第51話 素直に泣かせてやりたい

 冒険者ギルドで報告を済ませた夕焼けが綺麗な帰り道、珍しい事にロキと2人で歩いていた。早朝とかだと訓練などで2人で居る事が普通だが、依頼後は4人一緒が普通なのに、買い物があるからと言って置いて行かれた。


「いつもなら行きたくないって言っても無理矢理連れて行かれる時があるのに何でた?」

「おめぇは、ほんと、どうでもいい時はボンクラだな?」


 呆れるように溜息を吐き、小馬鹿にした目で俺を見てくるロキに「何でだよ?」と聞いても肩を竦められるだけである。



 くそう、まったく分からない。仲間外れな感じがしたから、やや強引に付いて行こうとしたら2人にグーで殴られたし!



「なんか、最近というか塔の依頼を受けた辺りから美紅に殴られる事が増えた気がする。何がキッカケなんだろう?」

「トオル……もう1週間は経ってるのにまだ記憶が……いや、思い出せねぇならその方がいいかもなぁ……」


 遠い目をするロキ。



 あれれ? なんか本気でロキに優しくされてない!?



 理由が知りたい、と聞こうとすると俺の中の何かが歯止めがかかって聞けない事に首を傾げていると声をかけられる。


「そこの強いお兄さんと!」

「モテなさそうで幸薄そうなお兄さん?」

「待てっ! 誰が非モテで不幸だって?」


 脊髄反射でかけられた声に反応してしまった俺は何故か泣いていた。


 そんな俺の肩に優しく手を置くロキが首を振りながら言ってくる。


「2択で迷わず、そっちだと思う事はねぇーだろ? 事実だとしてもよぉ?」

「ロキ……慰めるなら最後まで頑張ってくれ……」


 帰って不貞寝したくなる衝動と戦いながら声の主に顔を向けるとそこにいたのは10歳ぐらいの2人の少女だった。


 知らない顔であったが、どうやら双子のようで髪を括ってるのが左右違う事と目がパッチリしたのと眠そうな目をした違い以外見分ける術がない。


 目がパッチリしたほうの少女が隣の子に話しかける。


「マイラ、マイラ! 次はどうするんだっけ!?」

「姉さん、占い師らしくそれっぽく見せるのです……」


 眠そうな目をした少女ライラがそう言うと「そうだった、ありがと、マイラ!」というと地面で正座すると姉らしい少女は何かを祈り、ひれ伏すようにする行動を左右交互に繰り返す。


「やぁ、やぁ、やぁ!」


 姉は元気良く繰り返すが妹のマイラは起伏のない声音でその背後で水晶片手に同じように「やぁ、やぁ、やぁ!」と声だけ一緒する。


 その訳の分からない行動を俺とロキが呆れて見てると姉が隣にマイラがいないのに気付くと半泣きになって立ち上がる。


「マイラ! どうしてお姉ちゃんだけやってるのぉ!? 昨日、家で練習した時は一緒にしてたじゃない!」

「そんな馬鹿な事を人前でできる訳がないでしょ? それを敢えてやる、姉さん、尊敬する」


 マイラに尊敬する、と言われて首を傾げる姉が「お姉ちゃんだからね!」と涙が引っ込み、胸を叩く姿を見るマイラが「チョロイ」というのを見て、この姉妹の関係性が見えた気がした。



 なんだ、この漫才みたいな姉妹は?



 ロキはどうやら気にったようでニヤニヤと姉妹を見つめて笑っている。まあ、俺も面白い姉妹だとは思うけどね?


「で、愉快なおめぇ等は俺達に何の用だぁ?」


 本気で面白かったのか、気に入ったのか分からないが、いつもより、やや柔らかい聞き方をするロキがマイラに問う。


「私の名はマイラ。こっちの残念なのが姉のライラ」

「そう! 私が残念な……? マイラ!」


 マイラの腕を掴んで涙ながら揺らす姉ライラを相手にせずにロキを見つめる。


「姉さんはともかく、私は本当に占いができる。それをしてやっと見つけた」

「何をだ?」


 それを問い返す俺に目を向けるライラは先程のふざけた色を宿した目ではなく真剣な思いがこちらに伝わる。


「私達の年の離れた姉を助けて欲しい。それができるのはクラウドに居る人では貴方達2人だけ」

「それはちょっとな……」


 先程とのギャップがあるせいもあるかもしれないが、必死な思いが伝わるから続きを聞いてやりたい気持ちもあるのだが、冒険者である以上、冒険者ギルドを通さずに仕事を受けるのは良い事でないとダンさんに言われてた為であった。


「本当に俺達ができるとしても悪いが冒険者ギルドを通して依頼してくれないか?」

「それは無理。時間が足らない。冒険者ギルドに依頼を出したとして、審査などですぐに認めて貰えない。緊急性を示すのが私の占いでは聞いて貰えない」

「私達では、依頼でお兄さん達を指名するだけのお金は用意できないの!」


 ロキと顔を見合わせるが、ロキは興味がないと露骨に分かる顔をしている。



 聞いてやりたいのはヤマヤマだが、この子達だけ特別というのは……



 俺とロキの反応が芳しくない事にライラは泣きそうな顔になるがマイラは意を決したかのように唾を飲み込みのが見えた。


「時間があれば、ここにはいないお姉さん達を誘導すれば依頼を受けるように仕向ける事ができたけど……やっぱり危ない橋を渡るしかない」


 ルナ達の事も知ってる事にちょっと驚いてしまう俺。


 そう言うとマイラはロキを見上げる。


「私は占いでお兄さんとそこの惚けたお兄さんともう一人のお姉さんとの共通点を知ってる」


 そう言った瞬間、ロキはマイラのワンピースの胸倉を掴んで持ち上げる。


 俺は慌てて止めようとする顔を押さえ付けられて近寄れない。


「ガキィ! 何を知ってる!?」

「沢山知ってる訳じゃない……でも、ここでそれを口にしたら、お兄さんに都合が悪くなる事だけは分かる」


 その言葉を聞いたロキの目が剣呑な光を宿してマイラの呼吸が荒くなり、ライラが泣きながらロキの足を叩いて「マイラを離して!!」と叫ぶ。


「おい、ロキ止めろ!」


 そう叫ぶが俺を放置して2人の話が進む。


「これを知ってるのは私だけ……姉さんも知らない。誰にも話すつもりもない。貴方は私達の姉、マリーを助ける事ができるけど絶対にしてくれないのは分かってる。でも、そこのお兄さんの背中を押す事ぐらいはしてくれる」

「へぇ? それでお前が俺に払う対価は何だっていうんだぁ?」


 襟元が締まって呼吸が苦しいだろうにマイラは強い視線でロキを見つめる。


「この命を、秘密をばらすと思うのなら殺してくれてもいい。玩具にしたいならしてくれてもいい。だけど、私達の姉のマリーを助けて!」

「マイラ、駄目だよ。命なんて言っちゃ!!」


 ロキは鼻の上で皺を作ってマイラを見つめる。



 おいおい、なんか分からないけどロキ、本当に殺そうとしないよな!?



 そう思った俺が全力で止める覚悟を決めた瞬間、ロキが放るようにしてマイラを解放する。


「ちっ、そんな目で俺を見るな。思い出したくない事を思い出しちまう……」


 尻モチを着くマイラに縋るようにやってくるライラがロキを涙目で見上げる。


「マイラは殺させない!」

「しねぇーよ! だが、分かってるだろうな、ガキ?」

「ん、分かってる。秘密が秘密じゃなくなるまで絶対に話さない」


 チッと舌打ちするロキを見つめて、状況が分からないが俺のカンが疼くのを感じる。



 なんだ? 知らないといけない気がするけど、知りたくないって俺、思ってる……



 そんな葛藤をしてると尻を蹴っ飛ばされて慌てる俺。


「受けてやれ、トオル」

「いや、でも冒険者ギルドを通さないと……」

「いいから、俺がやれってんだ! グダグダ言うな!!」


 恐喝されるように、いや、ほとんどそのもので眼前で睨みつけられて渋々頷かされる俺。



 いやね? 確かに受けてあげたいと思ってたからやぶさかではないけど……


 ロキをやり込めるマイラ、すげーな?



 先程の事がなかったかのように振る舞うマイラが土埃を払うと俺を見上げてくる。


「じゃ、早速、説明をしたいけど、まずは姉のマリーと会って。それから説明した方が早い」


 付いて来て、というマイラの後を追うようにして俺とロキは歩き出した。





 俺達は町はずれの家に案内されて言われるがまま家の中に入る。


 中に入ると目を引く家具がある訳ではないが、温かさの名残を感じる家の雰囲気が感じられた。


 ここに来るまでに姉マリーと3人で生活してたというのは聞かされていた。この双子の姉妹はきっと優しい姉に見守られ、優しい家庭で育ったのであろう。


 でないとライラのような愉快な子は育たないだろうと笑みを浮かべていたが、浮かべてられたのは姉のマリーの寝室に入るまでであった。


 寝室前にやってきた時、俺のカンが警鐘を鳴らした。


 扉を開けようとしたマイラを止める。


「待て! とても危険な感じがする!」

「お兄さん、普段はダメダメだけど、スイッチが入るとカンがいい。でも、今は大丈夫。お兄さん達も私達も入るだけなら問題ない」


 そう言うと止める俺を無視してマイラが扉を無造作に開ける。


 開けた先のベットにはロキと同じぐらいの年頃の美しいかったのだろうと分かる女性が寝ていた。


 酷く顔色が悪いのに穏やかな息遣いをしている。


 だが、俺が気になるのはそんな些細な物ではなかった。


「なんだ、これは!?」


 マリーを包むように見える黒い靄に俺は驚く。


 それを見つめるロキは少し面白いとばかりに顎を指で掴みながら口の端を上げる。


「へぇ、トオルにも見えてるか? これはどこぞの馬鹿が呪いをかけたな、多分、かけた相手は死んでるだろうがな」

「説明が省けて助かる。その通りでかけたと思われる人は変死体で発見されてる」

「おいおい、呪いで人が殺せるのか? それ以前に目で分かるモノなのかよ!?」

「目で見て分かる? 何の事を言ってるの?」


 ライラが首を傾げて俺を見つめてくる。



 え? みんな見えてるんじゃないの?



 困ってる俺に説明してくれるライラ。


「普通は見えない。だから、姉さんには見えてない」

「まあ、そういうこった。これは高位次元体、ぶっちゃけると神や悪魔みたいなもんに命を対価に行使する力、一般的には呪いとされるもんだ」


 そう言うロキは無遠慮に近づいてマリーさんと黒い靄を見つめる。


「こりゃ、魔法でなんとかなる類の呪いじゃねぇーな? 俺達に頼もうってんだからどうしたらいいか分かってるんだろうな?」

「当然。クラウドから東に行った先に神殿跡がある。そこに巣くう奴を倒せば呪いは解ける」



 東の神殿跡? どこかで聞いたような……ああ、そうか、森で出会ったお姉さんが言ってた!



 一人で思い出して頷いていると双子が俺を見つめていた。


「ねぇ、お願いだよ! お姉ちゃんを助けて! 頑張ってお礼するから!」

「お願いします。現実的に貴方にお願いするしかないのです」

「ロキが受けないのはなんとなくわかるけど腕が立つ人なら他にもいるし、俺と一緒に冒険者してるルナ達の方が実力が上だぞ? なんで俺?」


 実は最初から気になっていた。ロキが選ばれるなら訓練を受ける身である俺がコイツの底が見えない力を知ってるので分かるが、ルナ、美紅にも及ばない俺が指名される訳が分からない。


 マイラはチラッとロキを見た後、俺を見上げてくる。


「これは中途半端な力じゃどうにもならない。もっと根源的なものが求められる。例外はいるけど」

「黙れ、ガキ」


 ロキが眉尻を上げて睨む視線から逃れるように俺を見つめるマイラ。



 確かにお姉さんの事は可哀想だとは思うけど、やっぱりエコ贔屓は駄目だよな? 危なそうだし、ルナ達を巻き込む事にもなりそうだから……



 それを見越したロキが言ってくる。


「まあ、おめえの気持ちも分かるが、この姉ちゃん、3日持たないぞ?」


 その言葉を聞いたライラは表情を強張らせ、マイラは俯いた。


 どうやら、マイラは気付いてたようだが知らないのはライラだけのようだ。


 涙目になるライラが俺の服を掴んで揺すってくる。


「お願い! お姉ちゃんを助けて! お姉ちゃんは私達を盾に婚約者を殺して妻になれと脅迫されてたの!」

「おい、それはどういう事だ!」


 泣き崩れて話せなくなってるライラの肩を掴む俺の手に手を添えるライラ。


「とある貴族の三男がお姉ちゃんを見初めた。でもお姉ちゃんには将来を約束した人がいて、無理矢理別れるように言って証明に相手を殺せ、と言ってきた。そして、できなければ私達を殺すと」


 板挟みにあったマリーであったが妹達の為と言い聞かせたがどうしても実行できなく、貴族の男に許しを請うたが、癇癪起こした男が後先も考えずに強力な呪いを使って死んだそうだ。


 馬鹿な男が死んだだけでなら、笑い話なのだが、その呪いが本当に発動してしまい、2人の姉のマリーが呪われてしまったという事らしい。



 おいおい、そんな馬鹿な事する奴等いるのか? 貴族だから婚約者から奪うぐらいなら想像できるけど、そこまでするか?



 呆れるように鼻で息するロキが肩を竦める。


「大方、エコ帝国の貴族だろうよ。あそこの貴族の大半が選民意識が強過ぎて、他の奴等が家畜ぐらいに思ってやがるからな」



 じゃ、何か? 可愛がろうとしたペットに噛みつかれてキレた奴が毒ガスで殺そうとしたら自分も吸って死んだみたいな感じか?



「ふざけんなっ!!!」


 俺は、考える前に叫んでいた。



 だって、許せるか? 許せる訳ないだろう、こんな理不尽!



 ライラは俺の声に驚き、涙を引っ込めてびっくりしてるが、マイラは少し嬉しげに俺を見ていた。


「絶対、このままじゃ駄目だ。こんな事知って知らん顔して生きていけない」


 そんな俺をニヤニヤと見つめるロキに言う。


「ロキ、明日の朝は東門で落ち合おう。いいよな?」

「いいぜぇ? 俺もちっと楽しくなってきたぁ」


 俺がそう言うと手を振ってロキはここから出て行く。


 残る俺を見上げる双子に俺は目線を合わせて笑いかける。


「大丈夫、きっと俺、俺達が姉ちゃんを助けてやるよ!」


 そう言う俺に抱き付いてくる双子。


 ライラは声を上げて泣くがマイラは俺の服に顔を埋めて、「お願いします」とだけ言ってくる。


「おう、美人は大事にしないとな!」


 ニカっと笑うと俺は立ち上がり、姉妹の家を後にする。


 『マッチョの集い亭』に向かう道の途中、マイラが抱き付いてた場所が濡れている事に気付き、強がってても小さな女の子だと思うと同時に素直に泣けばいいのにと思う。


「いっちょ、姉ちゃんを助けて素直にならせてやるかな?」


 姉が助かって姉に抱き付いて泣く2人を想像して俺は思いを新たにする。





 『マッチョの集い亭』に戻るとお腹を空かせたルナが俺を見つけて怒る。


「お腹が減ったの! 徹が遅いから……」


 俺がいつもの感じじゃない事に気付いたルナが言葉を止め、美紅もまた俺を見つめる。


 ミランダは微笑を浮かべながら黙ってコップを磨きながら美紅をカウンターの向こうに行くように目で伝える。


 ルナと美紅が集まるのを待った俺が頭を下げる。


「頼む、俺の為に力を貸してくれ!」

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