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Scene 1 校内ラジオ「フラウズ」オンエア

 暑さも少しずつ和らいできた9月、金曜の昼休み。雑談が飛び交う教室で、スピーカーが目を覚ます。


 ブツッ ブツッ……


 懐かしい映画サントラの軽快なBGMが流れる。やがて音が絞られ、マイクボリュームのつまみが回された。


「皆さん、週末前の昼休み、ウズウズしてますか? 今週も始まりました、フライデー・ウズ・チャンネル、略してフラウズ! パーソナリティーは私、晴野はれのゆずりはと……」

「僕、本条ほんじょう青葉あおばと……」

「アタシ、藤島ふじしま灯香とうか。以上、放研の3人でお送りします、よろしくお願いします!」

 放送室に備え付けられたスタジオに三角形を作るように机を並べ、私達3人はマイクに向かって口を開いた。



 私立雲珠うず高校の放送研究部、放研。

 その主な活動の1つが、この毎週金曜の昼休みに放送する校内ラジオ番組。

 そしてもう1つの主な活動は映画制作。30分くらいのショートフィルムや1時間以上の大作を撮り、コンクールに応募したり学校のイベントで上映したりしている。


 私、晴野はれのゆずりはも部員の1人。といっても、3年の私は来月で引退だけど。



「じゃあ楪、まず僕から普通のおたより、ふつおたを。『もやしっ子』さんから頂きました。『皆さんこんにちは。9月ももう後半だってのに暑いですね、プールで授業を受けたい気分です。ところで青葉さん。プールというと、僕はつい女だらけの水泳大会みたいなセクシーな企画を妄想してしまいますが、もし実現するとしたらどんな競技があるといいでしょう?』」


「青葉、いきなり大胆なお便り読んだわね。で、どんな競技がいいのよ?」

「プールに沈めたパン食い競争」

「なんでぐしょ濡れのパンくわえなきゃいけないのよ」

 味より塩素が心配なんですけど。


「もっとオーソドックスなものにしなって。水中騎馬戦みたいなさ」

「馬はずっと潜りっぱなし水中騎馬戦」

「死んじゃう! 馬役の人死んじゃう!」

 青葉との掛け合いも、3年続くとすっかりお家芸ね。



 3年で放研の部長、本条ほんじょう青葉あおば。辞めていく部員が多い中で、3年間一緒に活動してきた相棒。


 爽やかな顔立ちに黒髪のエアリーパーマで柔らかい雰囲気を醸し出す彼は、中身も柔らかい、というか器用。自分のポジションを臨機応変に変え、一番欲しいレスポンスをくれる。


 それはこのラジオでも一緒で、流れを読んでボケにもツッコミにも進行にも転じる。そんな全体的な柔和さは女子からの受けも結構良いらしい。




「ユズ先輩、アタシもそういうイベント興味あります」

「……女だらけの水泳大会に?」

「というか、そういう夏らしいイベント面白いなあと思って。肝試しとか」


「まあ、確かに肝試しとか王道ね」

「街灯だらけの肝試し大会」

「全然怖くないわよ」

 肝の何を試すのよ。


「アオ先輩、バーベキューもいいんじゃないですか? ジャガイモだらけのバーベキュー大会みたいな」

「肉は! 肉はどこに!」



 この人懐っこいボケ担当は2年の藤島ふじしま灯香とうか


 重力がおかしくなってるのかと思うほどふわふわとした栗色ミディアムロングは、「ショートが一番似合うね」とヘアーサロンで言われている私からするととっても羨ましい。顔はと言えば、中学生でも通るようなあどけなさに時折見せる大人びた表情を併せ持っていて、もっと羨ましい。


 そして水晶玉を2つ入れたような胸元は、もはや恨めしいレベル。



「続いてはこちら、『勝手にお悩み受付!』 アタシ達が勝手に悩みを聞いて勝手にアドバイスしちゃいます」


 言いながら、プリントしたメールをファイルから取り出す灯香。校内リスナーからのメッセージは、全て放研専用のメールアドレスに送られてくる。


「今日は女の子から頂きました。ラジオネーム『炭酸大好き』さんから。『皆さん、こんにちは!』 はーい、こんにちは!」

「こんにちは!」


「『私は最近、電車で同じ人から痴漢されています』」

「初っ端からディープすぎる! なんかもっと些細な悩みじゃないの!」

 ここより先に報告すべき機関があるでしょうよ!


「『でもその人、痴漢といってもただ手を握ってくるだけなんです』」

「プレイそのものもディープすぎる……」

「『最初のうちは気持ち悪かったのですが、だんだん煮え切らない彼の態度に腹が立ってきました。どうすれば良いでしょう?』」

「どこに怒ってるの!」

「そんな恋人みたいなニュアンス出されても!」

 私と青葉で立て続けにツッコむ。


「アオ先輩、どう思いますか?」

「……んん、そうだな。でもこの痴漢も悪い人じゃなさそうだ。この人みたいに、まずは手を握るところから始めるのがいいかもしれないな」

「なるほど、痴漢にもイロハがあると」

「灯香、この話題は広げなくていいのよ」


「あるいは彼女の方にイロケがあったってことかな」

「お、アオ先輩ウマい!」

「いつまでこの痴漢トーク続けるの!」


 こんなしょうもないトークを楽しんでくれるリスナーが大勢いて、長年この放送が続いている。ホントに有難いことね。



「ではここで1曲お聞き下さい」

 カフェでよく聞くようなボサノバが流れ、マイクのボリュームが下げられた。


「ユズ先輩、お疲れ様でした」

「うん、灯香もお疲れ。青葉、後半のコーナー、頼むわよ」

「おう、オッケー」


 椅子から立って伸びをしていると、セットが口元を笑顔にしていそいそとスタジオに入ってきた。


「お疲れ様です。晴野先輩、バッチリ時間通りに締めましたね」

「ホント、頑張ったわよ」


「セット君、次のタイトルコール、いつからかな?」

「んっと、本条先輩のコールだから、と……4分20秒後に開始です」

「了解でっす、ありがと!」



 1年生の井蔵刹都いぐらせつと。カッコいい名前だけど呼びにくいので、私と灯香はセットって呼んでいる。


 耳周りと襟足をスッキリさせた髪型に大人しそうな表情。笑うときもニパッというよりはフッと笑うような感じ。


 トークや演技より裏方が好きみたいで、ラジオではタイムキーパーや音声、映画では編集なんかをサクサクこなす、縁の下の力持ち。



 3年生2人、2年生と1年生が1人ずつ、計4人。放研は少数精鋭で日々楽しく音と映像を創り出している。



「さあ続いては1ヶ月ぶりのこのコーナー、『共感チェック!』 お題に沿った意見を僕らが出していき、リスナーの皆さんにやんわり共感してもらうコーナーです」

 青葉が小気味よく話す。共感集めるのって、結構難しいのよね。


「『焼肉プディング』さんのお題です。『放研の皆さん、こんにちは』」

「こんにちは!」


「『早速ですが質問です。僕の住んでるところは昔からのお金持ちが多いからか、所謂ハイソな友達が多いんですが、皆さんはハイソと聞くと何を思い浮かべますか?』ということでした。ハイソ、つまりハイソサイエティーですね。じゃあ楪から」


 ハイソかあ。自分とは無関係な言葉すぎて、すんなりと浮かんできやしない。

「んっと、趣味が乗馬、とかかなあ」


「なるほど。藤島はどう?」

「はい! お風呂でマーライオンみたいのがお湯吐いてる!」

「そんな家ほとんどないだろ!」

 青葉の言う通り。世界で何宅あることやら。


「あ、ユズ先輩! 寒い冬にラーメン屋でラーメン頼んで、スープだけ飲んでお会計とかどうでしょう!」

「ただの成金でしょそれ! むしろローソでしょ!」

 ローソなんて言葉あるのか分からないけどさ!


「あのね灯香、ハイソって上流階級的な意味合いが強いのよ。例えば、曾お婆さまの代から着物が受け継がれてるとか、なんとなく上流階級っぽいでしょ?」

「なるほど。そういうテイストだと……おかわり自由の店でもおかわりしない、とかですかね」

「アンタのテイスティング能力はどうなってるのよ」

 着物とおかわり自由を同列にしないでよ。


「藤島、ロココ調で猫脚の家具がいっぱいあるとか、それっぽくないか?」

「おおっ、確かにハイソな感じしますね」

 青葉のフォローに腕を組んでふむふむ頷く灯香。


「よし、じゃあ、割引券の有効期限が切れていてもあんまりガッカリしな――」

「以上、『共感チェック!』のコーナーでしたっ」

 青葉が無理やり締める。ダメだ、灯香の中で、ハイソは「脱貧乏性」と同じくらいの意味だ。


「それではここで再びふつおたのコーナーに移りましょう!」



 毎週金曜日、昼休み開始10分後から終了5分前まで、こうしてボケ・ツッコミの応酬が「フライデー・ウズ・チャンネル」で繰り広げられている。

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