誕生日を、貴女と

Scene 11 待ち望んだクランクイン

「それじゃ次はカット65いきます! セット、アングルは大丈夫?」

「オッケーです!」

 カメラの傾きをチェックしつつ、ノートにペンを走らせるセット。


「ヒナ、ゆっくりと歩いてきてね。目線はずっと画面でお願い」

「はいっ!」

「ヨウはさっきのカットのまま、上見ててね」

「オッケー」


 灯香と青葉が順番に返事した。灯香はご丁寧に手まで挙げてる。

 私もニマッと笑ってセットの隣へ走った。


「よし! カウント、2秒前からは無言でいきますっ」

 録画ボタンを押して、もう一度2人を見直す。


「5秒前、4、3…………」

 カメラのサイドモニターを見ながら、どうぞっ、と勢いを込めて手をスッと前へ。


 やがて、空を見てる青葉とスマホをいじる灯香が、渡り廊下ですれ違った。


「カット! 青葉、もうちょっとのんびりした感じで空見て。ポケットに親指だけ入れたりするといいかも」

「あいよ」

「もっかいいきまーす!」



 週明け。夏の残り香を纏う9月に別れを告げ、朝の透き通るような空気に秋を感じる10月になった。


 漫画家が自虐的に描く自画像のように、部屋に原稿が飛び交う日曜を過ごし、どうにかカット割が完成。

 この夏、ぼんやり私の中に芽吹いた「ヒナと天秤座」は、結局400カット、A4で100ページ以上の絵コンテに変身し、今日からいよいよ撮影が始まった。


「はい、オッケーです! えっと次は……少し飛ばしてカット70ね。夕方の教室で2人が語らう場面」


 絵コンテとは別の紙、カット数の横に撮影予定日が記載された一覧表をボールペンのノック部分でなぞった。


 私が話す横を、他の生徒が物珍しげに見ながら通り過ぎる。「なんかやってる」と注目を浴びるし、演技をしない監督&演出はそんなに恥ずかしくないので、撮影の間はちょっとだけ気楽な優越感に浸れる。


「よし、じゃあ私の教室で撮るよ! 移動しまーす」

「はーい」


 教室に向かって4人で歩き出す。青葉の右手には三脚のついたビデオカメラが揺れていた。


「セット、次のカットはカメラどこから?」

「えっと、晴野先輩の教室では、と……上からですね。見下ろすような感じです」


 ファイリングされた絵コンテのコピーを捲りながら、セットが返事した。

 セットは撮影補佐の他、記録担当としてどこのシーンを何時に撮ったか記録してもらう。チェックすることで撮り漏れを防げるし、後で動画を編集するときに動画が探しやすくなる。セットとカットを連呼する響きは、結構気に入っている。


「楪、今日は何時くらいまで撮るんだ?」

 階段を上りながら青葉が聞く。


「あと2時間くらいが限界かなあ。その頃には日が落ちちゃうからね。目標は1カット3分!」

「そんなハイペースで撮るんですか! 大変だなあ」


「そのくらいのペースで撮らないと終わらないわよ。灯香、今日撮るカットは言っておいたはずよねえ? ちゃんと覚えてきたのかしら?」

「い、一応は……たぶん……目は通したような……」


 意地悪く言った私にボソボソと返す灯香。そのリアクションに、3人で笑う。


 とはいえ、ハイペースで撮らなきゃいけないのは本当だ。来週末の土日がうず祭本番ってことは、あと2週間ないってこと。編集の時間を考えると今週末の土日にはクランクアップしておかないと厳しい。400カット撮るためには、このペースでも結構ギリギリだ。


「うし、じゃあ撮影準備いくわよ」

「晴野先輩、コンテです」

「ありがと」

 教室に入ってすぐ、セットがコンテを見せてくれた。私も持ってるけど、こうやって見せてもらえるととっても助かる。


「んっと、灯香はそこに座って。で、青葉はその向こう側に立って。カメラ合わせちゃうね」


 三脚を最大限伸ばして、カメラを下に傾ける。ちょっと爪先立ちしながら、サイドモニターでアングルをチェック。私の後ろで同じくモニターを見ていたセットが顔を寄せる。


「あの、晴野先輩。絵コンテよりもアングル低くないですか?」

「確かに、結構低いかも」


 絵コンテを描いた時点では、ブロッキング、つまり撮影テストしたカット以外は脳内でカメラを回しただけ。こういうこともよくある。


「よし、机くっつけて台にしよう!」

 余ってる机を4つくっつけてヒョイッと上り、三脚を置く。ガタガタしないよう机の脚に小さく折った紙を挟んだ。


「おー。ユズ先輩、大胆ですね」

「ふふんっ、撮りたい映像のためならこのくらいやらないとね。セット、ガンマイク取って」

「はい、お願いします」


 机の下にいるセットから、記者会見でよく見るような細長いマイクを受けとる。ジャックに差して準備完了。カメラ自体にもマイク機能はついてるけど、こういうマイクの方が集音性が高くて雑音が入らない。


「よし、カット70いこう! ヒナはそこでノートを開いたまま、ヨウから会話スタート。会話の内容はオッケー?」

「アタシはだいじょぶです!」

「俺も問題なし」


「じゃあ撮影いきまーす! カウント5秒前から、5、4、3……」



『なあヒナ。お前さ、進路どうするんだ?』

『ん……アタシはまだ迷ってるとこ。大学行くのもいいけど、早く手に職つけたいから専門もいいかなあ、なんて。ヨウは?』

『俺は大学行こうと思ってるよ。兄貴から話聞いてて楽しそうだったし。どうせなら全然知らない土地の大学行って、新しい大学に身を置き……ごめん間違えた!』


「カット! あ・お・ば・さーん!」

「ホントごめん! 『新しい環境に身を置きたい』だ」


「ドンマイです本条先輩。そこまではすごく良かったですよ」

「セット君の言う通り! ヨウの雰囲気出てましたよ、気取り直していきましょう!」

 叱る私に謝る青葉、激励する後輩2人。でも4人とも、表情は明るいまま。


「ほいじゃテイク2いくよー! アーユーレディー?」

「ゴーゴー!」


 脚本書きやカット割も嫌いじゃないけど、やっぱり映画制作の中ではこれが一番面白くて楽しいわね!



 5分の休憩時間。日の傾き加減を見ながら、今日どこまで撮れそうかを再チェックする。


「アオ先輩、ここちょっと練習しません? アタシ、どんな感じで掛け合いするかイメージ掴めてなくて」

「ああ、うん。じゃあ藤島のこの科白セリフから読んでみてよ」


 撮影予定日を書いた一覧表とにらめっこしつつ、横目で2人を見る。青葉が灯香の脚本を覗き込んで、読み合わせが始まった。


「藤島の今の科白、もっと早口で言った方が良いような気がする。少し怒った感じだろ?」

「ん、そうですね。ちょっと早くしてみます」



 私の作品に真摯に向かいあってくれる2人が頼もしい。でも、それでも、心臓や肺が少し縮んで、いつも吸えているほどの空気が吸えていないような感覚に苛まれる。


 この2人の距離が近づくことに、私の胸は小さな反抗期を迎えてチクチクと小さく暴れた。



「よし、休憩終わり! 次のカットもこの教室でやるよ。灯香、さっきの場所に座って!」

「了解であります!」


 身勝手な想いを自分の大声で掻き消す。

 誰に訴えようもない戸惑い、映画の完成に向けて邪魔になりそうな思惑を、重しを結わえて右脳の底に沈めた。




「楪、今日はどこ集合?」


 火曜日の2限終わり。隣の教室から来た青葉が、前の空席に座っている。近くの女子がなんとなくキャピキャピしてるのは、気のせいじゃなさそうね。


「んっとね、私の通学路で撮る予定だから、校門集合にしよっかな」

「了解っす。今日明日は日が落ちるまでは普通に撮影だよな?」


「そうね。撮影終わってからふぇすらじのこと考えて……あ、あとフラウズの構成も考えないとかな」

「そう。フラウズの編集会議は夜だな。大体の構成案は俺の方で考えとくよ」


 私の赤ボールペンをくるくると回す青葉。ペンの動きをじっと見ながら、ふと思い出した。


「……あれ、なんか明日委員会とかあった気がする」


 すぐにスマホを出してロック解除。授業終了までは電話もメールもアプリも禁止だけど、スケジュール確認くらい許してもらおう。いつものように秘書子を起動する。


『こんにちは。お昼は何を食べましょう? 用件をどうぞ』


 メールや電話をしてくることを除けば、普通の秘書機能なのよね。透明感と可愛らしさを併せ持つ声。定型的な挨拶だけど、聞き慣れてるせいか無機質には聞こえなかった。


「明日の予定って何だっけ?」

『はい。10月3日、15時半から16時まで美化委員会です。19時から21時まで、翌日の撮影カットを選定です』


「そっか、委員会あったのか。サボれないかなあ」

「ちゃんと出とけよ。それまで撮影準備して待ってるから」


 ペンのノック部分で頬をぷにっとつつかれる。

 仕方ない、委員会が長引きそうなら、最悪体調不良ってことにして――


 私の思考を遮って、秘書子が思いっきり無機質に告げた。

『また、明日10月3日は、藤島灯香さんの誕生日です』

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