Scene 25 私も、普通の恋を

「ごめんなさい、ユズ先輩! 忘れ物しちゃって家戻ってました!」

「そんなことだと思ったわよ」


 帰り道に分かれていた公園で、朝の待ち合わせ。


「よし、行きましょ」

「はい!」


 並んで歩きながら、私の隣で灯香が微笑む。

 それだけで、冬を前に寒さを加速させる風も、気にならなくなった。



 うず祭から1週間が経ち、10月も下旬に入ろうとしている。


 あれから私達の関係が大きく変わったわけじゃない。

 強いて挙げるとすれば、部活に参加しなくなった代わりに一緒に登校するようになったくらい。

 部活が終わる頃まで自習室で勉強して、下校のタイミングも合わせている。



「で、新人はどう?」

「はい、どっちもスッゴいやる気で! 来週金曜から、いよいよフラウズにデビューですよ!」

「おお、それは期待できるわね」


「もうね、ユズ先輩とアオ先輩を超える爆笑をかっさらってみせますよ」

「ほほう、楽しみにしてようじゃないの、藤島部長さん」


 ふぇすらじ、そして「ヒナと天秤座」を見て、セットと同じ代の1年生男女が入部してくれたらしい。

 廃部も免れたし、新部長としては嬉しい限りよね。



「ん、ちょっと待って、何か連絡来た」

 友達からのトークに返信した後、ふと左上にある「秘書子ちゃん」のアイコンを見つめる。


「『秘書子ちゃん』、元気ですか? アタシのこと、まだ覚えてくれてます?」

「機械なんだから、そんな簡単に忘れないわよ」

 優しく笑って、右に見えた胡麻木に細く息を吹きかける。

 息と一緒に、嘘も吐き出した。



 告白の後、0で構成された秘書子の番号にショートメールを送ってみたけど、もう届かなかった。


 その直後から1週間、「秘書子さん」は不具合の改修やら最終調整やらで使用不能。昨日の夜、私が眠っている間にアップデートされて、今朝からようやく使えるようになった。


 でもそれは、ただの秘書機能。もう人工知能を持った彼女はいない。



「あ、アタシそこでおやつ買ってきます。ちょっと待ってて下さいね」

 コンビニに走って入る灯香。


 ふと、思いついたように、秘書子を起動してみる。


『おはようございます、今日も1日、頑張りましょう。ご用件をどうぞ』


「私ね、灯香と友達から始めることになったよ」

『なるほど、そうですか』


「貴女のおかげよ。ありがとね」

『いえいえ。お礼を言われるようなことはしていません』


 滑らかな言葉で少し機械的な相槌。


 うん、でもまあこれで、一応報告にはなった、かな。

 それでも、いない人に話しているみたいで、やっぱり少し気分が沈む。



 その時。


『おめでとう、楪! 頑張って、幸せになってね!』

 明るい声がスピーカーから広がった。


「秘書子!」

『他に用件はありますか?』

「秘書子! 秘書子なの!」


 繰り返し叫んでみたけど、もうあの口調は戻ってこなかった。


 ひょっとして、人工知能が少しだけ残っていたのかもしれない。また別のウィルスが侵入したのかも。本当のところは分からないけど。


 ありがとうね、秘書子。きっと今の私がいるのも、貴女のおかげ。


 私と同じ情報を持った、同じ悩みを持ったもう1人の私。そして、私の想いに反対して、でも応援もしてくれて、一緒に恋愛した親友。貴女がいてくれて良かった。



「そういえばユズ先輩、もうすぐ誕生日ですよね」


 コンビニから出てきた灯香と歩き始める。コートの襟に首を隠して歩く灯香は、いつもより小さく、可愛く見えた。


「ああ、うん。そうね」

「何か欲しいもの、ありますか?」


「おおっ、んっとね、ちょっと考える。ところで灯香、それは『放研OGへのプレゼント』なのかしら?」

「さあ、どうでしょう」


 ちょっとイタズラっぽく、でもイノセントに微笑む。

 ふふ、こういうところ、やっぱり好きだな。





 これから私は、普通の恋愛をする。

 

 夜、ベッドに寝転んで、ドキドキしながらスタンプを送って。返信が来たと思ったらニュース通知で凹んで。


 頑張って休日に買い物に誘って。前日から姿見の前でコーディネート考えて。


 事前にカフェ調べて連れて行って。アールグレイ飲みながら最近見に行った映画の話して。


 ケンカしたらなるべく私から謝って。何かのお祝いにはパンダグッズ買って。


 表情一つで不安になって、言葉一つで舞い上がって。


 未来を怖がりながら、でも楽しみながら、そんな幸せな片想いをするんだ。





「灯香、さっきお菓子、何買ったの?」

「ふっふっふ、秋限定ガリチョコの焼き芋味です!」


「あ、前行ったとき売り切れてたヤツだ! 一口ちょうだい!」

「どうしよっかなあ。結構高かったんだよなあ」

「なんだよー、よこせよこせ!」



 同じ染色体の私達はそれぞれの想いを抱えて、黄色に色付き始めた銀杏いちょうの下を笑いながら走った。

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電話が私の交際を認めてくれません 六畳のえる @rokujo_noel

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