1章 四苦八苦する異世界生活
1―1
第8話 アニメじゃない夢じゃない現実なのさ
チュンチュン
スズメと錯覚する鳴き声が聞こえてくる。
その音が目覚まし代わりになり、俺は目を擦ってシーツをどけて起き上がる。外を見るとやっぱり自分が生まれた世界と違うんだ、と溜息を零す。
昨日、ミランダに出された食事を食べながら聞いた……そうそう、ミランダの存在はアウトだが食事の腕は完璧だった。
昨日、食したチキン南蛮……元の世界でも食べた事がない程のクォリティーで驚き過ぎて涙が零れた程である。
しかも、米も存在するらしく、ミランダ曰く
「米を扱う料理を出す店は少なくともクラウドではここだけよ?」
とウィンク付きで言われた。
もう俺は元の世界に戻るまでこの宿を出られない気がしている。料金だけではなく胃袋まで掴まれてしまった。
それに悔しそうにする俺に完勝したモノだけが許される微笑を浮かべられた。
話が逸れた。
まあ、俺達の寝起きする場所が決まって、俺達の食事が出てくるとダンさんはソワソワし出す。
「これで美味い晩飯を食ってくれ」
とカウンターに銅貨50枚を置くと照れ笑いをして『マッチョの集い亭』を飛び出した。
おそらく、ダンさんにとって最高の料理を食べに行くのであろう、色んな意味で……勿論、大恩あるダンさんに悪い感情など抱いたりしない、当然、祝福している。
すまねぇ!! 嘘吐いたっ!! めっさ妬ましいでありますっ! ダンさん、地獄の業火で焼かれるがいいですよっ!!!
はっ、いかん、いかん、過去と回想で2度、嫉妬の炎で身を焦がしてしまった。
やだなぁ、まるで非リアみたいじゃないか……違うよね? 明るい未来あるよね?
うっうう……話を戻そう。
食事を取りながら、ミランダはこの世界の事をまるで何も知らない異世界人・・・・に説明するように懇切丁寧に教えてくれた。
この世界はアローラと呼ばれるらしい。そして、この大陸には大きく分けて5つの国が存在する。
1つは、
次は、エルフ種が治めるエンデリア国。受付嬢のシーナさんがそのエルフ種である国だ。魔法が発達した国らしい。
後、真偽は分からないそうだが、神樹、ユグドラシルが王都エルバーンにあるとかないとか。
山岳地帯にあるドワーフ種の国が3つ目である。妖精という分類ではエルフと同じ括りに入るらしいが、余り仲は良くないそうである。積極的に嫌い合ってるというより、消極的に関わりを避けてるといった感じのようだ。
ちなみに国などに名前はない。ドワーフ達は、自分達の国や、ドワーフが住まう場所と説明する。
元の世界のイメージ通りで酒と物作りを愛する性分らしい。
そして、獣人種が治める国、ビーテス王国、俺に言わせたらモフモフ王国でいいじゃないかと思うが残念ながらビーテス王国らしい。
この国は江戸時代ほど酷くはないらしいが、鎖国状態らしく、変わり種の獣人以外、国の出入りをしないので不明な部分が多いらしい。
最後にそのどこにも属さない国というより集合体の自由都市クラウド、ここである。
ここでは他種族が無秩序に住んでいて、王などは存在せず、言うなれば商人が国を経営している。
港があり、4つの国とも繋がる場所にある為、商売に適した場所である。
懇切丁寧に説明を受けた俺にミランダは「大陸の外・から来たんだから、今、知らない事はしょうがないけど、これぐらいは知っておきましょう」と笑みとウィンク付きで言われる。
本当にバレてないよね?
俺にとったら新しい情報ばかりだったが、ルナはどうやらアローラという言葉だけには覚えがあったようである。
あの時のルナは何やら切なそうな、焦燥感を感じてるような、良く分からない顔をしてたのが印象的だった。
そんな事が異世界生活初日の初めての食事の後にあった。
昨日は憂い顔を見せていた少女といえば……
隣のベットを見ると気持ち良さそうに寝てるルナの姿があった。
ルナを半眼で見つめる。
「誰が男と一緒の部屋だと寝れないだ?」
どうやら、ルナには口で言うほど繊細な神経は持ち合わせてないようである。
言いたい放題言った割に、ベットに入って1分もしないで規則正しい寝息が聞こえてきた時は耳を疑ったものである。
呆れを隠さずに、昨日、ダンさんと別れる間際に貰った手拭を肩にかける。
ドアを開けて階段のほうに歩いていると昨日のダンさんに現実を突き付けられた事を思い出していた。
昨日の夜、ミランダの食事が出てくるのを待ってる時に俺は、着替えは勿論なく、タオルやお風呂、歯ブラシなどがない事を思い出した。
慌てて、お風呂は無理でもタオルと歯磨きセットを手に入れようとする俺にダンさんは肩を竦めて止めてきた。
「そんなもんになけなしの金を使うな。手拭で良ければ新しいのを1枚づつやる」
そう言うと俺とルナに新しい手拭を分けてくれた。
だが、歯ブラシは? と聞く俺の頭を叩いてくる。
「馬鹿か? 駆け出しが歯ブラシとか言ってるなよ? 指に塩付けて磨いておけ」
聞くところ、安い歯ブラシ1本で銅貨10枚らしい。確かに無駄使いは厳禁だ。
塩は港町だけあって、手に入り易いようで安価らしい。
歯ブラシがない事をちょっと残念に思いながら、階段を降りると厨房で仕込みをしてるミランダと遭遇する。
笑みを浮かべて、おはよう、と言われて俺も会釈をしながら、同じように、おはよう、と返した。
「ミランダ、歯を磨きたいから塩、分けてくれない?」
「それだったら勝手口の傍に小箱があるからそこから好きなだけ持っていって」
勝手口がある方向に指を差して、「勝手口を出た所に井戸もあるわよ」と聞く前に説明してくれた。
俺はミランダに感謝を告げると勝手口に向かうと小箱が目に付く高さで置いてあり、左の掌に少し盛ると勝手口から出る。
井戸の前に来ると2階の窓から青い髪をした少女が見下ろしながら、短く叫ぶと窓から離れて、廊下を階段を駆ける音が響く。
そして、勢い良く開いた勝手口には息を切らしたルナが目尻に涙を浮かべて俺を睨みつける。
「起きたら、徹がいないから置いてかれたかと思ったのっ!」
「お前は子供か?」
呆れながら、井戸から水を汲む。
左手を差し出すようにルナに向ける。
「起きたんだ、歯を磨いて行け」
起き抜けで飛び出してきた事に気付いたルナは慌てて髪を手櫛で直すと、素知らぬ顔をして指に塩を付ける。
やれやれ、と思いながら俺も塩を付けて指で歯を洗いだす。
黙って洗う俺達。だが、俺はルナに告げる。
「頑張って稼いで歯ブラシを買うぞ……」
「応援するの! 指で洗うと指が痛いの……」
俺達の心は1つだった。
歯を磨き終えた俺達は口を濯いで、ルナに先に顔を洗わせてやる。
洗い終えたルナが、何かを求めて辺りをキョロキョロし出す。どうやら飛び出してきたから、手拭を忘れたようである。
どうするのだろう、と思って見てたら、俺の肩に掛かってる手拭を強奪してくる。
「おいっ!」
俺の苦情なんて知った事かとばかりに気持ち良さそうに顔を拭くと手拭を突き返される。
半眼になる俺の目にも負けずに「朝ご飯、朝ご飯~」と楽しそうにスキップしながら勝手口を開けて中に入った。
それを見送った俺は顔を洗い、顔を拭こうとした時に気付く。
これ、ルナがさっき使ったよな……
気にしたらきりがない!
俺は男らしく、濡れてる所を出来る限り避けて顔を拭く、思春期の自分が大好きです!
何故か、顔を洗うだけで疲れた俺は、ミランダに朝食を催促する為に勝手口に向かった。
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