第49話 徹の二つ名

 小太刀を手に入れて3日経った。


 オッチャン、グルガンデ武具店の主人からの言伝と言って知らない人から美紅の武具ができたからという話を受けた俺達3人は早朝、駆け込むようににして店に向かった。


 向かうと鍛冶場で眠るオッチャンを発見して起こそうと怒鳴ったり揺すったりしたが起きる気配がないので、近くに落ちてた槌で額を軽く叩く。


 ゴンッ


 思ったより良い音がして焦った俺だったが、それでもイビキを掻き続けるオッチャンに俺は恐怖を覚えた。


 何ともなさそうではあったが、ルナと美紅にお小言を言われていると美紅のと思われる武具がマネキンに着せてあり、鋼色のプレートアーマーと同じ色の盾、そして、今、渡されているバスターソードより斬るから更に離れて、叩き切るというのがふさわしい無骨な剣が置かれていた。


 それと美紅を見比べる俺とルナが、


「カッコイイんだけど……」

「可愛くないのっ!」


 俺達にジロジロ見られた美紅が恥ずかしそうに身じろぎをするのを見た俺が言う。


「清潔にしてるけど、そのボロイ服にこの鎧では余りにも美紅が可哀想だ!」

「良く言ったの、徹!」

「べ、別に私はこれでも……」


 美紅の声が聞こえてないかのように俺達は頷き合うと俺とルナで美紅の両脇を固めて持ち上げる。


「よし! いつもの古着屋にいくぞ!」

「おう! なの!」

「お、下ろしてください。じ、自分で歩けますからっ!」


 ジタバタする美紅を無視して俺とルナが笑みを浮かべて強制連行して古着屋へと向かった。





 それから2時間後、冒険者ギルド前でロキと待ち合わせしていたのでやってくる。


 俺達に気付いたロキが眠そうに手を上げながらこちらを見つめると口の端を上げてくる。


「おぅ? 美紅、その赤いの悪くねぇじゃねぇーか?」

「……どうも、有難うございます」

「だろ? 美紅に似合ってると思うんだが、派手だと言って着せるのにだいぶ苦労した……」


 珍しく拗ねたような顔をみせる美紅だが、ルナ曰く照れてるだけだそうだが本当だろうか?


 美紅の赤い瞳と調和させるように同じ赤を選び、服の縁を沿うように金色の線で描かれている。


 ルナが一緒したいと指抜きグローブの黒猫バージョンを勧めてきたが、さすがにそれは断った美紅が選んだのが白い皮手袋であった。


「実用が一番ですから!」


 いつもより、ややトゲがある言い方であったが、小さな刺繍で花が描かれているのに気付いて、美紅もやっぱり女の子だな、と思ったものである。


 そうと知らないロキであるが頭を掻きながら呆れたような口調で言ってくる。


「なるほどなぁ、照れ隠しか」


 ロキの言葉に顔を真っ赤にさせられた美紅を意地の悪い笑みで見た後、再び呆れた顔に戻るとルナを見つめた後、俺に話しかけてくる。


「で、アイツは泣いてるんだ?」

「ああ、美紅とお揃いの指抜きグローブにするつもりだったのをこっそりと美紅の服の下に隠してお会計済ましてしまってな……」


 美紅に勧めた黒猫の指抜きグローブを買った後で気付き、返品しようとした時にルナが主張した言葉はこれだ。


「シロもクロというお友達が欲しいはずなの!」


 気付けばクロと命名していた。


 なんとか諦めさせようとした俺の肩を叩く店員さん。


「あの~お客さん? お名前を付けられると返品はお断りしております」

「嘘、冗談でしょ?」


 驚く俺の背後を指差す先に「名前を付けたら返品不可」と、まだ乾き切ってないインクが僅かに垂れている紙が張られている。


「俺達が揉めてる間に貼ったよな?」

「何の事か分かりません」


 と営業スマイルを決められて悔しがってる俺。


 ゴネようとすると、こっそりと美紅が無難な服と取り替えようとしているのが見えて諦めた。


 勿論、タダで引き下がる気がなかった俺による『ホッペがどこまで伸びる選手権』が実地した結果がこれであった。



 呆れから、俺への労わりの視線にクラスアップ? させたロキの視線を受ける。


「おめぇも色々、苦労してんだな? まあいいや、とりあえず仕事にしようや?」

「だな? 無駄な買い物をしたから余計に頑張らねば!」


 ルナが言う所のシロとクロは安い生地を使ってるし、不細工なネコなのに美紅が買った白の皮手袋の倍する。


 キャラクター商品だからだそうだが、売れてもないのに値段を高くして意味あるのかと思えば、実は結構売れてたりするらしい。



 世の中、分からない事ばかりだな……






 いつもの依頼でいいかと思いながらシーナさんがいるカウンターに向かっていると向こうも気付いたようで椅子から立ち上がって嬉しそうに手を振ってくる。


「トールさん、待ってたわ!」


 勢い良く立ち上がった事で大きく縦揺れをしたこの世の至宝おっぱいに反応した俺はロキも驚く程の速度でカウンターに肘を置いて男前な顔で見つめる。


 勿論、至宝おっぱいをである。


「何か御用ですか?」

「今日もいつもの依頼を受けようと思ってたのよね?」


 シーナさんにそう言われた俺は、頬笑み頷きつつロックオンした視線は外さない。



 まだ微動してるからな!



 手をパンと叩いて可愛らしい仕草でまた激しく揺れる至宝おっぱいに目を奪われ続ける。



 なんて罪な存在なのだろう!



「今日はいつものと違う依頼受けてくれる?」

「なんかこの流れペイさんにされた気がする。しかも酷い目にあったような?」

「そんな危険な話じゃないわ!」


 身を乗り出してきて至宝おっぱいとの距離が縮まり、目を細めて更に男前になれる俺。


 同時に追い付いてきたルナに後ろから頭を鷲掴みにされる俺。


「伺いましょう」

「実はね、トールさん達がいつも狩りに行く南門を出て少し街道から外れた所に小さな湖があるの」

「あ、そこは多分、徹と初めてあったところなの」

「そうなんですか? なら細かい道は説明は要りませんね? その湖の畔に塔、と言っても2階建てぐらいで、その2階部分にある像を磨いて来て欲しいのです」


 シーナさんにそう言われた時、俺はルナと顔を見合わせる。



 あれ? あの湖に塔などの建物あったか? 何もなかった気がするが……



「ねぇ、シーナ、私の記憶違いじゃなければ、何もなかったと思ったの」

「そうですね、きっと何もなかったと思いますよ。5年に1度、突然現れるものですから」

「そんな事があるかはともかく、像を拭くだけの仕事をわざわざ俺達に指名する理由は?」


 つっつーという擬音が聞こえるような感じで目を逸らすシーナさんに追撃しようとした時、俺の肩に腕を廻してくる人がいた。


「おおっ、もうそんな時期なのか。今回はあんちゃん達がやるのか?」

「あ、ダンさん、こんいちは。ダンさんも知ってる依頼?」


 俺がそう質問するが視線をロキに向けるダンさんが見定めるように見つめる。


「あんちゃん達を頼むな?」

「あんま期待してくれるなよ?」


 片目閉じて肩を竦めるロキにダンさんは笑いかけた後、俺に顔を向ける。


「ん、ああ、俺が知ってるかだったな? 知ってるも何も15年前に行ったのは俺だからな?」


 ダンさんは辺りを見渡し、


「10年前のは奴はいないな、あっ、あそこにいる奴が5年前にした奴だ」


 向こうも話を聞いてたようで「頑張れよ、後輩!」と気持ちの良い笑みを向けてくる。


「命の心配はないし、意外とあんちゃんが好きだと思うぞ?」

「マジで? 正直、受付嬢が指名してくる仕事って内容知ってる人が受けてくれない類のお願いな気がしてるんだけど?」


 そう言うとダンさんとシーナさんが視線を明後日に向ける。


「やっぱりそうなんだな? ダンさんもグル……ペイさんにケツ叩かれたな?」

「あんちゃん、男って弱い生き物なんだ、許してくれ。でも15年前に行ったのは俺なのは本当の話だ」


 哀愁が漂いまくるダンさんを責められなくなった俺はシーナさんを断固とした覚悟を宿らした瞳で見つめる。


「あのぉ、せめて隠してる理由を教えてくれません? このままだと受ける事も断る事もできないのですが……」


 こう着状態に陥っているのをなんとかしようと美紅が提案してくる。


 困った様子で見つめ合うダンさんとシーナさん。


「悪い、美紅。これは知ってるヤツには受ける資格がなくなるんだ。だから何も知らない、あんちゃん達に頼むしかない」


 手を合わせて、本当に済まなそうにするダンさん。



 できれば、ダンさんのお願いだから聞いてあげたいけど、俺だけで済むならいいけどルナ達にも影響があるからな……



「やっぱり、どんな事か分からない事にみんなを巻きこめないよ」

「本当に命の危険はないの! 今、条件に合う人がトールさん達しかいないから私達を助けると思って! 頷いてトールさん!」


 力むように両腕をハの字にした事で凶悪な至宝おっぱいが突き出る事になり前のめりになる俺の前で立ち上がったシーナさんの至宝おっぱいを追いかける。


 そして、勢い良く頭を下げる動作で、ブルンと下に動く至宝おっぱいを追いかける。


 俺の行動を見ていたシーナさんが嬉しくて感激するように笑みを弾けさせる。


「トールさんならきっと頷いてくれると思ったわ。依頼を受注しておくから!」

「トオル君、今のはあんまりです……」

「徹の馬鹿!」

「トオルのこの天然なところが見てて飽きねぇーな?」


 冷たい視線を向けるルナと美紅、そして、カウンターをバンバンと叩いて笑うロキを目をパチパチさせて見つめる俺。


 そんな俺の肩に手を置くダンさんも笑うのを堪えるような顔をして言ってくる。


「俺はあんちゃんのような男を貫く生き方……アリだと思うぞ?」

「えっ?」


 事情が飲み込めてない俺の周りにいた冒険者達が声を揃えて叫ぶ。



『クラウドの勇者スケベ



 と、熱が上がる冒険者ギルドのカウンター前で当事者である俺は今の心境を語る。



「えっ?」



 語彙が貧困だからではなく、これが俺の今の心境そのものであった。

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