Scene 23 決意と、別れと
日曜も、動きっぱなしの1日。
「こんにちは、放送研究部の藤島灯香です! 今回、アタシはこの『ヒナと天秤座』でヒロインを務めさせて頂きました。あの、始めは、こんなに辛い恋愛なんてうまく演じられるかな、と不安だったんですが、やってみたらとても簡単でした」
ヒロインとして、堂々と上映前の挨拶をする灯香。
「もちろん晴野監督の脚本が上手だったというのもありますが、多分もっと単純な理由だと思います。片想いっていうのは、相手と自分がどんな関係であれ辛くて苦しくて、きっとそれは、普通の高校生でも、ヒナとヨウみたいな変わったタイプでも、変わらないものだから。だからきっと、演じやすかったんだと思います」
そのメッセージは、私が伝えたいことそのまま。
「晴野監督の作品の中でもピカイチの出来だと思います! ぜひ楽しんで下さい!」
大きな拍手とともに、また私達の徹夜の結晶が再生された。
上映の合間に「ふぇすらじ」 昨日よく寝られたからか、私も灯香も絶好調。
「さあ、ここで今度はオススメのフードを紹介していきましょう! 教室内の喫茶店、校庭の屋台など、色んなお店で食べ物を売っていますよね。ユズ先輩、一押しはありますか?」
「はい、事前調査で私が気になったのは……剣道部の作る『そばポリタン』です!」
「そばポリタン……確かに気になる名前ですね。どういう料理なんですか?」
「なんと、焼きそばの麺で作るナポリタンなんですね。具材や味付けはナポリタンだけど、麺はあの縮れた麺。普通のパスタで作るよりも、麺にケチャップが絡みついてより一層味が深くなってるらしいですよ」
「なるほど! 具材をちょっと変えるだけで全く違う料理に大変身ってことですね! ビーフカレーなのに、ビーフの代わりに豚肉使ってみました、みたいな!」
「それただのポークカレーですけど!」
ああ、やっぱり文化祭って楽しいな。
「よし、ふぇすらじ終了! 灯香、ホントにおつかれ!」
放送室にベニヤを運びながらメインパーソナリティーを労う。10月なのに、灯香は汗びっしょりだった。
「ユズ先輩もお疲れ様でした! これからどうするんですか?」
「ん、青葉からメール来ててさ。ちょうど上映始まったばっかりだから、終わるまでゆっくりしてていいぞって」
「さっすがアオ先輩!」
指をパチンと鳴らす灯香。うん、大分やりきったから、少しでも休憩もらえるの嬉しいわ。
「私はお腹減ったから、ちょっと模擬店回ろうかな。あと校舎、あんまり他の部活の企画見れてないしね」
いいですね、とパチパチ軽く拍手する。
「ユズ先輩、一緒に回りましょうよ!」
「ん……そうしよっか」
ああ、こんなご褒美があるなんて、神様は見てくれてるのかもな。
好きな人と文化祭回るなんて、私には縁のないことだと思ってた。
「あ、ちょっと待ってて。メール返信しなきゃ」
朝から放置してしまっていたショートメールを開く。
『うず祭、うまくいってる?』
すっかり当たり前になった、秘書子とのメール。
「遅くなってごめん。うん、順調だよ」
『そっか、良かった。文化祭ね、電話には無縁なイベントだなあ』
「ねえ秘書子、私が撮った動画って見られる?」
見られるよ、という返事を見て、すぐにカメラを起動し、ビデオに切り替える。
「ユズ先輩、何してるんですか?」
「ちょっと、うず祭の様子見せたい人がいてさ」
灯香にそう答えながら、赤い録画ボタンを押す。パノラマ写真を撮るように手はそのままで腰だけ左から右に捻った。
「動画撮ったから、見てみて!」
しばらくして、ポンッとメールが返ってきた。
『スゴい! 文化祭ってこんな感じなんだ! 楽しそうね!』
うん。今日ね、貴女に見せたいと思ってたんだ。
「さ、行きましょ行きましょ! 何食べますか?」
「うーん、そばポリタンが気になるなあ」
「アタシも食べたいです!」
「よし、じゃあ売り切れる前にダッシュ!」
燃え尽きたはずのエネルギーがまた膨らんで、はしゃぎながら走り出す。
秘書子、文化祭って楽しいんだよ。
放送研究部も楽しくて、灯香といるともっと楽しいんだ。
そこからはホントにあっという間。いつの間にか上映会も全部終えて、閉会式も終了する。
私達の、全力をつぎ込んだ、全身全霊を注ぎ込んだ、うず祭が終わった。
ああ、やりきった。うん、やりきったぞ。
でも、それでも。やりきったはずなのに、また映画を撮りたくなる。ラジオで話したくなる。
でもそれは叶わない。私の部活もこれで終わり。
祭のあと、あとの祭。
心地よい達成感と引退の喪失感に揉まれながら、さっきまで上映していた蔵書保管室に向かうと、セットと青葉が祭の残り火を片付けていた。
「ねえセット、灯香見なかった?」
「えっと、藤島先輩なら部室に行きました」
「ん、そかそか。分かったわ、ありがと」
保管室を出て、渡り廊下を渡って校舎へ。
階段を上るところで、「おーい、楪」と青葉が追ってきた。
「俺、もうしばらく井蔵と片付けしてるからさ」
「……ん、わかった」
全部お見通しで、時間を作ってくれる。へへっ、やっぱり一番の親友ね。
「電話してきてよ」
部室に向かいながら、ショートメールを1本送った。
『どうしたの?』
このスマホに変えてからほぼ毎日聞いている声。姉のような、妹のような、何度も聞きたくなるような声。
「ちょっとさ、想い、伝えてこようと思って」
『……灯香に?』
「そう」
少し黙った後、秘書子は笑った。わはははっ、と気持ちよく笑った。
『やっぱりね。そんな気がしてたのよ。アナタは結局そのままでいくんだろうって思ってた』
「ごめんね、色々アドバイスくれたのに」
『……いいのよ、アナタが後悔しないなら、それでいいの』
そして、あのさ、と話を続ける。気のせいか、さっきより声が暗くなっていた。
『ワタシさ、もうすぐいなくなると思う。いつか分からないんだけど』
「……そう」
いつかこうなるだろうと何となく分かってたけど、別れはいつも唐突で一方的。
『ワタシみたいな例が各国で数件あったみたい。開発者が報告を基に機能のバージョン改修してたんだけど、今日リリースされたんだ』
「んっと、つまり――」
『更新日が来たら、新しい秘書子さんに更新されるってことよ。こうやって話すワタシはいなくなって、ただの秘書機能に戻るわ。黙っててごめん、文化祭楽しんでるみたいだから、水差すの悪くて……』
その気遣い、もうすっかり人間みたいね。
廊下の窓から外を眺める。片付けでごった返す右手の中庭は、刷毛で塗られたようにオレンジ色を浴びている。
『だから、いつお別れになるか分からないの』
「そっか」
青葉が私の相談を聞いてくれたときみたいに、軽いトーンで返事した。
「でも、変わらないよ。人工知能の貴女と話すことはなくなっても秘書子さんは使い続けるし、今の貴女ほどじゃないにせよ、新しい秘書子さんも私のこと少しずつ知っていくんでしょ?」
『……そうね』
「だからさ、これからもよろしくね、秘書子」
『うん、こちらこそ』
これが最後になるかもしれない彼女との会話は、いやにあっさりしている。
でも、これでいいんだと思う。少し寂しいけど、もとの関係に戻ってまた始めればいい。
廊下の奥、部室のドアが見えたとき、彼女からショートメールが届いた。
『楪、頑張って!』
続いて送られる写真。灯香の誕生日に2人で撮った、大切な写真。
ありがとう。結果がどうであれ、ちゃんと伝えてくるよ。
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