第10話 お仕事は大変

 『マッチョの集い亭』を飛び出した俺とルナは西門方向へと向かっていた。


 ある程度走ると、ルナが走るから歩くに切り替える。


「急がなくても、もう間に合うの」


 そう言うと指差す方向に大きな建物が見える。


「あれがザックさんの商会か?」

「そうなの」


 確かに、まだ開店してる雰囲気はなく、遅れたと怒られる事はなさそうだ。


 店の前に到着した俺達は扉を開ける。


 まずは元気の良い挨拶から!


「おはようございま――す!」

「おはようございます」


 沢山の野太い声で返事が帰ってくる。


 そこにいたのは朝礼中だと思われるガテン系の集団。



 俺、頑張った。最大限オブラートに包んだっ!



「おお、ルナちゃんじゃねぇか。ギリギリだぞ? 遅刻するのかと思ったぞ」


 奥からにこやかに笑うザックさんとルナの存在に気付いた、多分ガテン系の人達の目力が緩み、優しい光が覗く。


 そして、ルナから俺に視線を移したザックさん。


 あれ? ちょっと待って、にこやかな笑みはどこに? なんとなく殺意を感じる気がするんですけどぉ!


「おい、トールと言ったか? 仕事の1時間前には来るのは常識だろうが、ああぁ?」

「はいっ! 遅れてすいません!」


 ザックさんを直視もできないが、そのバックにいる、もしかしたらガテン系の方々も見る事ができない。


 俺の目のやり場はいずこっ!


「ちぃ、まあいい、早速仕事だ、ついてこい!……ルナちゃんもこっちきてくれるかな?」

「はいっ!」

「分かったの~」


 俺は世の理不尽を呪いつつ、後を着いて行った。



 うん、俺は世の中の厳しさを見誤ってたようだ。

 さっき、世の理不尽を呪ったの取り消し。



 今こそ呪う時だぁぁぁ!!



 どういう事かというと……



 ザックさんの依頼は俺だけでやったほうが良かったと思わされたと言う事を最初に語らせて貰おう。


 ルナは掃除を始めるとゴミを生み出す奇跡を起こすらしく、ルナの後を着いていくように掃除をしていく所からスタートした。


 ちょっと重たい物を持つと転ぶ、ルナ。


 俺が運んでる物の上にルナが落とした物を載せるガテン系の方々、ルナが物を壊したら、ザックさんに怒られ、謝る俺。



    俺、苛められてねぇ?



 そう、思うのは仕方がないのではないだろうか。


 今もルナは鼻歌歌いながら、ゴミを量産している。


 そこの野郎、女郎か、前だけじゃなくて後ろも見てみろよ! と頭を叩けたらどれだけ幸せだろうか。


 そんな事したらガテン系の方々に袋叩きにされる予感がする。


 ルナはガテン系の方々に愛されていた。


 褒められる度に、えへへ、と緩んだ顔して喜んでいた。


 しかし、この愛は告白して付き合うとかといったものではなく、ガテン系の方々はルナに父性愛に目覚めさせられたようだ。


 実際に子供がいる者は勿論、20歳に成り立てといった若い人までに目覚めさせるのルナの恐ろしさを垣間見た瞬間であった。


 初めてのお使いといったやつを見てる人が、


「だから、道路のでっかい石を事前に取っておかないから、あの子は転んだんだ」


 はたまた、


「なんであの店の看板は分かりにくいとこなうえ、読みづらいようにしてるだ、スタッフもそこは空気読んでなんとかしとけよ」


 とか言ってる人と同じようなレベルなんだろう。


 ガテン系の方々もそんな風にやられている。つまり、ルナ(こども)、俺(スタッフ)、とのことらしい。


 俺は心を無にして終わる時間を切望しつつ、ルナの後を追うように掃除を再開した。


「おーい、2人共、そろそろ休憩入れるぞ。ルナちゃんはこっちでお前は向こうだ」


 そこでルナと別れさせられる状況で嫌な予感はしたが逆らう訳にもいかず、20歳ぐらいの人に案内されていく。


 案内された場所には人が座っており、俺が来ると立ち上がり椅子を空け渡す。


「何かあったら呼べ」


 そう言うとこの場から離れていくのを見送る俺。


 とりあえず言われた場所に座ってみる。


 店の入り口傍のカウンターの内側の椅子に座って辺りを見渡すの商品が陳列されてるのが良く分かる。


 手前にある引き出しを開けるとお金が入ってる。


 なんとなく、そうじゃないかな~とは思ってた。



 これって店番だよな? 休憩ですらないよ!



 やっぱり不公平だと、カウンターに寝そべって涙を流しているとドアベルの音がしたので起き上がる。


「いらっしゃいませっ!」

「んっ、ザック氏はおられるかな?」


 白いスーツに中は黒いシャツという派手な格好の黒髪の青年であった。


 前に落ちてくる前髪が気になるのか手で跳ね上げる。


「ザックさんですね、失礼ですが、お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」

「なっ! このスーパーお金持ちの僕を知らないと? まあ、貧乏人の君みたいな頭の悪そうなガキなら仕方がないね。僕の名前は、スワン・クリューソス、良く覚えておきたまえ!」


 そう言うと懐から金貨を取り出すと俺に放る。


「チップだ、取っておきたまえ。スーパーお金持ちの私の時間は有限だ、急ぎたまえ」

「えっ? 金貨ですけどいいんですか?」


 俺がそう言うとクリューソスさんは慌てて、胸元を調べて愕然とするのを見て、間違って渡したのだろうと察した俺は、


「あの~お返ししましょうか?」

「はっ、はっはは! 何を言ってるのかね、初めから金貨を渡すつもりで出したのだよ? まるで銅貨をやるつもりだったみたいに言って貰ったら困る」


 顔に汗を掻くクリューソスさんを見て、やっぱり間違って渡したような気がしてくる。

 さすがにチップで100万をやる人なんてほとんどいないだろ、と思う俺はどうしたらと思っていると、


「いいから、貰っておきたまえ! それより、ザック氏を至急呼んでこいっ!」


 えっ? マジで貰っていいの? 引っ込みが付かなくなっただけな気がするが、良く分からんから、後でザックさんに相談しよう。



 奥でルナと休憩してると思われるザックさんを呼びに行くといきなりガンを飛ばされる。

 だが、クリューソスさんが呼んでいると言うと微妙そうな顔をしながらも小走りで店のほうへと向かった。


 店に入り、クリューソスさんを視界に捉えると営業スマイルを浮かべたザックさんが話しかける。


「これはクリューソス様、今日の御来店はどのような用件で?」

「うむ、今日は用立てて貰いたいモノがあってね、メル!」


 クリューソスさんがそう言うと背後から中学生なり立てという感じの栗色の髪をしたメイドさんがひょっこりと現れる。



 いたの気付かなかったっ!



 トコトコと歩くとザックさんの前に行くと一枚の紙を手渡す。


 受け取ったザックさんは注文の内容に目を走らせながら徐々に眉が寄っていく。


「すぐに用意したまえ」

「はぁ、在庫はありますが、これだけとなると出すのにそれなりのお時間を頂く事になりますが……」


 そう言うザックさんに「急ぎたまえ」というと了承も取らずに奥のテーブルに座るとメイド、メルさんにお茶を要求する。


「今日は大入りだ。ネコの手でも借りたい状態でお前がいて本当に良かった」


 にこやかに笑うザックさんに襟首を掴まれると奥の倉庫へと引きずられていく。



 最悪の日に仕事に来てしまった!!!!

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