Scene 12 その日なんの日

「のわああああああああああ!」


 秘書子の柔らかい口調に対抗するかのような叫びをあげる。教室にいるクラスメイトの視線の半分が私に刺さるように向けられた。


「なんだなんだ、どしたんだ楪」

「あ、青葉! 明日、灯香が、ほら、忘れてたけど、ね、生まれさ、たまたまね、撮影で」

「よし落ち着け楪。まずは日本語から直していこう」


 肩を揺さぶられ、その揺れに合わせて息を整える。がらんどうだった頭の中に、ポツリポツリと単語が浮かんできた。


「灯香が明日誕生日だった!」

「うん、それは今お前の携帯が言ってた。で、そのリアクションからすると……」

「しまったあああっ! 完全に忘れてたよおおおっ!」


 アメリカ人でもこんなにしないだろ、というくらい手で頭の両脇を押さえつける。


 なんで! なんでこんな大事なこと忘れてたの!


「先々週までは覚えてたのよ、確かに! 絶対忘れないって思ってたのに!」


 よくよく思い出してみれば、先週灯香が秘書子に触ってたときも秘書子が言ってたじゃない!

 なんで忘れてるんだバカ楪! アホ楪! ニワトリ楪!


「まあでも、こんなにバタバタしてたら仕方ないかもな。毎日撮影して、夜は次の日撮影するカットの確認だろ? ゆっくり手帳見る暇もなかっただろうし」

「そうだけどさあ……はあ……去年はちゃんと覚えてたのに」


 去年はみんなでケーキ買いに行ったっけ。当時はまだ可愛い後輩としか思ってなかったけど。


「で、今年はどうするんだ? 何か贈ってあげるんだろ? 愛情込めたプレゼントってのを」

「う、ううん。なんか考えようかな」


「撮影あるのにそんな時間があるのか分からないけどな、ふふん」

「なんとか時間作るわよっ。街の方行けば遅くまでやってる店あるでしょ」


「まあ買えたとして、前日まで誕生日を忘れてたヤツに贈る資格があるのかって話だけど」

「アンタ私を応援する気ないのか!」

 うぷぷ、と口を手で押さえる青葉を叩き、2人で笑った。


 こうやって自分の恋愛を「ただの恋愛」に変換して接してくれる青葉に、私はきっと救われているに違いない。




「ううん……」

「晴野先輩、どうですか?」


「ううううん…………」

「あの、晴野先輩?」

「へ?」


 セットに呼び戻された現実、私はシューズロッカーの前でサイドモニターを覗いていた。


「カット35、どうですか? もう4回も見返してますけど、撮り直しますか?」

「あ、カットね、うん、いいと思う。ヨウの演技もナイス!」


 目を合わせたヨウ、否、青葉がニマニマ笑ってる。くそう。


 ええ、どうせモニターなんかちゃんと見てませんでしたよ。始め1回見た後はずっとプレゼントのこと考えてましたよ。いけないいけない、集中しないと。


「晴野先輩、ちょっと休憩取りますか。撮影しっぱなしですし」

「ん、そうね。いったんここで休憩にしましょう」


 よし、この休憩時間は絶好のシンキングタイム。トイレに向かうフリをしてその場を離れ、1階と2階を結ぶ階段の踊り場に行き、壁に寄り掛かる。


 そして、ネットを開こうとスマホを覗いた瞬間、タイミングを見計らったかのようにショートメールが届いた。


『明日は灯香の誕生日だよね? 何かあげるの? 楪、それっぽいこと何も検索してないから気になってさ』

 スマホにまで心配される私って……。


『あ、ひょっとして他に好きな男子できたとか! やるわね!』

『相手はどんな人? イケメン?』

 2~3日前に灯香のこと話したばっかりでしょ!


「忘れてたの。これからプレゼント考える」

 ババッと返信し、秘書子を起動する。って、どうやって検索すればいいんだろ? 


「女友達 誕生日 プレゼント」とかかなあ。

 マイクボタンを押すのを躊躇ためらっていると、なんとなく予想していた通り、マイクの向こう側の相手から着信が入った。


『どしたのよ? 早く検索すればいいじゃない? 何か悩んでることがあるの? だったらワタシに遠慮なく相談してみて、なんでも答えるから。では、プレゼントの中身についての質問は1を、プレゼントの予算についての質問は2を……』


「元気そうで何よりね、はあ……」

 お客様相談センターみたいな物マネに軽く溜息。


「貴女さ、灯香の欲しいもの知らない?」

『欲しいもの? 人間の欲しいものなんて、ワタシの知るところではお金と名誉と安定した国家しか知らないけど』

「その偏った知識はどこで身に付けたの!」

 とんでもない人工知能だ!


「まあ知ってるワケないわよね」

 私がインプットした知識しか持ってないんだもの、当たり前か。ついつい聞いてしまった。


『灯香の好きなものっていうと、焼き鮭と肉豆腐、パンダグッズしか知らないわ』

「……そっか、パンダグッズか! 忘れてた!」

 確かに! 灯香いっぱい持ってるわね!


『楪が教えてくれたんじゃない』

「ん、そうだったわね。よし、それで探してみる!」


『ちょっと、パンダグッズっていっても具体的に――』

「やばっ、休憩時間終わっちゃう! また後でね!」

『こら、楪――』

 画面右上の時計表示を見て、慌てて切ってシューズロッカーにダッシュ。


 よしよし、パンダだパンダ、パンダグッズ。方針は決まった。


 でも秘書子の言うことももっともなのよね。灯香、パンダグッズいっぱい持ってるんだよ。

 どんなの持ってるんだろ、何欲しいんだろう。こればっかりは聞いてみないと分からないけど、そんなこと聞いたらサプライズにならないし。

 ……いや、もういっそサプライズじゃなくてもいいかな……。


 灯香、灯香の欲しいもの、灯香、灯香――

「あっ、ユズ先輩いた!」

「どわっ!」


 シューズロッカーの手前、柱の角でひょこっと顔を出してきた灯香に本気で驚く。

 ものまねしてたら本人登場、くらいのイメージ。


「今度のカットのところで質問あるんです。今、セット君やアオ先輩と話してたんですけど」


 手を引かれて男子2人のところに連行される。セットはカメラにヘッドホンを差して、今まで撮った映像の音をチェック中。青葉は近くの傘立てに腰掛けて脚本をパラパラと捲っていた。


「ええっと……ここってどんな感じで読むんですかね?」

 灯香がステープラーで留めた脚本の真ん中をトントンと指す。折れ目や汚れがついているのが、読み込んでいる証のようで嬉しい。


「あ、んっとね……悲しいんだけどなんで悲しいのかよく分かってない、っていう感じかな。だから怒りの感情はそんなに込めなくていいの。『今日はアタシ行かない』ってトーンで、クールというか、暗いくらいでちょうどいい」

「おお、今の上手いです! ユズ先輩、役者もできますね!」

「ううん、脚本書いた本人だからそれっぽく読めるだけよ」


 でも、そんなキラキラした目で言われると悪い気しないな。


「オッケーです、やってみますね。あ、セット君、ちょっとボールペン貸して」

「藤島先輩、ペン無くしたんですか?」

「違うんだよお! 昨日うっかり踏んで壊しちゃって! お気に入りだったのに……2年前に買ったヤツだからもう売ってないだろうなあ」


 ハア、と手が地面に付くかというほど肩を落とす灯香。


「でもいいんです。また見つけます、新しいお気に入り」

「どんなペンがお気に入りなんだ、藤島?」

「パンダが描いてあるヤツです! アタシ、パンダ愛が深いんで。あ、でも本物のパンダはちょっとって感じかなあ。デフォルメされたキャラクターが愛おしいんですよお!」

 テンションのギアを上げて、手をバタバタ動かす。


「そういえば前のペンもパンダがついてたな。言われてみればパンダの色々持ってる気がする」

「消しゴムのケースにもパンダ描いてありましたよね、藤島先輩」

「そうなんですよお。パンダの形したペンケースは『子供っぽい』って親に買うの止められましたけど」

 ブスーッと膨れる。そっかあ、パンダのボールペンかあ……。


 ……………………………………………………。


 ん、ひょっとしてこれって……?

 灯香の横にいる青葉を見ると、腰のあたりでグッと親指を立てていた。


 さすが、考えてることお見通しね。


「はいっ、休憩終わり! カット36いくわよ!」

 なんとなく買うものが決まったので、集中力が倍増。人間ってホント、単純なもんだな。

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