Scene 2 知らない番号、ショートメール
「楪、脚本進んでる?」
フラウズが終わった放課後の部室。ノートに綴った構想メモを見ていると、スケジュール表を持った青葉が隣に座った。
「ん、もう少し。構想はほぼ固まったから、来週まででいけそうかな」
「そかそか。キャストはこの前言ってた通り?」
「うん。青葉と灯香にメインの2人をやってもらって、あとは適当にエキストラ募るつもり」
「ヒロインなんて恥ずかしいですよお。せめてセット君もメインキャストにいれて、アタシの出番減らして下さい」
「いや、僕は演技できないんで……。この前の作品でも、藤島さんの演技は結構良かったと思いますよ」
「お、いや、うへへ、そうかなあ」
照れながら赤ペンをノートに走らせる灯香と、動画編集ソフトの操作ガイドを捲るセット。
長机を2つ平行に並べた部室中央の机。そこをぐるりと4人で取り囲み、それぞれが来月に向けた準備を進めていた。
3週間後、10月中旬に、雲珠高校の文化祭「うず
各学年8クラス、割と大きい学校なので、土日2日間行われる文化祭の規模もこの地区では最大級。部活加入率が高いからクラス毎の企画はなく、部活毎の発表や展示、模擬店が校内を彩る。
放研では毎年、オリジナル脚本の自主制作映画を上映しているけど、今年はそれに加えてスペシャルラジオ「ふぇすらじ」を放送することにした。初めての試みなので、どんな形になるか、その輪郭もまだまだ曖昧。
「じゃあ、また来週」
18時を周り、あっという間に部活が終わった。正門で青葉・セットと反対のベクトルに別れ、帰り道を灯香と並んで歩く。
「ユズ先輩、進みましたか?」
「んー、全然。今日で何回頭抱えたか分からないわ」
「ふふっ、確かに唸ってましたね。ごめんなさい、ラジオの打ち合わせ時間かかっちゃって」
「ううん、良いリフレッシュになった。それに、灯香に負けないように私も頑張ろうって発奮できたし」
「そう言ってもらえるとアタシも頑張った甲斐があります!」
夜の始まりが訪れ、オレンジを塗りつぶす青混じりの黒が空で自由気ままに広がっていた。少しずつ日が短くなっているのを感じる。
「あと1ヶ月ないんですね、うず祭!」
「そうね、ホントあっという間」
「アタシ、去年はずっと部室に張り付きだったんで、今年はちゃんと学校回りたいなあって思ってて」
そうそう、当時の3年生が計3本も映画を撮ったせいで、去年は上映スケジュールがキツキツで私もほぼ全日受付タスクをしていた。今年こそはゆっくり見て回りたいなあ。
「あとは秋入部に期待したいわね」
「どれだけの人が放研に興味持ってくれるかですよね。うず祭の後で部活見学に来る人って、もともと部活してなかった人ってことですか?」
「あとは夏までに部活辞めて暇してる人とかね。1年生もいれば2年生もいるし。去年も2~3人見学に来たから、今年もうまく勧誘して拡大しないと」
私と青葉が抜けたら放研は2人になる。部員数4人っていう部活規程を満たすためにも、良い映画とラジオやらないと。
「ユズ先輩の脚本、来週中には読めるんですよね? そっちも楽しみです」
「うん、そろそろカット割始めないといけないしね。灯香達のお気に召すと良いんだけど」
「アタシ、先輩の映画好きです。ちゃんとストーリーは繋がってるんだけど一部は見た人に委ねていて、その余白の残し方がうまいなって」
「……ありがと。そう言ってもらえると頑張れるわ」
ふと、灯香を見る。
160センチの私よりちょっと低い背丈。髪は相変わらず宙をふわりと舞い、肩のあたりを踊っていた。くっきりしてるのに優しい印象の目、ルージュのコマーシャルで見るようなツヤのある唇、ハムスターみたいに膨らませられるだろうと思わせる柔らかそうな頬。かわいいな、と素直に思える顔立ちに、視線は余所へ動こうとはしなかった。
「どうしました?」
「……ううん」
チラッと覗き込むようにこっちを見た灯香に、首を横に振りながらと笑って返す。その吸い込まれるような目を見ながら、部室で一生懸命ノートにペンを走らせていた彼女を思い出していた。
「じゃあユズ先輩、また明日!」
公園手前の交差点で、手を振って走っていく。
「うん、またね」
振りかえす手にペコッとお辞儀を返して、彼女は細い通りに入っていった。
ここから1人で帰るのか。少し寂しい。
ううん、ちょっと違う。それは曖昧に濁した表現。
寂しいのは1人で帰ることじゃない、灯香が隣にいなくなったこと。
これを恋と呼ばずに、恋愛と呼ばずになんと呼ぶのか。
私は、とても幸運なことに心から好きになれる人が現れて、とても不幸なことにその相手は同じ染色体だったりする。
「ただいまー」
家に帰り、2階の部屋へ直行。こんな気分のときは、直ぐに夕飯を食べる気にならない。制服も脱がずにベッドにうつ伏せに倒れ込む。
「はあ……」
どうしようもなく深い溜息。自分は「普通」の女子ではないのだと痛烈に感じた後に、新しい服に袖を通した時のようにチクチクとした切なさが体を蝕み、枕に顔を押し付ける。
女子のくせに女子が好きだなんて。自分が悪いわけではないのに、自分を責めるしかできない。受け入れようとする自分と、それでも周りにカミングアウトするまでの勇気のない自分。
分かってる。世界では、私のような存在への理解はどんどん深まってるみたいだし、日本でも先進的な一部の地域では取り組みが進んでいるらしい。そんなことは十分に分かってる。
でもそんなものはただの全体像でしかない。いくら明るいニュースを耳にしたところで、学校で何の偏見もなしに受け入れてもらえるものじゃないし、もしバレたら奇異の目も陰口もきっと止むことはない。たとえ私が登校さえ諦めたとしても。
親に言ったらどんな顔をするだろう、友人に話したら陰で何て言われるだろう。いつか灯香にも言えるだろうか、どうせ叶うはずもないのに。
憎悪、嘲笑、そして憐憫。入り混じる自分自身への感情を風船ガムのように膨らませると、脳内のもう1人の私がどこ吹く風で冷静に見ている。泣く気にもならない一人相撲。
「うしっ、切り換え切り換え」
自分に言い聞かせるように声に出して、仰向けに。制服のポケットからスマホを取り出し、ロック解除して左に2回スライド。マイクの描かれたボタンを押す。
「『日曜のキス』聞きたい。リピート再生して」
ポンッという効果音とともに、すぐに大人っぽさと可愛さが絶妙に混じる声が返ってくる。
『準備が出来ました。再生します』
ギターのアルペジオが優しく響き始める。時々鳴る「キュッ」という弦の音が、演奏している骨っぽい手を想像させた。
男性ボーカルの声に癒されながら、もう一度マイクボタンをタップ。
「明日早起きなの。6時半にアラームお願い」
『早起きですね! 朝6時半にアラームをセットしました。頑張って下さい!』
ありがと、とスマホに向かってお礼を言ってみる。
今や多くのスマホについている秘書機能。文字や音声で指示を出し、スケジュールの登録やアプリの呼び出しを行ってくれる便利な機能だ。
半年くらい前に買い替えたこのスマホには、その最新型が内蔵されている。その名も「秘書子ちゃん」。音声認識力が格段に上がり、例えば文字をフリックして検索するより音声検索した方が手っ取り早くなった。
さっきみたいな簡単な挨拶や日常会話もマスターしていて、まるでホントに秘書と喋ってるみたいに感じることもある。まさに時代の最先端。
「検索。女の子同士 恋愛 変?」
不思議と何度も聴きたくなる、妹のような、お姉さんのような声が返ってくる。
『検索結果を表示します』
ずらっと並んだ検索結果。心理学のページ、小中学生向けの保健体育のページ、ネットユーザーが集う質問箱、百合を描いた漫画の紹介……もう何度も問いかけた質問に、もう何度も開いた情報の断片図。
真剣な想いを吐露しているサイトも多いけど、結局私自身の何が解決するでもなく、「自分は孤独じゃない」というマイノリティーの中の僅かな救いを見つけて終わるだけ。
「ふう」
このままネットサーフィンでもしようとマイクボタンを押そうとした、その時。
ポンッ
ショートメールが来た。宛先は、全て0で構成された、謎の番号。
『男子のこと、好きにならないの?』
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