第14話 様式美の光と闇
「という訳でどうだろうか?」
早朝、起き抜けから筋肉痛に苦しめられた。
俺はルナに回復魔法を使って貰いなんとか動ける程度に回復して2人並んで、裏庭の井戸の前で指で歯を洗っていた時の話だ。
「ん、徹、塩をもうちょっと頂戴なの」
「おう」
俺は掌に載った塩を差し出す。
そして、再び、歯を磨き続ける。
朝の静かな時間にお互いの歯を洗う音だけが響く。
「という訳でどうだろうか?」
チャレンジ精神豊かな俺は再度チャレンジする。
チャレンジャーな俺を半眼で見つめるルナは口を濯いで顔を洗うと、再び、俺の手拭で顔を拭く。
ルナさんや――い!
拭き終えた手拭を俺に突き返すルナは言ってくる。
「説明を端折って了承だけ求められても返事のしようがないのっ!」
おかしいっ! ルナには様式美が伝わらないのか……
出だしがああいう始まり方は様式美のはずで、当然知ってました、といった話の流れになるはず!
えっ? 誰に話をしてる? 様式美です!
ルナは残念な子だからしょうがないのだと自分に言い聞かせると説明してやる。
「つまり、冒険者らしい依頼、討伐依頼などを受けてみないか?」
▼
「つまり、そう言う事らしいの」
「う―ん、まだ肉体強化を覚えたてだから、討伐依頼はお勧めしないわね」
朝食をミランダに出して貰ってる合間にルナが話をしていた。
解せぬっ! 何故、ルナだけ?
「でも、肉体強化を試すとなると人や物にするのもアレだから、突撃ウサギ狩猟依頼を受けてみれば?」
突撃ウサギか、名前のまんま跳びかかってくるだけのウサギだったりして……
「襲ってくる相手に体当たりして逃げるだけのウサギで食用として冒険者ギルドが買い取りしてたはずよ」
まんまかよっ!
でも確かに、勝手が分からないのに命のやり取りは危険か……
「じゃ、ルナ。俺達はその依頼を受けようぜ?」
「それは別にいいけど、徹の武器は?」
あっ、武器なんてなかったよ……
肉体強化は有難いけど、武器がなくても戦える魔法が切実に欲しかった……
「ミランダに任せて?」
自信ありげに笑みを浮かべるミランダは奥に引っ込む。
奥で物音がすると思ったら武器らしいものとカバンを2つずつ持って来てくれる。
「1年程前にお客さんが忘れて行った武器なんだけど、トールが使っちゃいなさい」
「おいおい、いいのかよっ!」
と言いつつも手を差し出す俺。
受け取るとやや短めの剣のようだ。おそらくショートソードと呼ばれる武器かと思われる。
もう一個はナイフであるが戦闘用には見えない。これは剥ぎ取りなどをする時などに使う万能ナイフでないだろうか?
受け取るとジーパンのベルト通しに鞘を通し、ナイフを背中のベルト通しに通す。
なんやかんや言いながらも嬉しそうにする俺を生温かい目で見つめるルナとミランダ。
それに気付いた俺は……
恥ずかしいっ! 赤面モノだぁ!
咳払いをする素知らぬ顔をして呟く。
「道具とは使ってこそ意味があるしな?」
「そういう事にしておいてあげるのっ!」
と、2人にクスクスと笑われる。
最後に2種類のカバンを俺達の前に置く。
リュックタイプのカバンと肩ひもタイプのカバンであった。
「冒険者として外に行くようになったら、どうしてもカバンは必需品よ。私のお下がりだけど良かったらどうぞ?」
2つを見比べて、やはり男の子なら肩ひもだよな? そして、ヒロインと空にある城に行くしか、行くよね?
当然、行くを選択する俺は肩ひもタイプに手を伸ばそうとするが横から掻っ攫われる。
「えっ、ルナ?」
戸惑う俺は思わずといった感じにルナに声をかける。
「これは譲れないのっ!」
「ど、どうして?」
そう聞く俺をキッと睨みながら、肩ひもタイプのカバンの蓋を指差す。
その指の先を見つめて、まさかこれか? と愕然とする。
「ウサギさんの刺繍が可愛いのっ!」
「そっか、分かった。俺はリュックにするわ」
ウサギの刺繍でカバンを取り合う気にはサラサラなれない俺は、あっさりルナに譲る。
俺としてもウサギの刺繍に気付かなかったから、手に入れた後に気付いて困っただろうからルナに助けられた形になった。
ただ疑問に思う事が生まれる。
「この刺繍はミランダが?」
「そうよ、上手でしょ? トールのもしてあげましょうか?」
そのミランダの提案を俺はやんわりと断る。
ルナが嬉しそうに見つめるウサギの刺繍を見つめる。
無駄にクォリティーたけぇ!!
明らかに生まれてきた性別を間違ってるだろ?
「じゃ、さっさと飯を食って依頼を受けにいこうぜ?」
あまり突っ込まないほうが良いと俺のカンが囁くのと、言葉通りにさっさと冒険者ギルドに行きたかった。
はしゃぐ俺を見つめて、ルナとミランダが目を交わし合ったのを俺は見なかった事にした。
▼
飯を食べ終えた俺達は、冒険者ギルドにやってきた。
ルナと一緒に掲示板に張られている依頼のミランダが勧めてくれてた突撃ウサギを探していた。
狩猟と雑用の依頼がごっちゃに置かれているから探すのが一苦労である。
おや? なんとなしに目の端に止まった依頼に目を向ける。
『マッサージ、1時間、銅貨5枚』
マッサージかぁ……
マッサージってしんどいんだよな……備考があるな。
何々? 最近、胸が大きくなって肩が凝って仕方がないんです。色々、大変だろう。是非、俺が力にならねば。
「ルナ、今日は狩猟依頼は辞めて明日にしよう。そうだ、きっとザックさんがルナが来てくれるのを待ってる」
俺は男前の顔をして優しくルナに笑いかける。
それなのにルナは俺を胡散臭いヤツを見るような目をして見つめてくる。
「何か怪しいのぉ……」
そう呟くルナに俺は、「まさかぁ?」と笑いかけるが頬が引き攣るのは誤魔化せなかった。
ルナの目が俺の手にある依頼書に行くと俺が反応する前に奪い取る。
「あっ、こら!」
取り返そうとするがルナに読まれながらも器用に逃げられる。
読み終えたルナが俺を汚らわしいモノとして認識してる人を見る目で見てくる。
「これを受けようとしてたの?」
「こ、困ってるらしいからな!」
う―ん、全然、信じて貰えてない気がする。
「駄目かな?」
可愛らしさを強調して首を傾げて言ってみる。
「駄目なの! 魂胆がミエミエなの!」
怒れるルナは、ニャァー! ってマジでついに言っちゃったよ!
俺が見つけた依頼書を掲示板に戻すとその隣に探してた突撃ウサギの狩猟依頼を発見する。
「あっ、見つけたの。さっさとこの依頼を受けに行くのっ!」
「待て、ルナ。突撃ウサギは逃げない。明日でも間に合うはずだっ!」
騒ぐ俺の後頭部をルナの拳が打ち抜く。
痛みで動けなくなった俺の襟首を掴むとルナはシーナさんがいる受付へと歩き始める。
俺は涙で滲む視界で俺が受けるはずだった依頼書を見つめる。
「あ、明日、必ず受けるから残っていてくれよっ!」
届かぬ依頼書に手を伸ばして俺は叫ぶ。
でも、心のどこかで分かっていた。
ルナと一緒に居る限り、俺は夢のある依頼は受けれないような予感がしていた。
滂沱の涙を流す俺は呟く。
「こんな様式美はいらない……」
俺はルナにずるずると引きずられながら、世の不条理を呪わずにはいられなかった。
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