第47話 美紅の適性

 宿に戻った俺は台所でミランダの手伝いをする美紅の姿を見つける。


 美紅に俺が買う装備と一緒に新調しようという言い回しで説得すると困った笑みを浮かべながらではあったが了承してくれた。


「ところで、ルナは? もうとっくに起きてるだろ?」

「えっと、それがまだ……」

「うふふ、トールが早起きして特訓に行くようになってドンドンお寝坊さんになってるみたいなの」


 俺の質問の答えに言い淀む美紅に代わり、ミランダが楽しそうに口許を隠しながら笑いながら説明してくれる。



 あのボケボケめぇ!!



 気持ち良さそうに眠るルナの様子が手にとって分かる。


 キッツイのをくれてやる、と肩をいからせる俺は奥に行こうとするのを美紅が消極的に止めてくる。


「あの~トオル君、きっとルナさんは疲れてるだけだと……?」

「美紅、嘘はいけないな? アイツが最初に寝てるんだから、それはない! 絶対!」


 夕食を食べて自分にクリーナーを唱えたルナはベットに飛び込み、数えてなかったが、おそらく数秒で眠りに落ちていた。



 だいたいな! ルナなんてほっといたら1日寝て、目を覚まして外を見て夜だったら「起きるには早かったの」と言って2度寝しかねぇ奴なんだからなぁ!!


 本当に美紅は甘いから、きっと「後、ちょっとで起きるのぉ」と言われてそのままに決まってる!



 俺がやらねば誰がやる! という使命を胸に俺は自分達の部屋に向かった。





「ヒドイの! ヒドイの! 徹ったら気持ち良く眠ってる罪なき少女である私の鼻を抓んで窒息させるところだったの!」


 トーストに赤いジャムを塗ってモグモグと咀嚼しながらも、しっかり文句を言うのを忘れないルナ。



 喋りながら食うなっ!



 と言いたい気持ちはあるが、口の中のモノが無くなってからしか言わないあたり馬鹿じゃないルナであった。


 舌打ちしたい俺が我慢して苦いコーヒーを飲んでいると美紅が困った顔をしながら、まあまあ、としてくる。


「どちらにしても、そろそろ起きないといけない時間だったのですから?」

「でもぉ~」


 美紅に諭されながらも文句を言いたげなルナが唇を尖らせる。


「そうだぞ? 今日は俺の武器の追加と美紅の武具の新調もするんだ。いつもより余裕がないぐらいなんだからな?」


 俺がそう言うが「そんな話、昨日、聞いてないの!」と拗ねながら抵抗を見せるが、基本的に怒りが持続しないルナは、まあ、いいか? と、次はオレンジのジャムを塗り、美味しそうに咀嚼する。


 そんなルナを見てる俺と美紅が顔を見合わせて笑みを浮かべると俺は自然な動きで前方に手を伸ばす。


 俺が伸ばす先に違和感を感じさせない程度の速さで横切るマッチョの手が通り過ぎると砂糖壺をスッと掻っ攫われ、手が届かない位置に置かれる。


 ミランダが会心の笑みを浮かべてくるので、こちらも爽やかな笑みを浮かべる。



 いつか、絶対に出し抜いてやる!



 そんな俺達を見て美紅が苦笑してたような気がするがきっと気のせいであろう。





 朝食を終えて、ロキと合流した俺達は冒険者ギルドでいつもの依頼を受注するとグルガンデ武具店を目指した。


 店に入るとカウンターには誰もいないという相変わらずの商売やる気が見えないクォリティさを見せつけられて俺とルナが苦笑いをする。


 先日来た時に整頓した武具達も上から新しいの適当に載せられて面影がなく肩を落とす。



 駄目だ、あのオッチャン



 色々、諦めた感情に苛まされるがカウンターの向こうに行くと声を上げる。


「オッチャン! いるんだろ? トールだけど、相談があるから出てきてくれ」


 すると、ガラガラという音と共した後にドスドスと不機嫌そうな足音をさせると煤汚れた顔を出すオッチャンが現れる。


「先程、寝たところなのに朝早くから何じゃ!?」

「いやいや、おっちゃんが寝た時間はともかく、どちらかというと昼に近いからな?」


 腕時計なんて良いモノは持ってない、アローラには懐中時計が存在するが、勿論持ってない俺はおおよそではあるが今が9時過ぎである事に気付いていたので突っ込んだ。


 俺の話は碌に聞いてない様子のオッチャンが頭をボリボリと掻きながら「何の用じゃ?」と質問してくる。


「ロキに二刀流を勧められたんで武器の新調と美紅の武具を見繕って貰おうかと」

「二刀流じゃと? 坊主にはまだ早いじゃろ?」

「まあ、普通ならな? 俺がきっちり面倒を見てやるつもりだから、でぇーじょうぶだろ?」


 苦言を言ってくるオッチャンにあっけらかんと言い放つロキ。


 そんなロキを上から下へと見るオッチャンは鼻を鳴らすと俺とロキから興味を失ったかのように美紅に視線を向けながら言ってくる。


「まあ、ええじゃろ。坊主が死のうがワシには関係ないしの」



 待って! トオルちゃんの命は1つよ? 大事だからっ!!



 なんて俺の葛藤を余所に美紅の骨格を調べるように触るオッチャンを見ながら話しかける。


「今、ちょっと疑問に思ったんだけど、俺が二刀流するってのに違和感なく受け入れてたような気がするんだけど?」

「ワシを誰じゃと思っておる? ハイハイが終わった瞬間から槌を握り出したワシじゃぞ、坊主の適性ぐらい分かっておったわ」


 美紅の骨格を調べ終わったオッチャンがカウンターの下に潜り込んだと思うと小太刀サイズ刀剣を俺に放り投げてくる。


「ワシもこんなに早く渡す事になるとは思って居らんかったが、そこのガキがいるなら問題ならんじゃろう」


 ガキ呼ばわりされたロキは面白そうに笑みを浮かべて「おうよ?」と気安く任せろと言ってくる。



 うわぁ、本当にオッチャンは俺が二刀流すると思ってたんだ……


 なんで分かるって? グリップが俺の左手にピッタリだから!



 早速、渡された刀剣を片手に構えていると遠慮気味に美紅が声をかけてくる。


「えーと、あのトオル君、何をしてるのですか? その少し恥ずかしいのですが……」


 ロキはニヤニヤして俺を見つめ、ルナは首を傾げていた。


 言われた俺がしてる格好を自分なりに第三者視点で見てみよう。


 左手に逆手で持つ刀剣を水平に構え、右手の人差指と中指を立てる形で手を握り、静かにしろ、という仕草で顔の前に持ってきていた。



 うん、アレアレ、多分、アレ


 いっつ、じゃばにーず にんじゃ!



「ち、違うんだぁぁぁ! これは俺の意思じゃない!」

「大丈夫です! 私達はトオル君を見捨てたりしませんから!」


 大丈夫と言う美紅の瞳に涙が盛り上がってる気がする。



 あれれぇぇ?? どうしてだろう、美紅が俺を見る目が可哀想な病気の子を見る目な気がするんだけどぉ!


 しかも、不治の病系の!



「どうして、徹、泣いてるの?」

「泣いてない!」


 ルナに優しく声をかけられ、ロキに腹を抱えて笑われたが俺は決して泣いてないのであった。



 俺達が騒ぐのを無視した形のオッチャンが辺りに適当に放っている武器を弄っていると何かを見つけたようで美紅に放り投げてくる。


 受け取った美紅であったが、美紅の身長より大きそうな長剣? 大剣? と悩む大きさの剣であった。


「へぇ、バスタードソードかぁ、悪くねぇな? ジイさん。アンタ良い目してるぜぇ?」

「生意気言うガキタレじゃな? まあ、この娘に一番使い勝手の良い形の武器じゃろうな」


 2人でウンウンと頷くのを見つめる美紅が言ってくる。


「あの……私、盾を持ちたいんですけど?」

「ああぁぁ!?」

「なんじゃと?」


 恐る恐るといった様子で美紅が要望を伝えるとオッチャンとロキが目で威嚇するようにして美紅を見つめる。


 ビクッとする美紅を庇うように間に入った俺が威嚇する2人に「まあまあ」と落ち着かせる。


 ムキになってた事に気付いた2人はバツ悪そうにするとロキは頭を掻いて天井を見つめ、オッチャンは腕を組んで考え込む。


 最初に口を開いたのはオッチャンであった。


「まあ、最適なチョイスではないが、方向転換はできる範囲じゃ、分かった、嬢ちゃんの要望通りに武具を用意しておく」

「武器はこれじゃないんですか?」

「馬鹿かおめえは? そんな適当な武器では駄目な事をテメエが一番分かってるだろうがよ?」


 俯く美紅にオッチャンが「あくまで練習用じゃ、これから用意するのも所詮は間に合わせじゃがな?」と溜息を吐いてくる。


 どういう意味だろう? と思う俺が質問しようとしたら、俺達はオッチャンに追い出される。


「これからワシは仕事の時間じゃ」

「あれ? さっき寝たばかりで寝てないみたいな事言ってなかった?」


 そう突っ込む俺に「忘れた」と豪快な事を言うと俺のケツを蹴って店の外に放り出した。


 追い出された俺達はどうしたものかと顔を見合わせるとロキが呆れるように言ってくる。


「ここに居てもしかたねぇ、狩り場に向かって近くで昼にしようや? もういい感じの時間だぜぇ?」

「賛成なの! ご飯大事なの!」


 オッチャンの所に来てから話に付いて行けなかったルナはずっと黙っていたが食事の事になると、ここが私のホームなの! と言いたげに鼻息を荒くする。



 あの食いしん坊のルナめ!



 食事時になると「お腹が減った」が口癖のルナであるが小食である。むしろ、黙っている……


 俺は自分の隣にいる小柄な黒髪の少女をソッと見つめる。


 視線に気付いた美紅は俺を見上げて花開くといった笑顔を見せてくる。


「どうかしましたか、トオル君?」

「ううん、何でもないの事よ?」


 決してビビって日和見した事実は確認されてはいなかったらしい俺はルナ達に声をかけて狩り場を目指して南門に向かって歩き出した。

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