高校デビュー the あなざー スワンの大冒険①
ボロボロになった元は高級な白いスーツだったと思われるものの襟首をビシッとさせ、黒い髪を掻き上げる20代後半の青年が檻から出される。
硫黄の匂いに顔を顰めると小学生と見間違える小奇麗なメイドがハンカチを差し出してくる。
「ありがとう、メル」
ニヒルな笑みを浮かべる青年は口許にハンカチを充てながら新しい職場を見渡す。
数えるのが億劫になるほどの横穴が並ぶのを見て、「ここにお宝が眠っているのか」と呟く声に反応するメル。
「さっさと終わらせて、私を養う為に稼いでください」
「任せたまえ! 私にかかれば、お宝など見つかったも同然だ!」
わぁはっははは!
何の悩みもないような突き抜けた笑いをするのを運んできた御者のおっちゃんが青年の暗い未来を想像して目元をウルッとさせながら鉱山長に青年の引き渡し手続きを完了させた。
青年の名前は、スワン・クリューソス。
彼の冒険の1ページはここから始まる。
▼
スワンが鉱山奴隷と働き出してから3日が過ぎた昼。
彼は逞しくも環境に適応していた。
頭にはねじり鉢巻きをして白いタンクトップにニッカポッカを着こなす彼は完全な鉱山夫として溶け込んでいた。
「かぁ――! この喉をヌルリと流れる温いお茶がたまらねぇ!」
ヤカンの口に直接、口を付けてラッパ飲みするスワンは口許を腕で拭う。
そして、配給された弁当を掻っ込む前方では犬の獣人がドワーフに愚痴っているのが見えた。
「もう、俺はここで死んじまうんだ……」
「おい、大抵のヤツは1カ月で終わる始めの壁を超えた。まだお前は頑張れるはずだ、ポチ」
長い髭を撫でるドワーフが犬の獣人、ポチを励ます。
それを見ていたスワンは残りのご飯をヤカンからお茶を注いで、お茶漬けのようにして一気に食べ終えるとポチの隣に行く。
「話は聞いた! 落ち込むのは早いだろう? ここは鉱山だ、お宝は眠ってるはず。それを手に入れたら解放されると聞いたぞ、諦めるのは早過ぎるだろう!」
わっははは! と笑うスワンに苛立った様子のポチが暗い笑みを浮かべる。
それに気付いたドワーフが止めようとするがポチが口を開くのが早かった。
「そうかい、ならアンタなら信じてくれるかもな? 今、アンタが言ったお宝があるかもしれない場所の目星が2つある。同時に2つ取りにはいけないし、ハズレを引いたらアタリを取られるかもしれない」
ポチの話をフムフムと聞くスワン。
まったく疑う素振りを見せないスワンを見て、ドワーフはポチに「おい、止めとけ」と止めようと手を差し出してくるが払う。
「手を組まないか? 手分けして見つかったお宝を山分けにしよう。あそこの穴に入って、すぐ右に行く道を行った先の行き止まりにお宝が眠ってるという情報があるんだ」
ポチが指差す方向を見つめるスワンはやる気になったようで鼻息を荒くして立ち上がる。
ポチが示した場所がどういう場所か知っているドワーフは眉尻を上げてポチの胸倉を掴む。
「いい加減にせんか! あそこがどういう場所が分かっていっとるだろ? 苛立つ気持ちは分かるがやっていい事と悪い事がある!」
「くっ、す、すまねぇ、アンタの言う通りだ。どうかしてた」
ポチが折れた事にドワーフはホッとする。
そして横に居るはずのスワンに声をかける。
「そう言う訳じゃ、ポチの悪ふざけじゃったんじゃ、じゃ?」
「あれ? アイツはどこにいった?」
辺りをキョロキョロする2人の耳に高笑いが聞こえてくる。
高笑いの元に目を向けると先程、ポチが指し示した穴に意気揚々と入って行くスワンの姿に目を剥き出しにして驚く。
「い、いつの間に!」
「そんな事、気にしてる場合か! あの場所は掘り尽くされてモンスターの住処になっておるんじゃぞ!」
ドワーフがそう言って立ち上がり、スワンを追う為に走り出す背を追いかけてポチも後を追った。
▼
スワンはポチが言った通りの道を進み、行き止まりに着くと掌に唾を付け、つるはしを振り上げる。
迷いもせずに叩きつけると壁は脆かったようであっさりと崩れる。だが、スワンが想定したよりも崩れており、振動も足に伝わってくる。
「ん? どうやら、私の才能はつるはしを扱う能力まで発現したようだな、わっははは!」
ここで起きている異常現象は自分の能力が素晴らし過ぎるのだと解釈するスワン。
そんなスワンの足元から鳴ってはいけない類の音が鳴る。
ビシッシシ
ボコンという音と共にスワンは万有引力を身を持って体感し、高らかに笑いながら暗闇へと身を投じた。
ポヨン
地面に叩き付けられるかと思われたスワンであったが、ひんやりとした柔らかいモノに受け止められ、弾かれて壁に叩き付けられる。
「痛いではないか?」
鼻血を流し、それを拭いながら落ちてきた場所を見上げると普通に落ちてたら間違いなく死んでる高さだった事に気付いたスワンは笑みを浮かべる。
「さすが、私だ。あそこから落ちて死なないのは選ばれた男である証拠! しかし、どうやって助かったのだ? 何やら冷たくて柔らかいモノに弾かれたような気がするが……」
薄暗い中を目を細めて辺りを見渡すと何やら大きなモノがプルプルと震えているのを発見する。
フム、と頷くスワンが近寄るとその大きなモノを無遠慮にバシバシと叩く。
「おお、これだ。これにあたった気がする」
答えを見つけたと高らかに笑うスワンの目が暗闇に慣れて始め、自分が叩いているモノが何かはっきりと見えてくる。
それを視認したスワンは表情をまったく変えずに鼻水を垂らす。
スワンが見ているモノは、陽気で呑気なスワンであっても笑ってられる相手ではなかったからであった。
叩いてたモノの正体はスライム。それも全長2mはあろうかというスライムであった。
アローラでのスライムは弱者ではなく、種類によってはドラゴンですら捕食する極めて強いモンスターでスワンもまたスライムがそういった存在である事を知っていた。
く、食われる、と思ったスワンが徐々に後ずさろうとするが何かに気付いて足を止めてプルプルと震えるスライムを見つめる。
目など、どこにあるか分からないがなんとなくどこにあるか分かる気がしたスワンがジッと瞳を見つめる。
すると、スライムが触手のようなモノを一本、スワンに向かってゆっくりと伸ばしてくる。
まるで申し合わせたかのようにスワンがスライムの触手に右手の人差指をそっと押し当てると柔らかい光が生まれる。
そして、スワンとスライムは友となった。
「そうか、そうか。私が落ちてきてビックリしたのか」
スワンが一人で喋っており、スライムはプルプルと震えているだけであるがどうやら意思疎通ができてるようであった。
バシバシ叩くスワンは上を見つめて、どうやって帰ったモノだろうと考えているとスライムの触手がスワンの肩をツンツンと叩いてくる。
「何? 上まで送ってくれるのか? それは助かる!」
プルプル震えるスライムは触手でスワンを持ち上げると自分の上に置く。
高い所に座るスワンは感動したように笑うが、ある事を思い出して口をへの字にする。
「しかし、ここにお宝があるという話はハズレだったようだな……ん? 何か知ってるのか?」
スワンを載せたスライムは奥へと進むと全長1mはあろうかというクリスタルがある場所へと案内してくれる。
その輝くクリスタルに感動するスワンにスライムがクリスタルを触手で指差し、その後、スワンを指し示す。
「あれを私にくれるというのか? 食べれないモノには興味はない? 道理だな! くれるのは嬉しいがどうやって運べばいいやら……」
悩むスワンを放置してスライムがクリスタルを体内に取り込む。
「おお、そうやって運んでくれるのか? お前は便利だな。そうだ、この後も一緒にこないか?」
何やら意思疎通するスワンは満足そうに頷くと高笑いをする。
「よし、一緒に会社経営をしようじゃないか。勿論、社長は私で、とりあえずお前は専務だな。そうなると名前がないのは困る……今日からお前は『スラ吉』だ!」
スライム、スラ吉は嬉しそうに体をプルプルと震わせると再びスワンを自分の上に載せる。
スラ吉をバシバシと叩くスワンは嬉しげな表情で高らかに声を上げる。
「では、専務。まずはこの場所から脱出だ!」
そして、2人? は仲良く地上を目指して歩を進めた。
▼
しばらくスラ吉と一緒に地上を目指しているとドワーフとポチ、そして鉱山長と遭遇する。
「あ、アンタ、無事だった……か? うわぁぁぁ!! スライムだぁ!!」
ポチの言葉をキッカケに逃げ腰になりながらもつるはしを構える3人。
そんな3人に「はっはは、心配はいらない」と無駄に胸を張るスワンは言ってくる。
「スラ吉は家の社員になった。危害を加えない限り、何もしない。それよりも良い所に鉱山長が来てくれた」
「お、俺に何か用なのか?」
鉱山長に頷いてみせるスワンがスラ吉にクリスタルを出すように指示すると体内に取り込んでいたクリスタルを鉱山長の目の前に置く。
その立派なクリスタルに目を丸くする鉱山長にスワンは笑みを浮かべながら言う。
「これはそこに居る犬の獣人の彼に情報を貰って手に入れたモノだ。それで私と彼の鉱山奴隷の解放に足りるだろうか?」
「あ、ああ、充分に足りるな」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。実は俺は……」
良心の呵責に耐えれなくなったポチが真実を話そうとするがドワーフに口を塞がれる。
過程はどうあれ、事実だったし、余剰で解放されるなら解放されておけ、と耳元で囁き納得させる。
鉱山長が胸元からスワンとポチの奴隷契約書を取り出し、まずは近くにいたポチに手渡すとポチはスワンに感謝の言葉を洩らしながら膝から崩れ落ちるようにして泣きだす。
そして、スワンにも手渡そうとした時、
ピシッシシ
どこかで聞いたような音がスワンの足下から聞こえるとズボッという音と共にスワンの姿が消えて水に落ちる音がする。
「わっははは!」
高笑いするスワンがグルグル廻りながら地底川を流れていく。
それに気付いたスラ吉はスワンが落ちた穴に身を投じる。
「くっ、せっかく奴隷解放されるって時に……」
「旦那様の奴隷解放証明書はメイドの私が預かります」
突然、後ろから声をかけられた鉱山長が仰け反るようにして後ろにいたメイド、メルを見つめる。
メルの背後にはデブ鳥という表現がピッタリのカトリーヌの姿もあった。
手を差し出すメルに度肝を抜かれた顔をする鉱山長が抵抗もせずに手渡す。
受け取った奴隷解放証明書をカトリーヌに預けるとメルはカトリーヌの頭の上に登る。
「それでは高い所からではありますが、失礼します。旦那様を追わないといけませんので?」
そう言うとカトリーヌがスワンが落ちた穴に身を投じて地底川を浮いて流れる。
それを見ていたドワーフは呆れるような声で呟く。
「あの鳥、水鳥じゃったのか……」
どうでもいいはずの情報であったが、何故かそれが一番重要な事実のように感じた3人の心はしっくりきたようであった。
スラ吉に助けられたスワンは後方に追いかけてくるメルとカトリーヌの姿を確認して高笑いを上げる。
「さあ、次はどこに行こうか!?」
高笑いしながら立ち上がったスワンは低い天井に頭をぶつけて川に落ち、とりあえず川底へと向かったようであった。
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