第13話 紙一重、どっちに?

 ミランダの含むような笑い方に俺は酷く怯えていた。



 ゆ、許してぇ! マジ堪忍っ!



 ルナは頬を染めながらガン見している。


 ちょ、お前、何を期待してんだよっ!


 恐怖に震えている俺を見てて堪え切れなくなったミランダはお腹を抱える。


「くっうふふ、本当にトールは楽しいわ。魔法入門って言ったでしょ?」


 やーねぇ、と言いそうな顔をしながら、そう言ってくるミランダであるが、本当に信じてもいいんだろうか?


 信じるお? 本当に信じても大丈夫だよね?


 ビクつく俺はミランダの視線を意識しながら服を脱ごうとする。


「上だけでいいよね?」

「何言ってるの? パンイチよ」


 ミランダの瞳がギラついたような気がする。


 気のせいだよね?


「なんで魔法の訓練でパンイチ?」

「それは肉体強化の魔法を覚える為よ」


 そうミランダが答えるとルナが手をポンと叩いて納得する。


「肉体強化なら納得なの。でも、肉体強化は生活魔法が使えるようになってから覚える魔法だったような気がするの……」


 おそらく記憶がない事が自分の知識が正しいか自信がないのだろう。それでも、そうだったはずだと思っているのがルナの瞳から読み取れた。


「そう、そこが理論系と感覚系の初歩から違う点なのよ。感覚系は生活魔法は勿論、普通の魔法から覚えるのは稀だと聞いているわ」


 たまに例外で火の海に飛び込む、などや、湖の底で死にかけるなどをした例でその属性の魔法から覚えたという話があるらしいが、全力でそれはお断りしたい。


「理論系が肉体強化を覚える時は自分に合った属性に触れ合いながら感覚を鋭くするというのが定番だけど、感覚系はそれがないのよ」


 つまり、肌から受ける感覚で覚醒させるらしい。


「ルナちゃんから聞いた話だと魔力の循環はできるのよね?」

「ああ」

「なら、その魔力を隈なく広げるイメージをして体の状態を調べられるように意識して見て?」


 手伝ってあげる、と言ってくるミランダだが、先程の筋肉が痛んでるとかが分かるヤツなら、もうできると説明すると露骨にがっかりされる。


「トールは優秀ねぇ、ミランダ、がっかりだわ」


 いきなり、ガッカリされるという事は危険を回避らしい。


 若干、不貞腐れた感じのミランダが次の説明をしてくれる。


「次はその魔力で自分の体を塗るようにしてみて、外からではなく内側からね?」

「おうっ!」


 意識を集中してしようとするが、皮膚に触れようするぐらいにしようとすると飛び出してしまい、加減をすると届かないというもどかしさに襲われる。


「自分の輪郭が分からないのね。ミランダが手伝って、あ・げ・る♪」


 そう言われた瞬間、凄まじい嫌な予感が漂う。


 不安に思っているとでっかい手が俺の背中を撫でたり、腕を人差し指でなぞられたりする。



 ぎゃぁ――! 本当にこれ指導ですかぁ――!


 どんどん這う手が下半身に近寄る。


 ヤバ過ぎる。なんとかせねば!!



 追い詰められた俺は、掌と掌を叩きつけて祈るように集中しようとした時に気付く。

 掌と掌が重なる部分を見た俺は閃く。


 その閃きを信じて、俺は精神を集中していった。



 撫でまわしていたミランダの手が止まる。


 そして、俺が手を離したミランダが俺に真面目なトーンで問いかける。


「何をしてるの? トール……」

「何って、内側と外側から押さえられば、自然に俺の体の輪郭が出ると思ったんだけど、ビンゴだな。目を瞑ってても自分の体の輪郭が手に取るように分かる」


 俺の言葉に絶句してるミランダの雰囲気が伝わる。


 なんか変な事を言ったんだろうか?


 不安になってきた俺はミランダに聞く。


「できてるよね?」

「そう、そうね、出来てはいるわよ。最後は、自分にとって強き者のイメージしやすい言葉を叫んだりや仕草をして、自分は強くなると意思を込めてみて」


 強き者か……やっぱりアレでしょ? 叫んだところで誰も知らないだろうし、大丈夫、大丈夫。



「オラの体持ってくれよっ! 三倍 界○拳っ!!!!」



 すると、全身を曖昧に覆っていた魔力が直結するのを感じる。


 なんとなく違和感は感じるが何かが変わったかどうかは分からない。


 振り返ると俺を呆けた顔して見つめるルナとミランダがそこにいた。



 えっ? まさか、今のネタ分かったの??



「驚いたの。本当にいきなり肉体強化から覚えたの。もうこれは間違いなく徹は感覚系で決まりなの」


 ルナは絶賛して褒めてくれるが、ミランダは難しい顔をしていた。


 褒められて照れていた俺であるが、ミランダの反応に疑問を覚えて不安に駆られて聞いてみる。


「なんか不味いのか?」

「ううん、大丈夫よ。それより、どんな感じ?」


 首を横に振って否定してくるミランダに、違和感は感じるが良く分からないと告げる。


「暴れられたら困るから、ジャンプしたり、走ってみなさい」


 言われた俺は素直に軽くジャンプしてみる。


 すると一瞬で自分が2階の窓の高さに飛び上がり、隣の部屋のカップルがイチャついている姿を目撃する。



 チィィ!!!!



 そんな馬鹿な事をしてると女の方と目が合ってしまい、気まずい対空時間を過ごして地面に着地する。


 俺は何事もなかったかのような顔をして、


「メッチャ飛べる! これが肉体強化? すげぇ――!」

「徹、凄いの! いきなりそんなに強化できるなんて!」



 ルナ、もっと褒めていいのよ? 俺は褒められて伸びる子よ?



「凄いわね、でも、もうすぐ夕食だから試すのは程々にね?」


 苦笑するミランダがそう言うと宿に戻って行く。


 ルナもスキップするようにミランダに着いていくのを見た俺は、味見の続きをする気だと『疑似未来予測』が……なくても分かり易いルナであった。





 中に入ったルナはカウンターで足をプラプラさせているとミランダが声をかけてくる。


「ねぇ、ルナちゃん。もしかしたら、トールは只の天才じゃないかもしれないわよ?」


 そう言ってくるミランダに度肝を抜かれるルナであったが、その言い方では最低でも天才だと言ってると気付く。


「どういう事なの?」


 コップを磨くミランダは、言葉を選んでいるのか短い瞑想のように目を瞑る。


「肉体強化、生活魔法など他の魔法全般に言える事なのだけど、内なる魔力、体内魔力と呼ばれるモノと、外に漂う魔力の2種類あって、どちらを使っても魔法は発動するわ」


 例外でアイテムや宝石なのに込められた魔力を解放して使うのもあるとミランダは補足する。


 ミランダの話を聞きながら、それは自分も知ってる、と思った瞬間、アレ? と首を傾げる。


 ルナも漸く気付き始めた事を知ったミランダは苦笑する。


「そう、トールはそれを同時に使いこなした。これは慣れたらどっちか片方づつ使える事もできる。しかも同時に使うという事は、魔力の足し算と考えるか、掛け算と考えるか……」


 そこまで言われたら、ルナも正しく理解する。


 確かに、徹の跳躍力は素晴らしかった。とても初めて使った人には見えない。


「少なくとも私は、同時にそれを成した人や話は聞いた事がない。でも一番ビックリな事は別にあるのよ」


 頬に手を当てるミランダは、想像通りだったらどうしよう、という類の顔をしている。


「理屈で言うなら、徹は魔法を同時に2つ以上行使できるという事になるのよ」


 ミランダの言葉を聞いてルナは表情を硬くする。


 そのルナを見てミランダは苦笑しながら肩を叩く。


「可能性で、尚且つ、遠い未来の話よ。いくらトールが才能に溢れても、すぐには使える訳がないわ。優秀な先生でもいれば話は違うでしょうけど」


 ミランダが言ってた感覚系の先生がほとんどいないという話を思い出す。

 そのうえ、徹は同時に魔法を打てる可能性があるようだが、それについて教えてあげれれる人は皆無であろう。


「びっくりよね? でも、良かったじゃない。偶然できた相棒ができる男で?」


 できる、というところに引っかかりを感じるルナは苦笑いをして返す。


 それを見て、ミランダがクスクス笑い出すとルナも笑い出し、温かい空気がそこに生まれた。




 そんな温かい空気に食堂が包まれている頃、自由都市クラウドで怪人が現れたと巷で騒がれていた。



『跳ぶパンイチ怪人』



 という都市伝説が生まれていた事をその時、2人はまだ知らなかった。

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