのアーマーギア・彗炎が陸上自衛隊の頃から火力演習場として使われていた東富士演習場にて交錯と離脱を繰り返していた。
彗炎を駆るのは長い黒髪を後ろで纏めたポニーテールの女性。だが、彼女は白髪のように白い髪の房が幾つかあった。これのせいで、道行く子供達から「牛の模様みたい」とか、お得意様からは「老けたか?」などと他にも数えるのが疲れるくらいに、毎回からかわれるのが彼女の悩みだった。
医者からは「ストレスですかね………?」なんて疑問符付きで尋ねられるし美容院に行けば「染めます?」と聞かれるが、彼女は一度も染めた事はない。この白い髪の毛は片割れのそれにとても似ているからだ。
「ブレードキャノン、残弾五割を切った」
彗炎が二手で構えるブレードキャノンは大型の180mm徹甲弾を連射しつつ白兵戦になれば銃剣の要領で取り付けられた巨大な刃で両断しよう、というトンデモ兵器だ。
彗炎と相対する戦陣には現役の防衛軍隊員が乗り込んでいる。
幾ら砲撃してもいいようにいなされる事に業を煮やしたらしい戦陣が一機、単騎で突撃してきた。
「今日はお得意様が来てるんだから、派手にやりなさい。政姫!」
こちらもゴーサインが出た。彗炎もまた戦陣に向かってブレードキャノンを構えた。
「了解っ!」
彗炎が取るのは蛇のように左右に振りながら動く機動。戦陣は位置を予測して砲撃しようとした為に一瞬、その足を止めた。
フィギュアスケーターのようなアクセルジャンプから、ブレードキャノンを叩き付けようとして、背部ブースターユニットで更に大きく回り込む。
狙ったのは突撃してきた戦陣ではなく、カバーする為に割り込もうとしていた戦陣。
ターゲットが自分だったと知るが早いかペイント弾が戦陣を赤く汚す。
残って、呆然としていた戦陣にも、
「こら、サボるなよ」
同じ赤備えにしてやった。
同日
「全く見事な腕だ、政姫さん」
親しげに話し掛けたショートヘアの若い女性こそ政姫のお得意様だった。
「ありがとうございます」
政姫は頭を手で覆いながらそう言うと、お得意様は楽しそうに笑った。
「ふむ………ブレードキャノン。良い出来じゃないか。防衛軍にも高く売りつけられそうだ」
商売人の目線で、性能をよくプレゼン出来たと誇らしげだ。
苦言を呈したのは政姫の方だった。
「どうでしょうか。重いし、遅いし。イイとこ無いですよアレ。扱えるのがエース級じゃないといけない兵器とか普通に欠陥品です」
政姫は軍事のスペシャリストとして、既に友と呼べそうな彼女にあけすけに文句を叩き付ける。
「そ、そうか………。まぁ、仕事の話はここまでにして、今夜久しぶりに飲まないか」
お得意様のお誘いに政姫は首を横に振った。
お得意様は残念そうな顔をして、そして肩を竦めた。
「振られた理由を聞いても?」
「キサラギの女社長のお誘いは嬉しいんですけど、先約があるんです」
「ほぉ………? いや、あの娘か」
お得意様にも思い当たる節があるらしい、と言うか政姫とあの真っ黒な少女を引き合わせたのも目の前のキャリアウーマンだった。
「余計に心配になってきたな………」
「付き纏われてる、とは言いませんけどね見掛ける度にスキンシップが過ぎるなぁ………なんて」
胸を揉むならまだマシで、先々月にはブラの中に手をまで………。
「保護者として、ウチのバカがすまん」
そして身内漫談に二人の女性が華を咲かせる。
「それじゃあな。今日のテスト、ご苦労だった」
「いえ! 今後とも、シーカー・プライベートガードをご贔屓に!」
懲戒解雇から心機一転、新しく旗揚げした政姫の居場所だ。
売り込みは印象に残るように、とは同僚の派手好きなフランス人の受け売りで、政姫は道化じみた、右手を大きく振り自分の胸に当てて礼をした。
白から灰へ。巫女だった女性は次代の後継者にその道を譲った。
これからの道は仲間達と歩いていく。役目を終えた達成感と虚無感を胸に歩いていく。
これから会うあの娘と何を話そうか。
鉄臭い話はキサラギに行った時だけでいい。
あの純黒の美少女にどんな話題を振ろうか。そんな事を考えながら政姫はシャワー室に向かう。
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