彼を好きになれたら、どれだけ楽で

Scene 15 見てないフリなんてできない

 金曜の12時過ぎ。今日もどこかの教室で、箸で持ち上げたご飯と一緒に海苔弁の海苔がベローンとはがれた不運な子がいるに違いない。

 そんな子を笑い飛ばすかのように、スピーカーがトランペットのマーチをバックに挨拶を始める。


「皆さん、うず祭一週間前の昼休み、ウズウズしてますか? 今週も始まりました『フライデー・ウズ・チャンネル』、略してフラウズ! パーソナリティーは私、晴野楪と……」

「本条青葉と……」

「藤島灯香です。今日もよろしくお願いします!」


 ガラスの向こう側、セットが右手を挙げて指折りカウントしている。マーチ終了まで5秒前。


 拳にギュッと力を込めてパンパンと太ももを叩く。疲弊した心と体に、テンションを上書き。


「早速だけど私から、ふつおた読みまーす! 『カントンメン』さんから頂きました。『うず祭までもう少しですね。今年僕は思い切って、今気になってる別の高校の子を誘ってみました。一緒にお祭を周ろうと思いますが、喋るネタがなくなってシーンとしてしまうのが怖いです。放研の皆さん、時間が繋げる、いい話のネタを教えて下さい』 ということです」


「楪だったらどうする? 間が持ちそうな話題」

「そうだなあ。違う学校みたいだから、購買部の話とか盛り上がりそうじゃない? パンの種類とかも違ってて面白いかも。青葉は? 何か良いネタあるの?」


「じっくり話せる内容の方がいいんじゃないかな。親友に不治の病を告知すべきか、とか」

「アンタ何時間話し込む気なのよ」

 楽しい楽しい文化祭なんですけど。


「ハイ! ハイ!」

 見えてないのに律儀に手を挙げる灯香。


「ひっかけクイズみたいなの良いんじゃないですかね? アタシいっぱいネタ持ってますよ!」

「なるほど、意外と悪くないかもね」

 頭使いすぎない駄洒落みたいなやつなら、クスッと笑いも取れるしね。


「じゃあユズ先輩、いきなりですけどピザって10回言ってみて下さい」

「いきなり死ぬほど懐かしいわね」

 7歳くらいのときにやったのが最後の気がする。


「まずはベタが基本ですよ! 多分カントンメンさんだってその女の子とそこまで親密じゃないんですから、ベタなひっかけから始めるんです」


「そ、そういうもんかな。じゃあ、ピザ・ピザ・ピザ……ピザ・ピザ」

「問題、オーストラリアの首都は?」

「シドニ、あ、ちょっと待って……キャンベラだ!」

「ピンポーン!」

「ピザどこいったのよ!」

 確かに間違えやすい問題だけど!


「あのね灯香、10回クイズって、似た物を言わせて引っ掛けるってヤツでしょ?」

「なるほど、そういうパターンもありましたね、分かりました! ではユズ先輩、改めてピザって10回お願いします」


「ピザ・ピザ・ピザ……ピザ・ピザ」

「残念! 正しくは『ピッツァ』です」

「発音!」

 10秒前の「分かりました」は何だったんだ!


「でも確かにゲームってのは良い案かも。しりとりとか」

「お、いいね楪。しりとりもルールで縛ると結構難しくなるからな。僕は前、5文字以上限定のしりとりやったことあるよ」

 自慢げに話す青葉。


「うん、そういうの結構燃えるんじゃない? 制限時間つけるとか」

「あとは、最後の文字から始めなくていい、ってルールもいいかもしれないな!」

「それ何? 単語言い合うだけのゲーム?」

 まさかの規制緩和。


「ではここで1曲どうぞ!」


 青葉のシュールなボケに妙にマッチするテクノポップ。

 曲の間、マイクはオフ。急いでさっき開けたサンドイッチを出し、ハムサラダとたまごを無糖の紅茶と一緒に押し込んだ。


「さあ、続いては『勝手にお悩み受付!』 今週もみんなのしょうもない悩みを勝手に僕達で話し合って勝手に結論出しちゃいます」

「待ってました! アオ先輩、今日はどんな悩みが来てますか?」


「はい、『チックタック』さんからの悩みです。『食欲の秋になって、夜ものすごくお腹が空くんです。太りたくないので、食べない方法や食べても太らない方法を教えて下さい』」


「ううん、確かに夜食食べたくなるときあるよね。灯香ならどうする?」

「アタシはそうだなあ……ゼリーとかお豆腐とか、あんまり太らなそうなものを選んで食べちゃいますね」


「私は歯磨いちゃう。『また磨くの面倒だな』って思って食べなくなるしね」

「なるほど、そうやって自分で抑制しちゃうのもありですね。アオ先輩は?」


「僕はね、もっと大きな視点で考えればいいと思う。朝昼夜と3食ちゃんと食べてて、お腹が空くなんて贅沢だ、ってね。よく言うだろ? 世の中には、食べたくても食べられない――」

「ああ、まあよく言うわね」

「キノコがあるって」

「何の話!」

 いつから毒キノコの話題に!

「さあ、続いてのお悩み相談は『死神ジェンガ』さんからでーす!」


 ボケ・ツッコミを軽やかに交えながら時間は過ぎ、本日の放送は間もなく終了。



「さて、最後になりましたが、うず祭で放研が上映する自主製作映画について、晴野楪監督からちょっと予告してもらいましょう」


「あ、はい。えっと、今回の作品は『ヒナと天秤座』という作品です。主人公はヒナとヨウ、ヒナがヨウに片想いするけど、ヨウは中学のときに亡くした幼馴染をまだ好きでいて……という話です。今回、恥ずかしいですけど初めてラブストーリーを作ってみたので、ぜひ当日見に来て下さい」


「僕がヨウ、藤島がヒナ役をやっています、ぜひ見に来て下さい! よし、1つ聞いちゃおうかな。監督、タイトルに出てくる『天秤座』はどういう意味なんですか?」

「それはですね……本編を見てからのお楽しみで! 物語の中盤以降、割と重要なシーンで出てきますよ」

「おっと残念!」


「じゃあアタシからも質問です! タイトルの『ヒナ』ってどういう意味――」

「アンタの名前でしょ!」


 その後も答えを知っている2人から質問責め。たまにはぐらかしつつ答え、当日来てもらえるよう存分に煽って放送は終了した。




「今のカット240、もう1回行きまーす。セット、準備オッケー?」

「大丈夫ですっ」


 放課後、学校の近く、何回か撮影でお邪魔している昔ながらの喫茶店。

 もうお爺ちゃんと呼べるくらいのマスターに頼んで、奥のテーブルを貸してもらっている。


「ほいじゃあ、しまっていこう、青葉の科白からね。5秒前、4、3、2……」



『ヒナ、お前が悪いんじゃないよ』

 ファインダーに、ぼそっと呟く青葉と寂しそうに笑う灯香が映る。

『……ありがと。ヨウはやっぱり優しいんだね』

『そんなんじゃないって』



「カット、オッケーです!」


 セットが時間をメモしている横で、絵コンテに赤でチェックをつける。

 少しずつ少しずつ予定より遅れながら進む撮影。青ざめるほどの遅延になってはいないものの、真綿で首を絞められるような怖さがある。

 明日からの土日で巻き返さないとだなあ。



「アオ先輩、昨日サッカー見ました? アタシご飯食べながら後半だけ見たんですけど、日本強かったですね!」

「ああ、2点目のミドルシュートはカッコよかったな」

「3点目のスルーパスも見事でしたけどね。笠野選手は良い仕事します」


「そういえば笠野、モデルの吉川亜利菜と付き合ってるんだよな」

「そうなんですよ! ビックリしました!」



 楽しそうな雑談を聞きながら、絵コンテの紙を少し大げさなジェスチャーで捲る。

 余計な好奇心からつい顔を上げると、その2ショットにはおよそ違和感の欠片もない。ただの仲の良い男女、ただの親しい男子と女子。


 すぐに目線をコンテに戻すと、後ろからセットが話しかけてきた。


「本条先輩と藤島先輩、なんか仲良くなりましたよね。役に近い感じの仲になってきたような。演技にもリアリティーが出てきますし、良いですね、こういうの」

「……撮影楽しんでくれてるなら何よりだけどね」


「なんか本物のカップルみたいです」

「ん……そうね……」


 セットの無遠慮で無頓着な言葉が響く。別にセットが悪いわけじゃない、他の人が見たって同じことを言うだろう。



「じゃあ次のカット撮ります!」


 うごめくようにざわつく心のまま、強い語気で叫んだ。

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