Scene 9 幸せなこと、切ないこと

「去年もユズ先輩、脚本書いてたじゃないですか。今年は監督もこなして、スゴイなって思ったんです。アタシは去年の先輩の年になって、自分は何ができるんだろうって。映画で役はもらったけど、別に演技の才能が高いとも思ってないし」


 灯香はゆっくりと話を続ける。


「で、自分がやってて楽しいことって、やっぱりユズ先輩やアオ先輩やセット君とやってるラジオなんですよね。それで、アタシもユズ先輩みたいにやってやろうって」


 へへーっと笑う灯香。それは嬉しいねえ、なんて言いながら、固く握っていた両手が熱を帯びる。



 自分を目標にしてくれたなんて、気が緩んだらちょっとウルッときてしまう。でも同時に、熱くなったはずの胸が締めつけられる。


 1%もない確率でひょっとしたら灯香も好きでいてくれているのかも、という期待はしかし、すぐさま自分で掻き消す。


 勘違いしちゃいけない。これは恋愛ではなく、単純に先輩として好きでいてくれているということ。それはきっと幸せなことで、とても切ないことで。


 こんなに想ってもらっているのに、私が望んでいる想いとはベクトルが違う。こんなに想ってもらっているのに、私は純粋な心で返してあげることができない。恋愛感情を抜きに、灯香に応えることができない。


 それは何か、彼女に対する裏切りのような気もして。



 ありがと、と肩を叩きながら窓の外を眺めに行く。視界と神経に邪魔者を入れないと、声が揺れてしまいそうだった。


「サッカー部も、毎日練習大変ね」


 全員でゴールを移動させているサッカー部。声を掛け合いながらラリーを続けるテニス部。文化部と運動部、垣根はあるけど、部活に放課後を捧げる楽しさは一緒に違いない。



 そんな淡い青春論を描いていた頭を、ショートメールの着信音が貫いた。


 ポンッ


「あ、ユズ先輩、メール来ましたよ。えっと……秘書子、さん?」

「どわっ、わっ、ちょっ!」


 灯香の方を振り返り、後ろ手で窓を押して反動を加えてダッシュする。さながらビーチフラッグのような加速力。マズいマズい、よりによって灯香に見つかるなんて!


「秘書子さんって、スマホの秘書機能ですよね? メール送られてきたりもするんですか?」

「うん、まあ、そうね、最新版にアップデートしたら、たまに『元気?』とか送ってきたりするようになったのよ。アレかしらね、ユーザーと秘書子の心理的な距離を近づけようっていう戦略かしらね、ハハッ」


 彼女が取ってくれたスマホをガバッと受け取り、慌ててロックを解除する。人間、ウソついてるときの方が饒舌になるってのはホントみたいだ。


「ホントだ、『元気?』って聞いてきてる! 面白いですね!」


 うがっ、後ろから画面覗きこまれてる。いいのよそんなに興味持たなくて!


「これ、音声対応なんですよね? アタシやってみたかったんですよ、試してみていいですか?」

「へ? あ、ああ、そうなの? うん、いいわよ」


 後ろの灯香に差し出すと「やったあ!」と跳ねて画面をスライドし始めた。


「お、この機能だな。後はマイク押して話せば……」


 秘書子、お願いだから色々余計なことしないでね。

 ああ心配。彼氏を自分の母親や兄弟に会わせるってこんな感じなのかな……。


「えっと、明日の夜19時から22時まで予定を入れて下さい。家で絵コンテを描く」

『あれ、楪じゃない?』


 いつものあの声が、少しびっくりしたようなトーンで返ってきた。しかも秘書口調じゃないし。


「おわっ、すごい! 声で分かるんですね!」

 この子は特殊よ、特殊。人工知能の仕業。


『あなたは誰?』

「ふ・じ・し・ま・と・う・か、です」

『おお、あなたが灯香ね!』

「え、私のこと知ってるの?」

 目を丸くして、マイクを押しっぱなしにする灯香。


『藤島灯香。2年3組、出席番号30番。放送研究部所属。今年のうず祭では、楪の映画にヒロイン役で出演する他、ふぇすらじのメインパーソナリティーを担当。誕生日は10月3日、好きな食べ物は焼き鮭と肉豆腐。好きなものはパンダグッズ』


 どこが少しなの! 全部覚えてるじゃん! 灯香キョトンってしてるじゃん!


「スゴいですね、何でも知ってる! あれ? でもこの情報、ユズ先輩が登録したんです――」


 灯香の疑問を遮ってスマホをガシッと奪い取り、画面が割れるほどの強さでマイクボタンを押す。


「ちょっと秘書子ちゃん、なんでそんなに知ってるのか説明してあ・げ・て・ねー。あと、ちょっと口調が秘書っぽくないから直した方がいいんじゃないかなー?」

『そ、そうですね』


 ようやく怒髪天を衝いている私に気がついたらしく、やや恐れをなした返事。

 こっちはこっちで、言い終わってすぐにショートメールを開き、「あほあほあほあほあほ」と低レベルな罵倒を連打して送る。


 そして再度、マイクボタンをゆっくり押し、にこやかに質問。


「で、どうやって貴女は灯香の情報を知ったのかな?」

『は、はい。楪さんが灯香さんとの予定を入れるときに、灯香さんって誰?とか色々お聞きしました』

「なるほど、それでアタシのこと詳しかったんですね!」


 ふう……どうやら疑問はもたれなかったようね。とりあえずこの場はお開きにして――


「それにしてもすごいなあ。スケジュール管理したりアラームかけたり。ねえ秘書子さん、他にどんなことできるの?」

『……はい、相性占いができます』

「ホント! 高機能だなあ!」

 いいのよ見栄はらなくて!


『検索ボックスに2人の名前を入れてください。姓名からその相性を判断します』

「へえ、姓名占いかあ。ねえユズ先輩、アタシ達の相性占ってもらいましょうよ!」

「ま、まあ良いけど……」


 どうするんだろ、秘書子。ネットで姓名判断のサイトでも検索して結果表示する気かな。


「えっと、じゃあここに名前を……晴野楪、藤島灯香、と。えいっ、スタート!」

『…………残念ながら、女子同士の恋愛ということで、不幸な結末しか見えません』

 やっぱり交際認めてくれてない!


「おおっ、私とユズ先輩の性別も判別してるんですね」

「な、名前とかさっきの音声で女子って分かったんじゃないかな、へへ……ちょっと貸して」


 そう言って携帯を灯香からもらい、忍が門番を仕留めるように、こっそり確実に電源を切る。

 ふう、色々面倒なヤツ……。



「よし、じゃあアタシ、放送内容まとめ直してきますね!」

「よろしく。来週からは台本に着手しないとね」

「ハイっ! 一緒に頑張りましょうね!」


 ありがとうございました、と走って部室を出ていく灯香。


 うん、任せておいて大丈夫そうね。さて、私もやるべきことをやろう。

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