第52話 見えない誰かに手を引かれるように

 早朝、俺はルナと美紅と一緒に東門にやってきた。


 東門の出入り口で眠そうに欠伸しているロキが軽く手を上げてくる少し離れた所には双子の姉妹、マイラとライラがいた。


 俺はロキに同じように挨拶をするとマイラとライラの下に向かう。


 2人に目線を合わせるようにして大きな笑みを浮かべる。


「おはよう、朝が早いのに見送りにこなくても良かったんだぞ?」

「ね、眠くないもん!」


 昨日はパッチリとした目をしていたのに今は妹と同じで眠そうな目をしているので、本当に話し方と髪の括る位置でしか見分けつかなく、意地を張るマイラに苦笑いが漏れる。


 そして、こちらはスタンダードの眠そうに見える目付きなのか、本当に眠いのか見分けが付かないライラが俺を見つめて頭を下げてくる。


「姉、マリーを助ける為に動いて頂いて有難うございます」

「いいさ、俺もそのゲス貴族のやり口には怒り心頭で許せないんでな」


 思いつめる空気があるライラに「ほら、俺の髪も怒りでツンツンだぞ?」とおちゃらけるが笑わす事に失敗する。


 そんな俺の頭を叩くルナが美紅を連れて双子の前に出てくる。


「徹、馬鹿やってるんじゃないの! イタッ、本当に徹の髪が刺さったの!」

「刺さるわけないだろう!?」


 と怒鳴り合う俺とルナを見たライラだけでなく、マイラの顔に笑みが浮かぶ。


 怒鳴り合う俺達2人を余所に美紅が2人の前で屈むと見上げる形で話しかける。


「馬鹿なお兄さんですけど、ここぞ、という時は本当に頼りになる人ですから信じてあげてくださいね?」


 そう言われた俺は、本来なら「そういう微妙にダメージ受ける言葉は本人がいないとこでお願いします!」とか言いたい所だったが、今の俺の関心はそこにはなかった。



 美紅、屈む必要あったか?



 双子より頭一個分ぐらい大きいだけの美紅が屈む意味があまりないように見えた。気持ち的な意味合いは理解できるが、どう見てもお姉さんぶってる小さな子にしか見えない。


 笑うのを堪えて震えているとそれを察知した美紅が立ち上がるとそっぽ向いてる俺の脛を蹴り飛ばす。


「いてぇ! 何するんだよ、美紅!」

「酷く失礼な事を考えられてるような気がしました」


 最近、やたらと俺限定で勘が鋭くなる一方な美紅。


 ちょっとこないだまでは、オドオドしてる事が多かったが、服装を変えて、塔から帰った辺りから大きく変わった。


 細々とした事からやたらと世話を焼いてくるようになった。


 やれ、服の着方がだらしない、口許が汚れてると言って顰めっ面して手拭で拭ってきたりだとか、最近、それを見るミランダに笑われる。


 子供扱いされているようで若干の不満があったりするが、その辺りから美紅の自然な表情が良く見られるようになってきたので、まあ、いいか、と割り切ってたりする。


 だが!



 美紅の目の届く所でサボったり、ふざけたりできないのよ! 特に美紅の悪口なんて論外で!



 更に悪い事にルナとの連携が強化されているようで毎日が戦々恐々な日々だったりする。


 最近の風景が気付けば出来上がって、それを見つめていたライラが少し子供っぽい表情の笑みを浮かべる。


「やっぱり、お兄さんは強い人ですね。占いで知ってたけど、とてもココが強い」


 自分の胸を当てて目を瞑るライラに俺は首を傾げる。



 ルナと美紅に虐げられても『挫けぬ心』がある事を褒められてる?



 なんとなく違う気がする俺は分からないが、どうやら、ルナと美紅はライラの言う意味が理解できたようで小さく頷く。


 ルナと美紅に顔を向けるライラが隣でうつらうつらし始めた姉のマイラの頭を掴んで一緒に頭を下げる。


「お兄さんは勿論、お姉さん達も巻き込む事になって申し訳ありません」

「えっ、えっ、も、申し訳ありません!」


 マイラは若干、何に謝ってるか分からないが深々と頭を下げる双子。



 落ち着いて考えれば、しっかり起きてるライラが凄くてマイラが普通だよな?



 いくら、お姉さんの事があるとはいえ、特に幼い時の体の欲求に抗うのは半端ではない。


 双子の謝罪を受けたルナと美紅は首を横に振る。


「事情は徹から聞いてるの! 私もそんな奴が許せないから気にしなくてもいいの」

「はい、そんな事情で亡くなるのは余りに無体です。微力ながら私も頑張ります」


 ルナと美紅が双子を抱き締めながら言うのを見てると離れた所で待ってたロキが苛立ちげな声をかけてくる。


「そろそろ、いくぞ。何の為に朝早くに起きたか分からねぇだろうが?」


 確かに道理だし、マリーさんに時間が余りないのも確かだが人情というモノがあるだろう? と思わなくはないがいつまでもこうしてる訳にもいかないのも事実。


 俺はルナと美紅に頷いてみせると双子に向き合う。


「じゃ、行ってくるの! お家でお姉ちゃんの面倒をしっかり見てるの」

「きっと、お姉さんを救ってみせます、きっとです」


 そう言って手を振りながら踵を返してロキの下へと歩き出す俺達。


 俺は足を止めて振り返る。


「きっと姉さんにまた抱き締めて貰える。俺が、俺達が何とかするからな?」


 歯を見せて大きな笑みを浮かべる俺の視線の先ではボロボロと泣くマイラと下唇を噛み締めて耐えるライラの顔が見える。



 ああ、きっとだ。マリーさんに抱き締められて、遠慮せずに泣かせてやる。喜びからくる涙をな!



 前を向くとルナ、美紅、ロキが俺を待って、こちらを見つめていた。それぞれ表情は違うが同じように肩を竦めるようにする。


 俺は3人に苦笑いを浮かべる。


「待たせた、行こうか?」


 謝る俺の頭を叩くロキに文句を言いながら俺達4人は双子の少女に見送られて東門からクラウドを出発した。





 クラウドを出て街道をしばらく歩いているとロキが日が登り切った太陽を眺めながら聞いてくる。


「来たはいいがよぉ、場所は分かってるのかよ?」

「多分だけど、分かってると思うの。ミランダがこっちの方向で心当たりがある神殿跡は1つと言って教えてくれたの。渋々ではあったけど……」

「初代勇者が死んだ場所、アローラでは禁忌の場所とされてるらしいです」


 美紅の言葉を受けたロキの視線が細まる。


 嘆息するといつもの面倒臭そうな顔に戻ると頭を掻きながら口調も面倒そうに言ってくる。


「なるほどな、そこか」

「ロキもそこの事は知ってたのか?」


 そう問う俺に頷くロキ。


「まあな、いつか行こうと思ってた場所ではあるがよぉ、このタイミングで行く事になるとは思ってなかったなぁ……」


 こういう事は巡り合わせ、とらしくない事を言うロキを見つめる俺は、森で出会ったお姉さんを思い出していた。



「そこで同郷の人に出会いがあるはず。その出会いがあったら次の行き先を東にある街の近くの廃墟になってる神殿に向かうと君の運命を切り開く助力してくれるモノと出会う事になる、と占いに出ているよ」



 また占いか、と思わなくはないが、符号は噛み合ってる。


 俺の運命を切り開く助力してくれるモノと出会いを占われ、俺達が追うつもりだった初代勇者の足跡がある場所に導かれるように向かう俺達。


 身を震わす俺。


 それは未知の恐怖からくるモノか、それとも……


「行けば分かるのか?」


 背中を押されるような流れに身を任せるべきか、抵抗するべきか悩みながらも前に進むしかない俺は奥歯を噛み締めて、目的地である神殿跡を目指して歩を進めた。

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