届かなくったって、伝わればいい

Scene 21 夜を駆け抜けて

「改めて昨日はごめんなさいっ!」


 お昼休み直前の放送室。再び真っ直ぐに頭を下げる。


「ちょっと色々パンクしちゃったみたい。嫌な感じで接しちゃったし、途中で帰っちゃったし、平謝りです。ホントにごめんなさい!」


「晴野先輩、大丈夫ですから。気にしないで下さい」

「そうそう、こっちも気にしてないって。むしろ、スゴいと思ってたんだ」

 顔をあげると、青葉がまっすぐに私を見て微笑んでいた。


「帰ったのってさ、もちろんヤケになってたのもあると思うんだけど、俺らに嫌な思いさせたくないってのもあったと思うんだよね。いっぱいいっぱいの状態で、無意識にしてもそういう気遣いはなかなか出来ないと思う」

「そんなことないって」


「ま、この話はこれで終わりだ。ほれ、フラウズのテンションに戻れ」

「……ありがと、任せといて!」


 肩をパンと叩いて、スタジオに入る青葉。こういうときもちゃんとフォローして、やりやすい空気を作ってくれる。ううん、お主やっぱりモテるな。


「ユズ先輩、行きましょ!」

「うん!」

 灯香に腕をひかれ、スタジオの机に座った。



 うず祭前日のフラウズ、テンションもトークも、いつもより1.5倍増し。


「アタシ、最近テレビ見てて謎かけのやり方を学んだんですよ」

「灯香がそういうこと言って出来た試しがないような気がする」

 自信満々で言うほど不安が募るという不思議。


「藤島が謎かけか、面白いそうだな。ちょっとやってみせてよ」

「お、では行きますよ! 新宿とかけまして、渋谷とときます」


「ふんふん、その心は?」

「どちらも人が多い」

「アンタ何を学んだのよ」

 共通点言っただけじゃん!


「よし、僕は謎かけはできないから、なぞなぞを出そう。パンはパンでも――」

 また使い古されたなぞなぞね。


「チョコの入った竜巻みたいなパンはなんでしょう?」

「アオ先輩、チョココロネですね!」

「正解!」

「だからそれのどこがなぞなぞ!」

 2人して私のツッコミを楽しむかのようにボケをまき散らす。


 反応するのも一苦労だけど、リスナーから「いつも掛け合い楽しく聞いてます」なんてメールもらうと、もっと笑ってもらいたいって気合が入る。



 コーナーを3つ終えて、今日の放送もあっという間の終了5分前。


「さあ、残りわずかな時間、番組を私物化しちゃいます。放送研究部、明日のうず祭の企画をもう一度紹介しますよ」


 灯香が制服のポケットから折りたたんだルーズリーフを取り出して、読み上げる準備をする。


「まず藤島から。明日・明後日は、外の模擬店スペースで何かやるんだよね?」


「はい! アタシ、藤島灯香と晴野楪先輩、2人でブースを出して生放送しちゃいます! 題して『ふぇすらじ』、13時から2時間、たっぷりやらせて頂きます! 企画紹介、模擬店味比べ、はたまた雲珠高に纏わる噂話まで、腕を鳴らして喉を枯らしてトークします。ふぇすらじ、ご期待下さい!」


「さあ、そしてもう一つの目玉、自主製作映画。脚本・監督晴野楪による、『ヒナと天秤座』。ストーリーは先週話してもらいましたが……」

 そう言って、簡単にあらすじをおさらい。


「図書室の隣、蔵書保管室にて上映します。上映スケジュールはビラやポスターをチェックして下さい。最後に楪、作品のPRをお願いします!」


 アレコレ言おうと思ったけど、まだ出来上がってないけど、伝えたいことはこれしかない。


「サイコ―の仲間と撮ったサイコ―の作品になりました! 私の青春を見に来て下さい!」

 マイクに向かって即答する。灯香はグッと親指を立ててニカッと顔を綻ばせた。




「あ、灯香。これ、チェックした台本」


 放課後、野暮用で職員室に寄ってから部室に行く。既に3人が揃ってるなかで、鞄をおろしながら灯香に声をかける。


「ありがとうございます。わ、すっごい赤!」

 昨日チェックして、一言一句にコメントをつけた。


「修正っていうか、こうした方がトークがスムーズに進むかも、って案を書いてるの。それをもとにもう一回直してみて。私のコメントが絶対正しいってわけじゃないと思うから、自分流にアレンジしちゃっていいわよ」

「分かりました、ありがとうございます!」


「それからセット、今日は先帰っていいからね」

 セットに声をかけた。


「へ? 先にですか?」

「編集、私も慣れてないけど、一通りの作業はできるしね。そもそも私のせいで遅れてるんだし、きっと徹夜に近くなるからさ。あ、でもパソコンだけ貸してもらえると――」

「晴野先輩」


 セットが軽く溜息をつきながら遮った。


「何言ってるんですか、最後まで手伝いますよ。編集できるって言ったって、晴野先輩遅いし。慣れた人がやる方が絶対早く終わりますって」

「うう、それはそうだけど……でも――」


「せっかくここまでやったんですから、僕も完成するところ見たいです。一緒にやりましょう!」

 閉じた口を笑っているように曲げ、眉をグッとあげる。今まで見たことないような、自信とやる気に溢れた顔つき。


「ユズ先輩、アタシも最後まで残りますよ!」

 灯香がセットの右肩からひょいっと顔を出す。


「アタシも完成の瞬間に立ち会いたいですし。それに、ふぇすらじの台本完璧にしたいんです。当日ワタワタして、カッコ悪いのイヤですから。だから先輩、ちゃんと台本も面倒見て下さいね!」

 ガッツポーズする灯香のさらに横で、青葉もフフッと笑う。


「楪が見られない間は俺が藤島のサポートするよ。あとはビラとかだな。まだ作ってないし」

「でも、ホントに泊まりになるかもしれないよ。私、その準備もしてきたの」


「ふっふっふ、楪さん。俺らを甘く見てもらっちゃ困るぜ」

 青葉が顎で部室の隅を指す。見慣れない鞄や紙袋が3つ。


「ユズ先輩が泊まる気でいることくらいお見通しですよ!」



 あーあ、ホントにこのメンバーは、もう。



「よし、じゃあ死ぬ気で仕上げるわよ!」

「おーっ!」

 さあ、いい映画とラジオ、作ろうじゃない。



 そこからは怒涛の作業だった。

 集中力を最大限にして動画をチェックし、編集していく。


「セット、ここから先と風景のシーンとヒナが歩くシーン、セットに任せる」

「え、チェックいいんですか?」

「うん。私ラジオの台本見たいし、セットの腕信じてるよ」

 トンッと肩を押して、反対側の机へ。


「よし、灯香。修正したところまで見せて」

「はい、印刷しました!」


「おい、楪、上映会のときの挨拶、どういうローテーションでやる?」

「晴野先輩、このシーンだけ迷ってるんでみてもらっていいですか?」

「オッケーオッケー、順番にやってくわ。まず灯香の台本から、青葉、ちょっと待ってて。セット、それ以外の風景のシーン進めてて!」


 もうパンクしない。今の自分がパンクしたら、映画もラジオもダメになる。

 絶対に、絶対に完成させてやるんだ。




 夜の3時、あと70カット。編集して、最終チェックして、DVDに焼いて、ちょうど朝を迎えることになるかもしれないギリギリの時間。


「さすがに眠いですね」

「うん、今結構ピークかも」

 目を擦りながらマウスを動かすセット。こんな時間まで付き合ってくれてホントに感謝ね。


「よしっ」

 立ち上がる私に、あらすじが書かれたビラを作っている青葉と灯香が声をかける。


「楪、どしたんだ?」

「ちょっと眠気覚ましてくる!」


 返事をした勢いで部室を飛び出す。ドアが閉まる音の代わりに聞こえてきたのは、後ろからついてくる軽快な足音。


「ユズ先輩、アタシも眠いと思ってたんです! ついていきますよ!」

「じゃあ一緒に来いっ!」

 そのまま水道まで走り、蛇口を思いっきりひねって顔を洗う。ファンデーションなんか、もうちっとも関係ない。


「うし、このまま1階を全速力ダッシュ!」

 階段で1階に降り、そのまま急加速。


「うおりゃあああああああああ!」

「どりゃあああああああ!」


 2人で叫びながら、何の障害もない直線を滑るように走った。

 その勢いのまま階段を上り、部室のドアを乱暴に開ける。


「よし、井蔵、あと10回!」

「はいっ!」

 青葉がセットの足を押さえ、腹筋していた。


 おうおう、みんないい感じに深夜テンションじゃない。


「よし、セット! 続きやるわよ!」

「はい!」


 2人でパソコンに向かいながら、時折作業を任せて灯香と一緒に台本を直す。合間を縫って青葉との打ち合わせ。


 目が回りそうに忙しいけど、頑張れる。最後のうず祭、後輩とやる最後の部活動。


 灯香の前ではカッコよくいたいし、悔いのないように終わらせたい。

 そんな想いが、月曜日に倒れたってやり遂げるという決意に変わって、無尽蔵のエネルギーで自分を走らせた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る