3章 頑張る冒険者家業

第46話 修行スタートして1週間

 クラウドの城壁沿いにある川の傍で金属同士で打ち合う音が響き渡る。


 日が登り始める少し前から2時間ほどずっと響いていた。


 でっかい犬を連想させるボサボサの黒い長髪の大男が俺を見つめて、挑発的な笑みで見つめながら長剣を振り翳す。


「右から斬り込む! と見せかけてヤクザキック!」


 振り翳して左肩を狙うような軌跡の剣を止めると突き出すような蹴りを鳩尾を狙って打ってくる。


 一瞬、剣戟に反応しかけた俺だったが咄嗟にギリギリ当たる前に後ろへの回避行動に出るが間に合わずに爪先が鳩尾に入る。


「おうおう、まだまだだけどよぉ、やっぱりトオルはカンだけはいいぜぇ? 今のは朝飯が食えなくなるようにしてやろうと思ってたんだがなぁ?」

「はぁはぁ、ロキのぼけぇ! 既に食欲は無くなりそうになってるわっ!」


 長剣で肩を叩くロキはニヤニヤして俺を見つめる。


 蹴られた鳩尾を押さえてしゃがみ込む俺は口許に垂れる涎を拭う。



 むっちゃイテェ!!!!


 口から出たのは涎だが、口の中には酸っぱいモノが混じってる。


 胃液だよね? うん、分かってる。



「上等、上等。悪態が付けるぐれぇーには元気あるだけ見込みはあるぜ?」


 涼しい顔をしてニヤニヤ笑うロキとしゃがんで座ってしまった俺は体中から汗が吹き出し、汗と共に疲れも一気に出て立ち上がるのが億劫になってしまう。


 そんな俺の様子に気付いたロキが露骨に肩を竦めて呆れを隠さずに言ってくる。


「今日はこれぐれぇーか? まったく貧弱ボウヤを鍛えるのも苦労するぜぇ」

「くそうっ! いつか奥歯ガタガタいわせて「トオル様、あの時は調子こいて、すんませんでした!」って言わせるからな!」


 俺にそう言われたロキは、一瞬、真顔になり、肩を揺らしながらクッククと笑いを堪えるようにしてたが、臨界を迎えたようで腹を押さえて笑い出す。


 そんなロキに俺、怒ってます! と分かるように睨みつける。


 だが、収まりかけてた笑いを堪えるようにするロキが俺を見下ろしながら言ってくる。


「目で言うなよ? 言いたい事は口で言えよ、置いて行って欲しいのかよ、んん?」



 く、屈辱であります! ルナ、美紅!



 下唇を噛み締める俺はこんな所をあの2人には見られる訳にはいかないのでプライドを捨てて捻り出すように呟く。


「か、川に連れて行ってくれ……」

「ああっ? なんかいったかよ?」


 聞こえてるのに分かり易く耳に手を当てて聞き返してくるロキを視線で殺せるなら既に2ケタはヤッている。


 悔しさに拳を握り締め、ここで放置されたら捜しにきたルナ達に見つかるかもと言い聞かす。


「……か、川にどうか連れて行って下さい。どうか、お、お願いします、ロキ様……!」

「しゃーねぇーな、これだからモヤシ野郎はよぉ?」


 そう言うといつものように俺の首を後ろから掴み持ち上げると川へと歩いて行く。



 これってネコと同じ扱いですやーん!


 こんな所を知り合いに見られたら俺は旅に出るかしか……!



 もしかしたら、ルナ辺りが「徹! ニャンコみたい!」と言って喜ぶかもしれないと頭を過った俺は空中でプラーンと力なく両足を揺らしつつ、静かに涙を流した。



 ロキに川の傍に連れてこられた俺は汗で脱ぎ辛くなってるシャツを疲労して腕も満足に上がらない情けない状態で必死に脱ぐと川に這うようにして入る。


 川は、浅い為、座るとへその辺りまでの水位しかないので手拭で汗を流していた。


 汗を拭う為に川で行水する俺を木に凭れながら見つめるロキが聞いてくる。


「トオルよぉ、お前と会ってこうやって鍛えるようになってそろそろ1週間経った。初めの頃から違和感はあったんだがよ、左手を遊ばせてるのは何故だぁ?」

「はぁ? 遊ばせてねぇよ。盾でも持てって言いたいのかよ?」


 俺の言葉に肩を竦めるロキは言ってくる。


「いやぁ、お前には盾は似合わねぇよ。だがよ、気付いてないようだから言ってやるが訓練中も討伐依頼中でも左手が手持無沙汰になってるらしく、無意味に手を握ったり開いたりしてるぜぇ?」



 えっ? 俺ってそんな欲求不満な人みたいな事やってんの?



 またロキの悪ふざけかと思ってロキを見ると呆れ気味ではあるがからかっているようには見えない。



 えっ? マジなの!?


 た、確かにルナ達と一緒の部屋で寝てるから常に賢者タイムを強要されているようなもの!


 あっ、別にルナ達にムラムラするような事はないから、胸の無い子には常に紳士で有名よ?



 ルナに知られたら殺されるような事を考える俺は魂の呟きが漏れる。


「た、確かにオッパイ成分が足らないかもしれない……」

「はぁ? お前が童貞だからとかは関係ねぇーよ」


 驚愕なロキの発言に俺は顔を強張らせる。



 なんで、知られてるのぉ!!



「なあ、トオル、お前が童貞ってみんな知らないと思ってたのか?」



 ちょ、ちょっと待ってぇ! ロキさ――ん!!



 目が大海を自由気ままに泳ぐ回遊魚のようになってる俺に口の端を上げて言ってくる。


「ダンガの冒険者で知らねぇのはモグリというレベルだな。後、ルナと美紅も知ってるぜ?」


 そう言われた俺は静かに顔を川に付け、大の字になって川の流れに身を任せる。


 ゆっくりと流れていく俺の右足首を掴むロキが川から俺を持ち上げる。


 視界が逆転する俺は涙が頭の方に流しながらロキに伝える。


「お願い、死なせてぇ!」


 悲痛な叫びをする俺をしっかり太陽が登り切った光が俺の体を優しく温めた。






 この世は地獄と生きる希望を失う出来事からなんとか立ち直った俺はロキと一緒に俺が泊っている宿『マッチョの集い亭』を目指して歩きながら話をしていた。


「トオルをからかうと話が進まねぇから、単刀直入に言うがよ。武器の選択は間違ってねぇ、と思うがよ、数が足りてねぇ」

「はぁ? 俺に投擲でもしろと?」


 腰に装備していたショートソードを抜いてみせる。



 うーん、投げれない事もないだろうけど、非効率じゃねえ?



 少し投げる素振りをすると投げてる自分が格好いいかもと思っていると俺の頭を叩いてくる。


「ちげーよ。二刀流をやれ、って言ってんだ。今、持ってるショートソードより短めのヤツをな。基本がショートソードが攻撃で短い方が防御って具合だぁ」



 二刀流だと?


 くっ、俺はそういうのは卒業したんだ! 決して心が震えたりしてないからな!



 と考えていると、街中だというのに二刀流してるつもりでシャドーしている痛い子がいたかもしれない。


 俺が乗り気だと勘違いしたロキが誘ってくる。


「興味を持ったようで何よりだぁ。早速、今日、依頼で街を出る前に買いに行くとしようぜ?」

「興味なんか持ってないけど、ロキが言うなら見に行くぐらいならいいな」



 まったく俺が興味を持ってるなんてアリエナイ



 スキップしながら『マッチョの集い亭』を目指す俺は武器を見に行くという話で思い出しロキに言う。


「俺の武器も見るのもいいけど、美紅の武具も見繕いたいな。アイツ、自分だけ買うのは……って遠慮しまくって買おうとしないんだよな」

「なら、丁度いいじゃねぇーか。トオルが買うついでにって言えばよ、買うだろうよ……それにあの武器じゃ碌に実力は発揮できんだろうしな」

「ん? 買うだろうよ、の後に何か言ったか?」


 聞き返す俺に「何も言ってねぇーよ」と肩を竦めてくるロキに首を傾げながら、まあいいか、と流す。


 噴水の所に来るとロキが立ち止まる。


「俺の宿は、こっちだからよぉ、準備が済んだらここで集合な?」

「おう、じゃあ、またな?」


 ロキに手を振って別れるとルナ達と朝食を取る為にに急ぎ足で戻り始める。


 先程、ロキに言われた二刀流を思い出し、どんな感じになるかと想像を膨らませていると思わず足を止める。


「そういや、押し入れにあるアレも処分リストに入れないとアカンやん!」


 14歳の時に木を削ってヤスリなどもしっかりかけて無駄にクォリティの高い、2本の刀が仕舞われている事を思い出す。


 それが白日の下に晒される恐怖に震えながら俺は処分リストにしっかりと書き込みながら歩いた。

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