Scene 7 また今日もスピーカーが口を開く
「よし、じゃあフラウズ会議始めるぞ」
水曜日。ホワイトボードをコンコンと叩きながら青葉が喋る。
うず祭まであと2週間ちょっと。準備で忙しいとはいえ、明後日の校内ラジオ、フライデー・ウズ・チャンネルをやめるわけにはいかない。毎週お便りをくれるようなファンリスナーだっていることだし。
「まず流れから。一応俺が考えたのはこんな感じで、と」
言いながら、マーカーでキュッキュとタイムラインを書く。話がしやすいようにちゃんと準備してくるあたり、しっかり部長してるなあ。
「今回はフリートークした後、ふつおたをいっぱい読もうと思う。結構溜まってるしね。
んっと、と言いながらセットがマウスを動かす。いつもセットって呼んでるから、名字で呼ばれると一瞬誰だか分からないわね。
「そんなにないですね。あ、でも、『買い食いのススメ』に4通来てます」
「よし、じゃあそれを入れよう」
フラウズへのお便りは、メールで受け付けている。メールの件名にコーナー名を入れてもらってるから、一覧を見ればどんなお便りが届いてるか大体分かる仕組み。
ちなみに「買い食いのススメ」は、コンビニとかで買って美味しかったお菓子やジュースを紹介するコーナー。
「あとね、今週の放送から、俺らがうず祭で何やるか告知し始めようと思うんだ」
「確かに。私も去年このくらいの時期に話した覚えあるわ」
「じゃあ俺らのフリートークとふつおたロングバージョン、『買い食いのススメ』、うず祭の告知。これで40分いけるな。よし、じゃあメール見ながら細かいところ決めていくぞ」
フリートークは私達の持ち味なので、テーマ以外はほとんど決めない。でもお便りは別。事前に読むお便りやリアクションの方向性、そこからどんな話題に繋げるかを決める。
長引いても大丈夫なように時間を3分余らせる構成で、明後日のフラウズの詳細が決定。さてさて、今回はどんな放送になるだろう。
9月最後の金曜、12時過ぎ。購買部で新作のメロンパンが飛ぶように売れている中で、スピーカーが口を開く。
「皆さん、週末前の昼休み、ウズウズしてますか? 今週も始まりました『フライデー・ウズ・チャンネル』、略してフラウズ! パーソナリティーは僕、本条青葉と……」
「晴野楪と……」
「藤島灯香! 放送研究部の3人でお送りします、よろしくお願いします!」
よし、まずはフリートークから。手元の台本にメモされた今回のテーマは「夏の思い出」だ。
「あっという間に9月も最終週! 夏もいよいよ終わりですね。楪、今年は海とか行った?」
「うん、泳がなかったけど、家族旅行でドライブ中に海沿い通ったの。窓開けたら潮の匂いがして気持ちよかったあ」
「おっ、いいねえ。藤島はどう?」
「ではここで『こんな海はイヤだ』」
「いきなり!」
急に何言い出すんだこの子は!
「ちょ、ちょっと灯香、大丈夫なの突然そんなネタ」
「ユズ先輩、任せて下さいって。アタシ今日、靴履きながらバッチリ考えてきましたから」
「時間短っ!」
お風呂入りながらとかじゃないの。
「わかったわかった。よし藤島、やってみろ!」
青葉に勢いよく促されて、気持ちよさそうに咳払いする灯香。
「では行きます、こんな海はイヤだ! 『ヤクザがいっぱいいる』」
「…………」
「続きまして、『焼きそばの値段が高い』」
「……………………」
「『駐車場から砂浜までが遠い』 どうですか、この3連発!」
「………………………………お、おう。なあ、楪」
「…………………………………………そ、そうね」
「面白かったですか?」
「面白くない!」
ユニゾンでツッコむ。
この子は天然ボケの素質は十二分にあるくせに、ボケのなんたるかをちっとも分かってない!
「あのね灯香、それはホントの意味であったらイヤな海でしょ。そうじゃなくてもっとこう、『ライフセーバーが小学生』みたいな、ありそうにない感じでイヤなことを言うってのがボケなのよ」
「ありそうにない感じかあ。『海が干上がり、草木は枯れ、生命体が死滅する』」
「全然笑えないでしょ! それホントにイヤなことでしょ!」
何があったんだアンタのいる海に!
「じゃあアオ先輩、『ライフセーバーが光る剣を持っている』」
「それはライトセーバー!」
「わはは、ナイスツッコミです」
笑う灯香。青葉の頭の回転に賞賛をおくりたいわ。
「さあ、ここでアタシ、藤島灯香からふつおたの紹介でーす」
「自由すぎる!」
またユニゾンツッコミ。まあこのくらい奔放な子がいないと、こんな面白い放送にはならないのかもしれないけどさ。
コーナー繋ぎの1曲が流れている放送室内部のスタジオ。3人の机が三角形のように並んでいる。全員の手元には卓上用のマイクスタンドとマイク。
うーん、この配置、雑誌でよく見るラジオのスタジオとはちょっと違うような。
でもまあ、アマチュアのなんちゃってラジオだけど、こうして喋ってるのはカッコいいわよね!
曲のエンドロールを聞きながらガラス窓の外を見ると、セットが指でカウントを始めていた。
5、4、3、2、1、よし! 青葉ゴー!
「続いてこちらのコーナー、『買い食いのススメ』 コンビニやスーパーで見つけたイケてるお菓子なんかを報告してもらうコーナーです。僕、結構このコーナー好きなんだよね」
「アタシもです。参考になりますよね! さあ、今回はどんなオススメ商品が紹介されるんでしょうか! まずは『暴走クッキー』さんから頂きました。『この秋から発売しているガリチョコというお菓子がおいしいです。チョコスナックなんですけど、固いクッキーみたいなガリガリした食感がやみつきになります』ということです」
「私、昨日これコンビニで見たよ。パッケージもオシャレでおいしそうだった!」
「お、楪がメーカーに媚びてる。そういうところあざといよな」
「待て待て青葉、なんで提供もしてないメーカーに私が媚びなきゃいけないのよ」
「ここで言っておけばガリチョコ1年分送ってもらえるとか思ってるんだろ。甘いね、甘すぎるよ」
「チョコより甘すぎるわね!」
青葉がボケに回っちゃったよー大変だよー。
「チョコと言えばユズ先輩、もうバレンタインまで5ヶ月切りましたね! もう今からアドレナリン出まくりですよアタシ!」
「うん、灯香みたいな人生楽しいんだろうなあ」
1月くらいに興奮のあまり死ぬんじゃないだろうか。
「ユズ先輩はチョコ誰にあげるんですか? もう決まってるんですか?」
「わ、私?」
机から身の乗り出し、キラキラした目で聞いてくる灯香。そんなこと幸せそうな楽しそうな目で言われると、「アンタよ、バカッ!」とか言って頭グリグリしたくなる。できるはずもないけどさ!
「まだ未定っ!」
「えー教えてくださいよー、ユズ先輩のケチー」
少女漫画でもよく見るようなハチミツ色のやりとりがちょっと嬉しい。
でもすぐにその黄色のレイヤーは剥がれる。こんなの、女子同士では当たり前のやりとり。現実を見つめて、事実を認めて、浮いた心がズンと沈む。
「楪、今年はどんなチョコが流行ると思う? 友チョコとか逆チョコとか、色々あるだろ?」
青葉がサッと話題を変えた。多分私を気遣って変えてくれたんだろう。こういう気遣いができるからみんなに人気あるのよね、きっと。
「そうねえ、友チョコとかは毎年なんだかんだでやってる人多いし……」
「俺はマイチョコが流行ると思う。自分で自分に好きなチョコを買うんだ」
「うん、それただの購買行為だよ」
年中いつでもやってるっての。
「あとはゲコチョコだな。下校途中にチョコを買うんだ」
「だからそれ単なる買い食いじゃん!」
あとネーミングがカエルみたいで何かイヤだ!
「アタシは板チョコですね。板状に加工されたチョコです」
「灯香は黙ってて!」
あさっての方向から飛んできた灯香のボケに、うははっと青葉が笑う。
誰かがボケると必ず残りの人が笑う。そうすれば、聞いてる方も安心して笑えるに違いない。どうか、みんな楽しんでくれてますように。
3人でプチ漫才をやってるうちに時計の長針が9を指し、最後のコーナーに移る。
「さあ、ではここでお待ちかね、私達、放送研究部がうず祭で行う企画の紹介です!」
言い切ってから声を止めると、タイトルコールっぽいBGMが鳴った。スタジオの外で頷くセットを見て、マイクにもう一度近づく。
「まずは毎年行っている自主制作映画の上映。今回は私、晴野楪が脚本・監督を務めます!」
「皆さん、楪はとても繊細で丁寧な脚本を作ることで有名なんですよ。今年5月に応募した映画コンクールでは、惜しくも入選は逃したものの『登場人物の背景が透けてみえるほどのリアリティーある作品だと思います』という高評価のジャッジペーパーを頂きました」
青葉が興奮した口調でアピールする。校内放送で褒められるなんて、とっても恥ずかしい。
「ではユズ先輩、お聞かせ下さい。今回の映画はどんなストーリーなんですか?」
「それは……来週・再来週のフラウズでお話しましょう!」
「えーっ!」
ベタな引っ張り方だけど、こういう予定調和な演出も大事ね。
「でも藤島、今年はこれだけじゃないんだよね?」
「はい。今年の放送研究部は一味違います! なんと、校庭にブースを出して、フラウズのスペシャル版ラジオ、『ふぇすてぃばる・らじお』略して『ふぇすらじ』をやっちゃいます! これはもう、うず祭当日もウズウズしっぱなしですね!」
「おお、これは楽しみだ! 藤島、どんなコンテンツがあるのかな?」
「はいっ! まだまだじっくり練ってる段階ですけど、ワタシ達が独断と偏見で選ぶオススメ企画紹介や、模擬店の味比べなんかをやりたいと思ってまーす!」
「私達も放送室を飛び出してのラジオ放送は初めてですし、文化祭当日のラジオ放送も初めてです。皆さん、ぜひ楽しみにしてて下さい! ふぇすらじ用のお便りも今後募集していくので、ホームページを要チェック! たくさんのメール待ってます!」
「では今週のフラウズはこの辺で! お相手は藤島灯香と……」
「本条青葉と……」
「晴野楪でした! また来週!」
エンディングが流れ、スタジオに入ってきたセットと一緒にいつものハイタッチ。
来週のフラウズに向けて、またみんなからのメールを楽しみに待つことにしよう。
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