第3話 美中年と冒険者ギルド
俺とルナはメインストリート沿いにあった広場の噴水の淵に座って項垂れていた。
当然ながら俺の知らない世界である事から異世界転移、転移だよね? 転生じゃないよね? 自分の体を触って確かめる。ついでにズボンを引っ張って中を見ると見慣れたアイツがコンニチハしてきて、自分である事を認識する。
ルナが俺を半眼で見つめているような気がするが気にしない事にする。
あれからルナにも聞いたがどうやら、ここがどこかすらさっぱり分からないらしい。
なんとなくルナの場合、記憶喪失というのがピッタリくる。
記憶喪失にも色々あるらしいが常識などは覚えているが、一般的にいう思い出に分類されるモノだけが抜け落ちるというものがある。それがルナに適合しているような気がするのである。
分からない者同士、協力して行こうという事になったが、門を抜ける時に心配した事だが、お金の問題から既にこけた。
勿論、俺が持ってるお金など札はゴミだし、硬貨はただの金属。
ルナにも見せたが違うと言われたし、ここに来るまでの道で取引する人の手渡してるのを見たから違うのは理解した。
なら、ルナは?
という事になるが、ルナは問答無用の一文無し。金がないというより、荷物一つない状態らしい。
これでは寝る場所の確保どころか、食事を取るアテすらない事になり、浮浪者の仲間入りである。
という訳で現在2人揃って途方に暮れてる最中であった。
そんな俺達の前に人が立ってるのに気付いて顔を上げる。
俺達の前にいたのは、使い古されたように見えるがしっかり整備された皮鎧に長剣を腰に下げた身軽な格好だが歴戦の戦士という風格を感じさせる。ぼさぼさの髪に無精髭が似合う、美中年がそこに立っていた。
「どうした、あんちゃん。こんないい天気の真昼間からこんなところで肩を落として? 良ければ俺に話してみないか?」
人好きさせる笑みを浮かべた美中年が言ってくるが、知りもしない人に声をいきなりかけられて2人して戸惑っていると美中年が言ってくる。
「ああ、すまん。俺はこのクラウドの冒険者でAランクのダングレスト、ダンと呼んでくれ」
冒険者? 確か、隆が読んでた本にそういうのを題材にした話があったような気がする。ギルドとかで仕事を受けて生活をする人だったか?
一瞬、思考に更けそうになったが、挨拶されて無視するのは人として駄目だと、死んだ爺ちゃんに言われてる俺は名を名乗り、気を使ってくれてる事を感謝を伝える。
ルナも慌てた感じで俺に続いて同じようにするのを見たダンさんが笑みを浮かべる。
「で、あんちゃん達はなんでこんなところで途方にくれてるんだ?」
「俺達、船に乗ってたんだけど難破して流されて、多分、この近くの海岸に流されてた。迷いながら歩いて、このクラウドに着いたんだけど、荷物は全部、海で……」
さすがに馬鹿正直に異世界転移しました、とか、ルナはクリスタルの中にいましたとは言えない俺は咄嗟にそう言ってみるとダンさんは顎に手を添えて、考え込む。
「確か、こないだ、東洋から来た船が近くでモンスターに襲われて難破したって聞いたな」
「そうなのか? 俺達は気付いたら砂浜で目を覚ましたから、何で難破したか知らないんだ」
嘆息するダンさんは、「お前達、運が良かったな?」と本当にそう思ってくれているような顔をする。
「じゃ、生活する術もなくて困ってたと見ていいのか?」
「あ~、うん、正直どうしたらと思ってた」
俺がそういうと再び考え込むような顔をするダンが手を叩く。
「だったらよ、俺が生業にしてる冒険者になってみるか?」
「冒険者? なんか危なそうな仕事な感じがするけど?」
苦笑するダンさんは「否定はしねぇーけどな」と男臭い笑みを浮かべると説明してくれる。
勿論、俺が思うようなモンスター退治や、洞窟探索のような依頼が多めではあるが、土木作業や、店の手伝いなどといった多岐に渡る仕事があるらしい。
まあ、言われてみれば、冒険者成り立ての者がすぐに戦える者も少ないだろうし、武器などの装備品を最初から揃えている人も少ないと説明されれば、納得な話であった。
俺とルナが乗り気を見せたのを感じたダンさんが声を顰めて言ってくる。
「だが、冒険者ギルドに入る為には手数料がいる。ないだろ? そこで頼みがあるんだが……」
困った顔をして頬を掻きながら笑う美中年ダンを見て俺は心で吠える。
これが格差社会かっ!!!!
普通なら騙される事を疑うのが先にくるが、男前が愛嬌出して言うと理由ぐらい聞こうと思わされる!
「頼みって?」
「そんな身構えるような事じゃないさ。実はな? 冒険者ギルドの買い取りカウンターの女が俺のコレでな?」
人好きする笑みを浮かべるダンさんが小指を立ててみせる。
それに俺とルナがフムフムと頷いてみせる。
「今日は朝から顔を出すように言われてたんだが、昨日、パーティメンバーの失恋バカ騒ぎに巻き込まれて深酒しちまって、起きたら今だったんだ……だから、朝からお前達の面倒をみてたと証言して欲しい! 頼む!」
アイツを怒らせると怖いんだ、と泣き事を言うダンさんを見て俺達は顔を見合わせる。
この人、ダンさんはとびっきりお人好しであると認識を同じくする。
パーティメンバーに付き合う気の良さに本来なら1分でも急いで行きたいところで俺達のようなヤツを見かけて、声をかけてくる。
俺はルナに「いいよな?」と問うと頷かれる。
金も持たない俺達を騙す価値もほとんどないという事もあるが、ここまでお人好しと思えるのが演技だったら、騙されてもしょうがないな、と思った俺は、ダンさんに頭を下げる。
「ダンさんのご厚意に感謝します。俺達に生活する術を与えてください」
「おう、でもそんなに畏まるなよ。俺もペイに言い訳する為に利用するんだから、おあいこだ」
そういうと人好きする笑みを浮かべて俺に手を差し出す。
俺も笑みを浮かべて差し出された手を握り返す。
「じゃ、冒険者ギルドへ案内するから着いて来てくれ」
そう言われて俺達はダンさんの後を追いかけて歩き始めた。
▼
ダンさんに連れられてメインストリートを更に進むと大きな建物にぶつかる。
「ここが冒険者ギルドだ」
どうやら冒険者ギルドは街の中心部にあたる場所にあるらしい。
まあダンさんの受け入りですけどぉ。
ダンさんに促されて冒険者ギルドに入る。
「悪い、登録の前にペイに言い訳させてくれ」
手を合わせて言われてダンさんに嫌だと言えるヤツはいないと俺は思う。
俺とルナは苦笑しながら頷くと嬉しそうにするダンさんは「こっちだ」と俺達を引率していく。
向かった先は買い取りカウンターらしく、良く見ると物を広げて確認する人や、奥で商談してると思われる商人などが見える。
その受付に2人の女性がいて、長い髪を纏めてる人はダンさんを見ると苦笑しながら口パクする。分かり易いように大きく動かしてくれたから俺にも分かった。
『ご愁傷様』
と言ってるのが分かり、その隣の先程の女性ほど長くはないが前に流す20代後半といった美女が半眼でダンさんを見つめていた。おそらくあの人がペイさんだとルナと顔を見合わせて頷き合う。
「よ、よう、ペイ。遅くなってすまん」
「お早うございます、ダングレストさん」
正確な時間は分からないが既にお昼は過ぎてると思われるのに皮肉が効いた挨拶をされたダンさんは仰け反る。
なんとか踏ん張ったダンさんを同じ男として背中に心でエールを送る。
「いや、聞いてくれ……」
「言い訳ですか?」
打ちのめされたように膝を着くダンさん。
ペイさんマジ許してあげて! ダンさんのHP0よっ!!
ここは男として立つ時と思った俺は、素知らぬ顔をして告げる。
「横から割り込んでごめんなさい。今の話の感じだとダンさんとお約束してたみたいで……ごめんなさい。俺達が路頭に迷ってたところでダンさんが親身に色々聞いてくれるから甘えてしまって……」
俺にそう言われたペイさんは頬に手を当ててちょっと困った顔をする。
下から見つめるダンさんの目が、ナイスアシスト! と訴えていた。
「そうなんだ、聞けば結構可哀そうな奴らでな?」
ダンさんは俺が説明した内容をペイさんに説明すると不憫そうに見つめてくる。
「不幸中の幸いと言ったらいいのかしら。ちゃんとダン、最後まで面倒みてあげるのよ? ちゃんとみたら寝坊した事は見逃してあげるわ」
しっかりその辺りは見抜かれたようだが、許しを得れたようでダンさんは安堵の溜息を吐く。
「勿論、最低限のスタートラインまでは見るさ」
「でも……夜までには済ませておいてね?」
頬を染めるペイさんがダンさんにそう言うと鼻の頭を掻きながら「おう。仕事が終わる時間には迎えに来る」と照れ臭そうに言ってるのを見て、俺はケッと舌打ちをする。
ここは熱過ぎるんですけどぉ~店員さん冷房利かせてくれませんか?
色々やさぐれた俺の気持ちを察したらしいルナが肩を叩いて慰めてくれる。頬を伝う温かい水に気付くがきっと汗。
2人だけで通じあう時間であったが俺達の存在を思い出したようで、意識して大きな声で笑いながらダンさんが俺の肩をバンバンと叩いてくる。
「さあ、さあ、今度はお前達の冒険者登録だな。登録と受注の窓口はこっちだ」
俺の背中を押しながらルナに手招きする。
「ダンさん、幸せそうっすね?」
「まあ、否定はしないが、あれはあれで大変だぞ? お前にもいつか分かるさ」
そんな未来が想像できない俺は嘆息すると楽しそうなダンさんに連れられて登録する為に移動を開始した。
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