Scene 22 祭に懸けて、祭を駆ける

 土曜日、うず祭本番。といっても、金曜との境目は曖昧。

 上映用DVDとラジオの台本が完成して狂喜乱舞した後、部室の椅子で倒れ込むように30分だけ寝た今朝は、昨日とほぼ完全に地続き。


「楪、大丈夫か?」

「ああ、うん。ちょっとだけ寝られたし。委員長と校長の挨拶はいい導眠剤ね」


 体育館から蔵書保管室へ移動する途中、青葉と会った。

 うず祭の開会式は、体育館に入った時点からほとんど記憶がない。


「あ、ユズ先輩!」


 蔵書保管室に入ると、灯香とセットが既に待っていた。2人とも目の下に薄くクマを作って、それでも元気そうに本番の準備をしていた。


「灯香、体は平気?」

「はい、バッチリです!」

「僕も大丈夫です!」


 元気な返事。うん、これなら問題なさそうね。後は自分だけ。両頬をパンっと叩いて、気合を注入。


「よし、じゃあ初上映まであと30分、まずは無事に終わらせるよ!」

「楪、円陣組もうよ」

「アオ先輩ナイス! いいですね、組みましょう組みましょう!」


 ふふっ、そんな笑顔でオーダーされたら、やるしかないわね。


「よし、肩組もう! 青葉、かけ声任せた!」


 4人で歪な輪を作る。このメンバーで最初で最後のうず祭。さあ、楽しんでいこうじゃない!


「放送研究部、ファイッ!」

「オーッ!」


 咲いた花びらのように体を伸ばした私達は、すぐさま散った花びらのように動き出した。


「放送研究部の自主製作映画、『ヒナと天秤座』。第1回目の上映がまもなく始まります!」


「今回の作品はラブストーリー。女子高生の切ない片想いを、リアリティーのある脚本で評判のメンバーが描き出しました。上映時間55分、料金はたったの100円です!」


「あらすじや上映スケジュールについては、お配りしているビラやポスターをご覧下さい。さあ、第1回の上映はもうすぐですよ! 場所は南校舎2階の蔵書保管室です!」


 一般来場者も入ってきた校内で、セット以外の3人で固まって歩きつつ呼び込み。

 正直、文化祭開始後にいきなり映画を見る人は少ないだろうと思っていたものの、結構なお客さんの入り。40人満席とはいかないものの、30人は超えそうだ。


「晴野先輩、そろそろ挨拶お願いします」

「うん、分かった」


 セットに呼ばれて、上映会場に戻る。持ち回りの上映前挨拶、初回は監督の私だ。


 マイクを持って皆の前に立つと、緊張が高まる。もともと何話すかなんて大して考えていなかったけど、頭にもやがかかって本格的に喋る言葉が探せない。


「えっと、おはようございます。監督の晴野です。今日は本当に見に来て頂いてありがとうございます」


 席に座ったみんなが軽くお辞儀をするのを見つつ、次に話す言葉も決めずに大きく息を吸う。


「この作品は、片想いをテーマにしています。あの、片想いと分かっていて、それでもそれを続ける決断っていうのはとても大変なことだと思うんです。きっと、大学生や働いている人から見たらバカみたいな悩みとか、幼さとか、危うさとか、そういうのがあると思っていて……それは、でも、その不完全な容器の中で精一杯もがくのが高校生の恋愛だったり青春だったりするんだと思うんです。私も1人の高校生として、等身大でこの作品を作りました。これを見て、心に何か残ってくれれば、とても嬉しいです」


 浮かんできた言葉を拙く繋いで紡いだ挨拶は、拍手で迎えられた。


「では、『ヒナと天秤座』上映スタートです!」


 そう締めくくって、皆に混ざって椅子に座る。今回はここで作品を見る予定だ。何か編集ミスがあったら、今日の夜直さないといけない。


 部屋が暗くなり、「雲珠高校 放送研究部」というテロップが流れだす。続いて、私の家で撮った、ヒナが寝ているシーンから始まった。


 お客さんの反応ももちろん気になるけど、頭の中には撮影のことばかりが浮かぶ。


 シーンが切り替わるたびに、そのときの思い出が回想され、焦りながらも楽しかった時間を慈しむ。

 もうあのメンバーで撮影することはないんだと思うと、自分が書いたストーリーよりよっぽど切なかった。




 1時間で上映は無事終了。うん、特に直すところはなさそうね。出口の方に走り、出ていくお客さんを一礼して見送る。


「楪、良かったよ~! すっごく泣けた!」

「ホント? ありがと、嬉しい!」

「みんなに紹介するよ!」


 挨拶のときには気付かなかった友達から肩を叩かれる。その言葉より、目にうっすらついている彼女の涙の跡の方が嬉しい。


「よし、1回目お疲れさま。ちょっとインターバル開けてすぐ2回目だ、呼び込み頑張るぞ」

「おう、青葉もよろしくね!」


 部屋の片づけも早々に、大量のビラを抱え、校舎に向かって飛び出した。




「よし、これで1時間は大丈夫。楪、ふぇすらじの方行っていいぞ」

「晴野先輩、頑張って下さいね」

「うん、楽しんでやってくる!」


 3回目の上映開始を見届けて、今度はビラを持たずに模擬店の方へ。体力はとっくに切れてるはずだけど、どこまでも走っていけそうな感覚に包まれている。


「あ、ユズ先輩、こっちです!」


 放送室の横にあるドアから出れば7秒で着きそうなところに設置された、机とベニヤ板製の囲いだけの簡素なブース。


「準備できてる?」

「はい、だいじょぶです。これ、ユズ先輩の台本とマイク!」


 既に周りには数人集まり始めていた。急にブースが出来てマイクが準備されたら、気になるわよね。


「ユズ先輩、今までで最高のラジオにしましょうね!」

「もちろん!」


 2人でグーをぶつけ合う。うん、最高のラジオにしてみせる。


「よし、じゃあ曲流しちゃいますね!」


 そのまま走って放送室に行く灯香。


 1分経たないうちに、ブースの足元にあるスピーカーから、軽快な音楽が響き渡った。もともと待っててくれた人は拍手と指笛を鳴らし、それを聞いた他の人がまた立ち止まる。


 リスナーが増えていくなか、灯香が戻ってきて、スピーカーの音量を少し下げた。

 灯香の方を見て頷き、一緒のタイミングでマイクの電源を入れる。


「みなさーん! うず祭、ウズウズしてますかー! 放送研究部でーす!」

「やってまいりました、放送研究部の生放送ラジオ、ふぇすらじ! 今から2時間、うず祭の情報も交えつつ、皆さんのお祭り気分をさら盛り上げていきますよ! メインパーソナリティーはアタシ、藤島灯香です! そして……」

「サブパーソナリティーの晴野楪です、どうぞよろしくお願いします!」


 さっきより大きな拍手がブースを包む。模擬店の売り子も、首を伸ばして顔を覗かせた。


「さあ、灯香、いよいよ始まったわね。しっかり準備した甲斐があるってものよ!」

「ね、結構忙しかったですもんね。元日と正月がいっぺんに来たような感じで」

「普通! それ普通!」

 盆じゃないの!


「で、灯香、このラジオではどんなことを話すのかしら?」


「このふぇすらじでは、うず祭をピックアップしていきます。部活毎の企画や模擬店の情報をお伝えしていきますよ。さらに、雲珠高校の噂話や雲珠高校を目指す中学3年生への必勝勉強法なんてトピックもお話していく予定ですよ。この模擬店エリアや校庭にいればどこでも聞けますので、皆さんどうぞゆっくりしていって下さい!」

「はい、ぜひ聞いていってくださいね!」


「さて、ユズ先輩。初っ端からいきなりオススメ企画紹介しちゃいますよ。放送研究部が独断と偏見で選んだオススメ企画、略して『うどん』です!」

「大分ユニークな略し方したわねアンタ」

 何にも伝わらないわよそれ。


「文化祭といったらやっぱりライブですよね。今日は軽音楽部のライブ演奏があります! 2時間後、15時より体育館にて!」

「いやあ、楽しみですね! 灯香、今年はどんなバンドがどんな曲やるの?」


「はい、今年は個性あふれる3組が、それぞれJ‐POPカバー、アニソンカバー、そしてオリジナル曲を披露してくれます。特に要チェックなのが、アニソンをカバーする『Sherbetsシャーベッツ』。なんと4人全員が女子というガールズバンドで今年のアニソンをカバーしていきます!」


「いいですね、灯香も行くのかな?」

「いえ、アタシは別に見たいものがあって、そっち行きます」

「冷静に答えないでよ!」


 いつものフラウズのようなやりとり。でも、今回は近くから笑い声が聞ける。周りの反応がすぐ聞けるって、きっと生放送の一番の醍醐味ね。




「さあ、ふぇすらじも後半戦に突入ということで、ここでリスナーの方に突撃インタビューしてみましょう!」


 開始から早1時間弱、ブースから飛び出す灯香。マイクを持ったまま近くをウロウロし、フランクフルト片手にズンズン歩いてきた雲珠高の男子生徒を捕まえた。あの校章は1年生だな。


「はい、こんにちは。1年生だよね? じゃあお姉さんに名前教えてくれるかな?」

 1歳下にとんでもなくお姉さんな態度で接する。なんか違うと思います。


「はい、小牧隼人でっす!」

「小牧君ね、ありがと。今はどこの企画見てたのかな?」


「あ、天文部の自家製プラネタリウム見てきました。結構作りもしっかりしてたし、解説員の先輩も可愛くて楽しかったです!」

 ナイス小牧君。お手本のような回答ありがとう!


「なるほど。皆さん、ぜひ天文部のプラネタリウムにも足を運んでみて下さい。えーと、北校舎2階で実施しています!」

 パンフレットを見ながらちゃんと場所も宣伝。小さな気遣いだけど大事よね。


「最後に小牧君、せっかくなんで自分の部の企画もアピールしていって!」

「あ、はい。水泳部なんですけど、何故か卓球やってます。水泳部員と卓球で勝負するんですけど、お互いクジを引いて打つものを決めます。運が良ければラケット、運が悪いと、しゃもじやスリッパになっちゃいます」

「何それ、面白そう!」


「天文部と同じ北校舎2階でやってるので、プラネタリウムを見るついでぜひ寄って下さい。部員に勝つと賞品も出ます!」

「はい、水泳部の小牧君からでした、ありがとうございましたー!」

 道行く学生と来場者から歓声が沸き起こった。うんうん、上出来ね。




 立ち止まるリスナーが少しずつ入れ替わり、私や灯香の友達も手を振って応援してくれる中、無事放送は締めへ。


「ではふぇすらじ、また明日! お相手は藤島灯香と……」

「晴野楪でした、バイバイ!」

 拍手に囲まれながら、すぐさまブースを片付け、備品を放送室へ運ぶ。



「灯香お疲れ! 明日も頑張ろう!」

「はい、ユズ先輩寝不足なのにさすがですね! 進行バッチリでした!」

「へへ、照れるじゃない」

 肘で胸元をつっつく。ポヨンと反発するバストが気持ちいい。


「えっと、映画の方は……」

「上映5回目が始まる少し前って感じかな。保管室戻って、間に合うようならビラ配ろう!」

「わっかりました!」


 2人で競争するように走り出す。こうして、ハイテンションを着込んだ私達の土曜日が終了した。

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