第45話 強くなりたい
「なんと、美紅のジョブは珍しい魔法戦士だったの! 魔法剣士も珍しいけど、それ以上に珍しいらしいの!」
「る、ルナさん、そんなに誇張しないでください。自分が魔法が使える事を知ったのはさっきなんですから!」
冒険者ギルドを後にして、いつもの突撃ウサギとゴブリンを狩っている場所に向かいながら、我がことのように自慢するルナが俺に身を乗り出すのを必死に落ち着かせようと本を片手に奮闘する美紅。
美紅が持ってる本は「魔法入門 基礎編」というもので、それぞれの属性の基本の魔法と適性を調べる用の魔法が載っている本であった。
美紅のジョブが分かった時に魔法が使えるとは思ってなかった美紅にシーナさんが貸してくれたものであった。
「そんなに高価なモノじゃないけど、ちゃんと返してね?」
と言ったシーナさんが弁償代が銀貨一枚と言われたが、まだ金銭感覚がない美紅が首を傾げるとルナが、
「串焼きが20本も買えるのぉ!!」
と叫び、それを聞いた美紅は大事にしてちゃんと返そうと戒めたらしい。
イレ込んでいたルナが俺の様子に首を傾げて見てくる。
「徹、聞いてるの?」
「……ん? ああ、聞いてる、聞いてる」
ワンテンポ遅れて返事ずる俺を疑わしそうにルナは見つめるが一応は話の内容は頭に入っていた。
ただ、うわの空気味だったのは間違いはなかった。
やっぱり、ダンさんが引退する事をふっ切れてなくて引きずっていた。
確かに冒険者をしてる理由は、元の世界に戻る、ルナの記憶を探すなどの理由だった事には嘘はない。
だが、生きる術を見つけらずに途方に暮れてた時に声をかけてくれた、初めて、人に似たゴブリンを殺して心を折れそうになった時に黙って話を聞いてくれたダンさんに、俺はこんなにできるようになった! 今度は俺がダンさんの手助けをする時だ! と格好を……いや、見栄が張れるぐらいになってみせたかった。
なんて事を考えていながらルナに生返事を繰り返していると本を読みながら適性と魔法の発動手前までを歩きながら練習していた美紅が俺の様子に気付いて心配そうに見つめる。
「大丈夫ですか、トオル君? 先程から心ここに非ずですよ?」
「そうかな? お日様が暖かいからボケーとしてたのかも?」
にか、と惚けて笑ってみせる俺を見て、ルナと美紅がしょうがないな、という表情を浮かべる。
ごめん、ごめん、と謝ってみせる俺は、今はこれ以上、気を取られていると感づかれるかもしれないと危惧とこの後の依頼にも影響が出ると今は忘れる事にする。
「俺が強くなってみせればダンさんも喜んでくれるはず……強くなるぞ」
「ん? 徹、何か言ったの?」
俺が言葉にした決意を聞かれそうになったが言葉まで認識できなかったルナに、「帰りに美紅の服でも見に行くのがいいかな?」と言ったと言うと嬉しそうに賛成して美紅にその話をしに行った。
ルナと美紅が楽しそうにじゃれ合う姿を笑顔で見つめながら、強くなると自分に誓いを立てた。
▼
いつもの狩り場で突撃ウサギを狩っているとその血の匂いに誘われたゴブリンが現れた。
怖々ではあるが突撃ウサギを倒す事ができた美紅であったが、ゴブリンに長剣を構え、震えていた。
「大丈夫だ、美紅。さっきの突撃ウサギとの戦いを見る限り、ゴブリンに負ける要素はお前にはない」
「そうなの、美紅は強い子なの!」
ルナは指抜きグローブに背に刺繍されたホワイトキャットの紋章を美紅に見せつけ、「シロも美紅を見守ってるの!」と元気付けていた。
あ、名前付けてたのね?
しかも安易なとは思うがルナらしいネーミングセンスに苦笑しながら見守る美紅は口をへの字にして頷いてくる。
長剣を上段に構えた美紅がゴブリンに向かって飛び出し、間合いに入ると振り下ろす時に怖い為か目を瞑りながら斬りつける。
うわぁ、まだ肉体強化使えないはずなのに、ダブルさせた俺より速いぞ、美紅!
オーバーキル状態のゴブリンは斬られた後、2、3歩歩いて立ち止まると真っ二つに切れて血を噴き出す。
その血に怯えた素振りを見せる美紅がバックステップすると足を滑らし尻モチを着く。
尻モチを着いた美紅に笑いながら手を差し出すルナの手を美紅が掴む。
「初めてにしては凄く良かったの。徹なんて初めての時、おしっこを漏らしたの」
「馬鹿野郎! ギリギリ洩らしてない!」
あ、墓穴を掘った……
ルナと美紅が、えっ? という表情から聞いてはいけない類の話を聞いたような顔で俯くのを見た俺は慌てる。
「おいおい、美紅の緊張を和らげるジョークを本気にするなよ?」
「信じてる、信じてるの、信じてたの!」
「うふふ、そうですよね? 有難うございます」
俺を見つめてくる2人の笑顔が固い。
だ、誰か、助けてぇ! この際、ミランダでもいいから飛び出してきてぇ!
なんて事を考えていると草むらからゴブリンが2体出てくる。
身構える俺達。
きたぁぁぁ!! ここで流れに乗らねば!!
「美紅、片方は俺が始末するから、さっき練習してた魔法を手前のにぶちかませ」
「え、まだ発動までしてないから……」
「大丈夫なの。失敗しても私がフォローするの!」
俺達が頷くと美紅も覚悟を決めたように頷くのを見た俺は奥のゴブリンに駆け寄る。
後ろからたどたどしい言葉を紡ぐ美紅の声を聞きながら、ゴブリンの短剣を弾き飛ばすと首を一刀両断して残心して、決まった、と悦に入る。
「えーと、『ファイアボール』」
その声と共に急に明るくなったような感じ、背中に熱量を感じる。
「徹、逃げるの!!」
振り返る俺の視界には2mはあろうかという火球が俺とゴブリンを飲み込もうとしてた。
一瞬止まった時間の中、そう、古本屋で立ち読みした漫画のセリフが蘇る。
『なんだ!? それはメ○ゾーマか!!』
『いや、ただのメ○だ』
あっかーん、あほな事を考えてる場合じゃないっ!!
慌てて横に緊急回避する俺は草むらの前にあった岩にぶち当たって止まる。
だが、美紅のファイアボールの範囲外には出れてたようでゴブリンだけが真っ黒に焦げていた。
「美紅、俺の命を取るつもりだった!?」
「ち、違うんです! 初めて使ったから加減が分からなくて……」
「そうなの、初めてだからしょうがないの。だいたい使えと言い出したのは徹なの!」
確かにルナの言う通りだし、美紅がそんな事をするつもりはない事は分かり切っていた。
俺は岩にぶつけた頭を撫でながら立ち上がると俺の横にあった草むらから大きなモノが飛び出してくる。
飛び出してきたのは、俺達が倒していたゴブリンより大きなゴブリンであった。
「ホブゴブリンなの!」
そう叫ぶルナが魔法を唱えようとするがルナとホブゴブリンとの間に俺が居り、美紅の射線は空いてるが先程の失敗が過るのか躊躇している。
俺もまた先程の緊急回避でショートソードは手放していた。
落ちてる場所に目を向けた俺が駆け寄ろうと走るがホブゴブリンが持っていた棍棒を振り上げる方が早かった。
「くそっ!」
1発貰う覚悟を決めて両手をクロスして耐える為に歯を食い縛る。
すると、俺ではない男の声がする。
「どけっ、クソガキ!」
俺との間に飛び込んできた男がホブゴブリンを蹴っ飛ばす。
たたら踏むホブゴブリンに接敵する男は長剣を上段から振り下ろす。
『重ね』
そう短く叫ぶと一振りしただけなのに3度切れて、4つに分解されるホブゴブリン。
「よえぇな?」
と言いながら振り向いた男は黒い長い髪をぼさぼさにしており、深い緑のタンクトップに黒いズボンを紐で縛る出で立ちで長剣を肩に背負う。
「アンタは誰だ?」
そう問う俺を口の端を上げて嘲笑うようにする男は肩を竦めてみせる。
「命を助けてくれた相手にいきなり質問とは、どこぞの高貴な身分のお坊ちゃんで?」
と小馬鹿に言われるが言い返せる言葉がない俺は悔しくはあったが素直に頭を下げる。
「すまない、順番が無茶苦茶だった。助けてくれてありがとう」
「どーいたしまして? ここで狩りをしてるとこ見ると、お前等は冒険者か?」
男は遠慮のない見定めるような視線でルナを見て、美紅を見た後、俺を見つめる。
「後ろの嬢ちゃん達はそこそこやるが……おめぇはよえぇな?」
そう言われた瞬間、湧き上がる悔しさに奥歯を噛み締める。
ここに来るまでにダンさんに胸を張れるような男に、と誓ったばかりの俺が今、一番言われたくないセリフであった。
そんな俺の思いを見透かしたかのようにニヤニヤする男に俺は自分でもびっくりするような事を口走る。
「俺を鍛えてくれないか? さっきの『重ね』だったか? あれは俺でも使えるようにならないだろうか?」
言った俺自身が驚いているが言った以上、腹を括ろうと思い、黙って男を見つめる。
男は俺をジッと見つめる。
すると、考える前に俺の体が右に逃げる。
俺の行動を見て、面白そうだ、と言わんばかりの笑みを浮かべる。
「カンは悪くないみてぇだな……」
逞しい腕を組みながらニヤニヤとしながら俺を見つめてくる。
品定めされているような、いや、実際にされている気持ち悪さに耐えながら男の答えを待つ。
ルナと美紅に心配げに見つめられるなか、ルナが声を上げようとしたのを阻止するように男が俺に話しかける。
「強く……強くなりてぇーかよ?」
「ああ、強くなりたい。誰かにおんぶされる弱さでなく、背負ってやれる強さが欲しいぃ!」
俺の想いが滲むような声を聞いた男が楽しそうに口の端を上げて、へっ、と短く笑う。
「ちょっと退屈してて時間が余ってたからよぉ? 暇潰しにお前等としばらく行動を共にしてやる。暇な時間に相手してやる」
男は、「クラウドの冒険者だろ?」と聞き、俺が「そうだ」と言うと満足そうに頷き背を向ける。
「じゃーな?」
そう言うと後ろ手に手を振って去ろうとする男に声をかける。
「待ってくれ、お前の名前は? 俺の名は徹だ!」
俺に呼び止められた男は振り向くと獰猛な笑みを浮かべる。
「トオルか、悪くねぇ名前だねぇ。俺の名はロキだ。2度は言わねぇ」
男、ロキは俺に名を告げると飛び上がると木の枝から木の枝へと飛んで姿が見えなくなる。
俺はルナ達に声をかけられるまで見えないはずのロキの姿を追うように見つめ続けた。
これが俺達とロキとの初めての出会いであった。
2章 了
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