第41話 きっと、また会えるよね?

 俺とスワンさんが話し始めたのを見た御者をしてたオッチャンが声をかけてくる。


「このあんちゃんの知り合いかい?」

「え~と、まあ。もし良かったら少し話をしてもいいですか?」


 オッチャンは辺りを見渡した後、「本当は駄目なんだけどな……」と困った顔をして後一押しという空気を出したので両手を合わせてお願いする。


「少しだけな? このあんちゃんについてくる変なメイドと鳥以外、見送りもなかったからちょっと可哀想だな、と思ってたんでな……」



 あれ? もしかしたら俺が思ってる以上に深刻な事態じゃ?



 オッチャンは帽子を目深に被って寝たフリをすると「早くしな」と言ってくる。


 俺はオッチャンに黙礼するとスワンさんがいる檻へと近づいて行く。


 少しも悲壮感が漂わない爽やかな笑みを浮かべたスワンさんが髪を掻き上げていた。


「何があったんですか? こないだより深刻そうですけど?」

「いやなに、子飼いの冒険者から黄金卿を手かがりを掴んだと報せてきて、費用が金貨1万枚要ると言われて、少し足りないから余所から借りて渡したら騙されたみたいでねぇ、あっははは!」


 一本取られたよ、と言わんばかりに笑うスワンさんを見て頭痛を覚える俺。


「なんとなく分かりましたけど、いくら借りたんですか? 檻に閉じ込められるぐらいだから、少額ではないでしょう?」

「なあに、渡した金額の内、僅か9割だよ」

「ほぼ全部だよ、コンチキショウ!」


 マッハで突っ込みを入れる俺にしてやられた、とばかりに顔を片手で覆いながら笑うスワンさん。


 まあ、落ち着けと言いたげにジェスチャーするスワンさんが言ってくる。


「そうは言うが9000枚程度、私財を吐き出せば完済できるぐらいはあったから借りたんだよ」


 突っ込みで荒くなった息を整えて、駄目押しに深呼吸すると俺は会話のキャッチボールと言い聞かせながら聞く。


「だったら、何故、檻の中に?」

「その冒険者を捜しに出る為に、屋敷を執事に任せて出たんだが、帰ってくると屋敷の中はもぬけの殻で、玄関の床に2通の手紙が置かれていてね?」


 その内の1通と思われる手紙を手渡され、読み始める。



『屋敷を任せると言われましたので、売れるモノは捨て値で叩き売りさせて頂きました。この資金で南の島で隠居させて頂きます』



「身内はもっと信用出来る人を雇おうよ!」

「安酒場の裏で酒瓶抱えて寝てた爺さんを面白半分で雇ったのが失敗だったかもしれない」


 言われてみればそうかもしれないと、ウンウンと頷くスワンさんになんて言葉をかけたらいいか分からない。


 ちなみにもう1通は退職届で退職理由が一身上の都合により、になってるがそんな言葉で許されるかぁ!



 しかしだ、そんな状況で檻に入れられているという事は……


 以前、マイケルとボブの一件の後、ダンさんが罰則というかどういう処置が為されるのかという説明してくれた。


 簡単なのだと、皆の目があるところでボコボコに殴られて、謝罪すれば許されるというものらしいが、それが段階を経て最後は勿論、始末される。


 その始末される手前が『鉱山奴隷』にされることである。


 ダンさんの話ではエコ帝国の王都のみで奴隷は認められているがそれ以外では奴隷は認められていない。


 だが、例外が『鉱山奴隷』である。


 罪の形は色々あれど、ほぼ死刑と言われているのと同義と言われている。


 落盤、粉塵爆発、モンスターとの遭遇など数え上げたらキリがない危険と隣り合わせで仕事させられる。


 そんな仕事を自分から進んでやるのはドワーフだけではあるが、ほとんどのドワーフは自分達だけの分しか取らないので流通しない。


 貨幣は勿論、武具、生活用品など多岐に渡って必要な金属の供給が止まる。


 それを高給取りにして人を集める策も以前されたらしいが、金属の高騰が恐ろしい事になって経済が破綻しかけたことが歴史上あったらしい。


 そこで、背に腹を替えられないと生まれたのが『鉱山奴隷』であった。


 犯罪者だから目を瞑ろうという事らしい。


 刑期は10年と言われているが3年生き残る者は1割と言われている。勿論、そこにドワーフは省かれる。ドワーフは高い確率で10年を乗り越えるらしい。


 特例処置で一発で免罪される事もあるらしいが……



 俺は否定して欲しくてスワンさんに聞いてみる。


「えっと、『鉱山奴隷』じゃないですよね?」

「おお、それだ。何やら上手くやれば一発で免罪されるらしい。なんて優しい罰則があったものだ」


 何も考えてなさそうな楽しげな笑い声を上げるスワンさんは「すぐに返り咲いてみせる!」と意気込みを見せてくる。


 何故だろう、根拠はないのに本当にやらかしそうな気がする。


 だが、一応、心配した俺が口を開こうとした時、


「ああ~すまないな。そろそろ出発しないと遅れた言い訳が難しくなるんでな?」


 話の途中であったのはオッチャンも分かっているようだが、オッチャンも仕事でやっている以上、遊んではいられない。


 俺がオッチャンとスワンさんの顔を交互に見つめてどうしようかと思っているとスワンさんが髪を掻き上げる。


「そろそろ行かねばならんようだ。では、また会おう、貧乏人君!」


 その言葉が引き金になったように馬車が動き出すとスワンさんの底抜けに明るい笑い声を響かせながら去っていった。


 スワンさんを追うようにロリメイドこと、メルさんとデブ鳥カトリーヌが去っていくのをルナと美紅が手を振って見送っていた。



 こっちに関わらないと思ったら、今回もルナは美紅を連れてデブ鳥と交流していたらしい。


 嬉しそうな顔をした2人が俺の下に戻ってくる。


「カトリーヌから羽根を貰ったの!」

「私も頂きました。幸運を招くらしいです」


 俺に見せてくるのを、へぇーと流しそうになるが我に返る。


「えっ? あのデブ鳥と意思疎通というか話せるの?」

「カトリーヌはデブ鳥じゃないの! グラマーさんなの!」

「えっと、なんとなく言ってるような気がするだけで……」


 プンプンと怒るルナと慌てて説明する美紅。


 どうやら、幸運を招くという件はメルさんに言われたらしい。


 なんとなくイメージか……



 ルナがデブ鳥と向き合って会話するシーンを思い浮かべる。


「カトリーヌの羽根が欲しいの!」

『よくてよ?』



 ……



 ないなっ!



 有り得ないイメージを払拭するように首を振る俺はルナと美紅に帰ろうと伝えるとマッチョの集い亭を目指して歩き始めた。





 マッチョの集い亭に着いたのは夕食を意識する夕日が沈もうとした頃であった。


 色んな意味で疲れた俺は「ただいま~」とだらけた声を出しながら扉を開くと目の前に壁があった。


 分からないよな? 色々、説明したいところだが、説明する前にしないといけない事がある!


「とうぅ!」


 生存本能に従い、その壁を回避するように横っ跳びをするがその動きを読んでいたかのように同じ動きをされる。


 引き寄せられる俺の体、タンクトップ越しに触れる肌に感じる熱量と力強い鼓動。


「トール! お帰りぃ~なかなか帰ってこないからミランダ寂しかったの!」

「ぎゃぁぁぁ!!!」


 太い両手に抱き締められて叫び声と共に魂が抜ける体験をする俺は意識が遠くなる。

 意識を朦朧とさせる俺を余所にミランダは俺に頬ずりをしながら、美紅を見つめて悲しそうでもあるし、嬉しそうでもある、といった何とも言えない表情をしていた。


 満足するまで俺を抱き締めたミランダは俺をルナに預ける。


「お帰りなさい、ルナちゃんと……」

「あの、美紅です」


 おずおずと答えてくる美紅にミランダは笑みを浮かべる。


「歓迎するわ、美紅。まずは食事にしましょう。お腹減ってるでしょ?」

「うんっ! ペコペコなのっ!」


 元気良く返事するルナを微笑むと無駄に腰を横に振る歩き方をしながらミランダは厨房に姿を消した。


 ルナは俺を運ぶのが面倒なのか力なくダランとしてると何を考えたか気付けをしてくる。


「イタタタ!! 気絶してないって!」

「なら、自分の足で立つの!」


 そういうとルナは美紅の手を掴んでカウンターへと向かう。


 引っ張られる美紅は俺とルナを交互に見てルナに話しかける。


「ルナさん、トオル君を放っておいていいのですか? 辛そうですけど?」

「ここでは日常茶飯事なの、徹限定で!」



 嫌過ぎる限定だ……



 俺は心で泣いて……ごめん、ちょっとだけ目から水が流しながらルナ達を追うようにしてカウンターへと歩いて行った。

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