第50話 最短攻略者

 冒険者ギルドを出た俺は南門を抜け、ルナと出会った湖を目指して歩いていた。


 ルナと美紅に挟まれるようにして歩く俺はもう既に疲労困憊で弱々しく両手を上げて降参を示す。


「降参、降参。自重できなかったせいで受けるハメになったのは申し訳ないけど、そんなに嫌なら俺とロキで行ってくるから今日は別行動でもいいんだぞ?」

「そんな事言ってるんじゃないの! 徹がニャンコのようにネコじゃらしに抗えないように本能で突っ走る事を怒ってるの!」

「そうです。トオル君はケダモノですか? 前々から言おうかと悩んでいましたがトオル君は胸に拘りを持ち過ぎです!」


 美紅は怒ってます、と顔を強張らせるがまだ怒る事に慣れてないようで可愛らしいだけだが、ルナの様子はまさにネコで立ててる指の先の爪が伸びたような気がする。



 俺がニャンコとかじゃなく、ルナ、お前が獣人化しかけてねぇーか!?



 身の危険を感じた俺は手を合わせて謝っているとロキが楽しげに笑いながら声をかけてくる。


「ハッ、やっぱりトオルはおもれぇーな?」

「笑ってないで助けてくれよ! ルナと美紅に何もしてないのにさすがに怒られ過ぎだろ?」


 ロキにしか聞こえないように必死に訴えるがロキは、はぁ? という顔をした後、噴き出し始める。


「馬鹿だ、馬鹿だと思ってたがぁ、ここまでとはな? これじゃ、あの2人も苦労するだろうが……分かってねぇーのはお互い様かねぇ?」


 俺とルナ達を交互に見ると目尻に涙を浮かべて笑うロキをキョトンと見つめる俺達。



 何がそんなに面白いんだ?



 状況が飲み込めてない俺達を放置して湖の方に1人で歩いて行くロキの後ろ姿を見つめ、俺達は顔を見合わせた後、その背を追いかけて行った。





 湖に着いた俺はそこから見える景色を目を細めながら呟く。


「そう、ここがルナに初めて襲われた所だ……」

「待つの! 決して間違いではないけど、それは誤解を誘発させるの!!」


 顔を真っ赤にするルナが俺の胸倉を掴んで必死に揺らす顔が面白くて口の端を上げて笑う。


 美紅は口許を両手で覆い、頬を赤く染めてルナと俺を交互に見つめてくる。


 ロキは俺がわざと紛らわしい事を言ってるのを気付いているようでいつもの憎たらしい笑みを浮かべていた。


 面白いので訂正しないでいたら興奮状態が進み「にゃぁぁ!!」と言い出したので危険と判断して勘違い続行中の美紅に話しかける。


「ほら、ルナと出会い頭にぶん殴られて意識を刈り取られたって話があっただろ?」

「えっ? えっ? あああ、そ、そうですよね? 勿論、私はトオル君とルナさんを信じてました!」


 先程より顔を真っ赤にする美紅が必死に気付いてたと主張してくるが事実はどちらかは考えるまでもなかった。



 美紅のおませさん……なんだから~



 ニヤニヤする俺を見て見透かされてるのに気付いたのか恥ずかしそうに俯く美紅。


「待って、今の言い方でも私が乱暴者という事になるの!」

「それは事実だろうが! 助けてくれた相手に問答無用にとりあえず殴っとけ精神でやったのは間違いないだろうが、んっ?」


 顔を近づけて目を見つめると目が泳ぎだしたルナが顔中に汗がびっしりと浮き上がる。


 何かに気付いた素振りをしたルナが嬉しそうに俺の背後を指差す。


「と、徹、あれじゃないの? シーナが言ってた塔って?」


 ルナが視線でお願い、後ろに注意を向けて! と必死に泣きそうな顔で言ってくるので、呆れる気持ちを溜息に乗せると後ろを振り向く。


 振り向いた先を見ると確かに塔ッポイが規模的には一軒家だな、と俺は思う。


 美紅も微妙そうな表情をしているところから同じような事を考えているようだ。


「こんな所で棒立ちしててもしょうがねぇーだろうがよ? さっさと行くぞ」

「だな?」


 ロキに返事をすると俺達はその微妙な塔を目指した。



 塔に着いた俺達は門すらなくウェルカムされているのが丸分かりで一瞬警戒したが思い出したかのように美紅が呟く。


「シーナさんもダンさんも危険はないと言われてましたし、無警戒はどうかと思いますが警戒し過ぎも疲れるだけかもしれません」

「そうなの、こんな依頼さっさと終わらせるに限るの!」


 そう言うとルナと美紅がズンズンと入っていく。



 おいおい、お二人さん、さすがに度胸があり過ぎでないですかね?



 すげー、と感心してると後ろから頭を叩かれる。


「おい、俺達もいくぞ?」

「あいよ」


 頭を摩りながらルナ達に追い付き、見栄を張りたいお年頃の俺は先頭に立ち先に進んだ。


 階段を昇ると露骨にこの部屋ですと分かる大きな扉があり、ゆっくりと開いて中に入ると広いが何もない部屋であった。


「あれ? ここじゃないのか?」

「そんな訳ないの。2階はここしか部屋がないの」


 そう言うルナの言葉で自分の考えが違わないと確認が取れる。


 俺達3人は辺りを警戒しながら見渡すがロキが呑気に頭の後ろで腕を組んで壁に凭れているのを見て怒鳴る。


「遊んでるなよ? 何があるか調べろよ!」

「慌てんじゃねぇーよ。探さなくても、向こうから出てくる……ほら、言ってる間に?」


 ロキが顎で示す方法に振り返った俺達の前に現れたモノ……


「オッパイですやーん!」


 状況を認識する前に俺はどうやら飛び付いたようで豊かな胸元に顔を突っ込んで幸せに浸る。



 ふ、服の感触がない! こ、これが伝説の……


 ナマ乳伝説っ!!!!



 爺ちゃんついにやったよ! 俺、大人の階段昇ったよ!!


『徹、よーやった、じゃが、オッパイ道は始まったばかりじゃ!』


 頑張るよ、爺ちゃん!!



「徹! 正気に戻るの自分が抱き付いてる物を良く見るの!!」


 ルナが大声で何か言ってくるが無視する事を貫くが、ゴン、という音と共に後頭部に激しい痛みが走り、振り返ると足下に石が落ちていた。



 おいおい、これを投げたのかよ!?



「ルナ、何すんだ、今、良い所だったのに!!」

「良いから前をしっかり見るの!」

「トオル君、逃げて!!」


 ルナと美紅が必死に声を上げて叫ぶがロキは地面で笑い転げていた。


 まったく何を言いたいんだ? と思いながら正面を見るとクレオパトラかと思わせる美女が怒りでプルプル震え、上半身裸で色々、目視で見た事のない素晴らしいモノを男前な顔で見つめる。


「最高だっ! 人生最良の日として後世まで語り継ぐ!」

「違うの下を見るの!」

「ああ? 下?」


 素晴らしいモノから目を逸らしたくないが下に目を向けると下半身がライオンをモチーフにしたような金属の彫刻の芸術品のような物が目に入る。


 視線を何度も上下させて俺は叫ぶ。


「化け物だっ!」

「分かったらさっさと逃げるの!」


 そう言われた俺は決死の覚悟で行動する。


 目の前にある二つのメロンの間に顔を埋める。


「何やってるの徹!!」



 す、すまねぇ! この好機を逃す事はできないんだ! 俺はここで死んでも本望、俺を置いて先に行け!



 ブルブルと震え続けた美女が叫ぶ。


「このたわけ者がぁ!!」


 すぐ傍にあった紐みないなものを引くと壁から鉄砲水が飛び出してくる。


 それに俺は勿論、後ろに居たルナ達や転げ回ってたロキも巻き込まれて流されると隣にある湖に放り出される。


 湖にプカァと浮く俺を絶対零度の視線で見つめるルナと美紅。



 あ、あかんよ? 可愛いお顔が台無しだよ?



 俺は赤ちゃんにする『いない、いない、ばぁ?』をするようにして一旦視界を塞いで2人を見つめる。



 はい、血管が浮き上がってました!



 怒りに油を注いだようでルナにアイアンクロ―されて持ち上げられる。


「反省するの? 死ぬの?」

「はい、反省して真人間になりたいと思います!」


 ガクガクと震えながら言う俺に美紅が美少女の見本のような笑みを浮かべるが、コメカミの血管がなければである。


「信じていいですか?」

「勿論であります!」


 そして、俺はルナと美紅に後ろから監視されるようにして塔へと戻る。


 後ろをニヤニヤと笑うロキが付いてきながら、「突き抜けた馬鹿だ」と笑うのを聞いた俺が余計なお世話だと思ったのは言うまでもなかった。



 塔に戻り2階の部屋に入ると先程の美女が相変わらず惜しげもなく素晴らしい胸を晒していた。


「フンッ、失礼な人間のガキ共め! わらわ、シトラが出す試練を受けに来たのはお前からか? 試練を乗り越えて、わらわを磨かないとこの湖は毒の湖になるだろう!」

「それは困ります。この湖はダンガの生活用水になってるのですから!」


 美紅が声を上げるのをみたシトラは嬉しそう笑みを浮かべる。



 どうやら、これがシーナさん達が頼みこんだ理由で、試練があると身構えられると面白くないという理由なのだろう。


 まったくくだらないけど、オッパイは最高でした!



「それでは、わらわから与える試練は……」


 シトラが溜めるのに身構えるルナと美紅、そして眠そうに欠伸するロキと……俺は!


 ルナと美紅の注意が俺から外れた事を察知した俺は飛び出す。


 シトラの背後に廻り込みシトラと挟まれる形で壁を背にする。


「な、何をするのじゃ?」

「ふっふふ、ここだったら鉄砲水が来ても流されたりしない……つまり!」


 シトラの胸を背後から鷲掴みにする。


「触りたい放題だぁぁぁ! ひゃぁっはぁぁ!! オオオ、イエェェスゥゥ!!!」


 全能力を屈指して立派な胸を揉みしだく。


 シトラが可愛い悲鳴を上げる。


「いやぁぁ!! 何か知らない何かがぁぁ!!」

「イエス! オオ、イエスゥゥ!! 俺はこの一瞬の為に生きてきたぁぁ!!」

「なら、もう心残りはありませんね?」


 耳元に美紅の声が聞こえて生存本能に刺激されてそちらに顔を向ける。勿論、手は動かしている状態である。


 顔を向けると目の据わった美紅が俺を見つめているので慌てて反対側に逃げようとすると後ろから頭を鷲掴みにされる。



 この手の感覚知ってるぅ! さっき前から味わったばかり!!



「まったく徹はお馬鹿さんなの。一度、生まれ変わりましょうなの」


 頭を掴まれたまま、シトラと壁に挟まれるようにいた俺を引きずり出す。


「る、ルナちゃん? ちょっとしたお茶目、そう、俺はお茶目さんだっただけ!」

「「問答無用!!」」


 俺は2人に木の葉が舞う体験を身を持って味あわせられた。



 ボコボコにされる徹を怖々と見つめるシトラが声をかける。


「のぉ? それぐらいに……何でもないのじゃ」


 止めようとしたのだろうが一瞬手を止めた2人の発する殺気に思わず黙らされたようだ。


 同じように見ていたロキから見ても少しヤバそうに見えたので仕方がないとばかりに声をかける。


「おい、おめえら? それぐらいにしとけや、さすがにトオルがおっちぬぞ?」

「大丈夫なの、回復魔法を使いながらやってるの!」

「トオル君は筋金入りなので魂まで刻まないと!」


 目が完全に据わってる2人に見つめられたロキは小さく頷き、


「程々にな?」


 日和見したロキが部屋を出て行く。



 それから、しばらくした後、シトラから試練はいいから、さっさと彫像部分を磨いて帰ってくれと言われたルナと美紅に磨かれたシトラは慌てて5年という眠りに就いた。


 冒険者ギルドに戻った徹達は5年に1度のこの依頼の最短クリア記録保持者として名前を刻まれるが、徹はその時の記憶が一切ないと語ったそうである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る