第6話 ダンさんの悲しい男講座

 薬草採取を済んだ俺はクラウドへと戻ってきた。


 寄り道する理由がない俺は冒険者ギルドへと直行しながら太陽の傾き、夕日に照らされる街並みを歩いていると、ふと気付く。


「そういや、冒険者ギルドって何時までやってんだろ?」


 夕飯の買い出しに急ぐ主婦の姿などや、酒場に繰り出す冒険者風の面子などを横目に見て歩きながら考える。


 万が一、日が沈んだら閉めるとかだったら、この重たい薬草を明日まで保管しないといけないのは嫌だと思った俺は急ぎ足になる。


 歩きながら思う。


 ルナは、無事に依頼完了しただろうか?


 どうも、あの子は残念臭がしてしょうがない。何故なら、目を覚ました時のとりあえず殴っとけと言わんばかりにノックダウンさせられた俺が言うのだから信憑性はそれなりにある。


 もう別れてから、そろそろ4時間近く経っているし、そろそろ終わろうとしてる頃だから心配してもしょうがないと割り切ると視界に入ってきた冒険者ギルドへと急いだ。




 ギルドに着くと登録の時にはそれほど人がいたように見えなかったが、俺と同じで依頼報告にきてると思われる冒険者で賑わっていた。


 待合所で騒いでる冒険者達を見て、よく考えたら定番のギルド内の酒場のような場所は存在していない。

 あの騒いでる冒険者も報告待ちしてるようで、報告の済んだ者はそのままギルドから出て行く。


 まあ、酒場など作って、ケンカなどの揉め事が起こればギルドが抱え込む事になる。

 なので雰囲気的にはあるのが自然に感じるがギルドが冒険者の揉め事に介入する気がなければないほうが良いのだろう。


 まして、街の飲食関係の者を敵にまわす必要などもっとない。そんなとこで客の取り合いなんてするものではない。



 辺りを見渡しているとオッパイに手招きされる。もとい、オッパイさんに手招きされた。



 余計に酷くなった? 言うな、俺も分かってる。


 だってしょうがない。名前を聞いてないから(自己弁護)



 勿論、素晴らしいオッパイを無視できるように俺は育てられてない。


 まあ、当然だよね、逆もないからね!


 オッパイさんの前には依頼報告をしている人がいたので頭を下げて、横入りさせて貰う。


「どうかなさいましたか? ちゃんと依頼は済ませて帰ってきましたよ?」


 俺は手に持った薬草の束を持ち上げてオッパイさんに見せる。


「お疲れ様です。その依頼達成は処理して置きますので、薬草は預かります。トールさんが依頼を果たせた事は良かったんですが、ルナさんに少々問題が発生しまして……」


 あー、不安的中、やらかしましたか、ルナさんや。溜息1つ吐いて続きを聞く事にする。


「相手さんと一緒に今、奥の商談室にいますので顔を出してあげてくれませんか?」

「分かりました。それでは失礼します。オッパイさん」


 去ろうとしたその時、オッパイさんことエルフの女性の両手が俺の顔を指だけで掴む。この構図、何千年の暗殺拳の人がやってたやつに似てる気がする!


「オッパイさんとは私の事ですか?」

「すいません、余りに素晴らしくて秘められませんでしたっ!」


 最高に男前の顔をしてオッパイさんに言ってるつもりだが、徐々に食い込んでくる指の痛みと恐怖でもしかしたら、ちょっとだけ泣いてたかもしれない。


「確かに名前を紹介した覚えがないのはこちらの落ち度かもしれませんが少々あんまりではないでしょうか?」



 声は落ち着いてるのに指のほうは全然落ち着いてないオッパイさんことエルフの女性は、ぼ、僕の目を覗きこむように話しかける。

 犬の躾をする時は目を覗きこんで染み込ませるように反復させると言ってた隣の犬好きのおじいちゃんを思い出していた。


 受付待ちしてた冒険者は引き気味になってる人もいれば、順番待ちする列を変える事で逃げた者もいる。


 さすが冒険者、危険に敏感である。見習わなければなるまい。勿論、明日を迎えられたの話である。


「すいません、立派で綺麗なオッパイだったもので、出来心で!」

「そんなこと言って許されると思ってるのですか?」


 顔にかかる力が更に加わる。


 うぉぉ、このオッパイさんつえぇ!!


 指からかかる圧力に肉体が限界を迎えようとしてるのか、2年前に逝った爺ちゃんが川の向こうで、こっちに来るな、と叫んでる幻覚、幻覚だよね? を見始めた頃、顔にかかってた圧力がフッと消える。


「次はありませんよ? 次にふざけた名前で呼んだら今より酷いですからね?」


 僕は、イエッス、マム! と軍隊式の敬礼付きで服従する。

 しかし、三途の川らしきを見るより酷いのは見るじゃなく渡る事になることに他ならずそういう事と認識する必要があるようだ。本当に異世界は危険で一杯である。


「失礼しました。お名前を教えていただけますか?」

「シーナといいます。以後お見知りおきを」


 オッパ、げふん、シーナさんは綺麗なお辞儀をしてくれる。


「では、ルナさんを迎えに行ってあげてください。トールさん」

「はい、すぐに向かわせて貰います」


 踵を返して商談室に向かう時に列に並んでた冒険者達の会話が聞えてきた。


「あいつ、初めて見る顔だな。新人のようだがスゲーな」

「あのシーナさんを怒らせる勇者がいたとは、俺はギルドマスター怒らせるよりシーナさんを怒らせるほうが怖い」

「命知らずの新人に関わらないほうがいいな」


 シーナさん、マジ、パネェーッス。絶対、敵にまわさないように気をつけよう。


 シーナさんに言われた方向に歩いていくと商談室と思われるドアの前にダンさんがいるのに気付いて、手を上げて挨拶をする。


 向こうも気付いて挨拶を返してくれるが、ほとほと困ったとばかりに俺を見つめる。


「何かルナがやらかしたそうですね?」

「ああ~、そうとも言えるし、違うとも言えるかな? とりあえず中に入って直接聞いたほうが早いぞ」


 商談室についた俺はドアをノックする。思わすノックしたけど、この世界でも通じるマナーなんだろうか? 思わずやっちゃったが余裕を持って反応を待つ。


 先程、大魔王と会話で恐怖が麻痺してるからな。


 なんて、くだらないことを考えてたら、どうぞ、と返事が返ってきた。どうやら世界共通だったようだ。


 失礼します、と言い、中に入るとなんとなく想像してた状況と違う気がする。


 正直、中ではルナの対面でしかめ面した依頼人がいてルナが俯いてるとかの構図を予測してたのだが、ルナが半泣きなとこが違うだけでルナは予想通りではあったが依頼人らしき人の対応が予想を裏切っていた。


 依頼人は30代後半といったガタイのいい強面の現場職の監督といった感じの人でなんとかルナを泣きやませようとオロオロしてる人であった。

 元の世界でも見た事あるな。ヤ●ザ? て思ってしまう人が子供が泣いてる横でオロオロしてる図、ルナは精神年齢低そうだからツボに入ってしまったぽい。


 俺を見た依頼人も半泣きに近い顔を近づけて


「お前の連れだろ? なんとかしてくれ」

「なんとなく予想はつくんですが、ルナが現場でやらかしたんですか?」

「ああ、凄く一生懸命で、仕事をやってくれるんだが、何をやらせても失敗続きで目も当てられない状態だった」


 遠い目をするヤ●ザ疑惑の人。


「普通ならここで現場の人間に怒鳴られて追い出されるといった感じになるんだが、あの一生懸命ぶりを見てるとな、俺だけじゃなくて現場の人間もキツイ事言えなくてな。でも、うまくいかず仕事の終わりの時間になって、明日こそ、「挽回させてください」て言われて困ってるんだ」


 俺が感じた残念臭に間違いはなかったようである。これはカンではあるが、もう一度やらせても結果は変わらないと思う。

 それはおそらく、この人も同じように思ってるようだ。


「現場の人間もチャンスをやってくれと言われてるんだが、そこで相談なんだが、あの子の相棒が務まってるお前がフォロー入れたらなんとなるんじゃないか?」


 正直、弁償の話になるかもと構えていた所、挽回のチャンスの話になっているとは思わず、びっくりしていた。


 だが、今日あったばかりの俺にはハードルが高すぎる。


「期待して貰って嬉しいのですが正直難しいと思いますよ?」


 弁償の話にならないならとばかりに俺は逃げ腰になる。

 ルナにオロオロしてる人だったから思わず、俺は甘く見ていたようだ。俺の肩に腕を回し、耳元で俺だけに聞こえる声で話しだす。


「坊主、ガタガタ言うなら銀貨10枚請求してもいいんだぞ? それぐらいならギルドも口を挟んでこない賠償額として話をすすめることはできる」


 どうするよ? とドスを利かせた声で俺に話かける。俺に選択肢はないようだ。

 溜息を吐いて、


「喜んで、行かせて頂きます。何時行かせてもらえばいいですか?」

「おう、明日は朝から2人でこい。二人で銀貨1枚出してやるからきばれよ。お嬢ちゃん、明日こそ頼むぜ?」

「はい、明日こそはちゃんとやるの!」


 ルナは子供のように泣き顔から、にへらといった風に笑いながら返事する。

 先程、俺を脅してた人と同一人物と認識しづらい優しい苦笑を浮かべてルナに笑いかける。


「そうそう、俺の名前はザックだ。坊主の名前は?」

「トールです。明日はよろしくお願いします」


 ザックさんは女子供には優しいや●ざのような人だ、明日は気合いを入れて行かないと恐ろしい目に合わされそうである。頑張ろう。


 ルナは、鼻をスンスン言わせながら、「えへへ、明日は頑張るの!」と気合い入れる。


 笑ってるルナを連れて商談室から出るとシーナさんがいて、薬草の報酬の銅貨30枚とプラス査定と伝えられた銅貨10枚上乗せしたものを渡してくれる。

 その時に俺に見せたシーナさんの顔はとても優しい表情していた。頑張ってね、と応援された。


 出てきた俺にダンさんも近寄ってくる。


 シーナさんに癒され始めているが疲れ切った顔をする俺と笑みを弾けさせるルナの対照的な姿を見たダンさんは苦笑を浮かべる。


「どうやら、色々、問題ありではあるようだが、纏まったようだな、あんちゃん?」

「うん、なんか明日は大変そうな予感しかしないよ」


 そういう俺の背中をダンさんは「気にするな」とバンバンと笑いながら叩く。


 そら他人事だから言えるんだよ……


「結局、稼ぎは銅貨40枚か……銅貨20枚で素泊まりできる安宿もあるが……駄目元で別の宿で交渉してみるか、駄目でもそこで夕飯は驕ってやるよ」

「えっ! いいの?」


 正直、銅貨40枚では泊るのも厳しいと思ってた所でだいぶ腹が減ってたのでどっちを優先するか悩んでいたのである。


 俺と同様、パァ、と表情を明るくするルナであったが、すぐに顔を赤くする。


 何故なら、


   『クゥゥ~』


 という可愛らしい音がルナの方から聞こえたからである。


 静かになる俺とダンさんの視線がルナに集まる。


 それに更に顔を赤くしたルナは声を上擦らせるながら捲し立てる。


「もう、もう、徹ったら、お腹が減ったのは分かるの。我慢が出来なくてお腹を鳴らすなんて子供なの!」


 そう言うと顔中にビッシリと汗を掻いて、手と足が同時出しの分かり易い動揺を見せながら出口のほうへと歩いていく。


 ルナを見送った俺達であったが、ダンさんが俺の肩に手を置く。


「あんちゃん、こういう時、泥を被る役は悲しいかな……男の仕事さ……」


 振り返った先にいるダンさんの瞳を見つめた俺は、何も言えなくなる。


 きっと、今まで付き合った女性、そして何より、ペイさんと色々あったんだろうな、と透けて見えた。


「うん、いつまでも子供じゃいられないよね? 俺、男になるよ!」


 そう言う俺の肩に黙って腕を廻したダンさんは「頑張れよ、あんちゃん」と言って悲しみを背負った男が2人、ルナを追う為に出口へと向かった。

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