第43話 遺書を書くより大事な事

 食事が済んだ俺達は、まずは美紅の冒険者登録をする為に真っ直ぐに冒険者ギルドを目指した。


 行く道すがら、美紅のジョブがなんだろうという話になり、美紅が俺達のジョブを聞いてきた。


「私はモンクだったの」

「ふっ、俺はなんと開拓者だ」


 自分で言っておいて、何が、『なんと』なのか分からないがとりあえず言った者勝ちな気がしたので押し切ろうとする。


 良く分からないが凄い事なのかと美紅が感心する素振りをみせたがルナが鼻で笑うように肩を竦める。


「可能性しかないジョブなのに威張り過ぎなの」

「違う! 無限の可能性があるんだ!」



 言った者勝ち、以下略



 ルナと言い争う俺のを交互に見つめて右往左往する美紅が話しかけてくる。


「えっと、どういう事で?」

「簡単に言うと開拓者というのは、どのジョブにも適合しなかった人を指す言葉なの」

「違うって! 可能性が溢れるジョブでユニークジョブが発現した記録があるジョブだとシーナさんも言ってただろ? 俺には未来がある!」



 自分で言っておいてなんだが、本当にニー○の人の言い訳みたいに聞こえるのが不思議?



 俺達の説明を受けた美紅は目をパチクリさせるとクスっと笑うと言ってくる。


「良く分かりませんが、とてもトオル君らしいジョブですね?」

「可能性しかないあたりが徹らしいの!」

「ば、馬鹿野郎。やろうと思えば何だってできる男なんだ!」



 馬鹿野郎は俺だ……

 自分で言っててダメージを蓄積していってる……



 後ろ手を組んで俺を見上げてくる美紅が自然な笑顔で言ってくる。


「トオル君は可能性の塊のような人ですもの」

「ねぇ、美紅、それって褒めてるよね?」


 美紅は、はにかむような笑みを浮かべると「さぁ、どうでしょう?」と踵を返して早足で俺から距離を取り始める。


 それを見たルナが楽しそうな顔をして俺を見る。


「さぁ、褒めてませんがどうしましょうなの?」

「やっぱりそうなのかっ!!」


 うがぁ、と両手を上げた俺が前を歩く2人を追いかけ始め、それに気付いた2人が逃げるといった、急遽、始まった鬼ごっこが開催された。


 逃げるルナと美紅の2人の楽しげな笑みを走りながら見つめて思う。


 3人でこうやって楽しいを積み上げていきたい、と俺は想いを強くした。


 しかし、それはそれで……



「おい、本気で逃げるな! しっかり説明をしろ!!」


 俺に追い付かれないように距離と速度を計算して逃げる2人を必死に追いかけつつ、俺達は冒険者ギルドへと向かった。





 本気で俺から逃げる2人を無駄に全力疾走で追いかけた俺は息を切らしながら冒険者ギルドの扉を押して入る。


 中に入ると輝かんばかりの笑みをみせるルナと調子に乗って申し訳なさそうにする美紅の姿を確認する。


 俺はそっと腕で目元を覆って擦るようにして肩を震わせる。


「本気で逃げないでもいいじゃないか……」


 声音を震わせて言うと2人は俺に駆け寄り、必死に慰めてくる。


「トオル君、ごめんなさい。余りに楽しくて……」

「ごめんなの。調子に乗り過ぎたの」

「そうだ、お前が一番調子に乗り過ぎだ!」


 申し訳なさそうに謝る2人が無警戒になった瞬間を狙い澄ました俺がガバッと顔をあげるとルナの柔らかい頬を抓んで横に引っ張る。


「いたふぁ、なぁふすうの、とふぉる(イタタ、何するの、徹)」


 涙を浮かべるルナが俺の頬を抓んで同じように横に引っ張ってくる。



 うぉぉ! マジでいてぇ!! こいつ本気で引っ張ってやがる!



 激しい痛みに耐え、我慢比べをする馬鹿な俺達の横でワタワタする美紅。


「止めてください。2人とも頬が腫れますよ?」


 やんわりと俺達を引き剥がそうとするが、そんな事で引き下がる馬鹿達ではなかった。


 お互い号泣まで後一歩という辺りで、呆れた声をかけられる。


「何やってんだ、あんちゃん達?」


 涙を盛り上げて耐える俺達がそちらに視線をやるとそこにいたのは美中年のダンさんであった。


 呆れた声だけでなく顔までそうするダンさんは俺達の手を払っていく。


 それでお互い痛みから解放されて安堵の溜息を吐く。


「まったく、あんちゃん達の事だから、どうせ、くだらない事で喧嘩してたんだろ?」

「違うの! 徹が私を虐めてきたの!」

「正義、そう、これは正義を示していたんだ」


 お互い、色んな事を棚上げにして騒ぐが、ダンさんに俺とルナに拳骨を入れてくる。


「どっちも悪い。いくらギルドは荒くれ者の集まりだと言っても、無駄に騒ぐな」

「「は~い」」


 不貞腐れながら返事する問題児の俺達。


 ヤレヤレ、という気持ちを隠さない溜息を吐いたダンさんが俺達から美紅へと視線を向ける。


「この可愛い子は、あんちゃんの知り合いか?」

「ああ、紹介するよ。名前は美紅。俺と同郷で今日、冒険者登録して一緒のパーティを組むんだ」


 そう美紅を紹介すると美紅は人見知りが出たようで、おずおずと会釈するとルナの後ろに半分隠れる。


 隠れた美紅にルナが説明を加える。


「あの格好いいオジサンがダンさんなの。私と徹が路頭を迷ってる時に冒険者登録やミランダの宿などで、お世話してくれた優しい人なの」


 ルナにオジサンと言われたダンさんが「事実だが……」と呟きながらショックを受けているのをニヤついて見てると拳で殴られた。


 美紅は俺達から助けてくれた人がいるという説明を受けていたので、この人がそうなんだ、と思ったようで尊敬の眼差しと共にルナの後ろから出てくる。


 気を取り直したダンさんが俺達を見ながら話してくる。


「という事は、これから美紅のギルドカードを作りに?」

「うん、どんなジョブを言われるか、凄く楽しみで騒いでたんだ」

「私のジョブなんて楽しみに思われるような結果なんて出ませんよ!?」


 注目が集まり、顔を真っ赤にして両手をパタパタと振ってみせる。


 それを見てニヤニヤするダンさんが若干意地悪そうな顔をする。


「ちょっと、あんちゃん達に話があったんだけど、急ぐ話でもないし、俺も同行しようかな? 興味出てきた」


 そう言うダンさんは俺とルナのジョブも珍しいモノだったので、美紅のも期待すると笑いながら一緒に付いてくる。



 へぇ、俺のは珍しいのは分かってたけど、ルナのも珍しいんだ……


 考えてみれば、モンスターを相手にするヤツが基本、素手なのは珍しくて当たり前かもしれない。



 一緒にシーナさんがいるカウンターを目指して歩き出した俺達だったが、俺はダンさんに聞く。


「俺達に話って?」

「ああ、たいした話じゃないから、これが終わってから話すよ」


 俺は、フーン、と首を傾げながら見つめるが、本当に急いでる素振りはないので気にしない事にした。


 カウンターに着くとシーナさんに微笑まれる。


「良かった、少し間が空いてたから事故か拠点を移動されたのかと思いましたよ?」

「ごめん、ごめん。同郷の子が近くに居るかもしれないと聞いてたから捜すのに手間を食ってただけなんだ」


 そう言った後、カウンター前を譲るようにして美紅を前に出す。


 かちんこちんになった美紅がぎくしゃくした動きでお辞儀する。


「み、美紅です。この度、トオル君と再会して、一緒に冒険者になる為に登録に来ました」

「余り固くならないでね? ここではそこまで礼儀は煩く言われないから。遅れましたが、私はカウンター業務の登録、依頼受注処理などを担当しているシーナと言います」


 にっこりと会釈するシーナさん。



 それをジッと見つめる俺は心で呟く。


 決して声には出さない。



「今日も素晴らしいオッパイだ」

「あんちゃん、多分、胸に秘めようと思ってる事を口にしてないか?」


 女性陣3人から冷たい半眼を頂いた俺は頬に一滴の汗が流れる。



 やってもーた! いつものイージーミスですやん!


 元の世界で結構やらかしたが、きっとアローラ初である。


 ルナ相手にやったんじゃないかって?


 俺は過去は振り返らない男です!



「そ、それはともかく、美紅の冒険者登録をしてしまおうよ。ボク、ミクチャンノジョブ、キニナルナ?」



 棒読みだって? しゃらっぷ!



 疑わしい視線が拭いきれてないが、溜息を吐いたシーナさんが後ろから俺達の時にも使ったオーブを出してくる。


「まあいいです。では、美紅さん。これに触れてくれますか?」

「そのオーブでいいんですか?」


 少し困った様子を見せる美紅を見た俺は男前な顔をして2人の間に入る。


「俺が見本を見せてやるよ」


 そう言う俺に「えっ?」と戸惑う美紅の返事を聞く前にすぐに行動を起こして、カウンターの方に手を伸ばす。



 今やぁ!!



「手が滑ったぁ!」

「何度も同じ手が通用すると思うんじゃないのぉ!」


 気付けば俺の隣に現れたルナが俺の脇腹を抉るように拳を放ってくる。


 殴られた脇腹を押さえ、痛みで呻きながらカウンターに顔を伏せる俺は怨嗟の念を込めて文句を言う。


「俺は親切心でやってただけなのに!」

「そんな分かり易い嘘で騙されたりしないの!」


 にゃぁーと怒るルナに不満タラタラの視線を向けながら立ち上がる俺の背中に力強い掌が叩きつけられる。


「あんちゃんはおもしれぇな? 若い内は馬鹿やってナンボだよな!」


 足腰に力が入ってなかった俺は抵抗も出来ずにカウンターを乗り越えるように前のめりになってしまう。



 ぱふぅ



 顔が優しい柔らかいモノに挟まれ、とても良い香りに包まれる。


 俺は心の奥底から溢れる言葉を洩らす。



「このまま死んでしまいたい」



 その言葉が最後に俺の意識は闇に落ちた。





 目を開けると何故か河原に居り、目の前の大きな川を見つめる。


 すると対岸には懐かしい顔、死んだ爺ちゃんの姿があった。


「徹、こっちにきちゃならねぇ!」

「うーん、なんでかな、そう言われても、どうでも良くなってるんだ。そっちにいくよ」


 気力が萎えている自分の気持ちをはっきりとする。


 ゆっくりと川に近づく俺に怒鳴る。


「おめぇ、もう未練はねぇって言う気か?」

「そうだな、大きいオッパイに挟まれたから、もういいかな? って思ってる」


 そう言う俺に馬鹿野郎! と怒る爺ちゃん。


「服の上からだろうがぁ! 肌越しはまだじゃろ! それに、それに終わる前に片付けないといけないものがあるじゃろうが!」


 そう言われた俺は渡りかけてた川の中で足を止めると背筋が伸びる。



 そ、そうだ、まだ服の上しか体験してない。


 爺ちゃんが言うように残してはおけないモノ、元の世界の俺のベットの下、本棚の後ろ、そして、何より一番のパソコンのハードディスクの処理をしないといけない使命が俺の心に火をくべて燃え上がる。



「そうだった! 爺ちゃん有難う! 俺、戻るよ、振り返らずに走るよ!」

「それでこそワシの孫じゃ!」


 爺ちゃんと一緒に涙する俺。


 馬鹿な祖父と孫はお互いに手を振り合うと孫は背を向けて走り出した。





「まだ、死ねないっ!」

「ふぅ、目を覚ましてくれたか、このまま死んでしまうのかと思ったぞ?」


 汗を拭う素振りを見せるダンさんが安堵の息を吐く。


 どうやらダンさんが色々手を尽くしてくれたようだ。


 俺からシーナさんに視線を向けるダンさんが言う。


「おい、シーナ。恥ずかしかったりするのは分かるが、ちと、やり過ぎだろ?」

「わ、私もあんなに綺麗に入るとは思わなかったんです。でもトールさんもダンさんも悪いんですからね?」


 いつもの凛とした受付嬢ではなく、少女ぽさが出ているシーナさんが頬を染めていた。



 なんだろう、ちょっと御馳走様と思ってしまった。



「まあ、無事だったからいいか。それと、あんちゃんが気を失ってる間に美紅の登録は済んだぞ」



 えっ? 俺が生死を彷徨ってたのに2人に放置されてたの?



 本当の所はルナならもうちょっと状況が悪くなっても処置する自信があったから放置するように美紅を言い含めたらしいが、酷い奴等である。


 無事を祝う素振りも見せないルナがいつもの依頼を受けておいたとシレっと言ってくる。


 自分が悪い部分もあるという自覚もあったので引き下がる。


「あんちゃん達の用事も一段落したようだな?」

「まあね、美紅のジョブについて聞きたい所だけど、いつもの所に行くまで結構時間かかるから」


 大丈夫と頷く俺にダンさんが今日の夕飯のメニューを伝えるぐらい気楽さで笑顔で言ってくる。


「今年一杯で俺は冒険者を辞める事にしたんだ」


 俺は首を傾げて固まった。

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