Scene 24 傷つくなら、貴女が

「あ、ユズ先輩、お疲れ様でした!」


 部室では、光に照らされた灯香が寝袋やカバンを端に寄せていた。

 蔵書保管室から運んでくる荷物の置き場所を作っているんだろう。


「片付け、ありがとね。青葉達も、あの部屋片付け終わったら戻ってくるって」

「そっか、良かったです」


「とりあえず、成功かな?」

「大成功ですよ、ヒナもふぇすらじも! ありがとうございます! ユズ先輩のおかげです!」


 Vサインでニパッと笑う灯香。


 その愛しい表情に、「少し世間話してから」なんて考えていた左脳は思考を止め、口が勝手に先走る。



「灯香、ちょっといい?」


 遂に言った。言ってしまった。


「はい、何でしょう?」

 きょとんとして持っていたプリントを机に置く。



 逃げたい。逃げたい。「やっぱり何でもない」って取り消したい。


 変な目で見られたら? 気持ち悪いって避けられたら?


 誤魔化して、うやむやにしたくなる負の言い訳が、幾つも浮かぶ。



「うん、ちょっと待ってね」



 深呼吸。大丈夫、大丈夫。怖いけど、怖がってたら進めない。


 ポケットに入れたスマホを、親友を、トンッと叩いて、逃げそうな自分を奮い立たせる。



「灯香のことが、好きなの」

「あ、ありが――」

「違うの。後輩だから可愛がってるとかじゃないの。恋愛の相手として、好きなの」



 胸の中で眠らせ続けていた想いは、思った以上にストレートに音になった。

 今まで頭の中で考えていた数多あまたのシチュエーションが無意味に思えるほど、呆気なく、飾り気のない言葉。


 でもそれでいい。自分が好きな相手に、好きと伝える。そのくらいの自由は私にだってあっていいじゃない。

 例えクラスの女子と少し違ったところで、その熱量は負けないんだから。



「いきなり言うとビックリさせちゃうと思ったけど、どうしても伝えたかったんだ」


 灯香は黙って聞いている。


「正直言うとね、付き合える可能性なんて、そんなに考えてないんだ。そこは十分、分かってるつもり。でも、伝えないで終わるのはイヤだったの」



 それは、きっと映画やラジオと同じ。こっちから自分勝手に発信するメッセージが胸に刺さって共鳴してくれる人がいるかもしれない。


 勝手な望みを言葉にして、好きな人に伝える。届けば嬉しい。届かなくても、伝わればいい。私の気持ちが、灯香に伝わればいい。



「私はね、きっとこれからも、女子のことしか好きになれなくて、その度に悩んで。でね、こ……告白したら、傷つくことも、い……いっぱいあると思う……の……。でも……ね……」




 あれ、声が揺れる。頬も熱い。


 ほらね、思ったようにはいかないんだ。きっとぐちゃぐちゃの顔で、先輩のくせに随分カッコ悪くて。


 これで拒絶でもされたら、踏んだり蹴ったりだ。


 でもね。だからね。




「でも……傷つくなら、一番初めは灯香がいいって! 灯香じゃなきゃイヤだって! そう思ったの!」


 貴女がいいの。どうしたって、貴女がいいのよ。



「だ、だか……ら……貴女が…………す、好き…………です」


 途切れ途切れに、涙声を抑えながら話す。手も足も言うことを聞かずに震えて、立っているのがやっと。



 なんて返事が返ってくるだろう。灯香は優しい子だから、ストレートに拒絶したり露骨に嫌悪感を示したりはしないかな。


 多分きっと、「ごめんなさい」から始まるだろう。分かっているのに怖くて、彼女の目も口元も見られない。

 ギュッと目を瞑って下を向き、記憶にある心地いい灯香の声で、始めの「ご」を反芻するように、脳内で再生した。



「ごめんなさい」



 覚悟していた予想通りの言葉。


 その後に、一段階高いテンションで続ける。



「もう、ユズ先輩、突然すぎますよ! いきなりそんな大事なこと!」


 明るいトーンに反応して顔を上げる。笑ったような、困ったような、灯香の表情。



「……不思議ですね。『変なの』とか、そんな感覚全然ないんです。むしろ、なんだか嬉しくて。ユズ先輩は、アタシにとって尊敬できる大事な人だから、そういう人から言ってもらえると、男子とか女子とか関係なく、嬉しいんですね」


 その言葉に、手足の震えが止まった。代わりに涙腺がまた動き出し、目の前の灯香がゆらゆら揺れる。



「付き合うとか、すぐには無理です。今好きな人はいないけど、アタシは今まで男子を好きになってきたから」

「うん、それは分かって――」

「でも!」


 灯香が、今まで聞いたことないくらい大きな声で叫んだ。



「ユズ先輩、ちゃんと伝えてくれたじゃないですか。ひょっとしたら、ほんの少しだけ、何かが変わるかもって、伝えてくれたじゃないですか」



 灯香の声が、さっきの私みたいに揺れる。



「だから、アタシも、何かが変わるか、ちゃんと見てみたいんです。結局何も変わらないかもしれないけど、でも、大好きな先輩だから……だから、可能性を、覗いてみたいんです」




 瞬きをすると、彼女の全身が波打った。

 もうおぼろげにしか見えないけど、目の前にいる。

 目の前で、きっと私と同じようにグシャグシャの顔をしてる。




「だから……ユズ先輩、部活も引退ですから……だから、先輩後輩じゃなくて、友達になるところから始めてみませんか!」

「うん…………うんっ!」



 揺らぐ灯香目がけて飛び込み、ブラウスの肩に涙を吸わせる。

 私の肩も、じんわりと濡れた。




 私が想像していた、どんな答えよりもステキな答え。

 結局ダメになるかもしれない。でも、それでもいいの。

 私の想いが伝わって、ほんの少しだけ届いて。それでもう、十分だから。




「灯香……よろしくねっ!」

「……こちらこそ、よろしくお願いします!」



 肩越しに見る夕焼けは眩しくて、今までで一番綺麗な景色だった。

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