第16話 初めての戦闘

 魔力を循環させ始め、内と外から魔力で押さえつけるようにして馴染ませていく。


 そして、あの強き者を思い出しながら、高らかに叫ぶ!


「オラの体持ってくれよ! 三倍 界○拳!!」

「あっ、徹。それは初めだけで使いたいと思うだけで使えるの」


 シーンという静かなで触れるのが怖い空気が生まれる。触れたが最後、プッと噴き出されそうな恐怖に包まれる。




 言ってよ! そういう大事な事はっ!!!




 これがルナだけだったから良かったものの、他の知らない人もヤバいがダンさんに目撃されたらペイさんに楽しそうに話題にする。

 ペイさん経由で、全冒険者が知る痴態になってたよっ!


「徹、油断し過ぎてたらウサギ相手でも死人は出るの!」


 確かに正論なんだろうけど、俺の社会的抹殺の危機だったんだ。


 狼狽ぐらいするわっ!


 とはいえ、馬鹿もしてられない。


 肉体強化、と意識するだけで魔力が定着するのが分かる。


 良く見てると突撃ウサギが動こうとしてる方向が何故か分かる。


 飛び出すタイミングを計って、俺も飛び出す。


「と、徹っ!?」


 ルナがびっくりしたような声を出す。


 俺の予測通りに突撃ウサギは飛び出し、予測で分かってた位置に刃物を置くようにして駆け抜ける。


 突撃ウサギの喉元を切り裂いて血が噴き出すが、そこにはもう俺はいない。



 なんだ? 突撃ウサギの動きが無茶苦茶遅いぞ?



 スローモーションで飛びかかってくる突撃ウサギを見て、器用だな、という感想を抱き、喉元を突き刺して飛び出す血も避ける。


 すると、後ろでルナが必死に何かを伝えようとしているのが分かる。


 そちらに顔を向けると酷くゆっくりと話していた。


 ルナの言葉を聞き取ると、こう言っていた。


「すぐに肉体強化を切るの! 危ないの」


 何を言ってるんだ? と思った瞬間、俺の視界は暗転した。




 目を覚ますと涙目のルナの顔がそこにあった。


 どうやら、俺はルナに膝枕されているようだ。


「ごめんなの。徹は昨日、初めて魔法を使って慣れてない状態で、初めての戦闘。軽い興奮状態でリミッターが甘くなってるって気付いてあげられなかったのっ!」


 ルナのつっかえつっかえの説明を聞くと、肉体強化を強めると神経系も強化できるらしい。

 強化された神経で戦っていたから、周りの知覚するものがゆっくり見えたりしてたようだ。


 だが、慣れない魔法行使は酷くバランスが悪いらしい。普通の魔法なら不発なだけだが、肉体強化はボリュームのツマミの差はあっても発動する。


 これが生活魔法や普通の魔法から入っているとその辺りの事を体で覚えるそうだが、俺は肉体強化から入ったから起こった事故のようだ。


 その結果が脳がブレイカーを落としたようだ。


 口周りがカピカピするので触ってみるとどうやら鼻血も出ていたようだ。本格的に危なかったと知った。


「もう、今日は帰ろう? 無理しても良い事ないの」


 涙を拭うルナを見て、何も反論など浮かんでこない。


 そうだな、帰ろうと言おうとした時、聞こえてきた。


「ギギッギ」


 その音にルナは弾けるように辺りを見渡すと草むらから10匹程のゴブリンが出てくる。


 俺を地面に降ろすとルナは立ち上がる。


「徹、ここにいて、ゴブリンは私が相手するの!」


 飛び出すルナを見送りながら、ショートソードを杖替わりにして立ち上がる。


 ゴブリンの中心に飛び出したルナは手刀で首をへし折ったり、ブン殴って遠くに飛ばしていた。


 それを見て、ルナは強いな、と見つめていると背後の草むらから1匹のゴブリンが飛び出してくる。


 振り下ろされた剣を咄嗟にショートソードで払う事に成功するが、たたら踏んで尻モチを着いてしまった。


「徹ぅぅ!!」


 襲われてる事に気付いたルナであったが、まだルナの周りにはまだ6匹のゴブリンがいた。


 俺に振り被るゴブリンの剣を今度は転がってかわす。


「もうちょっとだけ、逃げて凌いでっ! すぐに私が行くのっ!」


 そうだ、凌いでいたら、ルナがこのゴブリンをワンパンで……


 ああ、その通りだ、このまま粘れば、ルナの手が空き次第、ゴブリンをワンパンで倒して俺は救われる。


 間違いはない。その未来は約束されているだろう。


 あははっ、イージーライフ万歳!


 ……



 満足かよっ、それで俺! 女に助けて貰うのを待ってて、これから食う飯が美味いかよっ!


 嫌だ、後ろに見たくないモノを隠して生きていくような生き方なんてクソくらえだっ!


 そんな生き方をするぐらいなら死んだ方がマシだ!


 だったら、どうするよ、俺、いや、徹、自分を貫く男としての選択はよっ!


「血反吐を吐こうが、土に塗れようが勝って帰るっ!」


 震える自分を叱咤してショートソードを構える。


「怖い事を認める。でもそれ以上にここで引き下がるのがもっとコエェ!!」


 戦う意思を込めてゴブリンを睨むと気圧されるようにして下がる。


「後は勇気だけだっ!」


 肉体強化を意識すると飛び出す。


 飛び出した俺とゴブリンは剣を叩きつけるように打ち鳴らし、3合目の時、ゴブリンの剣は折れる。


 古かった為か、俺の肉体強化の力に耐えれなかったかは知らない。


 がむしゃらに振ったショートソードがゴブリンの胸に突き刺さり、口から吐血しながら剣を抜こうとするが徐々に動きが緩慢になっていき、息絶える。


 胸に刺さったショートソードを抜き放つ。


 ゴブリンを蹴るようにして距離を空けると尻モチを着いた俺にルナが話しかけてきた。


「徹、お疲れ様なの」

「ルナ……」


 ホッとした瞬間、酸っぱいモノが込み上げてくる。


 俺は我慢ができずにその場で吐いてしまう。


 自分でも酷い匂いだと思う嘔吐をしている俺を忌避せず、ルナは黙って俺の背中を撫で続けてくれた。



 それからしばらくして、吐く物も無くなり、嘔吐も落ち着いた頃を見計らったルナが声をかけてくる。


「徹はもう少しゆっくりしててなの。突撃ウサギやゴブリンの耳を集めてくるの」


 そう言われても悪いと思って立とうとすると両肩を押さえて首を横に振られる。


 ルナの俺を見る目を見た瞬間、逆らう気を失う。


 女の子にあんなに労わる目で見られた事など俺にはなかった。


「悪い、ルナの言葉に甘えるな?」


 そう言うと柔らかい笑みを浮かべるルナは頷くと俺から離れて獲物を集めに向かった。


 ルナが集め廻ってるのを見ながら、自分の右手を見る。



 人に似た生き物を殺してしまった……



 未だに震えてる手を握り締める。


 どこかやっぱり俺はこの世界をゲームと混同してたと今回の事で痛感した。


 俺はどうしたらいい、という問答を繰り返しているとルナに声をかけられる。


「終わったの、徹、帰ろう?」

「……うん」


 俺は情けなくもルナに連れられるようにしてクラウドを目指して歩き始めた。

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